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我らが太古の星シリーズ

自我の相互作用

作者: 尚文産商堂

脳内に電極や小型コンピューターを取り付け、全員が一つの意識下で行動するというのは、前々から研究されていたことだった。

だが、さらに進んだ段階、つまり、一部の人間同士をつなぐのではなく、不特定多数の人間をつなぎ合わせるということは、いまだに行われていなかった。


俺たちが研究室で話しあっているのも、その内容についてだった。

「そう、実にそこが問題なんだ。不特定多数の人たちをつなぎ合わせて、並列的に処理をするっていうことだよ」

「でも、不特定多数の人からの電波を受信して、自我が崩壊するっていうことになったら……」

「そんなことにならないように、こうやって研究してるわけだろ」

俺たちは今、大学の研究室で話し合っている。

俺は木本幸平(きもとこうへい)

何某大学4年生で、卒論を書いている。

テーマを決めたのはいいけど、なかなか前へ進めなかったから、別の大学の仲間と共同してすることにした。

小学校からの友人である大幸况(おおさかいわんや)筏貴幸助(いかだきこうすけ)だ。

二人とも同じ大学に進み、似たような研究テーマを模索しているということで、半ば無理やり連れ込んだのだ。

問題は、互いの指導教官からも許可をもらったが、本当に研究内容が進んでいないことだ。

「"不特定多数へ向けた脳内電波に関する自己意識"というテーマ自体が問題じゃないの?」

「いやいや、6月も半分ぐらいにまで来たところでテーマ変更したら、今年度中に卒業できにくくなるって、指導教官が言ってたし」

况が俺に言ってきたが、今更変える気にはなれない。

このテーマも、4月の第1週目以内に提出のところをのばしにのばして、4月が終わるころに出したほどだ。

指導教官からせっつかれて出した結論だけに、なかなか代案が浮かぶとは思えない。

况も、かなり賛成してくれたし、幸助は内心いやいやながらも、結局は入ってくれた。

「さて、問題を整理してみようか」

俺はそう切り出して、相談会を始めた。


「じゃあさ、今日はこれぐらいにして、いったん帰ろうか」

言いだすのが俺ならば、終わりを言うのも俺だ。

「そうよね」

况が使っていたノートパソコンを閉じ、立ち上がった。

「どうせ、下宿先へ行かないといけないけどな」

「そっか、二人ともアパートで暮らしてるんだったな」

况と幸助を互いに見ながら聞いた。

「二人の相部屋だろ?」

「ルームシェアって言ってちょうだい」

况がまだ片づけが終わっていない幸助の腕に抱きついた。

「高校のころから、ずっと付き合ってるって言ってたな」

「そうよー。偶然にも、同じ方面に行くことになったし、大学も同じだから助かってね」

「相部屋だから家賃も少なくて済むし」

どうにか片腕でカバンの中に荷物を詰め込むことに成功した幸助は、そのまま俺に手を振って部屋から出て行った。

「さて……」

俺も、残っている荷物を適当にカバンに詰めると、部屋の電気を消して家へと帰った。


「ただいま〜」

家に帰ったところで、妹と弟しかいない。

母さんは病院にいて、父さんは単身赴任している。

母さんの病気の名前は知らない。

父さんが教えてくれなかったからだ。

「おかえり」

中学校になったばかりの弟と、高校2年生の妹。

そして、大学4年生で卒論で忙しい俺。

必然的に、家事のほとんどを妹と弟に任せるしかない。

そう言っても、一番面倒見がいいのが妹で、料理も洗濯も掃除も上手になっていた。

時計を見ると、すでに8時近くになっていた。

「お兄ちゃん、遅い」

妹は、今のテーブルで弟の宿題を見ながら自分のもしているようだ。

「卒論が忙しいんだよ」

テーブルの上にラップでおかれているオムライスを電子レンジのところまで持っていく。

金持ちである况の実家には、全自動で家事を行うロボットがいるそうだ。

そんな家、一度実際に見に行ってみたいと思っている。

「それで、卒業論文ってどんなのなの?」

弟が、ノートに数式を書き並べながら俺に聞いてきた。

「ああ、話してもわからないだろうさ」

電子レンジからオムライスを取り、椅子に座りながら妹のシャーペンつつき攻撃をかわしながら、夕ご飯を食べる。

「具を変えたか?」

「よくわかったね。今回は、トマトケチャップの量を減らしたの」

中の米が、甚三紅(じんざそみ)ぐらいの薄い赤色ぐらいに色づいている。

いつもなら、結構濃く色が出るはずだから、4分の1ぐらいに減らしているのだろう。

「なるほどな」

そういいながらも、粉末スープをお湯で溶かして、一気に飲み干した。

コンソメ味が、ほのかに口の中に広がる。

「とりあえず、ここ教えて」

「どこだよ」

妹に聞かれたから、スプーンを皿に置いて、ノートを見せてもらう。

単純な対数関数だった。

「なんだ、これか」

このあたりの式は、大体いつも使っているものだからすぐに解ける。

同じような難易度のものが3つ続いて出されていた。

「一つとけば、大体見当がつくだろ」

俺はそれだけ言うと、残っているオムライスを全部かきこんだ。


「ごちそうさま」

皿をシンクの中に入れると、すぐにテーブルの上にパソコンを置いた。

「何するの」

弟が負の数も入れた四則演算をしながら、パソコンの中をのぞいてくる。

「プログラミングだ。高校にでも入れば教えてやるよ」

俺に残されている問題は山のように多いのに、それを解決するための時間はあまりにも短かった。

「お兄ちゃん、そんなこと言わないで教えてくれたっていいじゃない」

「うるせーよ。とりあえず何か分からないことがあれば、教えてやるから」

言いたいことを言い終わると、一瞬で静まり返る。

すぐ横の家から聞こえてくるテレビの音が、妙に耳に残る。


夜も深まっていき、時計の針が10時を示すころには弟が眠そうにしていた。

「ここで寝ても、布団のところまで運ばないからな」

先に一言言っておかないと、本格的に眠られたら困る。

運ぶにしても、パソコンかノートぐらいにしておきたいのが、本当のところだ。

「うん、もう寝るね……」

弟が一番最初に眠りにつくため、部屋へと戻っていった。

「それで、本当は何をしているの」

部屋の扉を閉めた音がして、すぐに妹が聞いてくる。

「プログラミングだよ。さっきも言ってただろ」

「"不特定多数へ向けた脳内電波に関する自己意識"に関するプログラミングなわけ」

俺は一瞬固まる。

そのことを妹は見逃すはずがなかった。

「図星のようね」

ノートに何か書き連ねながら、俺を淡々と問い詰めていく。

「何で知ってるんだよ」

