第百六十話 エルランドさん、連行される
翌日、俺たちは冒険者ギルドに来ていた。
昨日のオーク5体とフェルが獲って来た魔物の解体をお願いしにきたのだ。
職員が連絡したのか、すぐにエルランドさんがやって来た。
「ムコーダさん、まだ買取品については検討中ですよ。明日までには何とか決めますから」
「あ、違いますよ。それとは別口でお願いに来たんです。昨日、フェルが魔物を獲って来たんで、その解体をお願いしに来たんです」
昨日フェルに渡したマジックバッグに入ってたのは、コカトリス4羽にロックバード1羽、それからジャイアントタレポっていうデカいダチョウみたいな鳥だった。
鳥系魔物の肉は手持ちがダンジョン産のだけで少ないから、確保しておきたいんだよね。
「あぁ、そういうことですか。それでは、私が案内しますよ」
「いえいえ、ちゃんと買取窓口に並びますから大丈夫ですよ」
「いやいや、遠慮せずに。ささ、こちらへ」
そう言ってエルランドさんにいつもの倉庫に案内される。
いや、別に今日はそんなに量もないしオークとかコカトリスとかだから特別なのもいないしさ、普通に買取窓口で良かったんだけど……。
倉庫の中には地竜のときと違って解体担当の職員が数人いた。
あの時はさすがにものがものだし人払いしてたんだろうな。
「ささ、何を獲って来られたんですか? 見せてください」
作業台の上をポンっと叩いてエルランドさんがそう言った。
「あれ? ギルドマスター、何か用事ですか?」
近くにいた30歳前後くらいの解体担当の職員が声をかけてきた。
「やあ、マルセル君。お邪魔してるよ。今ね、ムコーダさんを案内してきたところなんだよ」
そうエルランドさんが言うと、解体担当の職員のマルセルさんはいぶかしげな顔で俺を見た。
多分、ギルドマスターがわざわざ案内するほどの人物には見えなかったんだろうな。
自分で言うのもなんだけど、逆の立場だったら俺もそうなると思うよ。
「マルセル君、ムコーダさんはね、今ドランで一番話題の人物なんだよ。君もギルド職員なら知ってるだろう、この街のダンジョンが踏破されたことは。そのダンジョンを踏破した人物が、こちらのムコーダさんなんだよ」
マルセルさんは、俺を見て、その後に俺の後ろに控えているフェルとドラちゃんを見て、なんだか「あぁー」と納得している。
俺一人だったら印象薄いだろうけど、フェルとドラちゃんがいると目立つからなぁ。
ダンジョンから出てきたときだって、みんな見てるわけだし、やっぱりそこで分かっちゃうか。
「そういう方なのだから、私が案内して当然というわけさ」
いや、全然、まったくもって当然じゃないよ。
普通に買取窓口でいいんだからね。
俺、最初にそう言ったよね。
「私の勘がムコーダさんが何か珍しい物を持っていると訴えかけているんだよ」
エルランドさんがそう言うと、マルセルさんも「そうなんですか?」と興味津々そうにこの場に留まっている。
「そういうことですから、ささ、早くここに出しちゃってくださいよ」
そういうことですからって何がそういうことなのかわからないんですけど。
エルランドさんは俺を急かすように再び作業台をポンポンと叩いた。
「出しちゃってくださいって、エルランドさん仕事はいいんですか?」
「大丈夫大丈夫。副ギルドマスターがいれば万事順調にいきますからね、私などいなくっても大丈夫なんですよ」
いやいや、大丈夫じゃないでしょ。
仕事しなよ、エルランドさん……。
ってかさ、こんなところで油売ってたらまた副ギルドマスターに怒られるからね。
俺、知らないからな。
「ささ、ささ、早く早く」
まったく、そこまで言うなら出すけどさ、怒られても知らないからね。
俺はアイテムボックスから次々と魔物を取り出して、作業台の上に置いて行く。
「ええと、肉は戻してもらって、その他は買取でお願いしますね。オーク5体にコカトリス4羽にロックバード1羽、あとはジャイアントタレポが1羽ですね」
「ジャイアントタレポとはっ?! やはり私の勘は当たりましたね」
え、このダチョウってそんなに珍しいもんなのか?
