第二百九十四話 ウゴールさんとついでにエルランドさんへ差し入れ
明けて翌朝。
フェルたちはいつものごとく元気いっぱいで、朝から「ドラゴンの肉が食いたい」と騒いでいたが、さすがに朝からドラゴンの肉は贅沢すぎだ。
あんまり食いすぎるとすぐになくなっちゃうぞと嗜めたけど、それでも食いたそうなみんなに「お昼にね」と約束してその場は収めた。
そういう訳で、朝は作り置きの肉そぼろをアレンジして肉そぼろオムレツドッグにしてみた。
肉そぼろがたっぷり入ったオムレツをコッペパンに挟んでケチャップをちょいとつけたら出来上がりだ。
甘じょっぱい肉そぼろのオムレツとパンが割りとマッチして美味いぞ。
フェルたち、というかフェルは肉が少ないとブツブツ言ってたけどね。
昼飯にはドラゴン肉を出すから我慢しなさいって。
フェルたちと話し合った結果、昼まではゆっくりと過ごして、午後からは森へと狩りに出かけることにした。
本当はみんなダンジョンへ行きたがったけど、この前踏破しているし、俺が昼にちょっと行きたいところもあるからと今日のところは午後に森へ狩りに行くということにしてもらった。
ダンジョン都市に来たということで、フェルもドラちゃんもスイもダンジョンに潜りたくてウズウズしているみたいだ。
こりゃ1回潜らないといけないかもしれないなぁ。
とりあえず朝飯のあとはゆっくりと過ごして、昼は約束どおりドラゴンの肉を使った昼飯にした。
豪華にドラゴンステーキサンドだ。
軽くトーストした食パンの1枚にバターもう1枚に粒マスタードを塗ったら、キャベツの千切りとにんにく風味のステーキ醤油を絡めた分厚い赤竜のステーキを載せてパンで挟んで出来上がり。
食欲をそそる香りと見た目に、作った俺も思わずゴクリと唾を飲み込んだほどだ。
フェルもドラちゃんもスイも約束どおりのドラゴンの肉に、満足そうにドラゴンステーキサンドを食ってた。
フェルだけはキャベツなしの特製をだけどね。
腹いっぱいに昼飯のドラゴンステーキサンドを食った後は、俺が行きたかった冒険者ギルドへ向かうことに。
仕事でお疲れ気味のウゴールさんとついでにエルランドさんへの差し入れだ。
サンドなら仕事中でも食べやすいだろうと、昼飯をステーキサンドにしたのもそれが理由だ。
ちょい多めの2人分のステーキサンドとお土産を携えて、いざ冒険者ギルドへ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
職員も慣れたもので俺が行くと、何も言わずに2階のギルドマスターの部屋へと案内してくれた。
ノックしてドアを開けると、ウゴールさんもエルランドさんも黙々と書類仕事をこなしていた。
「あ、ムコーダさん、ほんのちょっとだけお待ちくださいね」
ウゴールさんが書類に何か書き込みながらそう言う。
「お待たせしました。何かありましたか?」
「いえ、仕事が立て込んでいるところ申し訳ないとは思ったんですが、その原因を作ったのも私でもあるんで……、これ、差し入れを」
アイテムボックスからドラゴンステーキサンドを取り出してウゴールさんの目の前に出した。
「これは……」
「赤竜のステーキのサンドイッチです」
俺がそう言うと、ウゴールさんが目を見開いて驚いた。
「ド、ドラゴンの肉……」
「はい。少しだけですけど、これ食べて仕事がんばってください」
「一国の王であっても一生のうち一度口に入ることがあるかどうかと言われるドラゴンを…………」
え、そうなの?
