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EVE:2108 - The Place of the Heart 作者:志室幸太郎
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Evangelium03-5:主よ、人の望みの喜びよ

 伏見たちが福岡にやってきてから一週間後の夕刻。
 佐伯の運転する車が、福岡のはずれにある料亭の前で停まった。
「それじゃ、周囲の警戒よろしく」
「承知しました」
 伏見は佐伯に指示を出し、車を降りた。佐伯はそれを確認すると、ゆっくりと車を走らせ始めた。
 その料亭は、素体こそ定められた工法で作られた白い箱であったが、一流のグラフィックデザイナーによってデザインされた和風装飾のグラフィックが配置され、実物と見まがうほどのテクスチャーに覆われていた。門をくぐった伏見は無意識に飛び石の上を歩くが、実際そこに門はないし、地面は平坦なコンクリートでしかない。
 玄関の引き戸を開けると、仲居が顔を出して、うやうやしく頭を下げた。
「いらっしゃいませ。ご予約ですか?」
「今井の連れです」
「伺っております。どうぞお上がりください、ご案内いたします」
 伏見は靴を脱いで料亭に上がり、仲居の案内に従って廊下を歩いた。
「今井様。お連れの方がお見えになりました」
 明かりのついた和室の前まで来て、仲居が声をかけると、中から野太い声が返ってきた。仲居が膝をついて戸を開け、伏見が和室に足を踏み入れる。
「よう、久しぶりだなヒロト」
 そう言って立ち上がり、伏見のところまで来て握手を求めたのは、今井マサユキ衆議院議員だった。
「遅れてごめん。……また、一段と逞しくなったね」
 伏見は恐る恐る、筋骨隆々とした大男の手を握る。幸いその握手はソフトなもので、伏見の細い手が握りつぶされることはなかった。
「まあ、座れよ」
 促されるまま、伏見はコートを脱いで座布団に腰を下ろす。すでにテーブルには料理が用意されており、今井は自分の分をほとんど食べ終えていた。
「大学を卒業して以来だなあ」
「選挙の時、君の後援会の集まりで会ったじゃないか」
「おお、そうだった。ということは三年ぶりくらいか。どうした、突然帰ってきたと思ったら呼び出して。金にならないボランティアに疲れたのか? 仕事を紹介してほしいなら、いくつか当てがあるぞ」
 伏見が口をはさむ間もなく、今井はまくし立てた。
「いや、そういう話じゃないよ。ちょっと情報交換がしたくてさ」
 話しながら、伏見は刺身を一切れ口に運ぶ。
「情報交換? 特定秘密保護法に抵触するようなことはできないぞ」
「別に話しちゃいけないことを聞きたいわけじゃないよ。僕が東京にいる間に、今の政治がどう変わったのか気になってね」
「どう変わったか、ねえ」
 今井はすっかりぬるくなったビールを、自分のグラスに注ぐ。
「別に何も変わりはしない。“とにかく日本を立て直さねば。こういう案はどうだろう。そんなのは無理に決まっている”。……この繰り返しだ」
「これだけ行き詰まった状態で、よく国としての体を保っていられるよね。空中分解した飛行機が、なぜか飛散することなく飛び続けてる、みたいな感じじゃないかな」
「なんだ、そんな他人事みたいに」
「いや、褒め言葉だよ。それだけこの国の芯は強いんだなと思って」
 それを聞いて、今井はビールをあおった。
「確かにそうかもしれんな……。しかし、いつかは着陸しなければいけないだろう」
「そうだね。分解飛散することはなくても、このままじゃ積載量オーバーで墜落だ」
「人口減少、難民の流入、北方領土問題……何から片づければ良いのやら」
 今井は空のグラスを握りしめたまま、テーブルに肘をついてうなだれた。
「何か一発逆転の政策はないの? 先生」
 伏見は自分の瓶から今井のグラスへとビールを注いだ。
「そんなものがあれば、とっくに実行しているとも。……ああ、そういえば箕輪さんの政策があったぞ。古都東京を世界遺産にして、観光施設を作って、海外から金を集めるというものだ。どこかの誰かさんが邪魔をしているようだがな」
