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EVE:2108 - The Place of the Heart 作者:志室幸太郎
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Evangelium04-6:夕べの祈り

 光を感じて、伏見は薄く目を開いた。久しぶりの日光が沁みて、すぐに目を閉じる。徐々に目を慣らしながら開いていくと、光の中から輪郭がはっきりとしてきた。
 意識が回復したことを医療機器が検知し、アラームのような電子音が数回鳴って、ベッドが動き出した。上半身がわずかに起こされて、視界が動く。白い天井と壁から、伏見はそこが病室であることを認識した。右にある窓にはレースのカーテンがかけられていて、西日が差し込んできている。夕方のようだった。
 筋肉は多少弛緩していたが、腕を上げることはできた。顔の前に手を持ってきて、動作を確認するように閉じたり開いたりを繰り返す。体が麻痺しているような感覚はなかった。
 腕を下ろすと、指先が柔らかいものに触れた。
 頭を上げて手元を見ると、イヴがベッドに突っ伏して寝息を立てていた。伏見は苦笑して目を閉じ、再度枕に頭を預ける。一呼吸置いてから、重い体を起こした。
 見ると、イヴの顔の横には黒い表紙の本が置かれていた。伏見は教会でのことをぼんやりと思い出し、憂鬱な気持ちになりかけたが、イヴの無防備な寝顔を見て笑顔を取り戻す。
 伏見がイヴの眼鏡を取ろうと手を伸ばすと、ぱちりと瞼が開いて、伏見はぎょっとした。
「お、おはよう」
 声をかけると、イヴは跳ねるように起きた。ずれた眼鏡を両手で直す。
「おはようございます」
「僕、どれくらい寝てた?」
「今日で三日でした。……もう、目を覚まさないかと」
「……神様に感謝かな」
 自嘲するように、伏見は言った。
「一つ、謝らせてください」
「謝る? なんのこと?」
「あの時、裏切ってしまってすいませんでした」
 イヴは伏見に向き直り、深く頭を下げた。
「正しかったのは伏見さんでした。私があの時、カインたちを説得することができていれば……」
「時間は不可逆だ。過ぎたことを悔やんでもしょうがない。それに、君は最終的にあの子たちを説得して、僕を助けに来てくれたんだろう? それで充分だよ」
「……ありがとうございます」
 イヴは顔を上げて、少しうるんだ目を細めて笑った。
 それから二人は、次にどんな話をすべきか、探り合いながら沈黙する。
「えっと……あのあとどうなった?」
 先に口を開いたのは伏見だった。イヴはまだ夢見心地なのか、記憶の整理に数秒を使って話し始める。
「伏見さんが眠ってしまったあと、教会に光の粒子のようなものが漂い始めました。その光が強くなって、私は目を覆ってしまったので、何があったのかはわからないのですが……。気づいた時には教会がめちゃくちゃになっていて、及川さんが倒れていました」
「……及川さんは?」
「全身にガラス片を受けて重症ですが、一命は取り留めたようです。……ただ、目が」
「目?」
「非常に強い光を直視してしまったせいか、視力がもう、ほとんどないそうです」
「……そっか」
 再度二人の間に沈黙が流れる。次に口を開いたのはイヴだった。
「あの……一つ、質問してもいいでしょうか」
「なんだい?」
「あの教会での現象は、あなたが……?」
 伏見は困ったように頬をかく。
「……ごめん、僕も今は少し混乱しているんだ。いつか必ず話すから、その時まで待ってくれるかな」
「……わかりました」
 三度目の沈黙が訪れようとしていたが、それは病室の扉が開く音によって防がれた。
「伏見様!」
 部屋に飛び込んできたのは佐伯だった。院内で何か作業をしていたのか、ラップトップ端末を脇に抱え、耳にはインカムが入っていた。
「良かった、目を覚まさなかったらどうしようかと……」
「イヴと同じこと言ってるよ」
 佐伯がイヴを見ると、イヴは小さく吹き出し、佐伯は咳払いでごまかした。
「そんなことを言っている場合ではありません」
「どうしたの?」
「議会が終わって……コロンシリーズを広く世間一般に公開することが決まりました」
「……本当なの?」
 佐伯はベッドの横に置かれた机に端末を置き、ディスプレイを開く。デスクトップにあるファイルをタップすると、スキャンされたラテン語の書面が表示された。
「“第二次ヤムニア会議”……」
 伏見は驚いた様子でその題字を読み上げた。
「コロンシリーズの信憑性は、及川の根回しによって正確に伝わっています。そのため、コロンシリーズを新たな教典として正式に公表した上で、キリスト教のすべての宗派だけでなく、イスラム教や仏教、ヒンドゥー教の聖職者や僧侶も参加しての会議が開かれます」
「ヤムニアか……二千年ぶりだね。凄いことだ……」
 伏見は感慨深そうに頷く。
「でも、いったいどういう方向に話をまとめるつもりなの? 新たな混乱が生まれてもおかしくない。……まさか、すべての宗教を一つにまとめるなんてことにならないよね?」
 佐伯は呆れたように首を振った。
「我々コロニストの示す立場は一つです。“どんな史実があったとしても、それぞれが信ずる神を尊重する”」
 伏見は少しの間放心したあと、喜びの笑顔を見せて頷いた。
「そうだ、施設はどうなったの?」
「管理機構の査察の後、責任者である倉島博士に研究の凍結を命じました」
「応じたの?」
「ええ。というより応じざるを得ない状況を作った、と言った方が正しいですね。研究所の実態と研究への関与の証拠を人質に、スポンサーの方々に圧力をかけたそうです。研究資金が絶たれれば、どの道同じ結果になったでしょう。ただ、あの研究を公にすることはしないとの判断が下されました。これ以上の混乱を世界にもたらすべきではない、と。教会の件は不審火による火災ということになっています」
「それが、正しいのかもしれないね……。倉島博士と、あの子たちは? 無事?」
「地下の研究施設にいた子供たちは、一時的に管理機構で預かっています。務めていた職員も、管理機構で保護しました。ただ……倉島博士は行方不明です」
「行方不明……?」
「正式に研究の凍結が決定したことを伝えるため、部下を倉島博士の自宅へ向かわせたのですが、もぬけの殻でした。探そうと思えば探せますが……どうしますか?」
「……いや、そっとしておいてあげよう」
「了解です」
 話し疲れたようで、伏見はベッドに背を預けた。
「僕が寝ている間に大体丸く収まったんだね」
「ええ、大体は。しかし、一つだけ問題があります」
「何?」
「あの子供たちです。職員たちは再就職先を案内することができますが、子供たちの行き場がありません。管理機構でも、あまり長い間部外者を保護することはできないと――」
「その件なら問題ありません」
 突然口をはさんだイヴは、不敵な笑みを浮かべていた。
この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。

http://colonseries.jp/
cont_access.php?citi_cont_id=417046277&s
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