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EVE:2108 - The Place of the Heart 作者:志室幸太郎
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Evangelium04-7:夕べの祈り

「……何あれ」
 古都東京、神田解放区。
 夕食の支度をしていたハナは、南に伸びる道路の先から、数台のトラックがこちらに向かってくることに気づいた。そのトラックは港に住む仲間のものだったが、ハナが異常を感じていたのはその荷台だった。
 薄暗くてはっきりとは見えないものの、腕が四本、トラックのシルエットから突き出ており、それがゆらゆらと揺れているようだった。近づいてくるにつれて、頭も二つ突き出ているのが見えてきた。「おーい」という間抜けな声が聞こえてくる。
「ふふっ、何あれ」
 それが伏見とイヴの二人だとわかっていながら、ハナは軽口を叩いた。
「みんな! 先生たち帰ってきたよ!」
 野外食堂は一瞬静まったあと、大きな歓声に包まれた。

 神田解放区の住人のほとんどが集まってトラックを迎えたが、荷台を見て一同は顔を見合わせた。
「ただいま!」
「お久しぶりです」
 荷台から飛び降りた二人はいつもの様子で声をかけるが、住人の視線は二人に続いて続々と降りてくる子供たちに向いていた。半分はイヴと同年代くらいで、半分はまだ幼い子供だった。総勢三十名弱。
 ハナは真顔で伏見に近づき、脇を小突いた。
「おかえり。……誰?」
「なんだい、そのおざなりな挨拶と質問は」
「いやだって……」
 制服姿の子供たちは、トラックの前に整列すると姿勢を正した。
「こんばんは。同胞を代表して、私、カインが挨拶をさせていただきます」
 最前のカインが声を張る。
「私たちはとある事情から、行き場を失いました。そのため、ここでお世話になりたいと思っています。よろしくお願いします」
 カインが頭を下げると、他の子供たちも挨拶と共に頭を下げる。
「私の兄弟です」
 困惑した様子の住民たちは、イヴの一言を受けて納得したように声を上げて頷いた。
「その……大家族だったんだね」
 ハナは何を想像したのか、いたく感心した様子だった。
「少し多いですが、大丈夫でしょうか? もちろん、みんなしっかりと役割を果たしてくれると思います」
「いくらでも住む場所はあるから、三十人も三百人も変わらないよ。よろしくね!」
 ハナが声をかけると、住民たちもそれぞれ「よろしく」という意味合いの言葉を口にする。カインたちは顔を上げて、安堵した様子を見せた。
「よし、そうと決まったらご飯だ」
「なんでそうなるのよ。……まさか、狙って帰ってきたの?」
「当然」
 伏見の視線は調理台に向けられている。台の上では、詰め物をしてバターや香辛料を擦りこんだ七面鳥が、焼かれるのを待っていた。年に一度のご馳走だった。

「え、今日誕生日なの? あなたたち全員?」
「はい」
 ハナは伏見とイヴ、そしてカインを始めとした同年代の新しい仲間とテーブルを囲んでいた。カインの話を受けて顔を見比べていくと、確かによく似ている。
「ということは、一、二……ねえ先生、十三人同時に生まれたらなんて言うの?」
「十あまり三つ子かな。食べていい?」
 伏見とクローディアスは、取り分けられた料理に釘づけになっていた。
「もうちょっと我慢しなさい。みんな席に着いた?」
 ハナが立って周囲を見渡すと、大体の席が埋まっている。
「よし。それじゃ神様にお祈りしよう。せっかくだし、イヴちゃんお願い」
「私ですか?」
「お誕生日様だし、クリスマスイヴだし、なんか縁起が良いじゃない?」
 イヴが周りを見ると、カインたちも頷く。
「それでは……」
「はーい、みんな静かに!」
 ハナの一言で、ざわついていた食堂は静まり返った。それぞれ思い思いに手を合わせたり、目を閉じてうつむいたりと、祈りの姿勢になる。
 イヴも手を組み合わせ、目を閉じ、少し考えてから口を開いた。
「……私たちの人生は、良いことばかりではありません。しかし、悪いことばかりというわけでもありません。ありがたいことに、私は沢山の人たちに支えられて、これまで生きてくることができました。今日という日をここで、皆さんと迎えられることを、嬉しく思います。すべての人と、すべての内なる神に感謝します。来年もまた、無事皆さんと過ごせますように。アーメン」
 一同が復唱すると、イヴは目を開いた。向かいの席で、伏見が微笑んでいた。イヴも笑みを浮かべて応える。
「いただきましょう」
 そこで、神妙な空気は一気に崩壊した。それぞれの言語で「いただきます」を叫ぶと、それぞれチキンにかじりつき、温かいスープを啜る。外は寒かったが、食事をしながら会話を楽しむと体はすぐに温まった。
 幸せな夜は、あっという間に更けていく。