何も言わずに、妹の携帯電話の画面に表示されているメール欄を指さす。

「お兄ちゃんの友達でしょ」

况のアドレスが、入っていた。

「いつの間に知り合ったんだ」

俺が不思議になって聞いてみると、あっさりと教えてくれた。

「大学祭の時、お兄ちゃんを校門の前で待ってる時に、教えてくれたの」

「大学祭に連れて行ったのって、去年だったはずだな」

「去年のね。それから、いろいろと相談に乗ってもらってたの」

パソコンでプログラミングを続けながら、ずっと聞き流していた。


「……ねえ、聞いてる?」

「いま、色々と忙しいんでな」

プログラムを保存したうえで、走らせようとする。

「うまくいくか……」

「Teroに頼めばいいのに」

妹が、足を俺にぶつけながら言ってくる。

Teroは、この世界で最初に産まれた量子コンピューターといわれるもので、連合政府より嘱託を受け、今は連合議会から頼まれたことを中心にして、研究を続けていた。

「連合議会の承認、報告書の提出に学会からの立会人の義務。考えただけでも面倒だよ」

いろいろと悩みながら、俺はプログラムの実行を見守っている。

速度が遅いパソコンだと、このぐらいの処理ですら時間がかかってしまう。

かかったとしても、15分ほどで終わるようなものだが、それでも塵も積もれば山となるという言葉通り、時間も押してくるのだ。

「速度って、どれくらいだっけ」

妹が俺のすぐ横に座りながら言った。

「CPUが3.02YHzだったな。メインメモリーも4TBあるし」

「まあまあだね」

本当にどうでもいいという顔を浮かべながら、パソコンの画面を見てくる。

「どうしたんだよ」

「どんなの走らせてるのかなって思って」

「見ててわかるのか」

「なんとなくだけどね」

妹は、学校で基礎的な情報の授業は受けている。

基礎的といっても、"ネチケット"やインターネットの構造などを学んでいるらしい。

教科書にはそう書いてあった。

「習っていなくても、分かるものもあるんだよ」

その時、ピンという鋭く乾いた音が鳴り、プログラムの実行が終わったことを教えた。

「さてさて……」

結果を見ていたが、値がおかしいところへ持っていかれていた。

理論値と誤差が出るのは仕方がないが、それにしても離れ過ぎているのである。

プログラムの羅列をじっと見ていると、妹がところどころ気になるところがあるらしい。

「どうした」

「うん、あちこち直した方がいいものがあるよ」

そういうと、さくっとパソコンを持っていき、俺の見ている前でさっさと直してしまった。

「ここと、ここと…あとここもだね」

いろいろとプログラムをいじられているが、保存先だけは別にしてもらう。

自前のものと区別をつけるためだ。

だが、そのプログラムを走らせた時、俺は真っ先に驚きしか感じなかった。

「高性能だな……」

目の前で構築されてるプログラムの問題点を、すぐに見出してそのまま解決してしまう妹を見て、俺は心底怖くなってきた。

天才というのは、こんな人のことを言うのだろうか。

「どう?」

当の本人にはそんな自覚はなく、のんきに画面の中を覗き込んでくる。

「今回のプログラムは、超3D演算した時のパソコンにかかる負荷のテストのために組んだものでしょ。さすがに、画面がさらさら流れているのにもかかわらずCPU使用率9万%って、そもそも100%越してるじゃない。それに、結果が0~999の間に収まる予定なのにもかかわらず、無限大へ飛んでいっちゃてるし」

「そうなんだ。だからありえない値が出たって言ったんだ」

「言ってないけどね」

妹はあっさりと言い返し、そのままプログラムのデバッグを続けた。


翌日、そのことを妹を連れて話すと、さっそく見せてくれと言われた。

「こんな感じでいいですか?」

簡単なプログラムだったが、ものの5分で仕上げてしまった。

「すごいな、幸平の妹って」

「こんなプログラムの組み方があったのね」

二人とも、本気で驚いているようだ。

それもそうだろう。専門的な教育を全く受けておらず、一目見ただけでさらっと解かれたら、驚くのが普通だ。

「それで、どうすればいいんですか」

「Teroに頼むには、議員の紹介もいるし、お金もいる。いろいろと面倒だから、自力で組み立てようとしているんだ。このプログラムを見てくれるか」

幸助が、妹にプログラムの羅列を見せた。

「全部で何行あるんですか」

「何百万行になるはずだ」

俺は妹に教えた。

妹は壁にかかっている時計を見ながらうなった。

「うーん…今日中には終わらないですね。さすがに」

「デバッグには時間をかけないと、ちゃんとしたものにはならないから大丈夫。時間は気にせずに、ゆっくり見ておいてくれ。終わったら、俺に言ってくれたらいいから」

「分かった、お兄ちゃん」

直後から、妹は画面にくぎ付けになり、周りの声も聞こえているのか定かではなかった。

「お兄ちゃん?」

幸助が茶化してくる。

妹が座っている席から、数メートルほど離れたところにある長机の上に、プリントを大量に置いていた。

その机で、研究を続けているのだ。

正確には研究というか、趣味の範囲でこの部屋を使っていることが多いのだが、時々見に来る指導教官がものすごく怒るので、ここ最近はひそかにすることにしている。

「そんなことより、どうなんだ」

「何がよ」

俺が况に聞く。

「お前達の大学の方だよ。単位の取得とかは」

「残りはこの卒論の分だけ。これを取ってしまえば、晴れて大学卒業よ」

「そうか」

俺の方を考えてみる。

どうにかギリギリで単位を取得してきた。

卒業はできるだろうが、就職はどうだろうか。

悩みは尽きることがなかった。


「さて、この卒論のテーマの問題点を、いくつか洗い出しておいたよ」

研究室での話し合いに、家で印刷をしてきた紙を持ってくることもあるし、メールでそのまま説明することもある。

今回の場合は前者になる。

「それで、どんな問題点が出てきたんだ」

幸助がすぐに聞いてくる。

「このプログラムが、仮に成功したとしても、実験をしてみなければ意味がないっていうことさ。もちろん、その電波制御用のプログラムを今組んでるわけだから、このプログラム自体が無駄になるっていうことじゃない」

「でも、実際に試してみないことには、何も分からないっていうことだな」

俺が言いたいことを、うまくまとめてくれた。

「その通り。だから、今回の実験に協力してくれる人がほしいって大学側に先に頼んでおいたんだ」

「それで、結果は?」

况が聞いてきた質問に、ため息交じりで答える。

「連合議会の許可が必要なんだってさ。なんでも、法律で、人体実験をする場合は惑星議会と連合議会の両方の許可を取り付ける必要があるらしい。それを取るには、また金がかかるそうだ」