「ス、スゲェ……ジャイアントタレポ、俺初めて見ました……」
マルセルさんもそうつぶやいている。
ほー、このデカいダチョウは珍しいみたいだね。
「しかし、ジャイアントタレポなんてどこで捕まえてきたんですか?」
エルランドさんがそう言うので、フェルを見ると……。
『ぬ、それか? それは街の南側の森の先にある草原で獲ったのだ』
「だそうですよ」
「あそこですか、確か……4、5年前にそこでジャイアントタレポを目撃したという話はあったのですが、本当にいたのですねぇ。まぁ、いたとしてもジャイアントタレポなどそうそう獲れるものではないのですが」
話を聞くとこのジャイアントタレポは飛べないが相当足が速いらしい。
そこはダチョウと一緒だけど、その速度がハンパないようなのだ。
「本気で逃げるジャイアントタレポを仕留めることなど不可能ですからね。ジャイアントタレポを捕獲するときは、土魔法の使い手、それも相当できる人にあらかじめしっかりとした囲いを作ってもらい、そこに追い込んで仕留めるのが定石なんですよ」
なるほどね。
よくよく聞いてみたら、それだけの土魔法の使い手がパーティーにいるか別に雇うかしないといけないわけだし、何より入念な準備と手間もかかることから、ほとんど捕獲されることはないそうだ。
「フェル、お前どうやってこれ獲ってきたんだ?」
『我が少し本気を出せば追いつけないわけがないだろう』
さいですか。
今更だけどフェルは本当に規格外だね。
「おい、あれタレポだろ? 俺、初めて見た」
「俺もだ」
「タレポなんて、どこのギルドでもここ数年入ってきてないんじゃないか?」
「ああ。タレポが入ってたら絶対話題になってるけど、そういう話聞かないもんな」
マルセルさん以外の解体担当の職員がいつの間にか俺たちの周りを囲んでいた。
「ああ、丁度いいですね。みなさん、先にこっちのオークとコカトリス、ロックバードを解体しちゃってください。いい勉強になりますから、その後にみなさんでジャイアントタレポを解体しましょう」
エルランドさんがそう言うと、解体担当の職員たちは「おうっ」と声をあげて解体にとりかかった。
みるみるうちに、オークやらが解体されていく。
グロは苦手だから俺はなるべく見ないようにしていたよ。
「みなさん、終わったようですね。それではタレポを解体していきましょう。代表してマルセル君、やってみてください」
「はいっ」
マルセルさんがタレポを解体していく。
それを解体担当の職員は真剣な眼差しで見ていた。
エルランドさんは「ここはこうして、こうした方が……」といろいろとアドバイスしている。
さすが年の功か、いろいろなことを知っているようで、このジャイアントタレポの解体経験もあるようだった。
もちろん俺はグロは避けるべしなので、解体はおまかせしてあまり見なかったよ。
「と、このような感じです。滅多に出る魔物ではないですが、勉強になったでしょう」
エルランドさんがそう言うと、解体担当の職員は口々に「はい」と言っている。
「それじゃ、精算してください。あ、ムコーダさんの解体費用は免除ですからね」
「ギルドマスターッ! こんなところで油を売ってたんですかッ!!」
ドタドタと倉庫に入って来たのは、ちょっとメタボで頭が薄いおっさんこと副ギルドマスターだ。
「ウ、ウゴール君、な、何でここが……」
副ギルドマスターはウゴールさんっていうのか。
「何でここがじゃありませんよ! 職員にムコーダ様が来ていると聞いて来てみれば……この忙しい時に何をやってるんですかッ」
エルランドさん何やってんだよ、やっぱり怒られたじゃんか。
「あ、ムコーダ様、私はこのギルドの副ギルドマスターをしておりますウゴールです。ムコーダ様のおかげでこのギルドもいつになく潤っております。本当にありがとうございます」
さっきの剣幕はどこへやらウゴールさんが笑顔でそういうので、俺も「どうも」と挨拶を交わす。
「ギルドマスター、ムコーダ様のおかげでこのギルド始まって以来の稼ぎ時なんですよ! 例の物は方々のギルドや貴族様から買取希望が殺到しているんです。仕事はいくらでもあって猫の手も借りたいくらいなんですから、しっかり働いてくださいよっ。それにムコーダ様から買取るダンジョン産の品々の選定もまだですし、これについては、商業ギルドからも申し入れが来てるんです。やらなければいけないことばかりなんですから、今日は家に帰れると思わないでくださいねっ」
「い、いやね、私はそういう仕事は苦手でね……だから、ウゴール君に任せた方が……」
「何を言ってるんですか。あなたの仕事を全部私にしろとおっしゃるんですか? そんなことならギルドマスターなんていらないことになりますからね。私だって忙しいんですから、少なくともギルドマスターがしなくてはならない仕事はしっかりとこなしてくださいよ。そうでないと……ギルドマスターが毎朝うっとり眺めているアレも売り払いますからね」
「なッ! だ、ダメだからねッ! アレだけは絶対にダメだよッ!! き、君も納得してくれたじゃないか、アレを剣にすればギルドに人を呼び込むのに効果があるって。だからアレは予定通り剣にしてこのギルドに飾るんだからねッ!」
「ええ、納得はしましたよ、納得は。しかしですね、儲けのことを考えるなら、当然あれは売り払った方がいいに決まっているんです。あなたが仕事をしないのなら、私はアレを売り払いますよ。それが嫌なら仕事してください。あなたがちゃんと仕事をすれば、売り払うなんてことはいたしませんので。分かりましたか? 分かったのならさっさと部屋に戻りますよ。ああ、マルセル君、後のことは頼みましたよ。それと、ムコーダ様がこの街にいる間は解体費用は免除ですからね」
そう言ってウゴールさんは、すっかり生気のなくなったエルランドさんを連行して行った。
副ギルドマスター、いやウゴールさん恐るべし。
毎日エルランドさんを相手にしているだけに、どう扱うかよーく分かっていらっしゃる。
アレってのは地竜の牙か。
毎朝うっとり眺めてるって、エルランドさん何してるんだよ……。
ってか、完全に私物化してるじゃねぇか。
「……じゃあ精算しちゃいますんで」
マルセルさん……あなた、というか解体担当の職員のみんなウゴールさんが来た時点でそそくさと避難してたね。
あの素早い行動から見ると、ここじゃあれは珍しいことじゃなさそうだね。
エルランドさん、懲りないんだねぇ。
肉は戻してもらって、それ以外の素材をマルセルさんに精算してもらった。
買取代金は〆て金貨85枚だった。
みんないろいろ獲ってくれるおかげで、最近はこれくらいじゃ驚きもしなくなったよ。
マルセルさんから買取代金を受け取り、冒険者ギルドを後にした。
そろそろみんな腹減ったと言い出すだろうし、宿に帰ったら夕飯の用意だな。