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EVE:2108 - The Place of the Heart 作者:志室幸太郎
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Evangelium03-6:主よ、人の望みの喜びよ

「おかえりなさい。……どうされました?」
 カーディガンを羽織りながら出迎えたイヴは、伏見の様子がいつもと違うことにすぐに気がついた。
「ちょっとね。何か食べるものあるかな? 料亭の料理、あんまり美味しくなくてさ」
 伏見は作り笑顔で言った。

「お待たせしました」
 イヴが持ってきた皿には、伏見が教えたものとは一風変わったカルボナーラが盛られていた。
「いただきます」
 伏見は手を合わせると、フォークでパスタを巻き取り、口に運んだ。
「……美味しい」
 それは、本格的な洋食店で出されるようなカルボナーラだった。伏見がいつも食べていたものより格段に濃厚な味がする。
「どうしたの、これ?」
「書庫に料理の本があったので、私なりに練習して作ってみました」
「凄いな……全部終わったら、お店を出そうか」
「それは大袈裟だと思います」
 否定しながらも、イヴはどこか嬉しそうだった。伏見はいつもの穏やかな笑顔に戻って、パスタを頬張った。食べ終える頃になると、途中で席を立ったイヴが食後のコーヒーを持ってくる。
「ありがとう。至れり尽くせりだね」
「恩返しになっているといいのですが」
「充分すぎるよ」
 伏見はコーヒーを啜ると、小さくため息をついた。
「何かあったのですね」
「君は人の心が読めるの?」
「見ればわかります」
 自分でも気落ちしているのがよくわかっていたので、伏見は苦笑した。
「友だちにちょっと酷いことをしちゃってね。どんな考えにも逆説はある、とか言っておきながら、それを認められなかった。感情的になってしまった。……情けない」
「喧嘩になってしまったのですか?」
「いや、一方的に。……こうやって再確認すると、罪悪感が酷いや」
「私はそういう経験がないので、なんとも言えませんが……」
「もし喧嘩になったら、一方的に相手を傷つけて、捨て台詞を吐いて逃げるなんてことはしちゃダメだよ」
「……覚えておきます」
「今度、謝りに行かなきゃ」
「感傷に浸るのもいいですが、肝心の情報は何かつかめたのですか?」
 ダイニングキッチンに入ってきた佐伯が、そんなことを言いながら席に着いた。
「正直不完全ではあるけれど、ある程度はね。思っていた以上に状況は悪いかもしれない」
「というと?」
「及川の行動は、若手の議員にまで伝わってる。つまり……下手をすれば、国家主導でこの事態を引き起こした可能性がある。それどころか……」
「紛争によって利益を得ることができたすべての国が、協力関係にある可能性すらある、ですね」
 佐伯はプリントアウトした資料を伏見の前に置いた。
「ドイツから、調査結果が届きました。モナドアカデミーは存在します。場所はバーデン=ヴュルテンベルク州。シュヴァルツヴァルトの中です。ヘルムホルツ研究所とライプニッツ機関が合同で管理しています」
「……なるほど、完全に繋がったね。最悪だ」
「どう繋がったのですか?」
「ヘルムホルツ研究所に、ライプニッツ機関。どちらも公的な研究機関だ。連邦政府から助成金も出ている。……つまり、国が研究機関に君たちの教育を依頼した可能性が高い。日本政府がドイツの研究機関に直接依頼した可能性もなくはないけれど、ほぼ間違いなく連邦政府を経由しているはずだ」
「それが、最悪なのですか?」
 伏見は苦々しく頷く。
「一連の事態に、もしいくつもの力のある国家が関わっていたとしたら……。いくら証拠や、君の証言があったとしても……相手にされないどころか、もみ消されるだろうね」
 イヴはようやく、事態の深刻さを理解した。佐伯は短く息を吐く。
「道理で、簡単に情報が揃ったわけです。例え証拠が残っていたとしても、もみ消す力を持っているのだから問題はない」
「……チェック、だね」
「チェックを解消するには三つの方法があります」
「キングを動かすか、キングを守るか……」