「なんだよ、また連合議会か」

「仕方ないね。いろいろと制限がかかってる世の中だから」

况はなんとなく納得しているようだが、幸助は納得しかねているようだ。

だが、法律といわれてしまえば、手も足も出ないのが現実だ。

その道の専門家でもない限り、穴を見つけるのは難しい。

「だったら、専門家に聞けばいいじゃないか」

幸助が俺にいってくるが、思い出す限り、その専門家に知り合いはいなかった。

「しょうがない。専門家に知り合いがいないんだから」

そんな話ばかりしていたら、また日が過ぎ去っていった。


幸助がふと時計を見ると、7時を回りそうになっている。

「って、そんな話ばかりしてるから、また一日が終わっちゃったよ」

「妹連れて、先に帰るよ。片づけとか、任せても大丈夫か?」

全力で集中しながら画面を見続けている妹を呼ぶ。

「おい、帰るぞ」

俺が呼びかけても、何も言わない。

ただ、マウスを動かしながら、時々キーボードを叩くぐらいだ。

「おい、大丈夫か」

「あと、5行」

一言だけ、俺に言った。

「え……」

「2行」

ポツリポツリと言う。

俺の後ろにいる二人も、驚きを隠せない。

「終わったよ、お兄ちゃん」

数百万行分のプログラムを、たった1日ですべてチェックしてしまった。

「お前、本当に人間か……」

「何言ってるの、ちゃんと赤い血潮が流れてるわよ」

妹をちょっと怒りながらも俺に言った。

「とりあえず、帰るから」

「分かった…こいつを先に試してから、こっちも帰るから」

二人は、そういって、パソコンの方へ向かって歩き出した。

俺達は何も言わずに、家路へ就いた。


1週間後、妹を連れて再び大学に行くと、誰か見も知らない人がいた。

「どちらさまでしょうか」

「惑星国家連合議会より派遣されました、糸魚川といいます。本日は、あなたの卒業論文に伴う人体実験に関することについて、言伝(ことづて)を預かっております」

俺は、まだ付いていない二人を待つように要請すると同時に、椅子をすすめた。

「長旅だったでしょうから、すこし休憩してはいかがでしょうか」

「ありがとうございます」

そういって、お茶を差し出す。

「いかがですか」

「いえ、結構です」

それから、5分ほどで二人が来た。

妹はパソコンを使って、遊んでいた。

「おはようございます、私は……」

俺に言ったのと同じ内容を、二人にも話した。

「それで、どのような言伝でしょうか」

「Teroの使用を許可するというものです。現在使用なされている、このコンピューターでは、いずれ処理限界が来ます。しかし、量子コンピューターで演算を行えば、限界を理論上無限へと伸ばすことができます」

「使用は、いつになるのでしょうか」

俺は、思わず飛び上がって喜ぼうとするのを頑張って思いとどまり、糸魚川に聞いた。

「来週の月曜日です。必要な人員を本名で今教えていただきたいのですが、よろしいでしょうか」

「分かりました。えっと……」

月曜日は平日になるし、来週は妹は学校がある。

それを考えると、妹を連れていくのは得策ではないような気がした。

「木本幸平、大幸况、筏貴幸助です」

「私は?」

案の定、妹が行きたいと言ってきた。

「…高校があるだろ。今日は祝日で、高校も休みだからこうやって連れてくることができたけど、来週はさすがに……」

だが、その眼を見ていると、何も言えなくなった。


結局、高校側から授業の一環として同行するようにというお達しが届いた。

ついでに弟の中学校からも、同じ内容の手紙が届いた。

おそらくは、連合政府の方から何か来たのだろうと、勝手に推定するしかなかった。

「それで、二人ともついてこさせられたということか」

幸助が妹と弟を見て言った。

公休の届けにちゃんと学校側からのハンコが押されていた。

それを博物館の受付嬢に見せると、どこかに連絡を入れた。

それから待つこと5分間。

出てきたのは、Tero本人ともう一人いた。

「初めまして、Teroと申します」

「Teroのマスターになってしまった真川幸(さながわさち)です。よろしくお願いします」

「なってしまったて言うことはないでしょう」

「いいじゃないの、別に。それで、今日の用件は?」

あっさりと気持ちを切り替えたようで、真川は俺たちに来た用事を聞いてきた。

すぐにでも帰りたいという気持ちが見え隠れしている。

だが、妹の方へ笑顔を向けているのも俺はしっかりと見ていた。

「聞いていると思っていましたが……」

「なんだっけ」

「マスター…本日は、一般に使用されているコンピューターを用いて脳内電波を他人と共有するという実験のために、私たちはここにいるんですよ」

「そうですよ」

俺はそう言い切った。

「とりあえず、研究室の方へ」

受付の前から、エレベーターを通って、研究室へ向かう。


エレベーターの中で、Teroは俺たちに聞いてくる。

「それで、連合議会から提示されたものではよくわからない点があるので、多少聞いてもよろしいですか」

「ええ、どうぞ」

連合議会へ許可証をもらうための便宜上の代表として、况がなっていた。

「人体実験を回避するための、量子コンピューター使用ということですが、本当に人体実験を行わなければならないようなものなのでしょうか」

「私たちはそう考えました。ただし、倫理上の問題なども発生するために、今回の要望を議会へ提出したのです」

「人体実験自体は、許可制度になってますから、議会が承認さえすれば、どうにかなりますよ」

俺は、二人の会話を遮る形で入った。

「しかし、連合議会が許可をしてくれなかったんです。ただ、Teroを使ってのシミュレーションをしてもいいという許可が下りたんです」

「それで、私たちが呼ばれたっていうことですね」

個人的には、実際に脳に電極を挿してみたかったのだが、さすがに無断で行っていたとして、後が怖くてやめた。

「そういうことです。それで……」

続けようと思ったらしいが、况はエレベーターが到着したようなので、結局口をつぐんだ。

「着いたようです」


研究室は、壁にいろいろな張り紙がされていたが、机の上などは結構片付いている。

「どうぞ、お座りください」

勧められるままに、椅子へ腰掛ける。

「とりあえず、実験に必要なものがあるならば、今のうちに提出してください。何もないようでしたら、すでに提出していただいているプログラムを実行します。よろしいですか」

