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EVE:2108 - The Place of the Heart 作者:志室幸太郎
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Evangelium02-7:恐るべき大人達

 二〇九六年。ドイツ。
 鬱蒼とした森の中に、 “モナドアカデミー”はあった。
 その校舎は日本の学校を彷彿とさせる無味簡素な作りをしていて、白い壁と窓しかなく、まるでペットショップのケージのようだった。
 時刻は午後七時。照明で照らされた校庭に、数十人の子供たちが集められていた。灰色の目を持つ子供たちは、微動だにせず、無駄口を叩くこともなく、黒服の男が朝礼台に上るのを待った。
 黒服の男は朝礼台の上で姿勢を正し、日本語で話し始める。
「皆さん、入学おめでとうございます。狭い施設での日々はとても辛かったでしょう。これからはこの広い学校で、さらに勉学と運動に励んでください。……神はあなたたちの行動を見ておられます」
 最後にそう言うと、黒服の男は張りついたような笑みを浮かべた。

 二一〇〇年。
 始業のベルが鳴って、教師が教室に入ってきた。生徒たちは全員が席に着いて静まり返っている。教師が教壇に立つと、一度時計を見てから、感情のないドイツ語を話す。
「それでは、予定通りテストを開始します。……始めてください」
 教師の合図と共に、教室内の二十名弱の生徒たちが一斉に動き始めた。しかし教室内に響くのは、答案用紙に回答を書きこむ音や、携帯端末をいじる音ではない。
 机の上には拳銃があった。
 大人しく席に着いた制服姿の少年少女が、それを異様な速度で分解していた。マガジンを抜き、テイクダウンレバーを下ろし、スライドを取り外し、リコイルスプリングやバレルが取り外されていく。もうこれ以上は分解できないというところまで分解してから、オイルを注し、専用の器具を使って銃身内の不純物を取り除き、再度組み上げていく。
 その騒音が、一つ分減った。教室の最後列、窓際の席。セミロングの黒髪の少女は、すでに作業を終えていた。一息つくと、少女は窓の外へ目を向けた。
 時刻は深夜二時を回っていて、明かりのない外は暗闇に包まれている。
 しかし少女には、暗闇の先にあるものがうっすらと見えていた。高いフェンスと、高圧電流注意の札。そしてその先に広がる深い森。それらは、ここから逃げ出すことが許されないことを示していた。
「時間です。それでは移動します」
 テストが終わると、生徒たちは銃を小さなポーチに入れ、教師に連れられて移動した。校舎の外に出て少し歩き、到着したのは射撃場だった。
 生徒たちは四箇所ある立ち位置に綺麗に列を作って並んだ。
 先頭の四人が、三つのレンズがついた黒いヘルメットのようなものを頭からすっぽりと被った。こめかみにあるスイッチを押して、軍事用インターフェイスが起動する。内部のディスプレイにカメラからの映像が映し出され、視界が戻ってくる。
 それを確認すると、教師は照明を完全に落とした。インターフェイスが自動的に暗視モードに切り替わる。生徒たちの目が持つ輝板によって光はさらに増幅され、日中のように射撃場が見渡せた。
「それでは、始めてください」
 教師の声で、生徒たちはマガジンに弾を込め、射撃を開始する。
 一般的な九ミリ拳銃の最大有効射程である五十メートルの距離から、人型をしたグラフィックの標的に次々と命中させていく。スコアはデータとして記録され、採点の対象となる。ほとんどの生徒が手のひらに収まるほどの命中精度を叩き出し、中には握り拳大にまとめる者もいた。それはスポーツ射撃の世界記録に迫る好成績だった。
 誰も一言も発することなく淡々と授業が進んで、先程のテストで最初に作業を終えた少女が立ち位置に立った。
 インターフェイスを被ると、流れるような動作で弾丸をマガジンに込め、マガジンを銃に挿入し、スライドを引いて最初の一発を装填する。
 銃を標的に向けてから、トリガーに指をかける。深呼吸のあと、少女は撃ち始めた。
 銃声が二発ずつ、一定のリズムで三回、計六発を二秒弱で撃ちきった。銃のスライドが後退したままで止まる。
 授業の終わりにそれぞれのスコアを印刷したものを受け取り、その日の授業は終わった。
 生徒たちは敷地内の寮へ流れていく。
 教室と同じく、寮の部屋もシンプルなものだった。ベッドと机と椅子が一つずつ。それ以外に目につく物は何もない。
 窓際の少女は、部屋に戻ると椅子に腰かけた。
 折りたたまれたプリントを開く。そこには頭と胸に一つずつ点がある人型の輪郭が印刷されており、スコアは最も優秀な数値を示していた。
 少女は表情を変えることなく、そのプリントをダストシュートに入れた。

