第百十八話 主食は魔力と花々の蜜?
「まずは、このピクシードラゴンとはどこで遭遇したのですか?」
「ドラちゃんですか? ドラちゃんとはイシュタムの森の近くで会いましたけど」
「ど、ドラちゃんとは、そのピクシードラゴンの名前ですか?」
「ええ。従魔契約すると、名前をつけなきゃいけないみたいなんで」
今更だけど、従魔契約のことあんまりよく分かってないんだよね。
フェルから聞いた”従魔になる魔物が従魔になってもいいと考えて主側がそれを受け入れれば契約は成立する”ってことと、名前をつけるってこと、それから念話ができることくらいかな。
他のことはあんまりよく分かってないね。
特に問題もないしさ。
「ピクシードラゴンとはいえ、ドラゴンにドラちゃん…………私だったら、もっとこうカッコいい名前をつけるのですが。これはセンスの問題なんでしょうかね。私がどうこう言える立場ではないのですが……」
エルランドさん、ブツブツ呟いてるけど、しっかり聞こえてますからね。
センスの問題って、センスがなくて悪かったですね。
ドラちゃん、かわいくていい名前じゃないか。
「ドラちゃんとはイシュタムの森の近くで会ったということですが、近くにピクシードラゴンの生息地があるのですか?」
「さぁ? 私が会ったのはドラちゃんだけですから」
ピクシードラゴンの生息地なんぞ知らんがな。
「では、ピクシードラゴンは普段はどんなものを食べているのですか?」
「どんなものって、うちではみんな同じ物を食べてますけど」
俺が作ったもんをフェルもスイもドラちゃんも食ってるし、もちろん俺も一緒に食ってる。
「え?」
「いや、だからですね。フェルもこのスイもドラちゃんも俺もみんな同じものを食べてます」
イスの脇に寝そべるフェルの方を見て、スイを鞄から出して抱き上げて、俺の隣に座るドラちゃんを見て、みんな同じだと説明する。
そしたら、エルランドさん目が点になる。
「そういえば、ムコーダさんはピクシードラゴンの他にもフェンリルとスライムが従魔にいるんでしたね。いやですね、フェンリルとスライムとピクシードラゴンが同じものを食べるはずがないじゃないですか。ムコーダさん、冗談はほどほどにしてくださいよ」
え、俺、冗談なんか言ってないんだけど。
ってか、俺が言ったことに冗談に聞こえるようなこと入ってた?
「フェンリルは肉食ですし、スライムは比較的何でも消化するでしょう。しかし、ピクシードラゴンの主食は魔力と花々の蜜だと言われているのですよ。それが同じものだなんて、そんなはずないじゃないですか。ハハハ」
あれ?ピクシードラゴンの主食は魔力と花の蜜なの?
ドラちゃん、普通に肉食ってるよ。
ってか、肉大好きだし喜んで食ってるんだけど。
どうしてそんな話になっちゃってんだ?
『そんな話聞いたこともねぇぞ』
ドラちゃんが念話でそう言って首を振っている。
「えーっと、そのお話、ピクシードラゴンの主食は魔力と花々の蜜だっていうのは、どこから出た話なのですか?」
「今は無き某国の王立図書館の文献からです。その国はエリクサーの材料の一つであるドラゴンのことは徹底的に調べ上げていましたから……。ドラゴン関係のことは重要文献でしたので、重要文献保管部屋に忍び込んでまで調べたんですよ」
エルランドさん、忍び込んだとかってサラッと言ったけどダメじゃんそれ。
何やってんだよ、この人。
ドラゴンのことになると見境がなくなるってマジもんだったんだね。
ってか、ドラゴンってエリクサーの材料の一つなんだな。
確かヒーリングマッシュルームもエリクサーの材料の一つだとかフェルが言ってたな。
俺の手にエリクサーの材料が奇しくも二つも揃ったってわけか。
他の材料が何なのか気になるところだな。
エルランドさん長生きしてそうだし知ってそうだな。
あとで聞いてみるのもいいかも。
ああ、その話はおいといて、ドラちゃんのことだよ。
「どうしてそういう文献があったのかはわかりませんが、ピクシードラゴンの主食は魔力と花々の蜜だというのは間違いですよ。な、ドラちゃん」
『ああ。俺たちは基本何でも食うぞ。まぁ、肉が1番好きではあるけどな』
雑食ってことだよな。
今までだって何でも食ってたんだからそうだよね。
「ドラちゃんが言うには、ピクシードラゴンは基本何でも食べるそうですよ。肉が1番好きだそうですけど」
「……ちょっと待ってください。ドラちゃんが言うにはって、どういうことですか?」
「え、そのままの意味ですけど。ドラちゃんと念話で話してそう言ってますから」
バンッ。
エルランドさんがテーブルに手を突いて身を乗り出した。
「ムコーダさんはドラゴンと話せるんですかッ?! というか、念話って何なんですかッ?!」
い、いや、顔近いから。
美人なエルフだけど男はお断りなんで、あんま顔近づけないでくださいよ。
「ちょっと、エルランドさん落ち着いてください。いや、ドラゴンと話せるってわけではないですよ。従魔契約結んでますから、ドラちゃんとは念話で話せますし、フェルともスイとも話せますよ」
「従魔契約結んでますからって、そんなこと聞いたことないですよっ。従魔契約結んだからといって従魔と話せるようになるわけないじゃないですかッ!」
「…………はい? 従魔契約を結ぶと従魔と念話できるようになるもんなんじゃないんですか?」
「そんなわけないでしょう。私はエルフで長く生きていますけど、そんな話は初耳ですからね」
え、どゆこと?
