第二百二十話 幸せオーラにあてられた
朝飯を食い終わって、リビングでコーヒーを飲みつつホッと一息ついた。
ちなみに朝飯はみんなのリクエストで肉だった。
手早くオーク肉の生姜焼き丼だ。
匂いにつられてついつい俺も朝からガッツリ食っちゃったぜ。
「なぁみんな、ここの家を借りて明日で1週間なんだけどさ、あと3日くらい延長してもいいか?」
もう1回くらい朝市で魚介の仕入れしたいし、旅の間の料理のストックもしておきたいし。
だからあと3日くらい滞在延長したいところだ。
『ぬぅ、3日か? ダンジョンに行くのが遅くなるではないか』
フェルが渋い顔をする。
『えー、3日もか。確かにここの魚は美味いけど、ダンジョンに早く行きてーな』
ドラちゃんも不満顔。
『スイはねー、ダンジョン行きたいけど、少しならいいよー。だってここのお魚さん美味しいもん』
俺の味方はスイだけだよー。
3日くらいいいじゃんかなー。
「フェルもドラちゃんも3日だけだからさ、お願い。もう少し魚介を仕入れたいしさ、旅の間に食う料理も少し作っておきたいんだよ。たった3日なんだし、いいだろ?」
『仕方ない、分かったぞ。その代わり今日は森に行くぞ。ここのところずっと街中にいたからな、運動がてら狩りをしたい』
フェルがそんなことを言い出す。
『ったく仕方ねぇなぁ。森で狩りか、いいなそれ。俺も行きたいぞ』
森か。
オークの肉は解体してもらえばなんとかなるけど、ワイバーンとブラッディホーンブルの肉も少なくなってきてるしね。
肉はいくらあってもいいし、肉の確保も悪くないか。
「それじゃ、今日は森に行くか。でも、その前に商人ギルドに延長の話しに行って、その後に買いたい物があるから雑貨屋によるぞ。それからちょっと用事があるから冒険者ギルドに行くからさ、どうせ森に行くなら依頼でいいのあったらそれを受けるようにしようぜ」
『うむ。どうせ森に行くのならその方がいいだろうな』
話もまとまって、俺たちは出かけることにした。
冒険者ギルドに行く用事っていうのは、昨日のこともあるし、マルクスさんとカルロッテさんにお礼の品を渡そうかなって思ってさ。
いろいろ考えたらやっぱり菓子がいいかってなって、昨日の夜のうちにパウンドケーキを焼いた。
パウンドケーキならウゴールさんへのお礼のときにも作ったし、失敗もないかと思ってこれにした。
でも今度はプレーンなパウンドケーキの他にアールグレイの茶葉を入れて紅茶のパウンドケーキも作ってみたぜ。
ネットスーパーを開いてみたら、紅茶はわりといろんな種類そろってたからちょっと奮発して缶に入った少し高めの値段の高級なヤツを選んでみた。
紅茶のパウンドケーキは、プレーンのパウンドケーキに入れたバニラエッセンスを入れないで、薄力粉とベーキングパウダーを合わせてふるった粉を入れるときに、ビニール袋に入れて麺棒で叩いて細かく砕いた紅茶を入れて作るだけだ。
焼き上がりはさすが高級茶葉という感じで、すごくいい紅茶の香りがしたぞ。
今回はいい茶葉を使ったけど、ティーバッグの中に入ってる茶葉を使ってもOKだぞ。
その場合は既に細かくなってるから、そのまま入れて大丈夫だ。
パウンドケーキはちょっとしたお礼に使えると思って、オーブンもデカいしってことで今回は焼けるだけ焼いた。
マルクスさんとカルロッテさんには紅茶のパウンドケーキを渡すつもりで準備してあるし、あとは雑貨屋でバスケットを買ってその中に皿ごとしまって渡すだけだ。
それじゃまずは商人ギルドに行ってここを借りるのを3日間延長お願いしてきますか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
商人ギルドに行くと、延長の手続きはあっという間に終わった。
