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◎書く姿勢、読む姿勢
 書いている方が表現したいことと、受け止める側が感じることはなかなか合致しない。書く側の姿勢と読む側の姿勢の違いで、それは顕著になる。

 と、ふと、思ったんですよ。

 何とかして、伝えたい、読ませたい。そう思って書き連ねるわけなんですけども。
 エッセイやコラムと違ってストレートじゃなくて、作品の全体を通して、エピソードや会話の中にこっそり忍ばせたものを堪能するのが小説なのじゃないかなぁと、私は思っています。

 例えば、料理の隠し味にスパイスを入れる。ただ、「おいしかった」とだけ感じて、それで終わってしまう人がいる。味わいながら、様々な具材のバランスを感じながら「あのスパイス、うまく効いてたね」と言ってくれる人がいる。
 同じ料理なのに、味わい方が違う。

 小説も、同じだな、と。

 どんなに訴えたいことがあっても、「面白いか、否か」だけを追求されてしまうと、そこから先にあるものを見出してもらえない。作者の努力不足なのか、読者の読解力不足なのか、悩んでしまうこともある。

 どんなにわかりやすく噛み砕いても、わかる人にはわかるし、わからない人には一生かかってもわからない。……というのは、実生活で既に嫌と言うほど見てきた。悔しいけれど、全員に同じ感想を求めるのは酷だ。だって、生きてきた環境、考え方、下地がまるで違う。

 優れた文学作品でも、読む人によって片方では賞賛され、片方では卑下される。
 子供の時はわからなかった「作品の真意」が、大人になったら急にわかるようになる。
 誰が読むのか、どのぐらいの年代でその作品に触れたか、その時、どんな環境だったのか。それは感想につぶさに反映される。


 書く側の姿勢も、大切だが、読む側の姿勢も、やはり大切なのだ。


 どんな気持ちで読み進める?
 楽しい気持ち? 沈んだ気持ち?
 楽しい気分でコメディを読めば、面白いだろう。だけど、沈んだ気持ちで読むコメディほどつまらないものはない。
 最初から、「どうせ、駄文だろ?」と言う気持ちで読んでしまうと、全部駄文に思えてくる。

 ハードカバーのケータイ小説は、面白そうに見える?
 飾り気のないWEB小説は、つまらなさそう?

 そんなこと、ありません。最初から決め付けないで、読んで欲しいと思う。素直な気持ちで読んで、それでもつまらなかったら、「ああ、実力不足だな」ということで。

 ……作者側の、言い訳ですかね、これって。
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モノカキ魂
第2弾連載中