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とんでもスキルで異世界放浪メシ 作者:江口 連(旧 妖精壱号)
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閑話 とある冒険者の回想

本日は閑話と21話更新です。
 「はぁ……」
 「溜息なんてついて、どうしたんだ?ヴィンセント」
 「いやさ、美味い飯がまた食いたいなと思って」
 「うんうん。あたいもそう思う。またムコーダさんのご飯食べたいよ」
 「リタもそう思うだろ。やっぱあの飯は美味すぎた」
 しみじみとそう言うヴィンセントに他のメンバーたちも頷いていた。
 かく言う俺もそう思う。
 少し前に請け負った護衛依頼のことを思い出す。
 それは俺たちパーティー『アイアン・ウィル(鉄の意志)』にとっていろんな意味で忘れ難い任務となった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 冒険者ギルドで紹介されたその男は、この辺では見ない平たい顔立ちの男だった。
 中肉中背で強さとは縁遠そうな男が旅路の護衛を依頼するのも納得がいった。
 男はムコーダと名乗った。
 ムコーダは隣国へ行きたいのだと言い、俺たちとしてもキナ臭くなってきたこの国を早く出るべきだと話し合っていたところだったから金貨8枚と俺たちが受ける依頼としては報酬が安かったが受けることにした。
 隣国への道程は比較的安全だったこともあるが、食事が依頼主持ちだったことも依頼を受ける決め手になった。
 案外と食事というものは馬鹿にできない。
 メンバー5人分となると金もかかるのだ。
 普通旅路での食事は干し肉や硬いパンが主で、美味くはないが食べねば冒険者としての力も出せない。
 てっきりムコーダさんが用意する食事も干し肉と硬いパンかと思いきや、そんなものとは一線を画す美味さだった。
 ムコーダさんが用意する食事は大きな街の有名店で食べる食事に引けを取らないくらいに美味かった。
 ムコーダさんの故郷の製法で作られたという柔らかいパン、そして程よい塩気のあるハムや肉汁たっぷりの腸詰、温かい具だくさんのスープ等……旅路とは思えないほどの豪華さと美味さだった。
 俺たちはこの依頼を受けて正解だったと喜んだ。
 当然だ。
 街にいるより美味い飯が食えたのだからな。
 旅路で出て来た魔物もゴブリンやグレイウルフの雑魚共で、レッドボアが出て来たがそれも俺たちにしてみれば然程困る相手ではなかった。
 普通旅路で魔物を狩った場合、皮や牙など高額のものを優先的に持ち帰ることになり、肉などは傷むこともあって食べられる分だけ食べて後は捨てていくのが常だった。
 だが、ムコーダさんがアイテムボックス持ちだったことで肉も持ち帰ることができた。
 そのレッドボアの肉を使ってムコーダさんの故郷の味付けをした料理というのが、これまた絶品だった。
 俺が今まで食べた食い物の中で一番だと言っても過言ではない美味さだった。
 それが元であんなことが起こるとは思いもしなかったがな。
 ムコーダさんの料理の美味そうな匂いに釣られて、伝説の魔獣フェンリルが姿を現したんだ。
 伝説の魔獣であり誰も姿を見たことなどありはしなかったが、俺たちは一瞬見ただけでフェンリルだと悟った。
 そしてこの絶対的強者に逆らってはいけないと覚った。
 あのときは本当に焦った。
 生きた心地がしなかった。
 冒険者になってあれほど切羽詰まった思いをしたのは初めてだった。
 何せ相手は伝説の魔獣フェンリルなのだからな。
 一国さえも滅ぼしたと言われる、およそ人では到底どうすることも敵わない相手を目の前にしていたのだから。
 しかし、フェンリルは俺たちに一切攻撃してこなかった。
 ムコーダさんの料理を見て『我にも食わせろ』と言ったのだ。
 フェンリルに俺たちが敵うはずもないから、ムコーダさんにフェンリルの言うとおりにするよう伝えた。
 そして、ムコーダさんの作った料理を食うと、フェンリルはあり得ないことを言い出した。
 『お主と契約してやろう』とな。
 最初は聞き間違えかと思った。
 伝説の魔獣フェンリルが人間の従魔になるなど聞いたこともなかった。
 その前に目撃された例もおよそ300年程前にあるだけなのだ。
 長寿種のエルフを除いて、今生きている人の間でフェンリルを見たのは俺たちが初めてだろう。
 その見ることさえ叶わないフェンリルと従魔契約を結ぶのだ。
 しかも、フェンリルの方から乞われて。
 そのフェンリルに否という返事はあり得ず、ムコーダさんは伝説の魔獣フェンリルと従魔契約を結んだ。
