第二百五十五話 エルランドさんにネットスーパースキルを教える
17階のゴキ階層が続きます。
あと1話で17階を抜けると思いますので、もう少しお付き合い願います。
17階を進んで行くと、次から次へとデカゴキが襲ってきた。
フェルとドラちゃんとスイが喜々として相手をしてすぐさま撃破してくれているからいいものの、俺としては完全に腰が引けていた。
だってキモ過ぎるんだよ。
デカゴキが床から壁から天井からカサカサ大群で押し寄せてくるんだぜ。
しかもだ、異世界のゴキなのに、日本で見たゴキと同じように飛ぶんだぞ。
デカゴキが飛んだ姿を見たときには腰を抜かしそうになったぜ。
それでも何とかやり過ごして、ドロップ品回収作業に徹していた。
途中の部屋でもデカゴキの大量のドロップ品が出たけど、無の境地に徹してせっせと拾い集めていったよ。
しかしな、ボス部屋に近づいていくほどに数も増えていて、デカゴキは数に任せてフェルとドラちゃんとスイの攻撃をかいくぐって俺とエルランドさんがいる後方に来ようとするヤツまで出てきている。
フェルとドラちゃんとスイが気付いてこっちにこさせていないから何とかなっているが、数がどんどん増えている現状、それもいつかは突破されそうな気がする。
突破されたとしても、俺たちの方に来るのは1匹か2匹がせいぜいだろう。
だが、俺にとっては非常に由々しき問題だ。
数が少なかろうが、デカゴキがこちらに向かってくるんだからな。
何か対策をとらねば。
やはりゴキに効くといえば、ゴキ専用の殺虫剤だろう。
ネイホフの街でのイビルプラントにも除草剤はよく効いた。
ネットスーパーで買うゴキ専用殺虫剤もよく効くと思うんだけど。
しかし、そうなるとエルランドさんの前でネットスーパーを使わなきゃならない。
まぁ、エルランドさんが俺のネットスーパースキルのことを知ったとしても、安易に誰かにバラすようなことはしないだろう。
ドラゴンのことやら何やらで知り合いになって繋がりもできたわけだしさ。
ちょっとというかかなり変わった人ではあるけど、信用できる人だとは思っている。
ネットスーパースキルをエルランドさんに知られることよりも、俺には心配なことがある。
それはエルランドさん自身のことだ。
ネットスーパーで買う異世界産のものは、何故だかわからないがこの世界にあるものより効果が高い。
きっとゴキ専用殺虫剤もそうだろうと思う。
そうなると、このダンジョンという閉鎖された空間で使っていいものか迷う。
イビルプラントのときは森の中で外だったけど、ダンジョン内となるとね……。
ゴキ専用殺虫剤でデカゴキ共を葬れたとしても、効果の高い殺虫剤がダンジョン内に篭るのは良くない気がする。
しかも、エルランドさんはこの世界の人だ。
殺虫剤がどういう影響を及ぼすかもわからないし。
ゴキ専用殺虫剤を安易に使って、エルランドさんに何かあったら悔やんでも悔やみきれないよ。
そう考えると効きそうではあるけど殺虫剤は使えないよな。
となると、うーむ……。
確か、食器用洗剤とかウォッカなんかのアルコール度数が高い酒は、ゴキの呼吸を妨げるらしく駆除が出来ると聞いたことがあるけど、その後の処理が面倒そうでやったことないんだよな。
だって、洗剤とか酒をかけたら、洗剤とか酒まみれのゴキをティッシュなんかで摘んで捨てなきゃいけないし、その後の床もゴキに触れた洗剤と酒を拭かなきゃならないんだぞ。
まぁ、それはおいておいて対デカゴキをどうするかだ。
洗剤とか酒を使うとしたら、洗剤はプラスチック容器のふたを開けて投げつけて、酒は瓶ごと投げつける方法になるか。
だけど、プラスチック容器の洗剤はゴキの体にぶち当たっても容器が割れないだろうし、うまく体にひっかからない気がする。
酒は、瓶だから思いっきり投げればアリだな。
あ、それとあれも有効かも。
冷凍殺虫スプレー。
殺虫成分が不使用で食品まわりでも安心だってことで俺も何度か使ってみたが、ゴキが死ぬまで時間がかかるから結局お蔵入りになった。
あれもこの世界で使ったら効果UPしてそうだし、死ぬまでいかないまでも動きはかなり鈍くなると思うんだよな。
その間にエルランドさんと共闘して倒すってのもありだろう。
あのデカゴキ共がいつ出てくるか分からないここでネットスーパーを使うのは危険だから、次のセーフエリアで酒と冷凍殺虫スプレーを購入するぞ。
