第百三十二話 ダンジョンの中で再会
石壁に囲まれた通路をどんどん進む。
エンカウントした邪魔な魔物はフェルとドラちゃんによって始末されていく。
こりゃ早く進むなと思いつつちょっと油断していた。
ヒュンッ―――。
「うおッ」
矢が飛んできた。
わ、罠か?!
このダンジョンって罠があるのかよ。
『このダンジョン、罠があるんだな。フェルに結界張ってもらってて助かったよ』
疾走するフェルに念話で話しかける。
『我の結界がなくてもお主には完全防御があるのだから問題ないのだがな』
え?罠なのに完全防御で防げるのか?
俺がもらった完全防御って“敵意ある者からの物理攻撃及び魔法攻撃を完全に防御するスキル”じゃないの?
『完全防御って”敵意ある者からの攻撃を防御する”だよな? 罠じゃ敵意ある者からの攻撃とはみなされないんじゃないのか?』
『ハァ。お主はダンジョンについて何にも分かっとらんのだな』
いやさ、ため息つかないでよ。
確かにダンジョンについては漠然としたイメージしかないけども。
魔物の巣窟で、そこにいる魔物を倒すとドロップ品が手に入ったり、宝箱があったりなところって感じでさ。
『ダンジョンとは魔物を倒すと得られるドロップ品や宝箱を餌に人をおびき寄せて、生み出した魔物や罠でその命を奪う。そして死んだ者はダンジョンに吸収されて、それが栄養となりダンジョンも成長するのだ。このことからダンジョンというものはな、1つの生き物であると考えられておるのだ。罠もダンジョンという生き物の“敵意ある攻撃”というわけだ』
なるほどねぇ。
フェルの話を聞くと、確かに生き物だと言えなくもないな。
更にフェルからダンジョンの話を聞くと、ダンジョンにはダンジョンコアというものがあって、それが壊されたりダンジョン外に持ち出されたりしない限りはダンジョンはゆっくりと成長を続けるんだそう。
『ダンジョンコアを壊したり外に持ち出したりしたら、ダンジョンってどうなんの?』
『それはダンジョンの死を意味する。何も生み出さぬ穴倉に成り下がるだけだ。もっともダンジョンコアはダンジョン内を常に移動しているものだから、人が見つけることなどほぼ不可能に近いがな』
へ~、そういうことなんだ。
ってか人が見つけることはほぼ不可能ってことは、フェルなら見つけられんの?
聞いてみたら、フェルなら少し時間をかければ可能だってことだった。
でも『ダンジョンなどという楽しい遊び場を無くすなど愚行でしかないわ』とか言ってたね。
それからも時々罠があったけど、俺たちにはまったく効かない。
矢やら槍やらが飛んできてもフェルの結界が受け止め、落とし穴が急に出来ても軽々飛び越えた。
階層ボスもすれ違い様の一撃で倒して、その奥にある階段を降りていく。
俺たち一行というかフェルとドラちゃんは止まりさえしなかった。
ちなみにだけど、スイはいつもの定位置の革鞄の中で寝ているよ。
10階層まで降りたところで、ようやく他の冒険者を見かけるようになってくる。
「どうする? ここ10階層だけど」
『うーむ、気配からしてたいした敵はいないな。ここの階層のボスはヴェノムタランチュラのようだな』
そう言ってフェルは不満げだ。
フェルにとってはヴェノムタランチュラも雑魚のようだ。
「じゃ、すぐ下に進むか?」
『うむ、そうしよう』
俺たちは10階層も探索せずにそのままボス部屋に進んだ。
ボス部屋の前には筋肉ムキムキで強面のいかにも冒険者という男が4人ほど待機していた。
フェルとドラちゃんを見て武器を構えたが、俺を見て「何だ従魔か」と言って武器を下ろす。
「あの、ここボス部屋ですよね?」
1人に話しかけてみると「そうだ」と頷いた。
「中へ入らないんですか?」
そういうと冒険者はやれやれって感じで首を振った。
「もしかしてお前ダンジョンは初めてか?」
そう聞かれて俺は頷いた。
「やっぱりそうか。ダンジョン内ではな、いろいろと取り決めがあんだよ」
その冒険者曰く、