幸と况を見ながら、Teroは尋ねた。

「大丈夫です」

「いいよー」

二人は同時に返事をした。

それを聞いて、Teroが動き出す。

「では、これよりシミュレーションを開始します。1時間ほど、どこかで時間をつぶしていただけないでしょうか」

「分かりました」

蚊が飛ぶようなブーンという音が聞こえてきたと思ったら、Teroは目をつむり外界からの情報を一気に切り離した。

幸は、妹の腕を引っ張って部屋から出ようとした。

「ほら、いこ」

「ちょっと、痛いって幸ちゃん」

「幸ちゃん?」

俺が妹を見ながら聞いた。

「私の同級生だよ。ついでに言うと、この子の弟は幸仁(こうじん)と同い年」

幸仁は、俺の弟の名前だ。

つまり、妹と同じ学年ということだから、今年で高2になるっていうことになる。

「なるほどな、それでお前らは仲が良かったのか。最初に行きたいって言ったのも、幸と会うためだったんだな」

「そーいうこと。休みがちになる私に代わって、授業とかのノートを貸してくれたりしてたから、自然に仲良くなったの」

幸が、一息で言った。

「とりあえず、1階の喫茶店にでも行く?あそこだったら、結構長居できるよ」

「じゃあ、そこに行きますか」

俺は况と幸助を見てから、妹たちに言った。


再び研究室がある惑星国家連合立博物館の1階へ到着した。

幸はすぐにテラス席がある喫茶店"Glace"の、ボックス席に座った。

「それで、Teroのマスターっていうのは本当なのか」

それぞれ適当なものを頼んだ後、幸助が言う。

「本当だよ。いろいろ分からないことを聞けるし、それに、昔のことも教えてくれるし」

「"地球"がまだ自然な姿の頃の話とかか?」

幸助が幸に聞く。

「そこまで昔の話はしませんよ。せいぜい、ここ数十年ぐらいです」

「そういや……」

俺は、ふと思い出したことを、幸に聞いてみる。

「Teroはどうして、地球を破壊したんだ」

「公式発表の通りですよ。地球を守るために、人類から守り抜くためには、地球を破壊しなければならない。再び、人類の手によって破壊されないためには、人類の手に落としてはいけない」

「そう判断したから、Teroは地球を破壊した。それが連合政府およびTeroが発表した公式見解になっている。それは俺も知っている」

小首を傾げ、幸は判断に困る顔をしている。

「じゃあ、どういうことよ」

「仮にだ、Teroが地球を破壊しなかったとしよう。すると、Teroは今のようにいられるかということだ。過去が未来を決定し、未来は過去を受けてしか成立しない。だが、地球を破壊するという選択が、最良だったのかっていうことが、少し気になって」

俺自身、論理の飛躍があることは気付いている。

だが、幸も誰もその点には突っ込まなかった。

「つまり、幸平はTeroは地球を壊すべきではなかったっていうこと?」

「まあ、そう思ってるだけだ。地球を破壊しなくてもいいんじゃないのかって思うんだ」

「だったら、どんな感じが一番だったと思う?」

况が突っ込んでくる。

「どんな感じって言われても困るんだが、そうだな……」

ちょっと腕組みして考える。

その間に、頼んでいたミルクティー[ホット]が俺の前に置かれる。

「地球があったらなって、ずっと考えてたんだ」

「Teroがいなかったらっていうことにもつながるよね、それって」

幸が、俺の方をじっと見ながら言い返す。

「あ、いや。そんなつもりじゃなくてだな。単純に、自然なままの地球、四十六億年以上昔から存在していたままの地球があったらなって思うだけさ」

「仮にあったら、どうするつもり?」

オレンジジュースをストローで飲みながら、聞かれる。

「"東京"という街に行ってみたかっただけさ。世界最大の首都と当時言われていた街を、この目で見てみたかったんだ」

「伝説の都、ね」

「地球が放棄されても、何千年間も残り続けるだろうといわれていた街だったはずよね」

正確には違うのだが、指摘しているとまた時間が経ってしまうので何も言わないことにした。

「それよりも、そろそろ戻りませんか」

時計を見ると、さっきから20分ほどしかたっていない。

「少し早いんじゃないか」

心配する俺を置いて、幸がさっさと立ち上がる。

「大丈夫ですよ。本気を出せば、Teroは30秒ぐらいで作業終わることができるから」

妹が代わりに説明する。

「そうなのか」

「量子コンピューターの頭脳を馬鹿にしちゃいけません。人間と同等かそれ以上といわれているほどですよ」

况がレジに向かいながら、俺たちに言う。

「さすが量子コンピューターっていうだけはあるわけだね」

キャッシャーの音が響く。

「ありがとうございます」

合成音で、自動清算をしたらしい。

どこぞのクレジットカードをかざすだけで、一気に清算できるというこの仕組みを支えているのも、各大区域ごとに配置されている量子コンピューターたちなのだ。

というふうに、設計もシステムにも携わっているはずがない若井教授が、大学の講義で力説していた。

「さて、本当に終わってるかな」

俺が幸に聞いた。

「終わってると思いますよ。なにせ、Teroなんですから」

「いや、説明になってねーし……」

後ろの方で、ぼそっと呟く声が聞こえてきた。


研究室へ戻ると、Teroは紅茶を入れていた。

「あら、お帰りなさい」

「ただいま」

幸は、妹と一緒に長椅子に座った。

俺達は、それぞれ近くにあった椅子に適当に座る。

「それで、結果は出たんでしょうか」

プレゼントをもらう子供のように、内心わくわくしながら俺が聞いてみる。

「ええ、出たわ」

Teroは、紅茶を俺らの前に一つづつ置いてから、話し出した。

「あなた方が作ったプログラムは、私がこれまで見た中で、一番出来が良かったわ。もちろん、私はあなた達の教授でも指導教官でもないから深くはいうことができない。でも、結果だけは教えれる」

そういうと、クリアファイルにしまわれた数枚のプリントを見せた。

「それが結果報告書。詳しく知りたい場合は、それを見て。で、口頭で説明してほしい?」

况に聞く。

「ええ、お願いします」

クリアファイルを持ってきたカバンの中に入れ、再び向き合う。

「分かった」

そういうと、机の上にICレコーダーを置き、話し始めた。

「大幸况さんを筆頭とする今回のグループ、連合政府登録番号20250089T。報告を開始します」

事務的な口調で言いだす。

「当グループは、"人為的伝送に関する考察"に対し、科学的な論拠となる為のシミュレーションを要求し、連合議会から承認を受け、本日2025年5月3日に惑星国家連合立博物館内、量子コンピューター研究室内に於いて、主任研究員Teroが行ったものである」

一息入れてから、先ほどまでとは打って変わって、ゆっくりと聞き取りやすい口調へ変わった。

「報告を始める。本考察に対して、Tero本体内に於いて行ったシミュレーションは、1つ目として実際に体内へ電極を差し込んだ際の人体への影響、2つ目として周囲への電磁波の放射、3つ目として提出されたプログラムの動作確認である。なお、本プログラムは著作権者である木本幸平より許可を受け、複製したものを惑星国家連合立図書館20258192T番として、万人に対し公表するものである」

