挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
EVE:2108 - The Place of the Heart 作者:志室幸太郎
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

6/31

Evangelium01-5:ガレキの楽園

 外に出たイヴは、その光景に息を呑んだ。
 そこはまるで廃墟だった。道路の舗装は剥がされ、剥き出しの地面に昨夜の雨が水たまりを作っていた。建物の半数は倒壊し、瓦礫になっている。そして、それらを覆うように、緑が生い茂っていた。遠くには傾いた高層ビルや塔のようなものが見えたが、それらもうっすらと緑に覆われている。
 古都東京、神田解放区。かつて日本の中枢として栄えた場所の、成れの果てだった。
 ちらほらと人の姿が見える。壊れた車のフレームやタイヤを組み合わせて作った荷車に、貧相な野菜を載せて運ぶ者。道端で焚き火を囲み、暖を取る者。瓦礫から使えそうなものを掘り返そうとする集団。国籍はばらばらで、その大半が子供だった。
「あ、伏見先生。女連れ」
 荷車を引いていた東南アジア系の少年が、伏見の姿を見つけて近寄ってきた。
「こらこら、どこでそんな言葉覚えたんだ」
「ハナから聞いた。ご飯、行こうよ」
「うん、今ちょうど――あ」
 クローディアスが伏見の手を逃れて、駆け足で東の方へと走っていった。見ると、白い煙が上がっている。
「お、今日は魚来てるんだね」
「急がないと、なくなる!」
 少年は荷車を派手に揺らしながら駆けていった。

 東へ歩いていくと、大きな交差点のような場所があった。やはり舗装は剥がされていたが、どうにか形を留めているビルが四方にあり、それぞれの間には道が伸びる。そして交差点の中心には、沢山のテーブルが並べられていた。
 すでにほとんどの席は埋まっていて、小さな子供たちが身を乗り出して食事を待っている。
 伏見はイヴを連れて、煙の上がっている場所へとやってきた。そこには簡易の調理スペースが作られており、比較的年齢層の高い子供たちとわずかな大人が、朝食の準備をしていた。
 魚を焼いているらしい場所には人が群がっていて、伏見はそこに割って入っていく。
「ハナ、おはよう」
「あ、やっと来た!」
 焚き火で魚を串焼きにしていたポニーテールの少女が、煤だらけの笑顔を見せる。その隣にはクローディアスが足を揃えて座っていて、焼き色のつき始めた魚を凝視していた。
「見てよ、港のやつらがあんなに持ってきてくれたんだ」
 そう言って、ハナは少し離れたところにあるプラスチックのコンテナを指差す。コンテナには溢れんばかりの魚が詰められており、それがいくつも並んでいた。
「今日は人数分あるよ。こいつと――」
 ハナはクローディアスの頭を撫で、
「あなたのもね」
 そう言って、伏見の後ろに立っていたイヴを見た。
伏見は脇にどいて、イヴの背を押して前に出す。
「イヴ、彼女はハナ。ここに住む人たちのお母さんなんだ」
「ちょっと、私まだ十七なんだけど」
 伏見の紹介に、ハナは魚の焼き加減を見ながら口をはさむ。
「いやほら、精神的な意味でさ。君の着替えなんかは彼女にやってもらったから、安心して」
 それを聞いて、イヴは頭を下げた。
「お世話になりました」
「いいっていいって。あの変な服にはびっくりしたけど。伏見先生に襲われなかった?」
「いいえ、特に敵性は感じられませんでした」
「先生もやしだもんね」
「紳士と言ってくれ。で、今日は何をすればいい?」
「魚のはらわた取れる?」
「任せてくれよ。実は僕、漁師をやってたこともあるんだ」
「はいはい。イヴちゃんも手伝ってあげて。働かざる者食うべからず」
 ハナは焼き上がった魚の串焼きで、イヴの顔を指して言った。

 イヴは伏見に教えてもらいながら、魚のはらわたを取り除いていく。数匹もこなすとすぐにその作業に慣れて、とてつもないスピードで下処理をしていった。
結局、残ったコンテナの半分近くを、イヴが片づけてしまった。
途中からその様子を見ていたハナは、最後の一匹が終わるとイヴに拍手を送った。
「イヴちゃん、漁師だった?」
「いいえ。魚を釣ったことはありません」
「じゃあ何やってたの? 板前さん?」
「申し訳ありません、機密事項のためお話できません」
「機密事項? まあ、いいけどさ。ところで、漁師だったらしい先生は何をやってたの?」
 伏見はようやく十匹目を終えて、包丁を置いた。
「思ったんだけど、やっぱり肝は栄養も豊富だし、取らなくていいんじゃないかな」
「残しとくと子供が捨てちゃうの。もったいないでしょ? 新鮮なうちに肝吸いにするなり、なめろうにするなりするから、終わったやつ寄こしなさい」
「はい」