・ダンジョン内で魔物と戦う場合は最初に攻撃を加えた者がいるパーティーに優先権があり、当然ドロップ品もそのパーティーの所有になる。
・戦闘中は助けを求められたとき以外は手出し無用。
・宝箱については開けた者に優先権がある。
とのことだ。
「今も中に先に入ってるパーティーがいるってわけだ。それが終わらないと俺たちは入れないんだよ」
なるほどね。
「まぁ取り決めがあるっつってもよ、中には無視するやつもいる。ドロップ品を掠め取ってくコソ泥もいるし。あとはオメーみたいなダンジョン慣れしてないヤツを殺して根こそぎ金品奪うってクソ野郎もいるんだぞ。ダンジョン内じゃ死体も残らねーからな。ま、どこにでも悪いヤツはいるもんだ。お前も気をつけるんだな」
うわ、こわっ。
確かにダンジョン内なら死体も残らないから、誰も見てなかったら証拠も残らないもんな。
どんな世界でも善人も悪人もいるってこったな。
気をつけよ。
そうこうしてるうちにボス部屋に入っていたパーティーの戦闘が終わり、強面4人組が中へと入っていった。
苦戦しているようで、少し時間がかかっている。
『おい、まだ待たんといけないのか?』
『そうだぜ、早く先に進もうぜー』
「フェルもドラちゃんもそう言わないの。ダンジョン内の決まりごとはちゃんと守らなきゃダメだよ」
そしてようやく強面4人組の戦闘が終わった。
4人はドロップ品を拾うと俺たちの方に戻ってきた。
「いいぞ、お前ら」
「あれ、あなたたちは下に行かないんですか?」
「ああ。俺たちはこの階止まりにしておくさ。みんな妻子持ちだしな。危ない橋は渡らん」
リーダー格らしき人がそう言うと、4人は通路に消えていった。
……なんであんな強面野郎が妻子持ちなわけ?
くっそ、リア充爆ぜろ。
『おい、行くぞ』
中にはリポップしたヴェノムタランチュラやらクモ系の魔物がいた。
ヴェノムタランチュラを筆頭にポイズンスパイダーという小さめのクモ(とは言っても30センチくらいはある)がうじゃうじゃいる。
フェルが手を出すまでもなくドラちゃんが火魔法でヴェノムタランチュラどもを蹂躙。
あっという間に終了だ。
俺も腹立ち紛れにファイヤーボールを撃ってやったぜ。
ヴェノムタランチュラが毒袋をドロップしたから、それを拾ってすぐさま下の階へ。
11階層もフェルにとっては雑魚ばかりらしくスルーした。
この階のボス部屋はオークジェネラルを筆頭にしたオーク部隊がいたけど、フェルとドラちゃん、ここでスイも戦闘に加わったことで1分もかからずに終わった。
みんなの戦いっぷりはオークどもが哀れになるくらいだったと言っておこう。
俺たちの後に並んでいたパーティーはみんなの戦いを見て顔を引きつらせていたよ。
いや、すんませんねぇ。
みんな自重しないもんで。
オーク肉の塊をいくつかドロップしたから、それを拾ってさっさと12階層へと向かった。
12階層にも目ぼしい敵はいなくスルーすることになったんだが、みんなの腹時計が空腹を訴えたことでボス部屋に行く前のセーフエリアで飯を食うことになった。
地図がないからセーフエリアの場所もわからなかったけど、その辺はフェルが分かるようだからまかせた。
『ここだな』
俺たちは通路脇の部屋に入った。
中は学校の教室くらいある割と広い部屋で、奥の壁際には湧き水がチョロチョロと流れる水場まであった。
10階層から15階層に冒険者が多いと聞いてはいたけど……。
セーフエリアの中はけっこうな人口密度だ。
これ5パーティーくらいいるよね。
俺たちは入り口に近い空いているスペースに腰を下ろした。
「ムコーダさん?」
いきなり名前を呼ばれて声の方を見ると、そこには懐かしい顔が。
「ヴィンセント?!」
「やっぱムコーダさんじゃないっすか! お久しぶりですっ!! おーい、みんな、やっぱムコーダさんだったぜ」
ヴィンセントの声に集まってきたのは、フェーネン王国のファリエールの街で別れたアイアン・ウィルの面々だった。