その後もフェルとドラちゃんとスイの奮闘で、俺たちの方へデカゴキが来ることなくなんとか進んだ。
フェルたちの『腹が減った』の大合唱で、その場から一番近いセーフエリアへと入り飯にすることになった。
さすがにこの階までくると、セーフエリアには誰もいなかった。
ナディヤさんの話では一応この階まで潜っている冒険者がいると言う話だったけど、「特殊個体が多い周期だと感じて撤退したんでしょうね」というのがエルランドさんの見解だ。
俺も本音は撤退したいんだけど、そうもいかないのが辛いところだな。
昼飯は肉がいいとフェルたちからのリクエストがあったのと、エルランドさんから「前に食べさせていただいたあれがあったらもう一度食べたいですね」との希望があったから牛丼にしてみた。
ゴールデンバックブルの肉で作った牛丼だ。
フェルとドラちゃんとスイには特盛りにした飯のうえにたっぷり肉を載せた牛丼を出してやった。
エルランドさんもけっこう食うことが分かったから飯を多めによそって、その上に肉をたっぷり載せて出してやる。
フェルとドラちゃんとスイは美味そうにガツガツ食っているし、エルランドさんも「そうそう、この味です。美味しいですね」と言いながらパクパク食っている。
俺はというと……。
とてもじゃないが、飯なんて食う気しないぜ。
それでもこれからまたあのデカゴキ共を相手にすることを考えると、少しでも何か腹に入れておいたほうがいい。
さっぱりしたものがいいな。
どうせ酒とか冷凍殺虫スプレー買うときにエルランドさんには説明しようと思ってたし、ちょっと前倒しになるけどもう使ってもいいか。
俺はネットスーパーを開いた。
『おい、此奴に知られてもいいのか?』
俺がネットスーパーを開いたのを見てフェルがそう声を掛けてきた。
「ああ。この階の魔物を倒すのに有効なものを買おうと思ってな。それに、下層に行ったら多分飯も足りなくなってくると思うから、いずれ知られることになるだろうしな。早いか遅いかの違いだけだよ。何よりエルランドさんなら信用できるしさ」
『そうか。お主がそう言うのならいいのだろう。それならば、飲み物をくれ。あの黒いのがいいぞ』
フェルがコーラが欲しいと言い出した。
それを見て、ドラちゃんとスイが黙っているはずもない。
『あ、ズリィ。そんなら俺も黒いの欲しいぞ。あとプリンもくれ』
『スイも黒いシュワシュワなの飲みたいなぁ。あとね、ケーキも食べたーい』
あー、はいはい。
みんなこの階ではがんばってくれたし、ご褒美として出しますか。
「ム、ム、ムコーダさん、そ、そ、そ、それ、何なんですかっ?」
俺の眼前に広がるウィンドウにエルランドさんが目を見開いて驚いている。
「ああ、これですか。これは俺の固有スキルですよ。異世界の食い物や便利なものが買えるスキルです」
「……異世界?」
異世界と言ってもピンとこないか。
「ああ、美味いものやら便利なものやらが買えるスキルだと思ってもらえれば」
「な、なるほど……。しかし、そんなスキルは初めて聞きましたよ」
だろうね。
おそらくだけど、このネットスーパーって固有スキルを持ってるのも俺1人だけだろう。
なんてったって親交のあるこの世界の神様たちだって初めて聞いたスキルだって言ってたもんな。
「多分、私しか持ってないスキルですよ」
「そうでしょうね。私もスキルについては熟知しているつもりでしたが、聞いたことがありませんから。まぁ、スキルの所持者が秘密にしている場合もありますし、スキルのすべてが明らかになっているわけではありませんからね。知られていない珍しいスキルがあってもおかしくはないでしょう」
「私もできるだけ秘密にしておきたいと考えていますので、秘密厳守でお願いします」
「はい、それはもう。スキルを明かしていただけたということは、私を信用していただいてのことと思います。その信用を裏切るようなことは絶対にいたしません。ムコーダさんを裏切るような行為をしたら、もう二度とドラちゃんに会えないでしょうし、ドラゴンも二度と手に入らないでしょうからね。それは私に死ねと言ってるようなものですから。ハハハ」
エルランドさん、重いよ。
どんだけドラゴン好きなんですか。
まぁ、秘密厳守なのは守ってくれそうだからいいけど。
俺はネットスーパーで俺の昼飯としてヨーグルトとミルクたっぷりのカフェオレ、それからフェルとドラちゃんとスイご所望のコーラをカートに入れた。
