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EVE:2108 - The Place of the Heart 作者:志室幸太郎
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Evangelium02-9:恐るべき大人達

 イヴは洋室の客間に連れてこられる。そこには一つのテーブルと、それをはさむようにソファが置かれていた。伏見がその一つに腰を下ろしたので、対面のソファにイヴも座った。
「本当のことを言うのは、いつも辛い」
 そう前置きして、伏見はイヴの目を見た。イヴはまっすぐに伏見の目を見つめ返し、頷く。
「……イヴ。君は歴史上もっとも凶悪な殺人集団の一人として、指名手配されている」
「殺人、集団……?」
「二一〇五年から二一〇八年の間に、君の組織は三万人近くの人間を殺していると発表されている。その数字が事実かどうか、僕にはわからない。けれど、事実宗教紛争に参加していた武装勢力は、壊滅状態だ。沢山の人が死んだのは間違いない」
 イヴの顔がわずかに歪む。
「私は……。私は宗教を利用して、悪を成そうとする人々を始末してきただけです」
「君は、一人一人を悪かどうか確かめて殺してきたのかい?」
「……アカデミーで教えられた基準に従って、判断しました」
 伏見はコートから携帯端末を取り出し、ある記事を表示した。それをイヴに見えるように、テーブルの上に置く。日付は二一〇五年十月十一日。“史上最悪の宗教紛争”という見出しの下、“カタールのリゾート地、ザ・パールを占拠していた武装勢力が、正体不明の第三勢力の介入によって全滅。当時現地に駐留していた多国籍軍や、逃げ遅れていた観光客・現地住民にも死傷者多数”という文章が続いていた。
「君は、知らなかっただけかもしれない。だけど、紛争とはなんの関係もない民間人が、これだけ犠牲になったということは……事実なんだ」
 ある程度覚悟を決めていたつもりだった。しかし、経験したことのない衝撃を覚悟するのは難しい。イヴは受け止めようと努力したが、予想を上回る自分の罪を知って、耐えることはできなかった。
 イヴは生まれて初めて、声を上げて泣いた。
 フラッシュバックした記憶の中で、恐怖に泣き叫ぶ子供たちの顔が、神田解放区の子供たちと被る。
 どんなに洗脳に近い教育を施され、感情を抑えつけられても、心は心に伝播する。これまで相対してきた人間の恐怖や怒りは、イヴの心の奥底に沈殿していた。それらを封じ込めていた正義という壁が崩れた今、様々な感情が決壊したダムのように流れ出した。
 伏見はイヴの隣へとやってきて、包むようにイヴの体を抱きしめた。イヴはすがりつくように伏見の腰に手を回し、顔を胸に押しつける。
「ごめんね。でも、もう大丈夫だから」
「大丈夫じゃ……ないです、私……」
 伏見の胸に熱い息がかかる。
「大丈夫。今度は僕の話を聞いてほしい。僕はコロニストの一人。宗教戦争の原因を作った、コロンシリーズを管理していた組織の人間なんだ」
「え……?」
 イヴはぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
「コロンシリーズ流出の原因を探るために躍起になっていた僕のところに、ある人物から連絡が入った。“あの戦争は仕組まれたものだ。私の最高傑作を君に託す。必ず見つけてくれ”と」
「仕組まれた……」
「そう。おそらく、仕掛け人の筋書きはこうだ。コロンシリーズを流出させ、宗教紛争を戦争にまで激化させる。様々な勢力が入り乱れたところに、そのすべてを一掃できる第三勢力を送り込む。どの勢力でもお構いなし。民間人も巻き込んで大量殺戮をさせ、世界中の敵意がその第三勢力へ向けられる頃には、宗教紛争を起こす武装勢力はなくなっている。テロの心配はなくなるし、難民問題も解決だ。そして最後は、その第三勢力を始末する。……めでたしめでたし、ってわけだ」
「それでは、私たちは……」
「利用されたんだ。スケープゴートとして」
「……そんな……」
 イヴは脱力して、伏見にもたれかかる。伏見はイヴの髪を撫でた。
「でも大丈夫。この事実がわかった今、君の罪を大きく軽くすることができるはず。君から貴重な証言も取れた。きっとみんな、許してくれるよ」
「……私は、私を許せそうにありません」
 伏見は少し悩んでから、口を開いた。
「イヴ。まだ誰にも話したことのない話をするね」
 イヴは顔を伏せたまま頷く。
「イデアのエーフェスの物語には、対になるもう一つの物語があるんだ。“イデアのアハートゥ”っていうんだけどね」
「アハートゥ……」
 イヴはその名前を口の中で繰り返した。
「……アハートゥは、エーフェスが最初に創った人間の名前。エーフェスにとっての、最初の他人」
「……覚えています。話にあったのを」
 伏見は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。
「話にあった通り、アハートゥの器はすぐに壊れてしまった。エーフェスはそのことに、とても罪の意識を感じていたんだ。きっと怖い思いをしただろうってね。……だけど彼女は、エーフェスを許した。それどころか、どうすればもっと良い心の器を創れるのか、一緒に悩んであげたんだ」
「……優しい方だったのですね」
「うん。……僕は君に、“自分の中の神様に救われるしかない”って言ったよね」
「……はい」
「あれには語弊があった。他人の心、他人の神様に救われることがあっていいんだ。……君を救えるかはわからないけれど、僕は君を許すよ。君は悪くない。悪いのは、君に悪いことをさせた人間だ」
 イヴは伏見の胸の中で、小さく首を横に振った。
「……そうだよね。最終的には、やっぱり自分の中の神様に救われる必要がある。自分の中の神様に許されるように、これから生きていこう。僕も、一緒にいるから」
 イヴは声を押し殺して、もう一度涙した。