「チェックしている駒を取るか、です」
 最後の一つを佐伯が言うと、伏見は黙ったままカップを揺らす。何か思案しているようだったが、しばらくしてコーヒーを飲み干した。
「とりあえず、キングを動かすしかないかな。あとの二つは現実的じゃない」
「キングを動かせる場所には限りがあります。駒の数で圧倒的に負けている以上、いつかは詰みますよ」
 佐伯の指摘を受けて、伏見はイヴと顔を見合わせた。
「……いつか詰むその時までを、幸せに暮らすのも悪くないかもね」
「お二人で逃避行でもなさいますか」
「言うようになったね、佐伯」
 伏見は諦めたような笑みを見せた。
「今日はもうお開きにしよう。続きはまた明日」
 伏見の号令で、三人は席を立った。先にイヴと佐伯がキッチンを出て、自室に戻る。伏見は洗い物を済ませると、自室に戻るためにコートを持ってエントランスに出た。
 不意に、シャンデリアの明かりが消えた。
 手さぐりでキッチンに戻り、照明のスイッチに触れるも、明かりが点く様子はない。
 もう一度エントランスに戻ると、
「暗くなりました」
 頭上からイヴの声がした。エントランスに白い光が走る。
「停電でしょうか。配電盤を見てみます」
 続いて、フラッシュライトを持った佐伯が部屋から出てきた。
 薄闇の中、伏見はその違和感にようやく気がつく。エントランスにある窓からは、街灯の明かりがぼんやりと見えていた。
「佐伯、何か――」
 おかしい。そう言おうとした途端、雷鳴のような音が響き渡った。
 街灯と月の光を受けて、ガラス片が輝きながらエントランスに降り注いだ。一つの影と共に。
 高い位置にあった窓から飛び込んできたそれは、エントランスに着地すると体を丸めて転がり、すぐに体勢を立て直した。
 伏見の真上にいたイヴは、反射的に手すりを乗り越えて飛び降り、伏見の傍に着地した。そして、盾になるように両手を広げる。
 佐伯も階段を駆け下り、その影に向かっていく。途中、持っていたフラッシュライトを影めがけて投げつけた。
 通常、突然物を投げつけられれば、人間は反射的に避けるか手で防ごうとする。しかし、フラッシュライトが顔の位置に当たっても、影は微動だにしなかった。少なからず怯むことを期待していた佐伯だったが、構わず影に殴りかかる。
 伸ばしかけた佐伯の腕は、突然動かなくなった。
 影は打撃をつかまえるために、片手を伸ばして待ち構えていた。佐伯はヴァンタブラックの闇に惑わされて、そのことに気がつかなかった。佐伯が腕を振り解くよりも早く、影は身長一八〇センチメートルの成人男性を、片手で投げ倒した。
 佐伯は体を打ちつけられた痛みよりも、自分より圧倒的に小柄な何かに投げ倒されたことに驚く。
 影は流れるような動作で腕を極めながら佐伯の背に膝を立て、動きを封じる。
 その場にいた誰もが沈黙を守っていると、四方八方から窓が割られる音が響いた。最終的に正面玄関も蹴破られ、気づくとエントランスはいくつもの影に取り囲まれていた。それぞれが、板状のサブマシンガンのストックを肩に当て、伏見と佐伯に狙いを定めている。
「……いくらモナドアカデミーって言ったって、予定調和が過ぎるんじゃないかな」
 伏見は小さくぼやいた。
「お迎えに上がりました」
 伏見の独り言を気にも留めず、最初に飛び込んできた一人が言った。その声は変声期を迎える前の男の子のようであったが、声の低い女の子のようでもあった。
「カイン……?」
 イヴの声に応えるように、その影は頭に被っていたものを取った。
「ご無事で何よりです、イヴ」
 短い黒髪のその少年は、感情のない顔でそう言った。イヴによく似た灰色の目が、淡い光を放っている。
「なぜ、ここに?」
「なぜ? 助けに来たのですよ」
「助けに……?」
「司祭様からあなたが誘拐されたという話を聞いた時は、肝を冷やしました」
 イヴは状況が理解できず、混乱した様子で伏見を振り返った。
「……なるほど、上手い設定だ。及川は僕たちを誘拐犯だと彼らに教えて、君を連れ戻そうとしている」
 伏見は言いながら、イヴの前に出る。
「及川さんは来ていないのかい? 直接話を――」
「動くな」
 カインは佐伯を抑え込んだまま、伏見を狙って片手でサブマシンガンを構える。
