第四話『マスカレード・マスク潜入』・「似合ってないはずない!」(挿絵あり)
マスカレード〔masquerade〕
意味は仮面舞踏会、仮装大会、仮装など。
もーいいかい。
まーだだよー。
――みたいな状況。
懐かしくも変な発想が浮かぶ。
「もういいですよ。こっち向いても」
見透かされた!
錯覚するほどの見事なタイミング。
彼女の小声は鳥の歌声みたいに澄んでる気がした。ヘラクレスとのギャップかな。
けど核は同じに感じる、とか思いながら振り――
天使がいた。
いや違うヒーローだ。
違う、戦うヒロインか。
違う違うなんだろうこれは。
正面にいるのは普段の姿と全然印象が違う兎羽歌ちゃん。
白いコスチューム。
そこから感じる衝撃。
目から入って全身を駆けた。
ある意味狼人間を見た時以上。
胸に込み上げてものが言えない。
「これ、どう……ですか」
聞かれて困った。
作った服を十九歳の女の子が着てるし見るのも初。
二十九歳なのに変な感動で同年代の気分になった。
黒を基調にした俺のスーツとは違って彼女のスーツは白が基調。
下から見ると、白い生地が脚にピタっとフィットしてる。女性らしい曲線が腰まで。
お腹は出てない。筋肉質じゃないが本当に鍛えてるのかな。見習わないと。
部分的に赤色で俺のスーツだと灰色の部分に似てる。セットで考えたから。
脇腹と太ももには切れ目を入れたから肌が露出してる。
特にざっくり開いたのは肩と、
胸の谷間。
男なら目がいく。俺のいたずら心。少し報復。
彼女は胸も控えめだったから色気を演出して、
ん?
「トワカちゃんそんなに胸あったっけ、あっ」つい口から。
胸の話はヤバそう。と思ったけど彼女は体をもじもじさせていた。
垢ぬけない印象。落ちつかないのか恥ずかしいのか体を小刻みに動かしてる。
切れ込み、やりすぎたか。
いやそれよりも。
推定Bカップと思ってた胸だけど今はD以上ある。結構色っぽく揺れてるから。
「私、これは……これはあれなんです。ホルモンの関係のっ」
「えっ」
理由に面食らったが、冷静に曖昧に答えた。
「ああ。けどそれにしちゃ……ね。ちょっとなんか」
不自然に変化した豊かな胸を見てしまう。前回はすぐ目をそらしたからわからなかったけど。
断るように彼女が、
「そ、そうじゃなくてっ」
口にしだした。
「変身の影響なんです。えっと、姿が戻るとこういう……よく起きるので。ホルモンの変化」
「なるほど」
なんとなくあえて聞いた。
「けどなんでホルモンだって」
「その、女の子の日とか……。そういう影響で大きくなるのあるじゃないですか。他の子からもよく聞くし。体が戻ったあとはなんだかその感覚に近くて」
やっぱり。
女性ホルモンの乱れ。あれだけ異常な体の変化が起こるとありえるのか。そういえば疑問もある。今は聞きづらいな。
なんにせよ男の俺には実感できない話だ。女の子にはわかるんだろうな。
「俺にはよくわからないけど問題ないなら、」
「問題ありますよ。胸が戻るのを待たないと職場に行けない」
「ああそうなるか……。しばらくすると元に戻る?」
「はい……だから変身は頻繁にしたくなくて」
兎羽歌ちゃんは「いいんだか悪いんだか」みたいな複雑な表情してる。
少し不憫な気持ちになった。でも胸を見てしまう。どうしようもない。
だからこそカバーするオプションを用意してあったんだよ。
「少し待ってて」
白くて赤いそれを見つけて掴むと、彼女の前で広げて見せた。
「じゃーん、マント! しかもフードつき」
目を見開いた彼女へ続けざまに言う。
「着けてみて!」
「――私には似合ってないかも」
「似合ってないはずない!」
白いマントを装着した彼女の姿は充分それらしい。
自信がなさそうだから提案した。
「恥ずかしかったからこう、マントで体も隠せるよ」
彼女がマントをひるがえす。何回かバサバサと。体を包む動きも。
「それからフード。これがまたねぇー被ってみてよ」
兎羽歌ちゃんが赤いフードを被ってつぶやく。
「これ私の緑のパーカーに似てる」
「そうヘラクレスだっ!」
興奮して大声になった。
「それだけじゃない。ほら」
手鏡を渡した。
彼女がそのフード姿を覗くと、
「わぁーかわいい」
フードからウサギに似せた耳がぴょこんとでてるからだ。
「コンセプトはヘラクレス、からの赤ずきん! そしてウサギっ。トワカちゃんの名前に入ってるからね」
「嬉しい……。直也さん、ありがとう」
よかった気に入ってくれたみたいで。
彼女はフードから出た耳をつまんでいじってる。
無邪気な表情だ。スーパーでテキパキ働いてる姿と全然違うな。
「へへっ、それだけじゃあないぜ」
ガキ大将みたいにわざと鼻下をこすった。
自信を持って説明したい。
「赤ずきんは追われる。追ってる者、それはウサギも追う。追う者は赤ずきんとウサギを捕まえる。そして最後に、食べるっ」
順に見た。彼女の胸の谷間と、顔と最後にフードの耳を。
「もしかして、狼の話ですか?」
「そうだよっ。ちゃんと意味が繋がってるでしょう」
「それって」
「いずれやればわかるっ!」
彼女はあっけにとられてるみたいだ。頬も紅くなってきた。
ハイな俺はご機嫌だった。新型うつもどこ吹く風で体の中から元気が湧いてくる。
畳みかけるようにまた告げた。彼女用のフェイスガードを製作中である旨と、自分のメットのデザインも変更した旨を。
さて。
俺がメットをかぶったらなにが出てくるかも今後のお楽しみ。
なら今日はこれで、解散っ!
あれから特に何事もなく春の日々が過ぎた。
フェイスガードとメットもプロトタイプが仕上がった。
だからってわけじゃないが、俺と兎羽歌ちゃんは神内区の繁華街の一角に足を運んでいた。
時刻はもうすぐ夜で人通りが少なくなった雑居ビルの間にいる。
目の前には地下への階段があった。
俺は普段着で、隣の彼女も地味な普段着。
北欧から来た外国人で褐色、黒い眼帯で青い瞳の美少女アイドル。あのフライヤ・ハスから連絡があったからだ。
彼女に指定された場所がここ。
というか兎羽歌ちゃんはフライヤと頻繁に連絡をとってたらしい。
ずいぶん仲が良ろしいようで。お話も聞かされた。
俺はといえば。
アイドルましてや外国の年下の女の子となにを話せばいいのやら。連絡はあまりとらなかった。
それでも約束の前には電話で話した。
『タナカさぁんスっごい楽しいイベントがあるよ。だからきてー。トワカちゃんはオッケーって言ってる。わたしもイクよっ。シリアイが主催したイベントなの。マスク・フェスティバルってイベントだけどニッポンだとコスプレ? なヒトもイッパイいるよっ。オッケー?』
オッケー。
そう言うしかないぐらい押しきられた。
兎羽歌ちゃんも結構その気みたいで、彼女のフェイスガードや俺のメットを初披露するにはいい機会だと思った。
「じゃ行こうか」
俺がうながすと、
「はい。ドキドキします」
兎羽歌ちゃんも一緒に踏み出した。
いざ入ってみようか、マスク・フェスとやらに。