 二一〇五年。
 ある日、数人の生徒たちが教室に集められた。薄暗い部屋に、浮かぶように生徒たちの目が光る。その中には窓際の少女の姿もあった。
「皆さんはこれまで非常に優秀な成績を収めてこられました。神を信じ、努力を続けた結果です。大変に素晴らしいことです。そこで、本日は司祭様よりお話があります」
 教師はそう言うと、黒服に身を包んだ白髪の男に場を預けた。
「皆さんがアカデミーに入学してから、九年が経ちました。これまで数々の試練に耐え、切磋琢磨してきたことを、神は喜ばしく思っていることでしょう。これから皆さんはアカデミーを卒業し、社会に出ていくことになります。その最終試験として、実戦のお仕事への参加が決まりました。おめでとう」
 司祭は笑顔で拍手を送る。脇に控えていた教師陣もそれにならった。
「今回のお仕事は、悪しき宗教に心を奪われた集団の殲滅です。神の名を振りかざし、武力を行使して人々を不安に陥れる、許し難い人たちです」
 生徒たちは司祭の訴えを受けて、納得したように頷いた。
「その集団はヨルダンのザ・パールを根城にしています。皆さんは輸送機に乗って目標地点の上空まで移動、パラシュートで降下してください。異端者たちを一人残らず殲滅するように」
 生徒一同が声を揃えて返事をする。司祭は満足気に笑顔を作った。そして、一人の生徒に視線を送る。
「イヴ、君がリーダーとなって指揮を取ってください。適任です」
 窓際の少女は頷く。

