第百五十七話 ダリルとイーリス
何とかなだめすかして、泣き止んだところで話を聞いていった。
「君たちの名前は何て言うんだい?」
「スンッ……僕はダリルで、こっちが妹のイーリス」
鼻をすすりながら茶色い髪と目の利発そうな男の子、ダリルがそう答えた。
ダリルと同じく茶色い髪をお下げにしたちょっと引っ込み思案そうな妹のイーリスは兄のダリルの腕にしがみついたままだ。
「歳はいくつなんだい?」
「僕は10歳でイーリスは8歳」
やっぱり見た目通り10歳前後か。
何でこんな子たちがこんなとこにいるんだろうね?
「大人と一緒にここに来たのかい?」
そう聞くとダリルが首を横に振った。
「え、君たちだけで?」
そう聞くと、ダリルがコクンと頷いた。
「君たちだけで来たって、どっから来たんだい?」
「ドランの街」
「えっ? ドランから来たの?」
てっきりこの近くの村の子かと思ってたから、正直驚いた。
だってドランの街からは徒歩だと3時間はかかるだろう。
子供の足でとなるとそれ以上かかるのは間違いない。
何か訳アリみたいだな。
「君たちだけで何でこんな遠くの森まで来たんだ? 何か理由があるのかい? 良かったら話してみないか」
「あのオークを1体くれるんなら、話す」
ダリルがそう言うので、もちろんいいよと言うと理由を話し始めた。
今、ダリルとイーリスは母親と3人でドランの街に住んでいる。
父親は冒険者だったけど、ダリルが6歳のときにダンジョンに入ったきり戻ってこなかったということだ。
母親は腕の良い針子で、そのおかげで家族3人なんとか暮らしていけていたそう。
だけど、2週間ほど前に母親が倒れてしまった。
神殿の神官にも診てもらい、回復魔法もかけてもらったけど、その時は少し良くなるけど少し経つとまた床にふせってしまったそうだ。
神官には「ここで治せるのは軽い病気だけで、これほど重いと王都にいる高位神官の回復魔法でもない限り回復は見込めない」と言われてしまったということだった。
王都にいる高位神官に回復魔法をかけてもらうには高額のお布施が必要になるらしいと聞いて、とにかくお金を稼がないとと思い2人でもできそうな薬草採取にこの森までやってきたそうだ。
「ズズッ……」
俺は2人に見えないように鼻をすすった。
健気や、ダリルもイーリスも良い子やないかぁ。
俺、こういう話にめっちゃ弱いんだよ。
「2人とも飯はどうしてたんだ?」
「……街ん中の雑用を受けて、何とかしのいでた」
雑用程度じゃたいした金にならないだろうし、母親思いのこの子たちなら、そのなけなしの金も母親のために使ってそうだな。
そうなると食ったり食わなかったりってことか。
「お腹減ってるだろ? 俺たちもちょうど飯にするところだから、一緒に食おう」
『飯か、ちょうど腹が減ったところだったぞ』
『俺も腹減ったとこだった』
『スイもー』
ああ、君たちに言ったんじゃないんだけどね。
まぁ君たちの分もちゃんと作るけどさ。
ダリルとイーリスのことを考えると、何がいいかな?
食べ慣れてない米よりは普段食べ慣れてるパンで食える方がいいよな。
そうなると……あれにしよう。
照り焼きを作ってテリヤキバーガーだ。
これならばアイテムボックスの中に材料があるから、ダリルとイーリスの前でネットスーパーを使わなくて済むからな。
そうとなれば、まずは魔道コンロを出してと。
俺がアイテムボックスから魔道コンロを出したら、ダリルとイーリスが目を丸くしていた。
「僕もアイテムボックス持ちだけど、あんなに大きいの入んないよ……」
ダリルがそうつぶやいていた。
あら、ダリルはアイテムボックス持ちなんだ。
だったらもう少し大きくなれば引く手数多なんじゃないかな?