Teroは、休まずに、さらに先を言い続ける。

「1つ目に対する簡単な考察を、ここに公表する。ペースメーカーなどに代表されるように、体内へ電流を流すことが可能な機器を人工的に埋め込んだとしても、人間の体は耐えうると結論付ける。2つ目に対する簡単な考察は、通常のコンピューターの画面などのように、微弱ながら人体に影響がない程度に電磁波を照射する機器は存在する。そのことより、使用する電磁波帯を微弱ながらもよく届く電磁波帯を使用することを勧める」

ここで、Teroが自分で入れた紅茶を一口すすり、さらに最後まで言い切る。

「3つ目に対する簡単な考察は、提出されたプログラムは、現時点ではこれ以上望めないほど斬新な構造をしている。動作状況はすこぶる良く、多少手を加えずとも、最高の出来栄えである」

そしてICレコーダーを切り、况に言った。

「大まかな説明は以上です。先ほど録音したのは、連合議会に対して何かしらの情報を提出するように求められたときにのみ、公開することになります」

「普通は出さないっていうことですよね」

「ええ、まあ。そういうことですね」

それを聞いて、なんとなく安心しているような感じの况だったが、あまり気にしているようなふうでもなかった。

「では、また来るかもです」

妹がTeroにそう言ったのが、部屋を出る直前に聞こえた。


大学の研究室へ戻ると、况が報告書を丁寧に見ていた。

「それで、どうするの?」

「プログラムは上出来だから、とりあえず大丈夫。問題はどうやって卒論にまとめるかなんだよな……」

弟をふと見ると、何か言いたそうにしている。

「どうした」

俺は弟に話を振った。

「えっと、途中からしか話に参加していないから、いまいちよくわからないんだけど、とりあえず、文章をまとめればいいんでしょ」

「そう簡単なもんでもないんだがな」

幸助が弟に、先輩の卒論を見せる。

もちろん、日本語で書かれているものである。

「こんな風にまとめればいいんですか?」

弟は幸助に卒論を返しながら言った。

「そうだけど……」

「では、情報を貸していただけますか」

弟はそういって、いろいろなことを聞いた。


翌々日、弟は学校へといったが、俺に一つのUSBメモリーを預けていった。

中は、大学へ行ってからの楽しみだと言っていた。

「ということなんだけど」

「とりあえず、パソコンにつなげてみましょ」

楽しげにパソコンを準備している。

何か知っているんじゃないかと思うほどだ。

そんなことを考えつつも、パソコンがつくまでの間、Teroからの報告書をまとめていた。

「それで、これからどうする」

「やっぱり、実際にしてみた方がいいと思うんだ」

「アンドロイド化の際、頭に電極を突き刺すっていうことでもしてみるのか?」

幸助が言ったことに対して、俺が問いかけてみる。

「やってみてもいいけど、連合議会から厳しく管理されているアンドロイド化だからね。それに鉄のように硬くなるっていう話だから、電極とかが逆に折れるんじゃないか?」

「そうよね、そう考えるのが一番妥当だと思うわ」

况がそういうと、ちょうどパソコンがついた。

「とにかく、さっさと卒論をまとめておかないと、前期卒業に間に合わなくなるからな」

俺がぼやいた。

「さってねー」

况は楽しんでいるようにも見える。

俺はなんとも言えない感じで、况を見ていた。


「うわー」

驚嘆ともとれるような、気の抜けた声が聞こえてきたのはそれからほとんど時間もたっていない時だった。

パソコンに張り付いていたのは、况だけだった。

「どうした」

况のそばへ歩み寄る。

「これ、そのまま出しても大丈夫だよね」

俺と幸助が見てみると、論文の形式に綺麗にまとまっていた。

ただ、多少誤謬や脱字などがあり、やはり完璧になっているというわけではなかったようだ。

図も貼られていないものもあり、データの山から引っ張ってくる必要がある。

そんなことを考慮に入れたとしても、おそらくそのまま指導教官に可をもらえそうな感じにまとまっていた。

「お前んとこの妹弟って、すごいな」

「いや、俺だってこんな特技があるとは知らなかったさ」

本気でそう言える。

ここ最近は、あいつらに驚かされっぱなしだ。

妹のプログラミング技術、弟の文章構成、まとめ方の手腕。何もかもが俺をはるかに凌駕してる。

「お前の弟に言っといてくれ。ありがとって」

幸助が、况の分も一緒に俺に言った。

「ああ、分かった。伝えておこう」

実際にいうかどうかは分からないが、とりあえずそう約束しといた。

その時、况にメールが届いた。

「誰から…ああ、幸平の妹からだ」

俺の妹が、况のメルアドを知っているという話は、どうやら本当のことらしかった。

だが、その顔からは、徐々に生気が失われていった。

「今すぐ、Teroの元へ行かないと……」

「どうしたんだ」

「意識不明に陥ったって」


卒論の骨子は、弟が作った。

そのために必要なプログラムは妹が作り、Teroが審査した。

そのTeroが意識不明に陥ったという情報は、またたく間に連合議会へとのぼった。

すぐさま報道管制が敷かれ、知っているのは、俺達と連合議会のお偉方、それにTeroの担当の人だけだった。

「それで、すぐに駆け付けたっていうことか」

報道管制が敷かれたのは、連合議会が情報を受け取ってから1分もたたなかった。

ちょうど議会を開いている最中だったため、議事を一時中断してまでもその議決を行ったらしい。

「そういうことです」

そんな状態で俺達は来たから、今回の原因の一因になってると睨まれたらしい。

誠心誠意説明したら、納得してくれたようで、ほっとしている。

「意識不明というか、突然エネルギー切れになったような感じですね」

「そうなんだ。だが、Teroのエネルギー源は水素と通常の人間が食べるようなもののはず。水素を使い、小型核融合機を動かしてエネルギーをとっているという話なんだ。だが、今回はそれは正常に動いていることが確認されている」

「では情報省大臣、他に原因があるとお考えなのですか」

議会答弁のような感じで質問しているのは、我が弟だ。

「それは官僚から説明を…ではなくて、そう考えるのが妥当だろう。Teroの情報内部へ入れることができれば、何とかなりそうなんだが……」

俺達はその言葉にピンときた。

「では、私たちが行っている卒論のテーマに一致しますね」

「卒論、どんなテーマだ」

大臣は食いついてきた。

俺達は、今やっていることについて、事細かに説明した。

それでも今のような緊急事態であることを考えて、多少ははしょったところもある。

「そうか、意識を共有させるという研究か……」

情報省大臣は、腕を組んで考えていた。

それから数秒で結論を出したようだ。

「いいだろう。現時点をもって、君達を情報省大臣配下とする。情報省設置法第57条前段但し書きを根拠とする臨時的措置としての大臣指揮権を発動させ、彼らに直接指揮をする権利を生じさせる」