 二一〇八年、九月。カタール、プラント跡地。
 かつて天然ガスによって莫大な利益をもたらしたその施設も、資源の枯渇によって役目を終えて久しい。解体されることもなく破棄され、今では多様化した武装勢力の温床となっている。
 南側の蒸留塔の上、歩哨二人が警戒を続けていた。すでに日付は変わっており、電力のないプラントでは月の光だけが頼りだった。
「今日も来ないだろうか」
 機銃の前に座る男がこぼす。隣の男は星空を見上げながら、煙草の煙を吐き出した。
「わからん」
「来たらどうする」
「戦うしかあるまい」
「しかし……相手はイブリースの使いかもしれないぞ。三年前のザ・パールのことを忘れたか」
「だったらなおのこと、戦わねばなるまい」
「そうだな……俺にも煙草をくれないか」
「あっ」
 奇妙な声が返ってきて、機銃の男は隣を見た。煙草を吸っていた男は、のけぞるようにして手すりに背をもたれていた。少し遅れて、小さな破裂音と金属音が聞こえてくる。
 機銃の男は敵襲を知らせようと口を開きかけたが、上空から飛んできた銃弾に脳天を貫かれた。
 しばらくして、影が降ってきた。それは月明かりの下、かえって浮いてしまうほどの黒だった。パラシュートを絶妙なタイミングで切り離し、筒のついた板のようなものを抱えたまま、塔の上に音もなく着地する。
「イヴ、D6地点に降下完了」
 かつての窓際の少女はインターフェイスの中で呟く。追うようにして、無線通信で降下完了の連絡が次々と入ってきた。周囲を見ると、ディスプレイ越しの視界にチームメイトの位置と距離がマーカーで表示されている。
「全員の降下完了を確認。各自殲滅を開始してください」
 指示を出すと、マーカーが一斉に動き出した。イヴはサプレッサーのついた板状のサブマシンガンを構え直し、塔の上から飛び降りる。足場への着地と同時に膝をクッションにして前転、落下のエネルギーを殺し、そのまま体勢を立て直す。
 インターフェイスがプラント内の構造を検知した。データベースから構造が一致するプラントの情報がロードされ、赤い光線によって三次元的なマップが形成される。イヴは瞬時に自分の担当区画を最短で回るルートを設定し、駆け始めた。
『アベル、B8地点に一団を発見。まだこちらには気づいていません』
「カイン、セト、援護を。私は巡回している兵士を片づけます」
 通信に答えながら、配管の隙間を動く人影を認めた。インターフェイスの射撃管制システムが標的をロック。サブマシンガンを構えると、グラフィック上に射線が表示される。配管を考慮した射撃位置が複数提案され、イヴはその中から最も効果的な位置へ移動し、セミオートでトリガーを引いた。
 フルメタルジャケットの弾丸は音速のおよそ二倍の速度で配管の隙間を通り抜け、プラント内の通路を巡回していた歩哨の頭に命中した。体内に侵入した弾頭は乱回転しながら脳組織を破壊し、歩哨は何もできないまま絶命する。
 耳元で短いアラートが鳴った。背後に動体を検知したというメッセージが表示され、イヴは振り向く。いつの間にか死角から歩哨が近づいてきていて、今まさに異常な影に気がついたところだった。
 歩哨が銃を構えようとすると、イヴは銃を狙ってフルオートで短く発砲する。貫通力の高い弾丸が銃の機関部を破壊し、暴発が起こって歩哨は思わず銃を取り落とした。
 足場の上を何かが走ってくる音と共に、黒い影が大きくなる。ヴァンタブラックのスーツは遠近感すら狂わせていて、歩哨にとってそれは、人ならざる者にしか見えなかった。
「神は偉大なり――」
 歩哨はイヴの飛び蹴りを受け、首を骨折しながらプラントの外へと落ちていった。
 多少のルート変更はあったものの、イヴは行く先々で淡々と歩哨を処理していく。神の言葉に従い、異端者を抹殺する。それが十七年間で教え込まれたすべての根幹であり、行動原理だった。
 イヴが自分の担当区画を処理し終わると、遠くで銃声が断続的に響き始めた。すぐさま通信を開く。
「どうしました?」
『A1地点、プラント外部から増援。援護を求めます』
「了解。持ちこたえてください」
 イヴは残弾を確認し、人気のなくなったプラントを駆けた。時折足場から飛び出して、配管の上を疾走する。入り組んだプラントの中をほぼ直進して、目標地点の上へと出た。
 眼下ではチームメイトと敵勢力の撃ち合いが続いている。イヴはその場に片膝を立て、ストックをぴったりと肩に当てて狙撃の姿勢を取った。装甲車を盾に応戦する兵士たちをロックする。そのすべてに弾丸を送り込むのに、十秒もかからなかった。
 しかし最後の一人を仕留めたところで、突如飛来したライフル弾がイヴのインターフェイスを砕いた。砲火を確認し、反射的に首を反らしていたおかげで直撃は免れるも、破損箇所から灰色の目が露わになる。
 イヴは移動して追撃を回避しながら、使い物にならなくなったインターフェイスを脱ぎ棄て、高跳びの要領でプラントの手すりを飛び越えて落下した。
 落下しながらも、その目は砂漠に潜むスナイパーを捉えていた。落下を開始してからわずか一秒足らず。イヴは射撃管制システムの補助なしで、ダットサイトと己の視力、そして勘を頼りにフルオートで残弾を撃ち切った。白熱した弾頭が夜の砂漠を飛んでいく。
 地面が迫る中、イヴは腹筋を使って背を丸めた。落ちてきたイヴの体を、チームメイトが受け止める。
「助かります」
「無茶をしすぎです」
「他にスマートな方法があったのでは?」
「結果的に問題ありません。脅威が完全に排除されたのか、確認しに行きましょう」
 合流してきたチームメイトは頷き、自然にイヴを守るような陣形を作って進行を開始する。

「どうやら食料の調達に行っていた分隊のようです」
 チームメイトが周囲に散らばる食料の入った袋を物色しながら報告する。
「生存者、一」
 砂漠の方から報告を受けて、イヴはスナイパーのいた位置へと移動する。
「仕留め損ねましたか。落下しながらの射撃は難しいですね」
 虫の息のスナイパーが、なんとかハンドガンを持った右腕を上げようとする。イヴはトリガーの裏に指を入れ、ひねるようにして取り上げた。それをものの数秒で分解し、砂の上に落としていく。
「……我々を、滅ぼしても……世界中に同士は、いる……」
 乾いた呼吸を必死に繰り返しながら、スナイパーは言葉を絞り出した。
「いいえ、あなたが最後ですよ」
 イヴはホルスターからハンドガンを抜き、男の頭を撃ち抜いた。
 最後の仕事を終えたイヴたちは、近くに降下して待機していた輸送機に回収される。満天の星空を飛び去っていく輸送機を、荷物を満載したラクダが見送っていた。
この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。

http://colonseries.jp/
cont_access.php?citi_cont_id=417046277&s
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