フェルが従魔契約を結んだ者同士は念話ができるって言ってたから、そういうもんだとずっと思ってたんだけど。
「フェル、どうなってんの?」
『フンッ、知らん。我は従魔契約を結んだ者同士は念話ができると教わったし、お主とはできているではないか』
そうなんだよね。
フェルの言うとおり、フェルともスイともドラちゃんとも念話できてるし。
「よくはわかりませんが、ムコーダさんは従魔契約を結んでおられるということは、当然相手を屈服させたわけですよね?」
はい?
冗談はよしてくださいよ。
俺がフェンリルやらドラゴンやらを屈服させられるわけないじゃないですか。
「伝説の魔獣のフェンリルやらドラゴンを俺が屈服なんてさせられるわけないじゃないですか。というか、フェンリルやドラゴンを屈服させられる人がいたら見てみたいものですよ」
「そんな……カレーリナのギルドマスターもロドルフォもフェンリルが従魔になった経緯は聞いてないが、ムコーダさんが特殊な方法を使って屈服させたのではないかと言ってたんですが。2人ともムコーダさんを見る限りそうは思えないが、いろいろと秘密もあるようだし、おそらく手練れであることは間違いないだろうと。ロドルフォは食事に特殊な毒を混ぜたのではないかと言ってましたが…………」
えーっ、2人ともそんな風に俺のこと見てたわけ?
俺、手練れじゃないし、毒なんて使ってないぜ。
「んー、どうもお話しを聞いていると、私の知っている従魔契約とムコーダさんの従魔契約は大きく違うようですねぇ」
エルランドさんが言うには、通常の従魔契約はどんな形でもその魔物を屈服させたうえで隷属関係を結ぶことなのだそうだ。
人間で言うところの奴隷契約と同じで、従魔となった魔物は主人の指示に従うようになるそう。
従魔契約を結んだ主人の職業はテイマーとなり、自分の経験値のほか従魔の経験値も入りテイマー職はレベルが上がりやすいと言われている。
しかしながら、テイマー職としてやっていくにはある程度のレベルの魔物を従える必要があるが、そのある程度のレベルにある魔物と従魔契約を結べる者が少ないためテイマー職に就くものは極わずかであるとのこと。
テイマーねぇ、俺の職業未だに”巻き込まれた異世界人”なんですけど。
しかも、フェルもスイもかなり魔物倒してるんだけど従魔の経験値なんて一つも入ってない気がするんだよね。
「私もこのような話は初めて聞くことですし、事例もムコーダさんしかいないわけですから、検証のしようがないんですけど……。ムコーダさんの従魔たちはフェンリルにピクシードラゴン、それから聞くところによると特殊個体のスライムと、通常なら従魔にすることすら叶わない魔物ばかりですから、その辺も絡んでいるのかもしれませんね」
普通の従魔契約じゃないことは分かったけど、それで何か問題があるかっていうと、そんなこともないし今までと何もかわらんね。
「ムコーダさん、ムコーダさんの従魔契約が通常のものとは違うということは分かりました。ここからが私が一番聞きたいところなのですが、私も同じような従魔契約は結べますか? できればドラゴンと」
あなた、ドラゴンを従魔にする気?