 食事を終えると、幼い子供たちは自分の住み家に戻っていった。しかし大人たちはどこから調達したのか酒を持ち出してきて、そのまま飲み会が始まった。焚火の周りに長椅子を移動させ、暖を取りながら会話を楽しむ。イヴとハナ、カインとアベルも、焚火で沸かした温かいお茶を飲みながら付き合った。
 ちびちびと酒に口をつけていた伏見が、思い出したように口を開いた。
「そういえば、須藤はどうしたの?」
「ああ、そうだ! もうそろそろ生まれるみたいだよ」
「本当に? そうかー、楽しみだなあ」
 喜ばしい報告に、伏見の酒が進む。
「私、赤ちゃんを見たことがありません」
 イヴは膝の上のクローディアスを撫でながら、揺れる炎を眺めて言った。
「可愛いよー。ちょっとブサイクだけど、それでも自分の子供は天使みたいに可愛いんだこれが」
「子供いないくせに、何知ったような口聞いてるのよ」
 ハナに指摘されて、伏見はふくれっ面だった。イヴはそんな伏見を見て笑う。
「あ」
 ハナが何かに気づいて声を上げた。
「どうしたの? 眠れない?」
 イヴが振り向くと、コーヤがそこに立っていた。以前と変わらぬ麻布姿のままだった。
「……コーヤ君。こんばんは」
 声をかけても、相変わらずコーヤは無言だった。しかし、イヴをじっと見つめていた。
「良かったら、一緒にお茶を飲みませんか?」
 言いながら、イヴはクローディアスを載せたまま腰を浮かせて器用に移動し、伏見との間に一人分のスペースを作る。イヴを見ていたコーヤの目が、わずかに動いた。
「“アッラーフアクバル”」
 コーヤが呪文のように唱えると、爆竹のような音が野外食堂に響いた。アッラーフアクバル。アラビア語で、“神は偉大なり”という意味だった。
 その音に、伏見の酔いは一気に醒めた。クローディアスは毛を逆立たせてイヴの膝を飛び降りる。振り返ると、コーヤの麻袋に穴が開いていた。穴の周りは黒く焼け焦げ、薄く煙が立ち上っている。
「……コーヤ?」
 一同が沈黙する中、伏見が声をかけると、隣に座っていたイヴが伏見の肩にもたれかかってきた。
「イヴ?」
 伏見が支えようとすると、生暖かいものが手に触れた。見ると、伏見の手は赤く染まっていた。
「イヴ!」
 伏見が叫んだのをきっかけに、カインとアベルが弾けるように席を立ち、コーヤに飛び掛かった。カインが麻袋の中の腕をつかんでコーヤを組み伏せる。麻袋の中から出てきたコーヤの手には、一丁の拳銃が握られていた。アベルは撃鉄が動かないように指を入れながら、それをひねり取る。
「これは……!」
 その銃は、ゼノイドたちが紛争の鎮圧作戦で使用していたものだった。
 伏見は抱きかかえるようにしてイヴを長椅子に横たえ、コートをはだけさせる。銃弾は右の脇腹から体内に侵入したようで、傷口からは血が溢れ出していた。
「誰かタオルと毛布を持ってきて! それから須藤を呼んで! 早く!」
ハナを含む住人たちが、一斉に動き出す。伏見は着ていたコートを脱いで、傷口に押し当てた。しかし、イヴの顔はみるみる蒼白になっていく。
「イヴ! 寝ちゃダメだよ!」
 イヴは苦痛に顔を歪め、脂汗を浮かべながらも頷いた。伏見はカインによって拘束されているコーヤに目をやる。
「コーヤ、君は……」
「間違いありません。彼は宗教紛争に参加していた武装勢力の一人です」
 アベルの言葉に、伏見は絶句した。
「……最後の仕事を終えてこの国にやってきた時に紛失した銃です。刻印も、一致している」
「どこでこれを手に入れたのですか?」
 コーヤを拘束したまま、カインがアラビア語で詰問する。コーヤの表情が初めて崩れ、悪意のある笑みに変わった。
「君たちは優秀だったけど、それ以外は間抜けだったよ。輸送機のコンテナに忍び込むのは簡単だった」
「まさか……アカデミーの輸送機に忍び込んで、この国にやってきたと?」
「そうさ。同胞の敵を討つために」
 今やコーヤの目は、宗教紛争を戦った戦士の目だった。ゼロだった心は、伏見が出会った頃のように大きく揺らいでいる。
「……なんで気づかなかったんだ……」
 その結論に至る要素は、充分に提示されていた。しかし伏見は人間だった。人を信頼し、甘えやおごりもある、ただの人間だった。
「そいつは僕の同胞を、父を殺した」
 コーヤの首から下げられている傷だらけの双眼鏡に、アベルが気がついた。
「……あなたは、最後のスナイパーの観測主……?」
 コーヤは地に顔を押し付けながら頷く。
「僕はそれで、父が殺される瞬間を見ていた。影のような姿に、光る目。お前たちは悪魔だ」
「……君がここに来たとき、酷く憤っていた理由はよくわかった。でもなぜ、今になって……」
 伏見は止血を続けながら、アラビア語で訊いた。
「機会さえあれば、僕はすぐにでもそいつを殺すつもりだった。だけど、そいつはこの国に着くなり姿を消してしまった。僕は必死に探した。だけど見つからなかった。そのうち食べるものを調達する体力もなくなってきて、僕は死ぬと思った。そんな時に、この街の噂を聞いた。この国には楽園があると」
 その呼び名は皮肉に満ちていた。伏見はイヴの汗を手で拭いながら、唇をかみしめる。
「僕はまだ死ぬわけにはいかなかったから、ここに来て、なんとか生活できるようになった。そのうち僕は、復讐を諦めようとしていた。エーフェスの話を聞いて、諦めようと思った。だけどある日、僕の目の前にそいつが現れた。でも、その頃には僕の中で、気持ちの整理はついていた。きっとそいつにもそいつなりの理由があるんだろうと思うことにしていた。それなのに……その女はいちいち僕の怒りを煽ってきたんだ」
 意識が遠のく中、話を聞いていたイヴは「なぜ?」と口を動かした。
「そいつは幸せそうにしていた。僕はそいつのことを忘れようとしているのに、しつこく話しかけてきた。そして、こう言ったんだ。“無のままでは良くない”、“あなたのしたいことをしてほしい”って。僕はそいつのために、心を無にしていたのに……!」
 イヴの目尻から、涙がこぼれ落ちた。
「僕はその通りにすることにした。諦めることを諦めた。次にその時が来たら、殺すと決めていた」
 そこまで語ると、コーヤは満足したように目を閉じた。アベルは銃を構え、コーヤの頭に狙いを定めた。
「殺しますか?」
「ダメだ」
 伏見が言うと同時に、イヴも首を振った。
「イヴ、もう少し頑張ってくれ……頼むから……」
「先生! タオル持ってきたよ!」
 ハナが両手いっぱいのタオルと毛布を持って戻ってきた。伏見は血を吸って重くなったコートを投げ捨て、新しいタオルで傷口を圧迫する。イヴはすでに痛みに喘ぐこともなくなっていた。ハナは涙目になりながら、伏見の指示で脚に毛布を掛けて体温を下げないようにする。
 不意に、イヴが伏見と視線を合わせた。
「イヴ?」
「……許してあげて、ください」
「……ああ。許すよ」
 それを聞いて、イヴは目を閉じて微笑んだ。
「……私は、許されたでしょうか――」
 イヴの声は、消えるように小さくなっていった。そして、最後に長く息を吐いて、動かなくなった。
「イヴちゃん……?」
 ハナがイヴの頬を触ると、氷のように冷たかった。その顔は陶器の人形のように、生命を感じさせない。ハナはイヴに覆いかぶさるように泣き崩れた。
 伏見は血に染まったタオルを取ると、イヴのコートをしっかりと着せ直し、ボタンをかけた。それからコーヤの傍へと歩み寄る。
「許してあげてと言われてしまったから、僕は君を許す。……だから君も、彼女を許してあげてくれ」
 コーヤは地に伏したまま、しっかりと頷いた。
「それを貸して」
 伏見に言われて、アベルは拳銃を手渡した。伏見はセーフティをかけて、それを腰のベルトにはさむ。そしてイヴの元へと戻り、ハナの頭に手を載せた。
「あとは僕に任せて」
 囁くと、ハナはイヴの上からどいた。顔を両手で覆い、溢れる涙を隠している。
伏見はイヴの背と膝の裏に腕を入れて持ち上げた。そして、図書館へと歩いていく。その姿を、カインとアベルは静かに見送った。