 翌日。
 昼頃伏見が安全を確認したあと、神田解放区の住民は地上に戻った。
 遅めの昼食を取るために一同が食堂に集まり始めると、そこに一台の黒塗りの車がやってきた。住民たちはその車をあからさまに敵視するが、伏見が「大丈夫」と声をかけると、それぞれ顔を見合わせた。
 車から降りてきたスーツの男は、伏見とイヴのところへまっすぐにやってくる。
「伏見様。お迎えに上がりました」
「佐伯。ご苦労さま、随分早かったね」
「朝一番に輸送機を飛ばしましたので。羽田の空港跡です」
「わかった。……みんな、僕とイヴはちょっと街を離れるよ」
 振り返った伏見の言葉に、神田解放区の住民は動揺を見せる。
「どこへ行くの?」
 代表して口を開いたのはハナだった。
「首都に」
「先生たちは、首都で暮らすの? もう戻ってこない?」
 不安そうなハナの頭に、伏見はそっと手を置いた。
「やることが終わったら、必ず戻ってくるよ」
「いつ?」
「それは、ちょっとわからないけど……」
 ハナは不安を紛らわすように、下唇を噛んだ。周りで見ていた子供たちも、別れの気配を感じ取ったのか、伏見の腰に抱きついてくる。
「大丈夫だよ。みんな立派に自分の役割をこなせるようになった。少しくらい僕がいなくても暮らしていける」
「でも寂しいよ」
 抱きついていた子供が呟く。
「……わかった。それじゃ、田植えの時期までには必ず戻るよ。いなかった時間分、ちゃんと働くから」
 ハナがゆっくりと、小指を差し出した。
「……約束だよ」
「ああ。約束する」
 ハナの小指に自分の小指を絡ませ、伏見は指切りをした。
「行こう、イヴ」
「あの……コーヤ君は」
「ああ、さっき、あいつ喋った」
 どこからか聞こえてきた声に、イヴは目を見開いた。取り巻きの中から、一人の男の子が顔を出す。
「どこですか?」
「どっか行った。考えたいことがある、って言ってた」
 その片言の日本語を聞いて、イヴは安堵した。
「もし彼に会ったら、ゆっくりでいいと、伝えてください」
「うん、わかった」
 男の子は笑顔で親指を立てた。イヴはそれを確認すると車に乗り込む。
「じゃ、行ってくるよ」
「元気でね」
「ハナたちも」
 伏見が車に乗り込むと、佐伯はドアを閉めた。
 神田解放区の住民たちは、二人を乗せて走っていく車をいつまでも見送った。

 羽田空港跡へと向かう車中、イヴは疲れた様子で窓の外を見ていた。
「寂しい?」
「……寂しい、という感情なのでしょうか。もやもやします」
「ごめんね。せっかく仲良くなったのに」
「いいえ。皆さんの安全のためにはやむを得ません」
「そうだね。もしかしたら考えすぎかもしれないけど……。君たちにあれだけのことをさせてきた男だ。箕輪さんが絡んでることもある。君と一緒にみんなを始末する可能性も……あったはずだ」
「私が、ここに来なければ……」
「連れてきたのは僕だよ」
「そうですが、しかし……」
 イヴは苦しそうに眉間に皺を寄せる。
「イヴ、少し寝た方がいい。一睡もしていないんだろう?」
「眠気は感じているのですが……上手く眠れません」
 それを聞いて、伏見は後部座席の後ろにある収納スペースから、非常用の飲料水が入ったボトルを取ってイヴに渡した。コートのポケットから何種類かの錠剤が入ったケースを取り出して、一粒をイヴの手のひらに。
「良く眠れる薬だよ。これは体への負担も少ないから、飲むといい」
「……いただきます」
 イヴは錠剤を口に含むと、水で流しこんだ。伏見がボトルを受け取る。
「福岡まで三時間もかからない。目が覚めたら到着してるよ」
「……はい」
 答えながら、イヴは座席にもたれて目を閉じた。すでに薬が効き始めているようで、心地良い振動と眠気も相まってすぐに意識が薄れ始める。
「おやすみ、イヴ」
 その言葉がまるで魔法であったかのように、イヴは眠りに落ちた。それを確認して、伏見は一つ息を吐く。
「お疲れ様です」
「このくらいなんともないよ。安心しただけさ」
「安心するのはまだ早いと思いますが」
 伏見は苦笑する。
「確かに。だけど有益な情報を得られたよ。ドイツを調べてくれ。モナドアカデミーという施設がどこかにあるはずだ。学校に関連した出入り業者から特定できると思う」
「承知しました」
 指示を出すと、伏見は窓の外を見た。草木に浸食されつつある都市が、静かに佇んでいた。
「……まさに、予定調和か」

 作業をしようと球場跡の田んぼにやってきたハナは、その光景を見て立ち尽くした。
 それまで丁寧に耕し、手入れしてきた土は、無残に踏み荒らされ、ところどころ抉られたように掘り返されていた。さらには焚き火の跡があったり、食べ散らかしたレーションの容器が放置されていたりする。
 一緒に手伝いに来ていた子供たちの一人が、声を上げて泣きだした。ハナをよく手伝っていた女の子で、子供たちの中でも人一倍この田んぼを気にかけていた。長い間積み上げてきたものを、たったの一晩で崩される。幼い子供には辛すぎる仕打ちだった。
 ハナは膝を突いて、女の子を抱きしめる。
「……片づけよう」
 女の子は嗚咽しながらも、しっかりと頷いた。すでに他の子供たちは駆けだして、レーションの容器を拾い集め始めている。
「先生が帰ってくるまでに、もっと良い土を作らなきゃね」
 ハナは自分に言い聞かせるように囁いた。
この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。

http://colonseries.jp/
cont_access.php?citi_cont_id=417046277&s
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