第百二十三話 ちょっとダンジョン舐めてたわ
俺とフェルとスイとドラちゃんの一行は、ダンジョンに向かっている。
エルランドさんから聞いた話だと、俺たちが街に入ってきた門を出て右側に城壁に沿って進むと、すぐに判るって言ってたんだけど。
えーと、あれか?
500メートルくらい進んだところで人がたくさんいる場所にぶつかった。
何だか知らないけど、雑貨品やら食べ物やらを売る露店がズラリと並んでいる。
その先に石壁で囲われたダンジョンの入り口らしきものがあり、その両脇には鎧を着た騎士が立っていた。
「ここみたいだね」
『うむ、間違いないな』
ダンジョンの入り口を先頭に、ダンジョンに入ろうとする冒険者の長い列ができていた。
見ていると、ダンジョンの入り口の隣にある建物から出てくる冒険者が次々とその列に並んでいく。
そういえばエルランドさんがダンジョンの入り口の隣に冒険者ギルドの出張所があるから、そこでダンジョンに入る旨の登録をしてからじゃないとダンジョンに入れないって言ってたな。
なるほど、あれが冒険者ギルドの出張所か。
「あそこの冒険者ギルドの出張所で登録してからじゃないとダンジョンには入れないみたいなんだ。だから先に出張所によっていくぞ」
そう言ってみんなを連れて出張所に入っていった。
出張所には窓口が3つあり、その1つに並んだ。
「すみません、登録お願いします」
「はい、ダンジョン入場登録ですねって、あら、期待のテイマーのムコーダ様じゃないですか」
目の前の受付嬢がそう言った。
期待のテイマー?え?何それ。
俺、期待のテイマーとか言われちゃってるの?
「ああ、すみません。街の冒険者ギルドの同僚から聞きまして。ムコーダ様は強い魔獣を従えたテイマーだということで、期待の冒険者だって言われているんですよ」
ええっ、そ、そうなの?
そんな期待されても困るんだけど……。
「いやぁ、俺の場合、強いのは俺じゃなくて従魔たちですから」
事実、フェルもスイもドラちゃんも、俺じゃ絶対に敵わないからねぇ。
「何言ってらっしゃるんですか、それも実力のうちですよ。話は変わりますけど、ムコーダ様はお持ちの荷物が少ないですね、大丈夫ですか?」
ん、大丈夫って?
「もしかして、ムコーダ様はダンジョンに入られるの初めてですか?」
一応、出来たばっかりのダンジョンに誰かさんに無理やり入らされたことはあるけど、こういう大きいダンジョンは初めてだね。
俺が頷くと、受付嬢は「やっぱりですか」といろいろと説明してくれた。
ダンジョンに入るにはいろいろと準備が必要なのだそうだ。
それというのもダンジョンに入ると、ある程度の日数をかけてダンジョンを探索することになるからだという。
冒険者によってだけど、短ければ3日、長いと1か月はダンジョン内で過ごすんだそう。
何層にもなるダンジョンを探索してある程度のドロップ品やらを回収するとなると、やはりそのくらい探索を続けないと実入りが無いらしいのだ。
そして、それだけの期間をダンジョンの中で過ごすわけだから、当然準備も必要ってことだ。
特に重要なのが食料なんだそうで、ダンジョン内では何があるかわからないから多めに持っていけというのがセオリーらしい。
予定してた日程で地上に戻ってこれるとは限らないってことが理由らしいけど。
昔の話ではあるが、実際、食糧難で全滅したパーティーもあったという話だ。
「ここにズラっと並んだ露店は、これからダンジョンに入る冒険者向けに食料品やらを売っているんですよ。15階層まではある程度の精度のマップがありますから、それほどひどいことはおきませんが、15階層より下の深層に潜るなら細心の注意が必要ですよ。食料も多めに持っていかれた方が無難です」
なるほどね。
ダンジョン内で食料の調達ができないのか聞いてみると、肉をドロップする魔物もいるけどそこは運次第とのこと。
それを当てにするよりは、きちんと食料を準備して行った方がいいそうだ。
まぁ、そりゃ当然だわな。
あと、このダンジョンは30階層からなるそうなんだけど、今1番先行している冒険者パーティーで22階層を探索中ということだ。
ここのダンジョンが30階層だってことが分かっているのは、過去の冒険者でそこまで到達した冒険者パーティーがいたかららしい。
よくよく聞いてみたら、何とここドランのギルドマスターのエルランドさんのパーティーなんだそう。
クレールの街のギルドマスターのロドルフォさんもそのパーティーの一員だったらしい。
何でも、最後のボス部屋で待ち受けていたのはベヒモスで、エルランドさんたちパーティーは協議の結果、勇気ある撤退を選んだそうだ。