窓口で3日間延長したい旨伝えると、追加の料金を支払えばそのまま延長できますとのことで、追加料金の金貨28枚を支払ったらすんなり手続きも終わったよ。
その後は、商人ギルド近くにあった雑貨屋でバスケット2つ購入してから冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドの窓口に声を掛けると、受付嬢がすぐにギルドマスターを呼びにいってくれた。
「おう、どうした?」
「マルクスさんとカルロッテさんには昨日お世話になったんでお礼をと思いまして」
「何だよ、そんな気使わなくてもいいのに」
「これ、ちょっとした菓子なんで食べてください。こっちはカルロッテさんに渡してもらえますか」
「おう、分かった。逆に気使わせちまって悪かったな。これはありがたくもらっとくぜ。こっちは俺が責任をもってカルロッテに渡しておくからな。それにしても菓子か。嫁が喜ぶぜ」
そう言ってマルクスさんがニヤリと笑った。
こんな強面のおっさんにも嫁がいるんだなと思って、嫁さんのことをちょっと聞いてみたら、嬉しそうに話してくれたよ。
聞いてもいないこともベラベラとさ。
マルクスさんは元々Aランクの冒険者だったらしいんだけど、冒険者時代は方々を渡り歩いてたもんだから結婚はしなかったそう。
何でも高ランク冒険者になるほど、婚期を逃す人が多いって話だ。
高ランクじゃなきゃ処理できない案件も多いから、そのためにあちこち回ることになるかららしい。
「この怪我が元で40のときに冒険者を引退してこの街の冒険者ギルドのギルドマスターになったんだけどよ……」
何でもこの街に出稼ぎに来てた嫁さんと再会したらしいんだ。
嫁さんは、10年前にマルクスさんが冒険者時代に依頼で行った村の娘さんで、嫁さんのほうが気付いて声を掛けてきたらしい。
マルクスさんも村のことは覚えていて、村一番のお転婆娘だと言われてた娘がめちゃくちゃ綺麗になってて驚いたってさ。
それから昔の好で時々会うようになったんだそうだ。
その時、嫁さんは22歳でこの世界では行き遅れだとささやかれるくらいの年齢だった。
病気がちな両親のために働きづめで結婚なんて話どころじゃなかったんだと。
だけどさ、その両親もマルクスさんに再会する1年くらい前に相次いで他界して、いろいろと考えるようになったらしい。
「嫁がよ、自分はこのまま一生結婚できそうにないから、1人でも生きていけるようにまずは読み書きできるようになりたいって言ったんだよ」
それで読み書きのできるマルクスさんに教えてくれるよう頼んできたらしい。
この世界の婚期は遅くても女性の場合は18歳くらいまでにはみんな結婚して、早ければ15歳で結婚して子持ちなんてのもあるとのこと。
だから、婚期を逃した女性は肩身の狭い思いをしているそうだ。
で、マルクスさんはそんな前向きで健気な嫁にズキュンときちゃったわけだ。
自分の娘と言っても過言でない歳の差をものともせず嫁さんに猛烈アプローチしてゲットしたそうだ。
「去年娘が生まれてよぉ、これがまた嫁に似て可愛いんだよ~」
デレデレした顔でそう言うマルクスさん。
海賊面で幸せオーラ出しまくんなや。
クッソ、こんな海賊にしか見えん強面なおっさんがリア充だったなんて……。
「冒険者時代は結婚なんてしてられっかなんて思ってたけどよ、結婚はいいぞ~」
しみじみとそう言ってうんうん頷くマルクスさん。
「お前も高ランク冒険者だが婚期は逃すなよ」
そう言ってマルクスさんが俺の背中をバンバン叩いた。
馬鹿力で叩かないでくださいよ。
ってかさ、相手がいたらとっくに結婚してるっての。
幸せオーラ出しまくってるリア充のマルクスさんには付き合ってられませんぜ。
撤退だ撤退。
「それじゃ、受けられそうな依頼があるか見てきますんで」
俺は掲示板のある方へ向かった。