第百八話 イシュタムの森
昨夜はギルドマスターのロドルフォさんに紹介された”糸車”って宿に泊まった。
今朝は昨日買った服を早速着てみたのだが、肌触りが良く着心地も良いし動きやすい。
良い買い物をしたな。
今までのものとは肌触りが段違いに良い。
これはもう今まで着てた服には戻れないかも。
これからロドルフォさんの依頼でヴェノムタランチュラを獲りにイシュタムの森に向かう。
新品の服が汚れるのは嫌だけど、仕方がないな。
「フェル、んじゃ行くか」
『うむ』
いつものように俺はフェルの背に乗った。
スイは鞄の中にいる。
『よし、行くぞ』
フェルがイシュタムの森に向けて走り出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ここがイシュタムの森、みたいだね」
『そのようだな』
俺たちの目の前には薄暗い鬱蒼とした森が広がっていた。
ギィエーギィエーッと何の鳴き声だかわからない鳴き声が響いている。
見るからに不気味な雰囲気が漂っている。
『行くぞ』
そう言ってフェルがのそりのそりとイシュタムの森に足を踏み入れた。
木々が鬱蒼と茂る森の中はまだ昼前だと言うのに薄暗い。
「ああ、そうだ。ここって毒持ちの蟲の魔物が多いみたいだけど、大丈夫なんだよな?」
『我の結界もあるし、我等には神の加護があるだろう。心配には及ばん』
そうだった。
俺もフェルもスイも女神様たちの加護があったんだ。
でも、俺って加護(小)だけど大丈夫か?
「俺は加護(小)なんだけど」
『ニンリル様も言っていたではないか。加護(小)でも即死効果でもない限り状態異常無効化の力は発揮されるとな』
そういえばそんなことを言ってたような。
『気配から言って、この森に即死効果のある毒持ちはいない。だから大丈夫だ』
そうか、良かったー。
「それで、ヴェノムタランチュラがいる場所は分かるのか?」
『ああ。気配で大体の場所は分かった。奥の方にいる。行くぞ』
フェルがヴェノムタランチュラを目指して駆け出した。
途中に蛾がデカくなったような魔物やら蚊がデカくなったような魔物やらが出てきたけど、フェルの魔法で一刀両断にされていた。
フェルは走りながらそれをやるんだからな、本当に敵でなくて良かったよ。
「ん、どうしたんだ?」
走っていたフェルが急に止まった。
『デカいのが来るぞ』
フェルのその言葉の後に姿を現したのは、幅だけでも1メートルはありそうな超がつくほどデカいムカデだった。
「ギィィィィッ」
「こ、これがジャイアントセンチピードかっ?!」
『うむ。少し待っていろ』
フェルがジャイアントセンチピードに対峙しいざ攻撃をというところで……。
ビュッ。
ドサッ。
頭をもたげていたジャイアントセンチピードが横にドサッと倒れた。
ジャイアントセンチピードの顎下から脳天にかけて大きな穴が開いていた。
『ヤッター! スイ大きいの倒したよー』
ス、スイ……。
あちゃー、フェルが固まってるよ。
スイってばフェルの獲物横取りしちゃうんだもんな。
「ま、まぁ、許してやれよ」
『フンッ』
スイが倒したジャイアントセンチピードはAランクとのことだったから、とりあえず持ち帰ることにしてアイテムボックスにしまった。
「ほら、まぁ、まだ本命のヴェノムタランチュラがいるんだからさ。そこ行こうぜ」
『乗れ』
いいところを取られてしまったフェルはぶっきらぼうにそう言った。
『あるじー、また倒すのがいるのー?』
「ん、ああ、今度はフェルおじちゃんにやってもらおうね」
『えー、スイもビュッビュッってしたいよー』
「倒すのがいっぱいいたらお手伝いしようね」
『うん、分かったー』
ヴェノムタランチュラさんいっぱいいてくださいね。
スイちゃんが暴れたがってます。
俺がフェルに乗るとフェルはすぐさま駆け出した。
少しすると、木々の間にクモの巣がいくつも出来ている場所に出た。
そのクモの巣には体長1メートル近い大きさのクモがいるのが見て取れた。
「あれがヴェノムタランチュラか」
『ああ』
黒に近い紫色のデカいクモだ。
あれ、食えるって話だけど、本当に食えんのかよ……。
「ロドルフォさんの話だと2匹いればいいって言ってたけど、けっこういるな」
『すべて狩ってくぞ』
そう言うとフェルはすぐさま魔法を発動した。
バチンッ、バチンッ、バチンッ、バチンッ、バチンッ、バチンッ、バチンッ、バチンッ。
電撃がヴェノムタランチュラを襲う。
雷魔法か。
スタンガンの強力バージョンみたいだ。
ボトンッ、ボトンッ、ボトンッ、ボトンッ、ボトンッ、ボトンッ、ボトンッ、ボトンッ。
あ、クモの巣から落ちた。
『終わったぞ』
「早いな。これ、死んでんのか?」
『ああ。脳天に電撃を食らわせたからな』
もう終わっちゃったよ。
フェルがいると仕事が早いねぇ。
俺は巣から落ちた8匹のヴェノムタランチュラをアイテムボックスに回収した。
『むー、スイの出番はー?』
「あー、スイ、今回はがまんしようね」
『スイもビュッビュッってして倒したかったのにー』
「あ、いや、そのね……あ、つ、次の街にはダンジョンがあるから、そこならいっぱい戦えるからね」
『ダンジョンって、あの敵がいっぱいいるところ?』
「そ、そうだよ」
『ダンジョンー! ダンジョン、ダンジョン、楽しみ~』
くっ……。
ダンジョンなんて二度と入るかって思ってたのに。
『ククク、これでダンジョンに入ることは決定だな』
くそー、フェルめ笑うなよ。
スイに言われると弱いんだよ。
「スイがこんだけ楽しみにしてると入らないわけにはいかないだろうけど、危なくないようにしてくれよ」
『フン、我がいてたかがダンジョンで危なくなることなぞないわ。安心せい』
まぁフェルがいるなら大丈夫な気はするけど。
「それじゃ帰るか」
『うむ』
俺がフェルの背に乗ると、フェルは来た道を走り抜け森の外に出た。
森から出ると、まだまだ太陽は俺たちの頭の上にあった。
「何か、随分と早く終わっちゃったな」
『うむ。まだまだ時間はあるな。腹も減った、ここで飯にしよう』
「そうするか。じゃ、支度するからちょっと待ってて」
『分かった』