イヴが再度前に出て、射線を遮った。
「銃を下ろしてください。あなたたちは騙されています」
「騙されているのはあなたです」
「……何を、言っているんですか。私は騙されてなどいません」
「その男が、あなたのしたことは間違っていると諭し、あなたを保護した。良い生活をさせて、あなたの信頼を得た。そうでしょう?」
 カインたちが知るはずのない事実を述べられて、イヴはさらに混乱する。
「彼らコロニストは、紛争の原因を作った張本人です。その紛争を鎮圧した我々を間違っていると非難し、我々の存在を明かそうとしている。おかしいと思いませんか?」
「……わかりません、どういうことですか」
「考えられる理由は一つです。その男は、我々に宗教紛争の責任をなすりつけるために動いている。そうすれば、世間の目をコロンシリーズから逸らすことができる。そのためのカードとして、あなたを手元に置き続けているんですよ」
 これまでのすべてを覆すシナリオを突きつけられ、イヴの思考は停止した。そんなはずはないと必死に否定を試みるが、できない。思い返せばほとんどの情報が、伏見から聞かされたものばかりだと気づく。しかし唯一、客観的な世界の実情を目にしたことがあったことを思い出す。
「記事を……記事を見ました。武装勢力と戦っていた軍人や、民間人をも巻き込んだと……」
「イヴ、そんな情報はいくらでも捏造できます。我々も今は、世界情勢に関する記事を閲覧することができるようになりました。どの記事でも、我々は英雄扱いされていますよ」
「……待ってくれ。やはり君たちこそ騙されている。その理屈だと、君たちが見た記事も捏造された可能性があるんじゃないのか? 僕たちは君たちも一緒に助けたいんだ。話を聞いてくれないか」
「我々に助けなど必要ありません。すべての仕事が終わった今、我々は安全な場所での幸せな生活を約束されているのです。あなたたちが彼女を奪わなければ、何も問題はなかった」
「それも嘘だ。用済みになった今、君たちは……大量殺戮の証拠隠滅のため、処分されかねない」
「これ以上彼女を虚言で惑わすようなら、撃ちますよ」
 カインは銃のセーフティを解除し、引き金に指をかける。さすがの伏見も、それ以上何か言うことはできなかった。
「どいてください、イヴ。……いいえ、彼を捕まえてください。捕縛するようにとの命令が出ています。そして、我々と一緒に帰りましょう」
「待ってください……! わかりません、わからないんです。どちらが本当のことを言っているんですか? 私は、どちらを信じたらいいんですか?」
 二人の間に立って取り乱すイヴを、カインは哀れむように見た。
「イヴ、自分の心で考えるのです。あなたはどちらを信じるのですか? まだ知り合って間もないその男と、十数年もの間、生活を共にしてきた我々。どちらを選ぶのですか?」
 その台詞は、イヴに決断させるために必要十分な効果を持っていた。イヴは唇を震わせながら、ゆっくりと伏見に向き直る。
「……ごめんなさい」
 イヴは震える手で伏見の腕を取ってひねり、床に組み伏せた。銃を向けられている以上、伏見も抵抗するわけにはいかず、素直に従う。カインが指示すると、いくつかの影が伏見を取り囲み、手を後ろに回した状態で拘束具を取りつける。
 カインは伏見を立ち上がらせ、慣れた様子でボディチェックを行い、コートから携帯端末と財布、錠剤のケースを取り出した。
「財布と端末はこちらで預からせていただきます。……これは?」
「ただの睡眠薬だよ。それがないと眠れないんだ。それだけは持たせてほしい」
 いぶかしげに伏見を見るカインだったが、何も言わずに錠剤のケースをコートのポケットに戻した。
「それでは、連行します」
 背後から頭に黒い布袋を被せられて、伏見の視界は真っ暗になった。
この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。

http://colonseries.jp/
cont_access.php?citi_cont_id=417046277&s
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