それから、対デカゴキ用兵器としてウォッカを50本ほどと冷凍殺虫スプレーを20本ほど購入。
備えあれば憂いなしということで多めに購入した。
あとはフェルたちへのご褒美として、いつもの不三家でケーキとプリンを買った。
いつものごとく現れた段ボール箱から商品を取り出していった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『飲み物をくれ』
『俺もだ』
『スイもー』
腹いっぱい牛丼を堪能すると、フェルとドラちゃんとスイが飲み物を所望した。
俺はネットスーパーで買ったコーラを深めの木皿に注いでフェルたちに出してやる。
「その黒いのは何ですか? みなさんゴクゴク飲んでますけど、飲み物なのですか?」
エルランドさんが初めて見るコーラに顔を顰めている。
初めて見たらそうなるか。
コーラ、真っ黒だもんな。
「これ色はあれですけど、甘くてシュワっとして美味いですよ。エルランドさんも飲んでみますか?」
俺が美味いと言ったから興味がわいたのか「少しだけ」と言うので、陶器のコップの半分くらいコーラを注いで出してやった。
「それでは……」
そう言っておそるおそるコップに口をつけた。
ゴクリ…………。
エルランドさんが一口ゴクリと飲んだ。
その後はゴクゴクゴクゴクと勢いよくいっきにコーラを飲んでいった。
「ふぅ~、黒い水などどんな味がするやらと思ったのですが、これは美味しいですね! 飲んだことのない味ですが、果実水とは比べ物にならないくらい甘いうえに喉を通るシュワシュワっとした感じがたまりませんね。……ゲェップ。とと、失礼」
「ハハッ、それは炭酸飲料と言って飲むとゲップが出やすくなるんですよ」
俺はエルランドさんにおかわりのコーラを注いでやり、フェルたちにも追加のコーラを注いでやった。
そして、食後のデザートとしてケーキとプリンも出してやる。
フェルにはフェルお気に入りのイチゴショートを2個に、プリン好きなドラちゃんにはカスタードプリンと新作の焼きプリンショート、スイには新作の巨峰の載った季節のフルーツショートと定番だけど新しく改良されたマロンモンブランだ。
もちろんエルランドさんにも食後のデザートとしてケーキを出した。
ここはド定番だけどハズレなしの生クリームたっぷりのイチゴショートでいってみたよ。
エルランドさんは、まず見た目の美しさに感動してたね。
「こ、これは……」
「さっきお教えした俺のスキルで手に入れたものですよ。ここら辺では見ない、こういう美味い物が手に入るんです」
「す、すごいですね……ハッ、ではムコーダさんの料理も?」
「あれはですね、俺が料理してますけど、このスキルで手に入れた調味料なんかを使ってるんです。調味料もいいものが手に入りますから」
「なるほど。ムコーダさんの傍にいればおのずとおいしい物が食べられるというわけですねぇ」
『うむ、そうだ。此奴の飯は美味いのだ。そして、此奴の出すこのケーキも美味い』
フェルさん、あんたが威張って言うことじゃないでしょ。
まぁ、美味いって思ってもらえるのは嬉しいけどさ。
「さ、このケーキという甘味もこの辺りでは味わえないものだと思いますんで、どうぞ食べてみてください」
俺がそう言うとエルランドさんが白いクリームにフォークを入れた。
エルランドさん、イチゴショートの味にいたく感動していたよ。
甘味の少ない世界だけに、イチゴショートはかなり衝撃的な味だったようでエルランドさんは泣きながら「美味しい、美味しい」言って食ってた。
俺はというと、フェルたちとエルランドさんがケーキを食ってる傍らで、昼飯代わりのヨーグルトをいただいた。
久しぶりのヨーグルトはさっぱりして非常に美味かった。
そして甘いカフェオレを飲んでホッと一息。
しかしだ、まだまだダンジョンは続く。
この階のデカゴキとの闘いはまだ終わっていない。
フェルの話では17階を4分の3ほど進んだところだ。
ボス部屋まで残り4分の1、大分進んだとは言えボス部屋に近づくほどデカゴキ共も数を増やしているし、まだまだ油断はできない。
対デカゴキ用兵器のウォッカと冷凍殺虫スプレーも十分用意した。
準備は万端だ。
俺はやるぞ。
デカゴキなんかに負けてたまるかってんだ。
駆逐されるのはデカゴキ共だ。
チクショー、殺ってやんよ!