 作業を終える頃には、野外食堂に空席ができ始めていた。魚の串焼きが載った皿と野菜のスープのカップを持って、伏見とイヴが席に着く。
「いただきまーす」
 伏見は手を合わせて、魚の串焼きにかじりついた。隣の椅子に飛び乗ってきたクローディアスにも、ほぐした身を分け与える。イヴはその様子を興味深そうに見ていた。
「食べないの? 見た目は悪いけど美味しいよ」
「レーションしか食べたことがありません」
 それを聞いて、伏見が悲しげな笑みを見せた。スープの皿から先割れスプーンを取り出して、器用にイヴの魚をほぐしていく。一切れをスプーンの先に突き刺して、イヴの口元に持っていった。
「食べてごらん。体の毒になるようなものは入ってないよ」
 イヴは少し戸惑って、目の前の魚の身と伏見の顔を見比べる。しかしやはり、伏見の表情に敵性は感じられなかった。ためらいながらも、イヴはゆっくりと口を開き、魚を口にした。
 しばらく無言で咀嚼していたが、イヴは違和感を覚えて伏見を見た。
「また涙が出てきました」
 イヴの目尻に溜まった涙は、溢れて頬を伝った。
「本当に毒は入っていないのですか?」
「大丈夫だよ。……美味しいかい?」
「美味しいです」
「それは良かった」
 それからイヴは、夢中になって伏見のほぐした魚を口に運んだ。手持ちのレーションが尽きてから、およそ二週間ぶりの食事だった。イヴは流れる涙を不思議に思いながらも、綺麗に魚を平らげた。
 次に野菜のスープに手をつけようと思った時、後ろから手が伸びてきて、スープの皿を持ち上げた。
 イヴが振り向くと、肌の白い肥えた男が下卑た笑いを見せた。
「新入りだから、もらう」
 片言の日本語だった。
「待て待て、ここにそんなルールはないよ」
「ひひっ」
 伏見の注意を無視して、肥えた男は逃げ去ろうとする。
 しかしその行く手を阻むように、一人の少年が立っていた。昨夜までイヴが体を包んでいたような麻布を身に纏っている。まだあどけなさは残るものの、彫りの深い精悍な顔つきをしていた。
「な、なんだよ」
 肥えた男は母国語で威嚇するが、少年は動じない。
「も、文句あるなら言ってみろよ!」
 少年は何も言わない。ただじっと、一点を見据えていた。
 一向にそこをどかない少年の無言の訴えに負けたのか、やがて肥えた男は近くのテーブルにスープの皿を置いて、ぶつぶつと文句を言いながら去っていった。周囲で見ていた食事中の住人から、少年にまばらな拍手が送られる。少年はしばらく同じ場所に立っていたが、何も言わずに立ち去ろうとした。
 それを見てイヴが立ち上がり、小走りで少年を追いかけた。追いつくと少年の肩に手をかけて引き止める。それから肩に置いた手をそのまま首に回して、足を払って、その場に投げ倒した。
 食堂にいた一同は、ハナも含め唖然とした。
 イヴはそんな中でも淡々と少年の腕を極め、娼館の主にしたように折ろうとする。
「イヴ」
 伏見がイヴの手をつかんで止めた。しゃがみこんで、傍で囁く。
「イヴ。これは正しいことなのかい?」
「はい。私はこうするために生きています」
「違うよ、イヴ。昨日も話しただろう? 自分の神様に聞くんだ。もうあの神様はいない」
「でも……」
「自分の心で、考えるんだ」
 伏見の声に熱が籠る。
 ようやくイヴは、少年の上からどいた。
 少年は立ち上がって土埃をはらうと、何事もなかったかのように歩き去っていった。
「ごめんなさい」
 謝罪にも、少年は何も答えなかった。イヴはただ、その後ろ姿を見送るしかなかった。
この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。

http://colonseries.jp/
cont_access.php?citi_cont_id=417046277&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