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EVE:2108 - The Place of the Heart 作者:志室幸太郎
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Evangelium02-2:恐るべき大人達

「……ふう」
 イヴは鍬を地面に立て、滲んだ汗をぬぐった。
 ここ数日空を覆っていた雲はどこかへ消え去り、陽の光が輝いていた。イヴは眩しそうに目を細める。
「イヴちゃーん! 休憩しようよー!」
 遠くからハナの呼ぶ声が聞こえて、イヴは手を振って答えた。
 コーヤへの謝罪以降、住民たちは考えを改め、イヴと仲良くなっていった。そしてこの街のルールに従い、“役割”を与えられることになった。役割をこなすことが、食べ物を貰うための条件だった。
 イヴに与えられた役割は、畑仕事。
 来年、神田解放区は初の米作りを開始することになった。丁寧に土を耕し、家畜の糞を使った肥料を撒き、田植えに向けて土壌を整えている。
 イヴは畑を耕す作業を一旦中断し、休憩を取っている仲間たちの元へやってきた。靴を脱いで、ビニールシートの上に座る。
「はい、冷たい水」
「ありがとうございます」
 伏見から受け取った水を、イヴは一気に飲み干した。気温は次第に下がりつつあったが、体は動かせば温かくなる。冷たい水が体に沁み渡るのを感じた。
「かなり土も出来上がってきたかな。水路はちゃんと機能してるし。下準備だけで二年もかかっちゃった」
 ハナが土を手でほぐしながら言う。
「ねー、いつまで耕せばいいのー?」
「できる限りだよ」
「ええー!」
 手伝いに来ていた子供たちから不満の声が上がる。
「本当はこんなところでお米を作るなんて考えられないんだって。だから土だけでもちゃんと作らないと」
 ハナは言いながら、ぼろぼろになるまで読んだ“米作り大全”の表紙を叩く。
「ねえ先生、ここって何をする場所だったの?」
 子供に訊ねられて、伏見は咀嚼していたふかし芋を飲み込む。
「野球っていうスポーツがあってね。ここは野球の試合ができる場所だったんだ」
「やきゅうってなに?」
「んー、細かいルールは説明が難しいけど、一人が球を投げて、一人がそれをバットっていう棒で打ち返すの。それを交代しながらやるスポーツ」
「それって楽しいの?」
「楽しいよー。周りにある席が全部埋まるくらい、観客が来てたんだから」
「えー、日本中の人集めたってそんなにいないよ」
「それは日本中を見てから言うんだね」
「むー」
「先生大人げないなー。ね」
「そうですね」
 満場一致で大人げない大人のレッテルを貼られるも、伏見は得意気な顔をしていた。
「おーい!」
 全員が声のした方を見ると、野球場のスタンド席にある入り口から、一組の男女がこちらに向かって手を振っていた。
「お、もう一人の大人げない先生が来たね」
「あっちの先生は大人だと思うよ」
 ハナの発言に、伏見は心外な様子だった。
「な、なぜ。僕となんの違いが?」
「もうすぐお父さんになるし」
 髭面で白衣姿の男性は、お腹の大きくなった女性を気遣いながら、ゆっくりと田んぼに下りてきた。
「よー、やってるな」
「こんにちは」
 二人は靴を脱いでビニールシートに足を踏み入れると、輪の中に招き入れられた。
「やあ。もう動いて大丈夫なの?」
「ええ。安定期に入ったみたい」
 お腹をさすりながら、女性は伏見に笑顔を返す。
「ご飯を食べすぎてしまったのですか?」
 イヴの何気ない一言に、一同は絶句した。その後、ハナが吹き出したのをきっかけに笑いが起こる。
「どうしました?」
 一人冷静だった伏見が口を開く。
「紹介するよ。この子はイヴ。最近知り合って、この街に住むことになったんだ」
「や、やあ。初めまして」
「うふふ、面白い子ね」
「イヴ、近くの街で診療所をやってくれてる、須藤シンジ先生。と、その奥さんのヒトミさん」
「よろしくお願いします」
 紹介を受けて、イヴは頭を下げた。
「よろしくな、イヴちゃん」
「よろしくね」
「そして、お腹の中にいるのが二人の赤ちゃん」
「赤ちゃん?」
「二人の遺伝子から生まれた子供。新しい命だよ」
「触ってみる?」
 ヒトミに言われて、イヴは膝立ちで近くまでやってきた。そして恐る恐る、膨らんだお腹に手を当てる。
「ここに、子供が?」
「そうよ。ほら」
「……動いています」
 イヴが顔を上げると、ヒトミは柔らかな笑顔で応えた。
「もう名前は決まってるの?」
「ああ。マナコにしようと思ってる」
「なるほど、良い名前だ」
 伏見は納得したように頷き、シンジは照れ臭そうに笑った。
「女の子なのですね」
「ええ。あなたみたいに美人になるといいんだけど」
「俺の娘じゃ期待できないけどな……」
「はっはっは」
「なんでお前が笑ってんだよ!」
 須藤は肩にかけていたポットを伏見に投げつけた。辛うじて眼前で受け止める。
「あ、危ないよ!」
「散歩のついでに差し入れ持ってきてやったんだ、ありがたく受け取れ」
「差し入れ?」
 伏見がポットを開けると、甘い匂いがあたりに漂った。
「おしるこだー!」
 子供たちは自分のカップを持って、大興奮で伏見を取り囲む。
「こ、こら! 一人ずつ一人ずつ!」
 聞く耳を持たない子供たち全員におしるこを配り終わると、伏見は暴風の中を歩いてきたようなありさまになった。
「大丈夫ですか?」
「……命に別条はないね。はい」
 伏見は戻ってきたイヴにおしるこの入ったカップを渡す。イヴは感謝を述べて受け取り、伏見の隣に腰を下ろした。
「皆さん幸せそうです」
 笑顔でおしるこを啜る仲間たちを見ながら、イヴはそんな感想を漏らす。
「……幸せがどういうものか、わかってきたかな」
「理解できているとは言い難いです。でも、なんとなく感じてはいます」
「幸せってそういうものさ。形はないけど存在している」
「私もいつか、あの二人のようになれるでしょうか」
 イヴの視線の先で、須藤夫妻は心の底から幸せそうだった。伏見はおしるこを啜り、頷く。
「なれるさ。いつか君も誰かと結ばれて、子供ができて、年老いて死んでいくんだよ」
「……それは、とても幸せなことですね」
この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。

http://colonseries.jp/
cont_access.php?citi_cont_id=417046277&s
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