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EVE:2108 - The Place of the Heart 作者:志室幸太郎
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Evangelium03-1:主よ、人の望みの喜びよ

『当機は間もなく新福岡空港に着陸致します。シートベルトを締め、座席にてお待ちください』
 覚醒しつつあるイヴの意識に、機内アナウンスの声が滑りこんできた。はっきりと目を開けると、窓の外の光が眩しく、思わず手で顔を覆った。
「あ、おはよう。はい眼鏡」
 隣でラップトップ端末のキーボードを叩いていた伏見が、気づいて眼鏡を差し出す。
「おはようございます」
「良く眠れた?」
「とても。もう到着しますか?」
「うん。でもゆっくりしてていいよ」
「はい。……夢を見ました」
 イヴは座席にもたれたまま、夢見心地な様子で言う。
「どんな?」
「知らない場所でした。知らない場所を夢に見ることがあるんでしょうか」
「イデアを夢見たんだね」
 伏見は端末をたたんで微笑む。
「イデアを?」
「僕もよく知らない場所を夢に見た。その度に母さんがそう言ったんだ」
「伏見さんの、お母様ですか……。お会いできますか?」
「タイミング次第かな。でも別に普通の人だよ」
「私には、おそらく特別に見えると思います」
「……そうだね。ごめん」
「いいえ」
 会話が途切れたところで、輸送機が旋回を始める。見える景色がわずかに動いて、イヴは窓に釘づけになった。
 福岡は、かつての東京を思わせる、あるいはそれ以上の都市になっていた。
東京と一線を画するのは、秩序。国会議事堂を中心とした建築物の整然とした配置、統一された外観などから、いかに計算されて作られた都市なのかが見て取れる。
 しかしその画一的な光景はある種、墓標のようにも見えた。
 徐々に機体が水平に戻ると、高度が下がっていく。イヴは久しぶりの浮遊感を感じながら、この先自分に何が起こるのかを考えないように努めた。
 数分もしないうちに小さな衝撃があって、輸送機は新福岡空港へと着陸する。機体が完全に停止したのを確認すると、二人はシートベルトを外した。
「あ、そうだ。服を用意してあるから着替えてくれる?」
「私は今の服を気に入っていますが」
「似合ってるけど、それだとちょっと目立っちゃうんだ」
 イヴは立って自分の姿を確認する。ブラウスとセーター、ロングスカート。そのどれもがハナのおさがりで、それなりに着古されていた。
「この服は捨ててしまうのですか?」
「まさか。そんなことしたらハナにボコボコにされちゃうよ」
 伏見が笑って、イヴも釣られて笑みを浮かべた。
「さ、あっちにシャワールームがあるから。良かったら浴びてもいいよ」
「それでは、お言葉に甘えます」

「わお」
 座席に座って携帯端末を操作していた伏見は、シャワールームから姿を現したイヴを見て、思わず立ち上がった。
「どうしました?」
「いや……いいね」
 白いワンピース、焦げ茶色のタイツ、黒のコート。イヴにはその落ち着いた配色が良く似合っていた。
「ありがとうございます。何か間違えていませんか?」
「完璧。だけどもう一つおまけね」
 伏見は用意していたかぎ編みのストールをイヴの首に巻いてあげた。
「外は寒いから」