長ったらしいが、これを言わないと正式に認められないらしい。

法律はこういう時に理解しがたいと感じてしまう。


Teroが意識不明に陥ってからも、日常は変わらないようだ。

だが、俺たちは明らかに変わった、変わらざるを得なかった。

「このあたりのバックアップとして、別の量子コンピューターが用意されているんだって」

俺は情報省5階にある500人は入れそうな巨大な会議室の一角を陣取り、茶話会状態で研究を急ピッチで進めていた。

会議室に所狭しと置かれたコンピューターは、量子コンピューターの足元にも及ばない性能で、同様の実験をするためには、別の量子コンピューターが必要であることはだれの目にも明らかだった。

だが、急にそう言われても、代替用がすぐに用意できるわけもなかった。

「お兄ちゃん、連れてきたよ」

そんなとき、妹から一通のメールが届いた。

この建物の1階に、ある人を呼んできたという。

俺達は会議室から出て、1階へ向かった。


「こんにちは。はじめてお目にかかります」

丁寧な物言いで俺たちに近寄ってきたのは、まだ30代に差し掛かっているように見える一人の男性だった。

その傍らには、小学生か中学生に見える少女がいた。

「科学です。自分は、科学のマスターで岡崎翳(おかざきかすみ)です。よろしくお願いします」

「科学って、量子コンピューターの、Scienceですか」

况が驚いた声で聞く。

翳は一回うなづいてから、さらにつづけた。

「昔の名前だよ。懐かしいね」

科学が况を上目気味で見ながら言った。

「さて、とりあえず呼ばれたからには、何かあるんでしょうね」

「ええ、すこしこちらに来ていただけませんか」

俺は会議室へ彼らを案内し、事情を簡単に説明した。

「なるほど、つまり科学を通して、Teroの中に入るということですね」

「そういうことです」

俺たちが考えている作戦はこういうことだ。

Teroへ直接入れない以上、何らかのものを媒介として侵入する必要がある。

白羽の矢が立ったのが、唯一量子コンピューターの中で仕事がない科学だった。

科学の頭脳は基本的にTeroとつながっている。

今はそれが途切れているが、逆に言うと、こちらから行くことも可能だということだ。

「そのための通路を、この電極を用いて作り出します。いうなれば、Teroと科学の脳を一時的に融合させるということです」

「なるほど、それで、科学は自己意識を保ち続けることができるのでしょうか」

翳は、そのことを真っ先に心配した。

「想定では大丈夫ですが、どうなるかは分かりません。Teroが検証したプログラムは正常に起動することを確認しています」

「Teroが?本人が意識不明に陥った時点で、その事はあまり意味をなさないと思うのですが…そもそも、そのような状況に陥る前から、何らかの不調を起こしていた可能性も否定できず、そのような段階の情報を信用するんですか」

言っていることは、俺も理解している。

信頼性に十分ではない情報は、外すべきなのだろう。

だが、今回のこの実験に耐えうるものは、これしかないのだ。

やるしかない。

そのことを、彼らに伝えた。


「……分かりました。私はそのことについて、承認します」

科学がそう言った。

翳が何か言う前に、どたどたと外が騒がしくなった。

「ちょっと待ってくれ!それは危険だ!」

「誰だよ、いったい」

扉の外から聞こえてきた声には、聞き覚えがなかった。

「宇宙軍第3師団特務中佐の巖伊寛徳(いわいかんとく)だ。2089年4月3日からきた。まだ、Teroとつながっていないよな」

「ああ、そうだが……」

俺がそういうと、彼はほっとしたような声になった。

「よかった、わざわざ時間を超えてきたかいがあった」

「それで、そんな人が何の用ですか。危険だっていうのは」

「ああ、そのことだ」

况が聞いたら、持ってきたカーキ色のかばんの中から、分厚い報告書を取り出した。

「実は、自分が来たのは、Teroとの同期を止めるために来たんだ。それを止めれば、こちらの世界に来ることはない。同調した科学が、Teroからの最後の指示ということで無線で軍を操って人間を皆殺しにしようとはしないはずだ」

それを聞いて、科学の顔から生気が引いていった。

「それで、どうなるんですか」

「2089年時点でも、戦争は続いている。だが、人類が過去の栄光を取り戻すのは不可能なほどまで損害を受けているが」

「そんな……」

况は絶句した。

俺は、そんなときでも考えていた。

どうすれば結果的に最良な選択をとれるか。

だが、考えれば考えるほど、泥沼にはまるばかりだった。


他の人たちが話し合っているすぐ横で、俺は况と幸助と一緒に相談会を開いていた。

「どうすればいいと思う」

俺が二人に聞くと、真反対の答えが返ってきた。

「他にやり方はないよ、もう科学を媒体として行うしか…」

「それでも、他のやり方をいったん考えてみましょ」

况の提案は、もっとものような気がした。

「で、他のやり方はあるのか?」

俺が二人に聞く。

「そうだな……」


数分間、誰もが黙ったが、ポツリと幸助が言った。

「……科学を使うか、もしくは無線を使うか……」

「無線?でもその機能も閉じられたまんまだよ」

「直接つなげるためには、マスターが必要なんだろ。だったら、そのマスターを連れてくれば……」

「それは無理だろ。今、Teroのマスターは交通事故で人事不省に……」

大臣がそういってくる。

「ちょっと待ってください、そんな話聞いてませんよ」

「まだ話してなかったか」

途中で話を遮られた大臣は、あまりいい気をしているように見えなかったが、俺の言葉を聞いて改めて喫驚(きっきょう)しているようだ。

「Teroのマスターである幸は、本日13時46分ごろ、赤信号を突っ切ってきた車にはねられ、人事不省になっている。いや、部下か誰かが話しているものだとばかり思っていたが…」