ベヒモスかよ、そりゃ撤退するよな。
ゲームでもラスボス級だったし。
というか、このダンジョンじゃ本物のラスボスなんだもんな。
『ほう、ベヒモスか。楽しませてくれそうだのう』
フェルの念話が頭に響く。
フェル、ベヒモスで反応しないの。
楽しませてくれそうじゃないよ、まったく。
行こう行こうって言われるまま来ちゃったけど、ちょっとダンジョン舐めてたわ。
まさか泊まりがけで挑むものだとは思ってなかったよ。
ダンジョン内の強い敵はみんなが倒してくれるだろうけど、飯はどうにもならんもんね。
一番の敵は飯だね。
最悪俺にはネットスーパーがあるから餓死ってことはないだろうけど、他の冒険者がいる前じゃネットスーパーを使うわけにはいかないし。
その辺を考えるとしっかり準備(特に飯のね)して入らないとダメだわ。
「すみません、やっぱりダンジョン入るの止めにします。お話を聞いて準備不足なのを痛感しました」
「そうですか。でも、準備不足でしたらその方がいいと思います。じゃ、ギルドカードお返ししますね」
俺が受付嬢からギルドカードを返してもらうと、フェルとドラちゃんの念話が。
『な、何だとっ?!』
『えーっ、ここまで来てダンジョン入らないのか?!』
『フェルもドラちゃんも聞いてただろ? ちゃんと準備して入らないとろくな飯食えないぞ』
『それはどういうことだ?』
『フェルは俺が異世界から食い物を取り寄せられるの知ってるだろう?』
『ああ』
『ん? ああっ、いつもお前の前に現れる四角い箱はそういうことだったのか? 俺はてっきりお前の魔法だと思ってたぞ』
『そっか、ドラちゃんには説明してなかったな。俺は異世界から召喚されたんだよ。そんでな、ネットスーパーっていう、まぁ異世界から食い物なんかを取り寄せ出来る固有スキルがあるんだ。俺が作る飯には、その異世界から取り寄せた調味料なんかをけっこう使ってるわけ。だからこそ美味いわけなんだけど。それでさ、この能力を他の冒険者の前で使ったらどうなると思う?』
『欲深い人間ならば、お主を脅してでも異世界の物を手に入れようとするだろうな。まぁ、我がそんなことさせんが』
いやね、フェルがいればそんなことにはならないだろうとは俺も思うよ。
でもダンジョンっていう状況下じゃ絶対とは言い切れないと思うんだよね。
だって死角だってあるだろうしさ、フェルが戦ってるときに狙われたりしたらわかんないよな。
『フェルがそんなことさせないってのは分かってるけどさ。フェルがダンジョンの魔物と戦ってるとき狙われたりしたらわかんないだろ? どれくらいの冒険者がダンジョンにいるかもわかんないしさ。だから、ダンジョン内では極力ネットスーパーは使いたくないんだよ。作り置きしてある料理も少なくなってるし、そうなると、肉を塩で焼くか、野菜と肉を煮込んだ塩味のスープくらいしかできないぞ。お前らはそれでいいのか?』
そう言うとフェルもドラちゃんも考え込んでしまう。
やっぱり飯は美味い物が食いたいようだ。
『だから少し、できれば3日くらい時間をとってしっかり準備をしてからダンジョンに入った方がいいと思うんだ』
『3日は時間の取り過ぎではないか?』
『俺もそう思うぜ。1日でいいだろ、1日でさぁ』
フェルもドラちゃんも3日という期間に渋る。
『えー、ダンジョン入ったらいつ地上に戻れるかわかんないんだからさ、その前にちょっと観光もしたいし、飯もたっぷり用意しなきゃならないし3日は絶対必要だよ』
フェルはさっき最下層のボスのベヒモスに反応してたし、絶対30階まで行くつもりだぜ。
そうなったらいつ地上に戻れるかわかんないし。
それならその前にちょっとくらいはダンジョン都市を観光したいよ。
『ぬ、飯作りはいいが、観光とは何だ?』
『フェル、さっきベヒモスに反応してただろう。お前、絶対最下層の30階まで行くつもりだろ?』
『当然だ』
『ほらな。そうなったらいつ地上に戻れるかわかんないじゃないか。だから、その前にこの街を観光したいんだよ。せっかくこんな大きい街に来たのにさ』
せっかくこの街に来たってのに、飯作ってすぐダンジョンに入るなんてなったらあまりにも味気ないじゃん。
俺としちゃ少しはいろいろ見て回りたいよな。
『フェルもドラちゃんも3日くらい我慢してくれよ。そうすればダンジョン内でも美味い飯が食えるぞ』
『ぬぅぅぅ、そう言われるとな。しょうがない、3日だけだぞ』
『飯と言われると、俺もフェルも弱いよな。しょうがねぇ、3日だけだ』
フェルもドラちゃんも何とか納得してくれたようだ。
『そうと決まったら、今日はドランの街を観光だぞー』
いざ、ドランの街に観光へ。