「イーリスは持ってないもん。いいなぁ」
なんてイーリスは言ってちょっとスネている。
やっぱこういう素直な子どもはかわいいよな。
あ、そういう趣味はないんであらかじめ言っておきますけど。
じゃあ、作っていきますか。
まずはダンジョン産のコカトリスの肉を両面カリッと焼いて、フライパンの余分な脂をキッチンペーパーで拭き取る。
そしたら、市販の照り焼きのタレをかけて少し煮立ってきたらコカトリスの肉に絡めて照り焼きの出来上がりだ。
黒パンを半分にしたものに千切りキャベツを載せてマヨネーズをかける。
その上にコカトリスの照り焼きを載せて、黒パンで挟めばテリヤキバーガーの出来上がりだ。
それとオレンジジュースを木のコップに注いで、ダリルとイーリスに出してやった。
「どうぞ」
最初は戸惑ってたけど「食わないと、うちの従魔が食っちゃうよ」と言うと、余程腹が減ってたのかバクバク食いだした。
「美味しいっ」
「お兄ちゃん、美味しいねっ! この飲み物も甘くって美味しいよ」
うんうん、いっぱい食え食え。
さてと、俺はまだまだやることが。
フェルとドラちゃんとスイの分のテリヤキバーガーを大量に作り、みんなに出していく。
それを見てダリルとイーリスが驚いていた。
「わぁ~、みんないっぱい食べるんだねぇ」
「ああ。うちのはみんな大食いなんだ。それより、ダリルとイーリスはもういいのか? おかわりならあるぞ」
俺がそう言うと、2人とももうお腹いっぱいだと言う。
黒パンのハンバーガーだから食い応えあるしな。
「なら、飲み物はどうだ?」
イーリスはオレンジジュースが気に入ったのか、飲みたそうにしている。
だけど、もっとちょうだいって言っていいのか迷っているみたいだ。
「ほら、2人とも遠慮しないで飲みな」
そう言って、木のコップにオレンジジュースを注いでやると、2人とも嬉しそうにゴクゴク飲んでいた。
フェルとスイのおかわりを何回か繰り返してようやく食事終了。
するとダリルとイーリスがかしこまって……。
「おじさん、ありがとう」
「ありがとうおじちゃん」
お、お、おじちゃんなのか、俺…………。
何だろう、お礼を言われて嬉しいような嬉しくないような。
ここで2人に訂正するのもあれだしね……。
おじちゃんか……見てきた感じ、この世界は二十歳くらいになると、もう子供の一人や二人いることを考えると、27歳の俺はおじちゃんという年代なのか…………。
クッ……ちょっと悲しいぜ。
『ブッ……お主だってやはりおじちゃんではないか、ブフッ』
そこ、フェル、笑わない。
『まぁ、少なくともお兄さんって感じじゃねぇわな』
ドラちゃん、俺が老けてるって言いたいのかい?
後で君とはちょっと話さないといけないようだね。
『おじちゃん? あるじはあるじだよー』
うん、俺の癒しはスイだけだよ。
「おじさんって冒険者なんでしょ?」
ダリルがそう聞いてくる。
「あ、ああ、一応そうだけど」
おじさんって呼ばれると、地味に心に堪えるぜ。
「オークってオーク1体でどれくらいのお金になるの? これで王都から神官さん呼べるくらいになる?」
王都から高位神官を呼んで母親の病気をってことか。
かわいそうだけど、どう考えたってオーク1体じゃとてもじゃないがそんな金にはならないだろう。
「オーク1体じゃ、ちょっと無理かな……」
「じゃあ、どれくらいなの? そこにいる5体全部なら呼べる? それなら僕何でもするから、譲ってくださいっ」
そう言ってダリルが頭を下げた。
それにならってイーリスも頭を下げる。
オーク5体を譲り渡してどうにかなるなら喜んであげるんだけど、王都から高位神官を呼ぶのはオーク5体の値ではとても無理だと思う。
偽善と言われるかもしれないけど、助けてあげられるのなら助けてあげたいって思う。
俺だってすべての人を助けられるとは思わないけど、ダリルとイーリスはここで出会ったのも何かの縁だしさ。
助けてやりたいけど、どうしたもんか……。
スイ特製上級ポーションを渡してとも考えてたんだけど、よくよく考えたら、あれが効いてたのって全部ケガなんだよな。
病気に関しては試したことなかったけど、ポーションの特性から言ってケガだけのような気がするし……。
ダリルとイーリスの母親の状態を聞くと、起き上がれないくらいに具合が悪いようなんだよな。
そういう重篤な病気とかになるとエリクサーとかじゃないと効かない気がする。
うーん、どうしたもんか。
…………あっ、あれがあったんだ。
「ダリル、イーリス、うちの従魔たちをまだ紹介してなかったね。このフワフワのがフェルって言うんだ。で、こっちがピクシードラゴンのドラちゃん、このスライムがスイっていうんだよ。みんなと仲良くしてくれるか?」
「触っても怒らない?」
ダリルが恐々そう聞いてくる。
「怒らないよ。な?」
『そのような小童に触られたくらいで怒るはずなかろう』
「だって。フェルはしゃべれるから、何か気になったら直接聞いてみるといいよ。ドラちゃんも大丈夫だろ?」
俺がそう言うと、ドラちゃんは自ら2人の目の前に着地した。
目の前のドラちゃんをおっかなびっくりダリルが触れる。
何ともないと分かると、ダリルはドラちゃんの頭から背中を何度も撫でていた。
イーリスはフェルが気になるらしく、フェルの背中をちょんちょんと触った。
それで大丈夫だと分かると、そのフワフワの毛並みを撫で始めた。
「フェルの毛はフワフワでいい匂いがするね~」
イーリスはフェルの毛並みにご満悦のようである。
その様子を見て俺はすかさずフェルとドラちゃんとスイに念話を送った。
『フェル、ドラちゃん。俺はちょっとスイとやることがあるから、ダリルとイーリスの面倒を見ててくれ。そんなに時間はかからないと思うからさ。スイはちょっと頼みたいことがあるから、俺に付いてきてくれるか』
よし、ここはフェルとドラちゃんに任せた。