「じゃあ、幸を起こせばいいんじゃないの?」

妹が俺のすぐ後ろの席から座りながら言ってくる。

「そう簡単でもないようなんだ。両足の複雑骨折、肋骨が3本ヒビが入り、左腕も骨折しているようなんだ」

「で、妹にはそのことが知らされてなかったっていうことだな」

俺が大臣の話を聞きながら、妹に聞く。

「携帯には、何も連絡が入ってなかったよ」

噂をすれば影とは、良く言ったもので、そういった直後に病院からメールが届いた。

俺がとかく言う前に、さっさと妹はメールを見る。

「今着いた」

たった一言だけいって、そのまま会議室を出た。

「どこ行くんだ!」

「すぐ近くの中央病院!」

近くにある中央病院という名前がついている病院は、一つしかない。

惑星国家連合立大学付属中央病院、通称付属中央。

宇宙でもトップクラスの緊急医療設備が整っている病院で、この周辺の緊急患者は、この病院に集められることになっている。

いわゆる、拠点病院の一つという位置づけだ。

「俺も行ってくる。何かあったら……」

况が携帯をひらひらと見せながら言った。

「これ、でしょ」

ウインク一つすればかわいげがあるんだが、すでに彼氏がいる状態じゃ、されたところで望みはないだろう。

「サンキュ」

一言置いて、俺は妹の後を追った。


妹と合流したのは、この建物の玄関だった。

「お兄ちゃん、どうしたの」

肩で息をしながら、

「一人で行かせるわけにはいかないだろうが。何かあったらどうする」

「心配してくれてるんだ、へー」

冷たい視線が、俺を突き刺してくる。

「それで、幸仁は?」

その視線を無視しながらタクシーを探していると、妹が聞いてくる。

「幸助達に任してきた。大丈夫だろうさ」

そういうと、なんとなく安心したような表情を見せる。

「それよりも、急ごうか。今回のTeroが意識不明なのは、幸が原因のような気がする」

俺がそういうと、妹は力強くうなづいた。

それと同時に、タクシーが俺たちのすぐ横に止まり、ドアが自動的に開いた。


タクシーでも20分ほどかかる距離に、その病院はあった。

代金を俺が払っている間に、妹は先に降りた。

「おっきー」

ここに来るのは初めてな妹が、上を見上げながら驚いている。

「そりゃ、ここは11階建て、1000床強を誇る、総合病院としても機能してるからな。緊急患者が基本だけど、一般外来も運営してるよ」

俺が説明しながら、玄関へと向かう。

「その中でも、一番大きな領域は、集中治療室なんだよな……」

受付で幸の部屋を聞き、その部屋へと向かう。


「906号室……あった、ここだ」

妹はメモを取った紙を見ながら、部屋を見つけた。

透明なアクリルガラスで廊下から直接見ることができるようになっていたが、ブラインドが下ろされており、今は見ることができなかった。

部屋につくと同時に中からスーツ姿の男性が出てきた。

飯澤(いいさわ)先生」

妹が出てきたばかりの人に、そう呼び掛ける。

すると、こちらへ向いた。

「ああ、木本さん」

「幸の様子はどうですか」

「小康状態だね、でも、まだ意識は戻らない」

飯澤といわれたその人は、妹の学校の先生らしい。

続けて、白衣を着た人も出てくる。

「おや、御友人ですか?」

「ええ、そうです」

白衣を着た人は、医者だと一目で分かった。

「そうですか、私は、彼女の主治医をしています、豊谷と申します。どうぞよろしく」

「幸は……」

飯澤に聴いたのと同じことを聞くが、豊谷は首を軽く左右に振った。

「肉体的には安定しています。問題は彼女の内面にあると思います。起きたくないという意識が、彼女をこん睡状態にとどめているのでしょう。それを除く事ができれば……」

「では、このようなことはどうでしょう」

俺はその時に、この研究が生かされる場面があることを悟った。


翌日、動かないTeroの体を幸の病室まで運んできた。

その場で実験を行う予定だ。

「大臣、よろしいですか?」

科学と幸を電極でつなぎ、大臣を見ながら聴いた。

大臣はうなづくだけだった。

緊張している科学を、すぐ横でなだめているのはマスターだった。

伸びのあるバリトンの声で子守唄のような歌が聞こえてくる。

そんな科学に、最後の確認を取るのは、少し気が引けた。

「科学さん、よろしいですか?」

「うん、頑張ってみる」

すでに幸の保護者に書面で許可を取っている。

全ての準備は整った。

「では、スイッチを入れます」



*********



夢を見ていた。

まだ、私がTeroのマスターになると決まっていないその時の夢。

私は、幸。

Teroのマスターとして今は生きている。

そんな重圧、私よりも他の人に回してほしいと思ったことの方が多い。

全ては、私が末っ子として生まれたことが悪いんだ。

そう考え込むと、さらに気がめいってきた。

いいこともあったけど、それ以上に、私には良くないと思うことばかりを思っていた。

だから、私はこうして交通事故で意識を戻らせたくないのだと思う。

現実世界では、そんなことがあるから。

そんなことは、引き受けたくないから。

私という心の中に、ずっと引きこもり続けた。


1日が経ったか、それとももっと長い時間が経ったか。

すでに時間という感覚はなくなっていたが、とにかく、誰か来たのは分かった。

私は、自分の小さな部屋に鍵をかけて閉じこもっていた。

一人だけで、広いと思うような小さな部屋。

鍵は、私しか開けられないはず。

そんな部屋に、外から声が聞こえてきたから、私は本当に驚いた。

「幸?」

聞いた事がある声、これほど幼いながらも、人生を経験したような深みがある人を、私は一人しか知らなかった。

「もしかして、科学?」

「そうよ、Teroも困ってるわ。早く起きてあげて」

「いやよ。それだけ言いに来たんだったら、さっさと出ていって!」

私は、彼女にそう冷たく言葉をかけた。

「…ダメだよ」

急にすぐ横から声を聞こえてきたと思うと、科学が大学生になったような感じの女性が立っていた。

「えっ」

「ダメだって言ってるの。なんで、一人で考え込むの?」

「そう言われても…こんな重圧がかかるなんて、私は耐えきれないって…思うだけで……」

最後の方は、私自身でもわかるほど、ごにょごにょしている声だった。

科学は、私のすぐ横に椅子を空中から取り出して、座った。

「耐えてみるのも、重要だよ」

「どんなふうに」

怒りっぽく、科学に当たるように言ってしまった。

「そうだねー……」

数瞬、間があく。

「人が生きるのってさ、人一人じゃどうしようもないよね。生まれる時点で、お母さんとお父さんが必要だし、育って行くにも、友人とか支えてくれる人がいるでしょ」

私は黙って聞いていた。

「人というのは、一人では生きていけないの。漢字を見てもわかるでしょ、別の人に支えてもらって、初めて生きていける。そんな弱い生き物なのよ」

「科学って、ロボットだよね。なのに、なんでそんなに私のことを真剣に考えるの?別に、どうでもいいじゃない。一人でも生きていけるって、私が証明すれば――」

何も言えないほどの閉塞感を感じる。

急に息が詰まった。


一瞬でそれは取れたが、何が起こったか理解はできなかった。

「そんな時、ふとした時、近くに誰かいたらいいと思わない?たとえそれが、命を持ったロボットであったとしても」