 そしてムコーダさんは伝説の魔獣フェンリルに「フェル」という名を与えた。
 俺たちは奇しくも歴史的瞬間に出くわしたのだ。
 ただ、その従魔契約を結んだ理由がな……。
 「「「「「まさか伝説の魔獣が食い物に釣られて従魔契約を結ぶとは……」」」」」
 俺たちメンバー5人の一致した感想だった。
 ムコーダさんはその辺に呆れたというか拍子抜けしてフェル様とは普通に接していたが、俺たちはさすがにそこまで楽観視はできなかった。
 ムコーダさんはよく分かっていなかったが、フェンリルほどの強者を従魔にしたとなると、貴族はもちろん各国も黙ってはいない。
 強者を自分たちの下に囲い込もうと動き出すにきまっているのだ。
 その危惧を述べたフェル様の答えが『手を出すならば、滅べばいいのだ』だ。
 背中に冷や汗が伝ったぜ。
 フェル様ならばその言葉通りのことができるからだ。
 俺はその言葉を聞いて貴族や国が馬鹿なことを仕出かさないことだけを祈っていた。
 ムコーダさんはそんなことは気にせずに、よく食べるフェル様に向かって「肉が食いたいなら自分で獲って来い」などと言うしな。
 それを聞いたときは俺たちもあんぐり口を開けて呆けたぜ。
 伝説の魔獣であるフェンリルに自分で獲って来いなどと言えるムコーダさんを尊敬したね。
 食い物に釣られただけじゃなく、案外フェル様はその辺のことも分かってムコーダさんと従魔契約を結んだのかもしれないと俺は思っている。
 貴族や国など自分を利用することしか考えない輩とはフェル様は絶対に従魔契約など結ばないだろう。
 ムコーダさんはフェル様を利用しようとなんてこれっぽちも思ってないようだったしな。
 というか利用するなんて選択肢は全くなかったのだろう。
 ムコーダさんにとって目下の問題はフェル様の食べる量だったからな。ハハハ。
 そしてムコーダさんに「肉が食いたいなら自分で獲って来い」と言われてフェル様が獲ってきた獲物がロックバードだ。
 そりゃ驚いたね。
 ロックバードと言えばBランクの魔物だ。
 俺たち『アイアン・ウィル(鉄の意志)』が全力で戦って勝てるかどうかってくらいの魔物だ。
 以前ロックバードを俺たちで狩ったときはみんな満身創痍のうえヴィンセントに至っては右足の骨を折ってしまった。
 そんな大物を、解体しただけでムコーダさんは肉以外の素材を俺たちにくれた。
 解体とレッドボアの肉の代金だと言っていたが、もらい過ぎだ。
 だが、ムコーダさんは受け取ってくれの一点張りで、もらい過ぎではあるが頂くことにした。
 あのロックバードを短時間で簡単に獲ってくるとは、俺たちはフェンリルの伝説の数々が事実であることをまざまざと見せつけられた。
 そう言えばあのロックバードを焼いたのは美味かったな。
 あの甘辛くてしょっぱいソースが絶品だった。
 いかんいかん、ムコーダさんの料理を思い出すと涎が溢れてくる。
 フェーネン王国に入国するときも大変だったな。
 さすがに砦でもフェル様が伝説の魔獣フェンリルだと察知していたようで、警備兵が勢揃いして待ち構えていた。
 ムコーダさんとフェル様が従魔契約を結んでいることが分かってもらえたから何とか無事に入国できたがな。
 まぁどちらにしろフェル様が本気を出せば砦の警備兵たちなどひとたまりもないし、国としても危なくなる。
 従魔契約を結んでムコーダさんの言うことは聞くということが分かっているのだし、そこで争ってやぶ蛇になるくらいならすんなり入国させることを選ぶだろう。
 ファリエールの街に入ってすぐに貴族の使者が絡んできたが、フェル様に一蹴されていたな。
 これからもムコーダさんにはいろいろとあると思うが、すべてフェル様が跳ね退けるだろう。
 こうして考えるとあの二人(一人と一匹)はいいコンビなのかもしれないな。

 「あ~ムコーダさんどっかで食べ物屋でもやってくんねぇかな」
 かつて出会った二人に思いを馳せていると、ヴィンセントがそんなことを言い出した。
 「あーそれあたいもそう思う。そしたらすぐにでも食べに行くのに」
 食欲旺盛なリタも同調する。
 「食にそれほど拘りのない私もそう思いますわ」
 フランカまでもがそんなことを言う。
 「確かにな」
 無口なラモンも。
 かく言う俺もそう思う。
 だが、それよりも…………
 「またあの二人に会えるといいな」
 俺のその言葉にメンバーみんな頷いていた。
 まったく強そうには見えない平たい顔をした料理上手な男と伝説の魔獣で飯に釣られて従魔契約を結んだフェル様。
 そんな二人に再び会うことを俺たちは願う。




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