 口の端で笑う今井に睨まれて、伏見はバツの悪そうな顔をした。
「その件に関してはこっちにも理由があるんだからさ、勘弁してよ」
「わかっているとも。箕輪さんのやり方は、大抵の議員が疑問視している。それこそ無理を押し通そうとしているわけだからな。建造物の保全や安全管理、観光施設建設のための資金を、いったいどこから集めるというのか」
「それを聞いて安心したよ」
 伏見は自分のグラスにもビールを注ぎ、少しだけ啜った。
「他には何かないの? こんなご時世でも、やり手の政治家はいるはずだ。例えば……及川さんとか」
 その名前を聞いて、今井の酔いは一気に醒めた。グラスから手を放し、姿勢を正す。
「……ヒロト、つまらん小芝居はやめろ」
 先ほどまでとは打って変わって、凄味を感じさせる声だった。
「確信を持って、俺をここに呼んだな」
「なんのこと?」
「とぼけるな。及川さんは確かに堅実で優秀だが、派手な立ち回りをするような人間ではない」
 伏見は観念したように足を崩し、膝を立てた。
「さすが、立派に議員を務めてきただけのことはあるね。昔とは違うみたいだ」
「馬鹿にするな!」
 今井がテーブルに拳を振り下ろし、食器が音を立てた。
「でもそうやって過剰に反応すると、及川さんの裏に何かあることを白状しているようなものだけど、大丈夫かい?」
 今井の鼻先に脂汗が浮かぶ。
「……何を調べている?」
「コロンシリーズの流出による中東の宗教紛争。その裏で、及川防衛副大臣が糸を引いているという情報が入ってね。事実だとしたら、とんでもないスキャンダルだ」
 今井はテーブルの上で握りしめていた拳を引っ込めた。
「……その件に関しては、俺は何も言えない。特定秘密に該当する情報だ」
 それは、伏見が最も聞きたくなかった答えだった。
「……君も関わっているのか?」
 今度は伏見の低い声が響く。いつの間にか今井は背を丸めて、その巨体を小さく見せようと必死だった。
「……国際法に反するようなことは、何もしていない。発見された歴史的資料を、ただ公開しただけだ」
「そうやって及川に説得されたのかい?」
 今井は的確な指摘を受けて、二の句が継げなかった。
「結果、どれだけの人間が死んだか知っているのか」
「知っているさ! だがそれは当事者たちが勝手にやったことだ!」
「落ち着いてよ今井。……君がその件について罪悪感を覚えていることはよくわかった」
「……すまない」
「僕に謝ってどうするのさ。もし本当に罪悪感があるのなら、情報を提供してほしい。真実を世界に公表すべきだ」
「……それは、できない」
 今井の表情は苦渋に満ちていた。
「なぜ?」
「そんなことをすれば、日本はさらに混迷するだろう……」
「それじゃあこのまま、歴史的大量殺戮を黙認しろっていうの? ……それこそ、僕にはできないよ」
「……真実を公表して何になるというんだ。歴史の真実が記してあるという本が公表された結果が、あの宗教紛争だったんだぞ。……また新たな火種を生む気か、ヒロト」
「それは……!」
 伏見は反論しようとするが、今井の主張には説得力があった。開きかけた口を、伏見は結局閉じてしまう。
 そんな伏見の様子を見て、今井は引きつった笑みを浮かべた。
「これまでも、沢山の犠牲の上に平和が築かれてきたんだ。世界的に見れば、彼らの死はむしろ望まれたものだったんだよ、ヒロト」
 それを聞いて、伏見は頭に血が上り、思わずグラスの中のビールを今井の顔にかけた。
「……もう十分酔っぱらっただろう。目を醒ましてくれ」
 伏見は財布から紙幣を数枚抜き取ってテーブルに置くと、茫然とした今井を残して料亭をあとにした。
この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。

http://colonseries.jp/
cont_access.php?citi_cont_id=417046277&s
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