魔王と無二の聖女
遊森謡子氏主催の春のファンタジー短編祭『武器っちょ企画』参加作品です。
テーマ↓
●短編であること
●ジャンルは『ファンタジー』
●テーマ『マニアックな武器 or 武器のマニアックな使い方』
詳しくは↓をどうぞ
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魔王は、城の奥の間の玉座に座り、ゆっくりと降り積もる時間の中、待っていた。
聖女が来る。人間の国では、どうやら救国の聖女と呼ばれているらしい、その女性。その聖女が、人間同士の戦争を終わらせた後、今度は魔族の国を攻め落とすことにしたらしい。
歴史上、魔族と人間は事あるごとに対立してきた。昨今は大きな戦争こそ無いものの、水面下ではさまざまな動きがあり、交流とは程遠く、どうやら彼らは聖女を使ってこの状況を打破しようと考えたようだ。
当初魔王は、聖女何するものぞとたいして深く捉えてはいなかったのだが、すぐにその見方を改めることとなった。
魔王が差し向けた迎えは、帰ってこなかった。配下もろとも、聖女の手に落ちた。深く捉えていなかったといっても、決して油断したわけではない。送り出した部下は軍の中でも腕の立つ者の一人で、今までの幾つかのいざこざも、全て彼の手で解決できていた。しかし、最初の者が帰ってこないと、続けて送った者たちも、誰一人帰ってこない。
魔王の幼馴染で個人的な友人でもある銀狼アルク将軍も、『サクッと片付けてくるからな』という言葉を残し、足取りがつかめなくなった。
聖女から離れた位置にいたため、辛うじて逃げおおせた兵士から、わずかばかりの情報が得られた。それによると聖女は、武器らしい武器を持っていないらしい。争いに身を置くなら、戦士ならば剣かそれに準ずる物、魔術師ならば杖は必ず所持しているはずだ。しかし、何ら道具を使う様子の無い聖女を相手に、配下の者はろくに抵抗もできず血を噴き倒れ、隷従させられていると言う。
魔王は腸が煮えくり返ると共に、戦慄も覚えていた。彼が放った者たちは、間違っても脆弱では無い。アルクなどは普通の人間相手なら、まさに一騎当千の働きが出来る猛者なのだ。それをただ一人の、しかも人間の女が――
「だが、俺は負けられん」
もうすぐ、聖女がここに到着する。恐らく城の衛兵では太刀打ち出来ないだろうから下がらせた。もちろんここまですんなり来られるようなヤワな造りの城ではないが、それも時間稼ぎにしかならないだろうし、その時間も間もなく尽きる。
しかし魔王たるもの、逃げるわけにはいかない。ここで逃げては、散っていった部下たちに申し訳が立たない。何より、王は国民を護るためにその身を捧げなければならないのだ。
「アルク…俺は逃げんぞ」
事あるごとに笑いながら『早く嫁さん貰え』と魔王の肩を叩いた親友。昔彼に叱咤されて誓った言葉を思い出し、気を引き締める。
視界を埋める暗闇の中、ギィ、と重々しい音が響いた。幾人かの足音。その中に混じった一つだけ軽やかな足音。
「はじめまして」
女性の声。恐らく聖女だろう。しかし、魔王にはその姿が見えない。音だけだ。魔王の様子に気付いたのか、聖女らしき声が疑問を投げかけた。
「あの…なぜそのようなものを着けておられるのですか?」
「貴様を視界に入れないためだ」
そう、魔王は今、その顔に目隠しをつけている。これが、魔王が聖女と対峙するために思いついた苦肉の策だった。
「貴様のもとに向かった部下は、貴様と顔を合わせただけで倒れ伏したと聞く。どんな手品を使ったかは知らんが、貴様の顔さえ見なければどうにかなるのではないかと考えた」
今のところその試みは成功していた。こうして聖女と言葉を交わしているのが証拠である。
「ですが、私は対話をしに伺ったのです。魔王陛下、どうかお顔をお見せくださいませんか?」
「ふん」
会話は終わりとばかりに、魔王は腰の魔剣に手を伸ばした。魔剣は魔術の媒体となる。この部屋ごと吹き飛ばせば、魔王も無事ではすまないだろうが、聖女を葬ることが出来る。
しかし、鞘に向かった手は何者かに掴まれ止められた。
「なっ」
「すまねえな、陛下」
聞こえてきたのは、耳慣れた野太い声。魔王は驚きのあまり一瞬動きが止まり、そこをさらに強く掴まれた。
「アルク…」
「おっと、それ以上は動くなよ」
なぜ、という言葉すら出ない。だが、兵士の報告にあった、負けたものは隷従させられると言う情報が、頭を過ぎった。
「き、さま…聖女! 貴様、よくもアルクをっ!」
太い腕に拘束されながら、魔王は激情のままに叫ぶ。よりにもよって、アルクを使うとは。怒りを通り越して憎悪すら感じた。
魔術を使った戦闘ならば魔王は誰にも遅れを取らないが、単純な力比べであれば、鍛え上げられた銀狼族のアルクには敵わない。魔王は成す術なく羽交い絞めにされる。
「悪ぃな、でもこれもお前のためなんだぜ」
「くそ、何を、何を言っている!」
どうにか逃れようとあがく間に、コツ、コツ、と足音が近づき、魔王の前で止まった。
「来るな、やめろ…」
あまりにあっけなく、あまりに無情な幕切れに呆然としながら、最後の抵抗をする。そんな魔王をよそに、顔の目隠しに何かが触れた。
「やめろ!」
叫びも虚しく、聖女の手によって目隠しは払われた。
「やっと、お目にかかれました、魔王陛下」
「…」
その時、彼の目の前にあったもの。それをなんと形容すべきか。
「…」