科学は、私に手を差し出した。

どんな人であれ、私を支えてくれるというのは嬉しいものだと、私は思った。



*********



妹が幸の手を握りながら、ずっと起きるのを待っていた。

Teroがゆっくりと目を開けると、それを喜ぶ暇もないほど短い間に、幸も起きた。

幸の目からは自然に、涙がこぼれている。

「あれ…?」

幸を見やり、Teroを見る。

最後に俺を見てから、幸は言った。

「なんだか、大変だったようですね」

頭に電極が刺さっているのは、気づいていないのだろう。

それとなく気づいているのかもしれないが、意図的に無視しているのかもしれない。

「それで、どんな感じ?」

科学の頭から電極を抜きながら、况が聞いた。

「うーん…人って、つながることでうれしいとか、楽しいとかっていう"喜び"の感情を共有できる生き物なんだね」

夢の中で、どうやらそんな結論になったらしい。

その時の話を後で聞くまで、何を話していたのかはわからないから、俺たちの頭の上にはでっかい?が浮かんでいるだけだった。


「…そんなことになってたんだ」

足にはめられているギプスに書かれた、それぞれのメッセージを見ながら、呟いていた。

俺が説明している間、他の人たちは部屋の外に出ていた。

唯一人、妹だけは幸の手を握りながら、ずっと俺の話を聞いていた。

「まあ、そんなことだ。つまりは、幸の両親に許可を取って、頭の中に科学とつながるように電極を刺した。その結果、Teroとほぼ同時に目覚めたんだ」

幸は、無事だった手を閉じたり広げたりしていた。

「それで、私は科学なの?それとも幸のまま?」

「どういうことだ」

理解できない俺に、幸はゆっくりとした口調で話す。

「自我の一部が残り続けたような感じだけど、私の心の中に科学は入ってこれた。私と科学は、一瞬だけど一つになったっていうことでしょ。だとすると、その時から私はどっちを"私"と呼べばいいの?」

俺は、頭の後ろを掻きながら考えた。

「幸は幸だよ」

妹が、顔を向けながら言った。

「えっと……」

瞬時に顔の判別がつかないようだが、それは後々のリハビリなどでどうにかできるだろうと、勝手に思った。

「私は、私だよね。どんなことがあっても」

妹は、幸の両手を握りながら、何か言い始めた。

「そうだけど…」

「だから、幸も、どんなことがあっても幸だよ。もしも幸が、誰かわからなくなったとしても、私が思い出させてあげる。だから、安心して」

「ありがと…ね……」

詰まりながらも、振り絞るように幸は妹に言った。

そのまま、妹は幸を抱きしめた。

友愛の情を確かめ合うように、これからもずっと一緒に仲良くしていこうと言うように。


それからのことは、俺も知らない。

そこまで来たところで、病室から出たからだ。

「どうだった」

出るとすぐに、幸助が聞いてきた。

「ああ、妹が一緒にいてる。多分大丈夫だろうさ。それよりも、実験データが得られた方が、俺にとっちゃ嬉しいね」

「そっか、卒論……」

况が思い出したように言った。

「でもさ、まだまとめる時間はあるだろ」

幸助はすぐそばの壁にもたれている弟をちらっと見ながら言った。

「大学に帰りながら、考えましょ」

「ああ、先に行っててくれ」

俺は弟の手を引っ張って、言った。

「どうしたの」

「母さんのところへ寄ってから、俺も行くよ」

そういうと、何か納得したような顔をして、幸助がうなづいた。


妹にはあとから来るように言ってもらうように頼んだ。

「ここだ」

長期入院用の病室。

中央病院のすぐ横にある惑星国家連合立大学付属第2病棟に、母さんは眠っている。

音もなく滑るように病室の扉が開かれる。

500年の時より生きているといわれている俺の母さんは、戸籍によれば本名を永嶋香というそうだ。

すでに、幾度と結婚を繰り返し、幾度と死別している。

その最期の人となったのが、俺の父さん。

1525歳以上になっていることは確実ではあるがそれ以上のことは分からなかった。

「母さん」

いつまでも深い眠りについているのは、昔の実験の影響らしい。

ガン化によって超長寿命を実現させようとして、そして実際になった。

だが、1000歳を越えた頃に、体にいろいろ不調が出てきた。

それからさらに500年たったころ、俺の父さんと出会い、子供を授かった。

しかし、弟が産まれてから数年後、突然こん睡状態になり、それ以後目覚めたことはない。

俺がこの道を進みだしたのも、母さんの気持ちを知りたいという単純な願いからうまれている。

そのまま卒論のテーマにすれば、俺自身も大学が卒業することができ、一石二鳥だと思った。


「母さん、ほら弟連れてきたよ」

起きるはずもないと思いつつも、いつの日か、また一緒に過ごせる日々を夢見ながら、今日も俺は母さんに会いに来る。

医者からは病名は知らされてないし、父さんも教えてくれない。

だが、これまでの実験のことを考えてみると、ガンに侵されているという考えが一番ピッタリくる。

ガンの進行を食い止めることができるという薬が発売されてから、ガンによる死者は激減した。

だが、それでもわずかにいることは事実だ。

母さんもいずれは鬼籍に入るだろうが、その時はあまり苦しまないでいてほしいと思うのは、やはり子供心だろうか。

「なんだ、お前たちも来ていたのか」

「父さん」

花束を持って、父さんが病室の扉に立っていた。

咲幸(さくら)はどこだ」

「幸のところにいるよ。今、こっちに向かってるんじゃないかな」

父さんも幸のことはよく知っていた。

「そうか、ならいいんだ」

花束には、ポストカードが差し込まれていて、そこには一言だけ書かれていた。

「誕生日、おめでとう」

俺はそれを見てからようやく思い出した。

「そっか、今日は母さんの誕生日だった…」

「忘れてたとは、言わさんぞ」

有無を言わさない圧力をかけてくる。

「お、覚えていたとも」

忘れていたとは、正直に言えなかった。

「なら、いいんだ」

父さんは持ってきた花束を、母さんの枕元にある小さな棚へ飾った。

「これでいいだろうさ」

それから父さんは、何かを母さんへ言っているようだった。


数分間、男達で色々話した。

楽しかったこと、大学のこと、将来のこと。

話題がなくなってきたころに、妹がやってきた。

「お父さんも、来てたんだ」

さも当然のように父さんを見やってから、妹は持ってきた小さな折り鶴を、花束のすぐ横に置いた。

「これで、さみしくないよね」

後で妹から聞いた話だが、折り鶴の中には俺たちの名前と一緒に、治癒の神様であるサトミ神の朱印が描かれているそうだ。

「……また、くるよ」

最初に出ていったのは、父さんだった。

その一言だけを病室に残して、すぐに仕事へと戻っていった。


母さんの周りに俺たちがいても、自然に話すことはなくなる。

だが、帰ろうと思っても、何かが帰らそうとはしなかった。

「…帰ろうか」

その一言を言ったのは、俺だった。

「そうだね」

妹が俺にいってくる。

弟はトイレに行くと言ってから、玄関で待っているといって先に出ていった。

卒論も仕上げる必要があるし、なによりも弟が先に玄関で待っている。

「さよなら、母さん」

一言、母さんへ告げてから、病室を出た。

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