 長い間暖房の効いた場所にいたこともあって、外に出るとイヴは思わず身震いをする。輸送機から伸びるタラップを下りると、すでに佐伯が車を用意して待機していた。
「あの……」
 イヴは佐伯の正面に立ち、口を開いた。
「あなたが私を運んでくださったんですか?」
「ああ」
 佐伯はイヴを見下ろして頷く。
「ありがとうございます。手間をかけてしまってすいません」
「……仕事だからな」
 佐伯はそれだけ言って黙った。
「はい、乗って乗って」
 後ろからやってきた伏見が、大げさに寒がりながらイヴの背を押した。イヴは慌ててドアを開け、車に乗り込む。奥の座席に座ると、伏見も乗り込んできてドアを閉めた。車内には暖房が効いており、伏見は安堵する。佐伯も運転席に乗り込み、車を発進させた。
「……暖かいですね」
 言いながら、イヴはストールを一旦取って膝の上に置く。
「一度味わった贅沢はなかなか忘れられないよね……」
「贅沢は敵だと教えられてきましたが、こういうことだったんですね。……あ」
 イヴはしまったという顔をした。伏見は瞬時にその気持ちを察する。
「気にしなくていいよ。別にモナドアカデミーで教わったことが、すべて間違っているわけじゃない。自分で考えるっていうのは、間違ってそうなものを全否定することじゃなくて、その都度取捨選択することだから」
 言われて、イヴはぽかんとする。
「どうしたの?」
「……伏見さんは、人の心が読めるのですか? 読心術という技術があると聞いたことがあります」
「そんな大層なもんじゃないよ。ただ、自分が君の立場だったら、この時どう思うかなって考えてるだけ」
「……なるほど。恐れ入りました」
 伏見はいまいち言いたいことが伝わらず、苦笑する。
「人の心は複雑で難しい。エーフェスの話を信じるなら、人の心を理解するということは、この世界がどう始まったのかを理解するのと同じことだからね」
 そんな話をしているうちに、車が公道に出た。正面には整然と建ち並ぶビル群が姿を現す。
 市街地へ入っていくと、イヴは窓に張りつくようにして外の景色を観察した。
「人が沢山います」
 人口が大幅に減少したとはいえ、首都では多くの日本人が生活していた。仕事で移動中の者や買い物客、学生など、様々な人生がそこにはあった。
「どうして皆さん、黒い服を着ているのですか?」
 通行人が皆一様に黒や紺などの彩度の低い服を着ていることに、イヴは気がついた。
「流行ってるからさ。ファッションは時代を象徴するって言うけど、まさにそういうこと。喪服みたいでしょ? それだけこの国は行き詰まってる。笑えないよね」
 言われてみると、通行人の顔には表情がない。それどころか、ほとんどの人がうつむきながら歩いていた。
 無味簡素な街の風景も相まって、暖かい車内にいても寒さを感じるようだった。
「美味しい食べ物と少しの娯楽、親しい友人や愛する家族がいれば、人は幸せになれる。なのに人は、それを得るための過程を複雑にしすぎてしまった。それでみんな疲れてるんだ」
「神田は豊かな街だったのですね」
「……そうだね。本当に」
 車は次第に人通りの少ない場所へと進んでいき、市街地の外れまでやってきた。そこで、イヴが窓の外に何かを見つける。
「あれは……」
 伏見がイヴの視線の先に目をやると、他の無個性なものとは一風変わった建物があった。三角形の屋根の頂点には、十字架が取りつけられている。
「教会だね」
「……少し、寄ってもいいでしょうか」
 伏見は運転席の佐伯の肩に手を置いた。

 首都福岡の街並みとは違い、教会内は沢山の色に溢れていた。赤い絨毯、木の長椅子、そして太陽の光を受けて輝くステンドグラス。イヴはようやく、世界がモノクロになったような錯覚から抜け出すことができた。
 年老いた夫婦が一組、長椅子に座って目を閉じている。他に人はいない。
 イヴは正面の十字架に目をやると、近くの長椅子に腰を下ろした。そして目を閉じ、手を口の前で組み合わせる。
 伏見は通路をはさんで反対側の席に座って、イヴの姿を見守った。イヴが今何を思っているのか、伏見にはわからない。ただ、神に祈るその横顔は、とても美しかった。
 しばらくして、イヴは組んだ手を解き、席を立った。伏見も立ち上がる。
「すいません、他人に与えられた神様を信じてはいけないと、理解してはいるのですが……。ああしていると、落ち着くんです」
「夜の話、もう忘れちゃった? 例え他人から与えられた神様でも、自分がそれを本当に信じたいと思うなら、それはもう君の神様だよ。それでいいんだ」
「……ありがとうございます」
この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。

http://colonseries.jp/
cont_access.php?citi_cont_id=417046277&s
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