手に入ったばっかりだし、フェルたちの昼飯作るついでに作っただけなんだけど、その話聞くとドラゴンの肉を使ったのはちょっとやり過ぎだったかもしれない。
レッドボアとかコカトリス辺りを使えばよかったかな。
「ゴクリ……ほ、本当に、私がいただいてもよろしいのですか?」
「もちろんですよ。そのための差し入れですから」
遠慮なくガブッといっちゃってください。
「で、では……」
「ちょーっと待ったっ! ム、ムコーダさんっ、わ、私には? 私の分はないんですかっ?!」
エルランドさん、そんな泣きそうな顔しないでよ。
ちゃんとあなたにも持ってきてるから。
「エルランドさんの分もちゃんとありますから、落ちついてくださいって」
そう言ってエルランドさんの前にもドラゴンステーキサンドを出した。
「ヤッタ! 赤竜ですよっ、赤竜! 地竜に続いて赤竜まで食せるなんてっ。やっぱり持つべきものは友ですね。ムコーダさんは私の無二の親友ですよ!」
ったく、調子のいいこと言ってからに。
さっきは泣きそうな顔してたくせに、ドラゴンステーキサンドを出した途端満面の笑みなんだもんな。
「あ、それとこれも」
ウゴールさんとエルランドさんにお土産の入ったバスケットを渡した。
「前に渡したパウンドケーキです。お二人とも甘いのはお好きでしたよね」
「わっ、ありがとうございますー」
甘い物好きのエルランドさんがバスケットの中を覗いて喜んでいた。
その間にウゴールさんにだけコソッと話をば。
「ウゴールさんの方には赤竜の肉も入ってますんで、ご家族で食べてください」(コソッ)
「いいんですか?」(コソッ)
「今回1番迷惑を被っているのはウゴールさんとご家族でしょうから。少しばかりですが……」(コソッ)
「ムコーダさんもあの馬鹿マスターに迷惑を被っているというのに、何から何までありがとうございます。でも、あの馬鹿マスターにも赤竜の肉を渡さなくていいんですか?」(コソッ)
「肉だけ渡してあの方が料理できると思いますか?」(コソッ)
「……絶対に無理ですね」(コソッ)
ウゴールさんとコソコソ話していると、エルランドさんの「あれ?」という声が聞こえた。
「どうしたんですか?」
「んんん?」
満面の笑顔だったエルランドさんが急にキョロキョロしだした。
キョロキョロして唸っているエルランドさんにもう一度声をかける。
「エルランドさん、どうかしたんですか?」
「えーっと、ムコーダさん、私のよりもウゴール君のドラゴンステーキの方が厚いような気がするんだけど……」
エルランドさんがキョロキョロしていたのは、自分の目の前の皿とウゴールさんの前にある皿を見比べていたからのようだ。
「…………気のせいですよ」
「そうかなぁ?」
「気のせいです」
そう、気のせいです。
ウゴールさんのドラゴンステーキだけちょっと分厚くしてあるとか、そんなのは全然ないんですよ。(棒読み)
「それより、昼飯まだなんですよね? それでしたら仕事中でも摘めると思いますんで、是非食べてください」
「はっ、そうですね。では…………」
俺に言われて、エルランドさんが早速ドラゴンステーキサンドにかぶりついた。
「お、おいしい……。地竜も美味しかったですが、赤竜も美味しいです。ウグッ、わ、私は本当に幸せ者ですね~」
おいおい、泣きながら食わんでくださいよ。
「ハァ……、馬鹿マスターはとりあえず放っておきましょう。食べ終わったら、みっちり仕事をさせますので。それでは私もいただきますね」
ウゴールさんもドラゴンステーキサンドにかぶりつく。
「とてつもなく美味しいです。まさか私にドラゴンの肉を味わえる日がくるとは……」
なんか感無量って感じで一口一口味わって食ってるよ、ウゴールさん。
ここ最近けっこう頻繁にドラゴンの肉を食っていた身としては、何だか居たたまれないよ。
「あ、あの、それじゃこれでお暇させていただきますね。仕事がんばってください」
そう言ってそそくさとギルドマスターの部屋を抜け出した。
大人しかったフェルとドラちゃんも付いてきている。
『クワァ~。ようやく終わったか』
フェルが大あくびをしている。
『フゥ、やっとあいつから離れられるな』
ドラちゃんはエルランドさんを警戒してずっとフェルの後ろに隠れていた。
スイはいつものとおり革鞄の中でグッスリだ。
「これで用事も終わったし、森に行くか」
『うむ』
『行こうぜ』