どんだけドラゴン好きなのさ。
「いや、そんなこと言われても私にはわかりませんけど……」
『なぁ、どうだ?』
念話でフェルたちに話しかける。
『無理だろうな。そもそもこいつと従魔契約を結ぼうとも思わんし、何しろ我らに利がない』
『ああ。こいつ飯なんて作んなそうだしな。作れても、お前以上の料理人は世界中探してもいないだろうよ』
ドラちゃん、褒めてくれて嬉しいんだけどさ、俺は料理人になったつもりはないぞ。
『うむ。それは同意するな。我らのような長命種が心を動かされることは少ないが、美味い飯は心を動かされることの一つだ』
え、心を動かされることが飯なわけ?
『そうなんだよね~美味い飯ってめっちゃ大切だぜ~』
『美味しいご飯が食べられるのは幸せだよ~』
スイちゃんまで……。
君たち、分かってはいたけどさ、飯に釣られて従魔になっちゃったんだね。
みんながいて助かってはいるけど、何だかねぇ。
「ハァ……あの、ちなみにですが、エルランドさんって料理できますか?」
「え、料理、ですか? 私は食事は店で食べる主義なので、料理はいたしませんが……はっ、まさか料理ができることが従魔契約を結ぶ条件なのですかッ?!」
「いや、条件と言うわけではないのですが、うちの従魔たちは非常に美食家でして……」
「そ、そういうことなら、料理しますッ! 料理ができるようになれば私でもドラゴンと従魔契約を結べるのですねッ!!」
「いや、そういう簡単な話ではないと思うんだけど……」
『そこでごちゃごちゃ言っとらんで、お主の飯を食わせた方が速かろう。どれだけ自分が愚かなことを言っているのかがわかるだろう』
『そうそう。ちょうど腹も減ったし飯にしようぜ』
『スイもお腹減った~』
あーはいはい、もうどうにでもなれだぜ。
「あのー、エルランドさん、みんなが腹が減ったというんで、ここで飯にさせてもらってもいいですか? よろしかったらエルランドさんもご一緒に」
「はいっ、是非とも。そして少しでもその味を盗ませていただきますっ」
エルランドさん、やる気満々だね。
「あ、エルランドさんって肉は大丈夫ですか?」
エルフってベジタリアンのイメージがあるんだけど。
「ええ、肉は大好物です」
あ、この世界のエルフは肉食OKみたいだね。
じゃあと俺が用意したのは、前に作り置きしておいた牛丼だ。
フェルたちには皿に飯を盛ってその上にたっぷりの肉を載せ、中央に温玉を載せたらそれをくずしてから出してやった。
ドラちゃんが牛丼を食う姿を見て、エルランドさんが「本当に主食は魔力と花々の蜜ではなかったのですね」と呟いていた。
ドラちゃんは肉大好きみたいですからね。
エルランドさんにはどんぶりに似た木の器に牛丼を盛って出してやった。
「その真ん中にある卵をスプーンでくずしてから食べてみてください」
「はい、では……」
エルランドさんは俺が言ったとおり温玉をくずしてから牛丼を口に運んだ。
牛丼を一口食ったエルランドさんは目を見開くと、次の瞬間には勢いよくガツガツ食い始めた。
不味くはないってことだろうね、良かった。
俺も牛丼を食い始めた。
『おかわりだ』
『おかわり~』
フェルとスイのおかわりだね。
「あの、私にもおかわりもらえますでしょうか……」
エルランドさんのおかわりもきたよ。
ドラちゃんは満腹のようだ。
とは言ってもあの皿一杯で俺のどんぶりの2倍くらいの量はあるからね。
飯が食い終わると、フェルがエルランドさんに向かって口を開いた。
『お主もこれで分かっただろう。今の此奴の飯と同等かそれ以上のものを出せぬ限りお主の従魔となる輩はいないだろう』
「くっ…………長い時を生きてきていろんなものを食しましたが、先程の食事は私が今までに食べた中で一番の美味しさでした。これほどのものを作るのは私には無理です……」
エルランドさんがガックリ項垂れる。
今までに食べた中で一番の美味しさって、たかが牛丼なんだけど。
…………あ、調味料。
俺はネットスーパーがあるから日本の調味料使い放題だけど、この世界、調味料って言ってもほぼ塩だけだった。
胡椒はあるけど、高いし。
それなら一番美味いってのも頷けるかぁ。
醤油やら味醂やら出汁やら、うま味成分ふんだんに使ってるし。
「あの、まぁ、元気出してください」
何て言っていいやらわからずに、適当にそう声をかけると、エルランドさんがガバリと頭を上げた。
「そうですっ。私にはまだ希望がありますッ! ムコーダさん、カレーリナのギルドマスターから話は聞いておりますよ。あれを出してくださいっ」
ん、あれって何だ?
「あれです、地竜をッ!」
あー、そういえばそんなのもあったんだった。
はぁ、これいつ帰れるのかなぁ。