「…」
「…陛下?」
顔を覗き込み微笑む聖女から、魔王は視線を外すことができない。荒れ狂っていた胸中が真っ白になっていく。
「…おい」
「…」
後ろからの親友の声も聞こえない。ただ聖女を見つめたまま、
「…ブホッ」
何やら変な音を発しつつ、魔王は鼻から血を噴き、ゆっくりと倒れたのだった。
***
結論を言おう。
聖女は、とても美しかった。それも、ただの美女という段階ではなく、人間の国では“神の恩寵”、“天の子”と呼ばれるほどの、神聖ささえ垣間見えるほどの清純さをかもし出す、絶世の美女だったのだ。長い漆黒のつややかな髪、整った唇。普段は伏せがちな目は、どこか憂いを浮かべている様でもあれば、穏やかな優しさを秘めている様でもある。
基本的に、魔族の女は、清純とは程遠い。肉感的というか、むしろ肉食系である。そんな彼らなので、魔族の男たちは、清廉かつ清楚な美女というものにほとんど免疫がなかった。
まして、聖女である。最高の彫刻家ですらその美しさを再現できないであろうと言われるほどの美しさである。魔族の男たちは、その姿を目に映したとたん固まり、その顔に微笑みが浮かんだとたん、あまりの神々しさにある者は鼻血を噴き、ある者は昏倒し、ほぼ例外なく彼女のとりことなってしまったのだ。
そしてその微笑みの威力は魔族どころか魔王にも遺憾なく発揮され、魔王も陥落。ついでに言うと、聖女も無骨だが真剣に国を想う魔王の心根に、さほど時をおかずに陥落。一つ幸いだったのは、聖女がその名に恥じない正しく美しい心の持ち主だったことで、お陰で魔王が敗北を喫しても、何一つ不条理な要求もされず、むしろ、人間の国との友好の架け橋となっていた。
そして、今日は両国にとって特別な日となる。
「それにしても、彼女の笑顔は特別だな」
「ありゃあもう武器か兵器だよなあ。なんたってあれだけで魔王軍壊滅だぜ。反発してた国民もあっという間に宗旨替えさせちまうし」
城の窓から、城下に集まった民衆を見下ろし、アルクと二人語らう。
「だが、あの笑顔は無二のものだ。何にも代え難い。守ってやりたいと思う」
「言うねえ、さすがは旦那様」
そう、今日は魔王と聖女の婚姻が行なわれる日だった。魔王が鼻血の中失神した後、介抱した聖女となにやら良い雰囲気となり、すったもんだの末この日を迎えることになった。
ちなみに魔王は、あの後得意満面と言った風に『全然結婚しねえから俺が嫁さん探してきてやったぜ』などとのたまった狼男を思い切り張り倒したのだが、当然責める者は誰もいなかった。
ただ、感謝はしている。
「彼女がずっと笑っていられるかは、お前にかかってるんだぜ。そこんとこ忘れるなよ」
「当然だ」
「あと、お前もたまには笑え。美女と野獣を地で行ってんじゃねえよ」
お前が言うな、という文句は辛うじて飲み込んだ。
「…そろそろか」
「おう」
そうして臣下の礼をとったアルク。
「陛下」
「なんだ」
「御婚姻、誠におめでとうございます。陛下に忠誠を誓った者として、これほど嬉しいことはございません」
「…行ってくる」
真摯な言葉と共にニヤリと笑うアルクを見返し、泰然と歩き出す魔王。広間に出て進んだその先には、純白の衣装を身に纏った聖女がいる。その顔はヴェールで隠されているが、その下には今日も無二の笑顔が浮かんでいるはずだ。
「陛下」
「聖女殿」
その笑顔はこれからも、周囲をとりこにし続けるだろう。だが魔王は、その容姿の美しさだけでなく、何より彼女の存在そのものが美しいからこそ、これだけ周囲の心を動かすのだと思っていた。
魔王などという自分には、もったいないくらいだ。
だが、何の因果か、彼女は自分の妻になる。粛々と進められる儀式のもと、二人で誓いの言葉を語り、愛を交わす。そして、誓いの口づけをするために、魔王は彼女のヴェールを持ち上げた。近頃ようやく直視できるようになった顔には、やはりたおやかな微笑みが浮かんでいる。
「ファレン殿」
聖女の名を呼ぶのは初めてだ。
「何でしょう、ガリフ様」
彼女が魔王の名を呼ぶのも初めてだった。
「…ありがとう」
それだけ伝えると、魔王ガリフはぎこちなく微笑んだ。
「…」
「…」
「…」
「ファレン殿?」
「…ブホッ」
聖女の鼻から紅い液体がほとばしった。
「ファ、ファレン殿!?」
「あ、いや、なん、なんでもないです! 平気です」
どこか覚えのある展開に青ざめた魔王だが、聖女の顔はむしろ真っ赤で、小声で必死に取り繕っている。
「しかし血が」
「ぜ、全然平気です! 別に無骨な顔に微笑みとか破壊力パネェ! とか思ったわけじゃありません!」
「な、何だそれは?」
「気にしないでください! では続きをどうぞ!」
何だか雰囲気ががらりと変わった聖女に首を傾げつつ、元気が良い彼女も悪くないな、などと思う。ついでにもしや彼女には自分の笑顔も武器になっているのだろうかと、見当違いな感想を覚える魔王であった。
窓から射す厳かな光の中、二人の唇が触れ合った。
こ、こんなんでいいんだろか? とビクつきながら投稿。
何というか、ツッコミどころ満載かつ下らないオチかつこじつけ感溢れる話ですみません。
ちなみに執筆中の仮タイトルは「微笑みの○弾」でした。
<追記>
他の参加者の方々の作品は↓からどうぞ。面白い作品がいっぱいです。
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