第百十九話 解体の腕には少々自信があります
さぁこちらにと連れてこられたのは、お馴染みの倉庫だ。
ここのギルドも今までのところと同じような感じだけど、デカい街ということで一回り大きいようだ。
その倉庫の一角に大きな作業台が置かれていた。
「ささ、こちらに出しちゃってください」
そう言ってエルランドさんがポンポンと作業台を叩いた。
「地竜のお話しを聞いてから、すぐさま設備類を揃えて準備して待っていたんですよ。血の一滴も無駄にはいたしません。丁寧にかつ迅速に解体させていただきますので。私、解体の腕には少々自信がありますので」
えっ、解体の腕には少々自信がありますのでってギルドマスターが手ずから解体するつもりなの?
「エルランドさん自ら解体するんですか?」
「当然ですッ! こんなおいしい仕事を誰かに譲るなんて考えられませんよッ! 地竜の解体ですよ?!」
あ、ああ、そうですか。
ドラゴン好きのエルランドさんからみたら、おいしい仕事というか喉から手が出るほどほしい仕事なんですね。
「前にドラゴンの討伐があったのは238年前、あの時も本当なら討伐隊に加わりたかったのですが、事情があってそれは叶いませんでした。それならば、解体だけでもと何度も何度も頼んだのですが結局はやらせてもらえませんでした。当時は私もBランク冒険者にすぎませんでしたからね。それならばと、Sランク冒険者にまで上り詰めましたが、ドラゴンの討伐が行われることはありませんでした。いくら長命種のエルフといえども老いには勝てません。冒険者を引退となりましたが、私は諦めませんでした。冒険者ギルドにいれば、いつかはドラゴンをこの手にできると信じてギルドマスターの職に就き32年、ついに、ついに私は……」
あ、あのエルランドさん?
この人、自分語り始めちゃったよ。
何か自分の世界入っちゃってるし。
ロドルフォさんが言ってたけど、悪い人ではないけどちょっと面倒臭い人だね。
さっさと地竜出してお暇させてもらいますか。
俺は地竜をアイテムボックスから取り出すと、俺は作業台の上に置いた。
「エルランドさん、どうぞ」
「おおッ、おおおおぉぉぉーーーーッ!!!」
エルランドさん、興奮し過ぎ。
「こ、これが地竜ですねッ?! ああ、ああ、ギルドマスターの職に就いたのは間違ってはいなかった。夢にまで見たドラゴン、それが今私の手に……。このドラゴンの中の中までじっくりたっぷり堪能できるなんて……本当に夢のようです」
な、何か言い方が怖いです。
ただ解体頼んだだけなんですがね。
「あ、あの、素材は全部戻してもらえるんですよね?」
なんかこの人のドラゴンへの愛を見る限り、こっそり何点かがめそうな気がしないでもないんだけど。
「ええ、残念ですが、ドラゴンを買取できるほどの予算がありませんからね。本当に残念ですが。ああ、私がドラゴンの素材を懐へ入れるのを心配しているのですか? それならば心配無用です。そんなことをしたら、冒険者ギルドの信用を失墜させるだけでなく、私自身も奴隷落ち、いや処刑されることになりかねませんからね。私も命は惜しいですから。それに、ムコーダさんたちがいるということは、また新たなドラゴンが入ってくる可能性も大きいですからね。それなのに目先のことにとらわれて新たなドラゴンとの出会いを無にするなど愚の骨頂でしかありません」
そ、そうですか。
一応がめられる心配はなさそうだ。
「いや、待てよ。すべての買取は無理でも、一部ならば……。ムコーダさん、すべての買取は無理ですが、一部でしたら何とかなると思います。一部だけ買取させてもらってもいいでしょうか?」
やっぱりドラゴン欲しいんだね。
こっちとしては一部だけでも買取してもらえるのはありがたいけど。
「はい、いいですよ。それでどこの部分ですか? 肉だけはこちらで全部いただきたいんですけど」
肉だけはあげられないからな。
そんなことしたらフェルに怒られちゃうし。
地竜の肉は美味いらしいからな。
「血は確実に欲しいとして、あとは牙、いや肝も捨てがたい……どちらにしても全部は買取れないから、欲しい種類を少しずつという手もあるか。うーん、もう少し考えさせてください。それで、肉は全部お戻しした方がいいということですね。肉は高過ぎて買取できませんので、当然すべてお戻ししますよ」
「良かったです。地竜の肉は美味いらしいんで、全部こちらに戻してもらわないとフェルに怒られちゃいますから。それでギルドでの買取分についてですけど、解体が終わって受け取りに来る時までに何を買取するか決めておいてくださいね」
「…………地竜が、美味い? 地竜を食するんですかッ?!」
エルランドさんが身を乗り出してそう言った。
「え、ええ、そのつもりですけど」
俺がそう言うと、作業台を挟んで反対側にいたエルランドさんがダダダッと小走りで俺の前にきて手を握った。
「是非ともッ、是非とも私にも地竜を食べさせてくださいッ。お金は払いますッ、私の全財産に代えてもお支払いしますので是非ともッ、是非ともッ」
エ、エルランドさん、そんな必死にならんでも食わせるくらいしますってば。
全財産に代えてとか、やめてください。
「わ、分かりましたから、落ち着いてください」
そう言うとエルランドさんは「ありがとうございます、ありがとうございます」と握った俺の手をブンブン振った。
その後、エルランドさんは「はぁ、地竜……」とうっとり呟きながら地竜を撫でている。
なんか今にも頬ずりしそうなんですが……。
この人怖いです。
エルランドさんのその姿を見て、今まで素知らぬ顔をしていたフェルも『此奴、大丈夫か?』とか言ってるし、ドラちゃんも『人の街には変わった奴がいるんだな』とか言ってるし。
こんな人ばっかりじゃないからね。
特別エルランドさんが変わった人なんだからな。
「それで、いつ頃解体終わりますか?」
「うーん、そうですねぇ、隅々までじっくり確認させていただきたいので3日は欲しいですね」
隅々までじっくりって何か言い方が怖いね。
とにかく3日後ですね。
「それでは3日後にまた来ます。って、ああ、そうだ、この街で請け負う依頼とかはないのですか?」
「ああ、それは大丈夫です。この街はダンジョン都市ということもあり、冒険者も多く揃っていますからね」
確かにね。
ダンジョン目的で冒険者も多いだろうし、高ランクの冒険者なんかも常駐してそうだ。
それから従魔と泊まれる宿のことを聞いたら、エルランドさんに是非家にと誘われたけど丁重に断ったよ。
さすがにエルランドさんと四六時中一緒なのは遠慮したい。
悪い人じゃないんだけど、面倒過ぎるよ。
従魔と泊まれる宿”迷宮都市の宿”ってそのまんまの名前の宿をおすすめされた。
それから地竜をドランのギルドに持ち込んでくれたお礼として、ありがたいことに宿泊費はギルド持ちにしてくれるそうだ。
宿の場所と、明日からダンジョンに潜ることになりそうだからダンジョンの場所を聞いて、ギルドを後にした。