第二百五十七話 グール
次は18階、二度目のアンデッド階層だ。
階段を下りきる前に準備をする。
「それじゃ、聖刻印を押しますね」
「お願いします」
俺はエルランドさんの愛剣と手の甲に聖刻印を押した。
「次はフェルだ」
押せというように体を俺に向けてきたフェルに、前と同じ首の辺りにペタンと聖刻印を押した。
「お次はドラちゃんね」
パタパタと飛んで近付いてきたドラちゃんを抱き留めると、ドラちゃんにも前と同じく首の辺りに聖刻印を押した。
「ぐぬぬぬ、ドラちゃん……」
エルランドさん……。
ハンカチでも持ってたら噛んでキィーッてやりそうな感じだよ。
そんな恨めしそうな顔して見ないで欲しいな。
「次はスイね」
そう言うとスイがポーンっと俺に飛びついてきた。
飛びついてきたスイを一撫でしてから前と同じくプヨプヨつるつるの頭のてっぺんに聖刻印をポンッと押した。
最後は俺だ。
手の甲とミスリルの槍に聖刻印を押してっと。
よし、これで準備OKだな。
「それじゃ、行きますか」
『うむ。前のアンデッドよりも歯応えのあるヤツが出るんだろうな。楽しみだ』
『ホントだぜ。これのおかげで、アンデッドも避けなくていいからな。また倒しまくってやるぞー!』
『スイもだよー。いっぱい倒すんだからー』
17階でも散々暴れてきたろうに、フェルもドラちゃんもスイも何でこんなに元気なんだろうね。
俺としちゃ17階のデカゴキ相手にして疲れ気味だってのにさ。
確か、18階にはグールやらスケルトンメイジそれにレイスなんかが出るし、ボス部屋にはスケルトンナイトが出るって話だったな。
アンデッドに聖刻印がバッチリ効いてるしフェルたちもいるとはいえ、9階にいたアンデッドよりも強いのは確実だろう。
ここのダンジョンで厄介だって言われてるアンデッド階層なんだから注意していかないとな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ムコーダさんっ、後ろからグールが来ますよ!」
「はいっ」
エルランドさんから警告を受けて俺はミスリルの槍を構えて後ろを向いた。
見てくれは9階にいたゾンビとそっくりの腐れかけの死体のグールが腐肉を撒き散らしながら、こちらに走り寄ってくる。
そう、グールは走るんだよ。
最初見たときはかなりビビった。
走るとは言ってもそんな早いわけではないんだけど、ゾンビがノロノロした歩みだったのに比べたら雲泥の差だし。
グールを見て軽くパニクッたけど、フェルに『結界を張ってあるから大丈夫だ』って言われて落ち着いたよ。
よくよく考えたら俺は完全防御もあるしってさ。
落ち着いてミスリルの槍で突き刺したら聖刻印の効果なのかすんなり倒せた。
聖刻印様様だぜ。
ってそんなことは後にして今はこっちに迫って来ているグールに集中だ。
「せいッ」
リーチのある槍で胸の辺りを一突き。
槍を引き抜くとグールがバタンと倒れた。
その間にエルランドさんはグールを2体倒していた。
「お、毒爪がドロップされてますね」
エルランドさんが巾着型の革袋を拾った。
グールのドロップ品の毒爪はご丁寧にも革袋入りでドロップされる。
走るゾンビことグールの爪は鋭く毒があり、それで攻撃してくる。
エルランドさんの話では、かすっただけでも命に関わるそうだ。
グールの毒爪で傷付けられると、そこがだんだんと腐っていき三日三晩熱にうなされた後死に至ると言われているそうだ。
エルランドさん曰く「アンデッドなんて滅多に出るものでもないですし、それこそ今はダンジョンにでも来なければ遭遇することもないでしょう。アンデッドの上位種となればなおさらです」とのこと。
エルフで長生きしてるエルランドさんでも、この階に出るグールやレイスは初めて実物を見たそうだ。
だから、グールやレイスなんかのこととなるとエルランドさんも本で読んだり先人に聞いた知識頼りとのことだった。
とは言え、物知りのエルランドさんにはどうしてもいろいろ聞いてしまうもの。
そして、今も……。
「グールのドロップ品って毒爪だけなんですかね?」
「うーん、どうなんでしょうね。元々アンデッドのドロップ品は少ないようですし、もしかしたらそうかもしれません」
「エルランドさんの話だと、この毒爪ってヤバい毒薬の素材になるみたいですけど、大丈夫ですかね? この階でかなり毒爪出てますけど……」
エルランドさんが昔とある筋の人から聞いた話では、このグールの毒爪って特殊なヤバい毒薬の素材になるらしいんだ。
何がヤバいって、その毒薬を使うと毒を使ったと分かる死に方をしないらしい。
その毒を摂取すると、3日から4日後に胸をかきむしりながら死に至るという。
おそらく心臓発作を誘発する遅効性の毒なんだろうな。
この世界はポーションやら回復魔法があるから医学が発達してないとはいえ、心臓発作があることは知っているようで結局病死扱いになるようだ。
そんなわけで、この毒は暗殺に持ってこいの一品らしいのだ。
「いやぁ、買い取る買い取らないはそこの冒険者ギルドによりますからねぇ。一部の業界では喉から手が出るほど手に入れたい品らしいですけど……」
一部の業界って暗殺を生業にしてる業界でしょ。
それか邪魔者を消したい貴族とかさ。
「あまりに多いとあれですし、ま、まぁ、少しだけ買取に出して、あとはまとめてどこかで焼却処分にでもしますか」
「そ、それがいいかもしれませんね」
大量のグールの毒爪を手に入れて苦慮している俺たちだった。
『おい、ドロップ品を早く拾え』
『そうだぞー。早く次進むんだからな』
『あるじー、拾って来たよー』
フェルたちが倒した分のアンデッドのドロップ品がどっさりあった。
その中にグールの毒爪も大量にあるのを見て俺とエルランドさんは苦笑いだ。
「ま、どうするかは後で考えることにして、拾っちゃいましょうか」
「そうですね」
俺とエルランドさんは通路一面に散らばったアンデッドのドロップ品を拾っていった。