 伏見はイヴをソファに寝かせると、胸ポケットから携帯端末を取り出した。血に染まった手で操作して、耳に当てる。すぐに通話が始まった。
「やあ」
『伏見様。無事到着しましたか?』
「……うん。到着はした」
『何か、あったのですか?』
「……イヴが、死んだ」
『……なんですって? いったい、どうして……』
「できるだけ早く、神田に来てほしい。詳しいことはカインとアベルから聞いて」
『伏見様は、どうされるのですか?』
「僕は彼女を追いかけなければいけない。もう、見失うわけにはいかないんだ」
『……あなたなのですね』 
 佐伯は電話越しに、何かを察したようだった。
「……うん。ありがとう、佐伯。僕たちは良い友だちだった」
『……光栄です』
「友だちとして、一つ頼みを聞いてくれるかな」
『なんでしょうか』
「電話を切ったら、ファイルを送る。君が完結させてくれ」
『……わかりました。また、お会いしましょう』
「……うん。またね」
 伏見は名残惜しそうに、通話を切った。そして端末を操作し、テキストファイルを送信する。それを確認すると、携帯端末をイヴの顔の横に置く。しゃがみこんで、イヴの乱れた髪を手で整えた。
「……待っててね」
 そう呟くと、伏見は立ち上がり、ベルトから銃を抜いた。セーフティを解除し、銃口をこめかみに突きつける。
「……ありがとう、伏見ヒロト。素晴らしい人生だった」
 クリスマスイヴの夜に、銃声はもう一度鳴り響いた。
この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。

http://colonseries.jp/
cont_access.php?citi_cont_id=417046277&s
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