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LuruGeo
作:池田コント



第36節 壁に耳あり正直気合


 同時刻。転じて、こっちはほがらかに。シュリーはこれからルルの部屋に入る。
 右足を一歩。
 爽やかでいて甘い、花の香りが広がった。コロンかなにかだろうか、ルルにぴったりだと思った。
 左足を一歩。
 初めて家族ではない、同年代の男の子の部屋に入ったという感覚がじわじわともたげてきた。
 残念な事にその感動は、目の前を占有する不釣り合いなベッドによって邪魔をされたが、シュリーは胸の内が自身の緊張と喜びによってどうしようもなく興奮しているのを否定する事はできなかった。
「はい、どうぞ座って」
 ルルが黄色いチェックのクッションを出してくれた。気が利く上に優しい。
 ルルは青いクッションに座って、二人は向かい合った。ベッドのせいで隅の方に追いやられ、こぢんまりとしている。だけどその分、二人の距離は息がかかる程近い。
(どうしよう?)
 ルルは思った。友だちを家に呼ぶのは初めてだから、これからどうしたらいいかわからない。なにか特別な事でもするんだろうか、例えばハンケチ落としとか。
 黙ったままでいると、シュリーはなにやらごそごそと鞄から箱を取り出した。さほど大きくない箱だ。
「はい、プレゼント。このあいだのお礼です」
「え、そんな、別に良いってば」
「それでは気がすまないと言ったでしょう? さぁ、どうぞ開けてご覧下さい」
 箱の中身は綺麗な紋様の刻まれた金色のリングだった。腕輪程の直径だ。ルルの嗜好を的確についてきた逸品であると言えるだろう。
「どうだろう? 気に入ってくれただろうか?」
「うん! ありがとうシュリーさん。とっても素敵だよ♪」
 ルルの偽りのない素直な笑顔は歴代のミス茨たちよりもグッとくるものがある。
 シュリーは「うっしゃぁ! 生きてて良かったぁ!」と密かにガッツポーズをとった。ルルの嗜好は、ノートンと名乗る男から仕入れていた。
「でも、これ本当にもらっちゃっていいの? これ高かったんじゃない?」
「いやいや、気にする事はない。ルル君の笑顔に比べたら安いものである」
 なんだかキザっぽい。
 「でも……」と、ルルが迷う。ルルは今日びのふしだらな方々とは違い、相手の事を気遣う精神を持ち合わせている。その様子を見て取って「それならば」とシュリーがゆっくりと仮面を外した。

「どう? 聞こえる? 聞こえる? ねぇってば、マリアちゃん」
「しっ、静かに。騒ぐと気付かれちゃうじゃない」
 ルルの部屋の壁に耳を押し付けて盗み聞きしようとしているのはルルの姉マリアとママさんだ。ママさんの方は良く聞こえていないらしい。……歳だな。
「今のところ、別に普通のようだけど……」
「あ、今ルルちゃんの声がした! 喜んでるみたい♪」
「どうやらプレゼントをあげたみたいだねぇ。メモ、メモっと」
「……」
「……」
「……あんたら誰?」
「通りすがりのノートンです」
「同じくコリーです」
『特に気にしないで下さい』
 いつのまにか不法侵入していた少年少女の二人組は声をそろえて朗らかに言った。
(ま、まぁ、害意は無いみたいだし、この際、いっか。それよりも今はルルだ)
 神経を耳に集中させて聞き耳をたてると、
「あたしと結婚して!」
 聞こうとしなくても聞こえてくる聞き捨てならないセリフが壁の向こうから突き抜けてきた。

 突然の大声にルルはびっくりした。そして内容にもびっくりして二重の驚きだ。
「あたしじゃ、ダメかな?」
 シュリーが四つん這いになって迫ってきた。眉は不安そうに端を下げている。その表情を見れば申し分のない美少女だと、健康な一般男子諸君は思う事だろう。ルルは後ずさりした。
「えと、ルルたちまだ子供だし、まだ友だちになったばかりだし……」
「そんなの関係ないよ。大事なのは好きだって気持ちでしょ?」
 ルルは急な話の展開についていけない。狼狽しているのを見て取って、シュリーは一旦姿勢をただして話し出した。
「あたしとアイリーンが部族の出身だって事は知ってるよね? オルゴン山脈の部族……その部族って実はハルピュイアって呼ばれてるんだ」
 ハルピュイアの部族。真面目な学生のルルには聞いた事があった。確か、女ばかりの有翼亜人種の種族。
 驚きの視線でシュリーを見ると、哀しそうな眼差しが返ってきた。
「ハルピュイアは生まれつき短命で、何故か女子しか生まれないの。理由は、太古の呪とか言われているけど詳しい事はわかんない。あたしくらいの歳になると、占いで選ばれた場所に行ってお婿さんを探すの。あたしたちの部族に連れて返って結婚してもらうために」
 シュリーはそこまで言うと口をつぐんだ。ルルは順序よく頭の中で整理して理解していった。
「それで、ルルを選んだの?」
「うん、ルル君しかいないと思って」
「なんで? ルルの他にも男の子なら他にもいっぱいいるのに」
 ルルは恋愛感情には疎い。男性と女性の微妙なところで育てられ、周りからある種異様な接し方をされたのだから無理も無いかもしれない。
 それは周りから愛されていなかったというわけでは無い。むしろ、飽きる程愛情を受けてきた。この場合の愛と、恋愛感情とは別物である。ルルがその区別ができるようになるにはもうちょっとだけ時間が必要そうだ。
「……それは……だって……」
 シュリーはもじもじとした。上手く言葉が出てこない。灼け尽きそうな「好き」という思いだけが、空回りする。それは部族の者に生来備わる、本能だ。ハルピュイアの乙女は本能で相手を見つける。呪われた生存競争の間で研ぎすまれた、最適の連れ合いを見つける感覚がルルだと告げている。
 言ってしまえば、一目惚れ、だ。
 ルルはあどけない顔して言葉を待っていた。が、突然その口は封じられた。目の前にいるシュリーの唇はプリンのように柔らかくて、微かに震えているように思えた。
「……こんなこと、したいって思ったの、ルル君しかいなかったから……」
 消え入りそうな声だった。
「きゃ、いけな〜い。足がすべっちゃった!!」
 突然、扉を開けて入ってきたのはコリーだ。ちょっと不機嫌そうで表情が堅い。後に、マリア、ママさん、そしてなぜかノートンが続く。
 ルルとシュリーはびくっとした。
「あ、あのね、私としては個人の意志を尊重したいところなんだけど……」
「結婚断固反対! ルルちゃんにはね〜、運命の人がいるのよ〜」
「そうよ! ルルちゃんから離れなさい! 仮面女!」
「いや〜人気者だね〜ルルちゃんてば。メモ、メモっと」
 矢継ぎ早に繰出される言葉に、ルルはただ一言。
「……み、見てたの?」
「……」
「……」
「…………ううん、聞いてただけ」
 気まずい空気が流れた。












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