そして僕らは恋を知る
―――――――――― そして僕らは恋を知る ―――――――――――
騒がしかったクラスの雰囲気も最初だけ。
11月になり、木枯らしが吹きだした今の教室は受験一色。推薦入試や指定校、AO入試で決まった奴らも大学入試を受ける者の邪魔にならないように隅っこで小さな声で騒いでいる。
図書館を利用する生徒も増えたし、担任に進路の事や、分からない問題などを聞く生徒も増えた。
放課後は塾を利用するためにさっさと帰る生徒も増えたし、正直言って学校がつまらないものになっている。
高校3年で最後の思い出作りなんて不可能だ。所詮は最後は受験受験。楽しいも何もあったもんじゃない。
冬休みの冬期講習の話題を出しているクラスメイトは面倒だとばかり口に出している。
「まさーお前まだサッカーしてんのか?」
サッカーボールを蹴っている俺に同じサッカー部員であるクラスメイトがグラウンドに顔を出してきた。
手には数冊のテキストが握られており、イヤホンからは英単語の音が小さく漏れている。
クラスメイトはボールを持つ俺に少しあきれながらも羨ましそうな顔をしている。
「はぁ……いいよなぁお前は。今年結構大会でいい線いったもんなーキャプテンのお前は推薦決まったんだろ?」
「つか俺指定校だし、俺別に大学ではサッカーばっかに打ち込む気ないし」
「あぁ、サッカー特に強くないとこ行ったよな。まぁなんにせよ大学決まってんだからいいじゃん。俺なんて年明けにはセンターだし、その後には滑り止めの私立だし……落ちたら本命の国立へのテンションだだ下がりだぜ」
「工学だっけ?」
「そうそう。でもまぁ本命は臨床なんだけど……行きたい大学で判定悪くてさ、シフトしたんだよな。国立じゃなきゃ駄目って親言ってっしさぁ。いいよなーお前指定校で臨床だろ?」
そう言ってクラスメイトは困ったように笑うもんだから俺もつられて少し笑ってしまった。
グラウンドには俺以外の3年はいない。他は1年と2年だけだ。10月までは引退した3年も後輩しごきに顔を出してたけど、次第に人数が少なくなり、今は俺だけになってしまった。
皆こいつみたいに勉強に励んでるんだろうな……そう思ったら少しだけ焦りは出たけど、何とも思わなかった。
そいつは最後に「お前はいいな、羨ましいよ」とだけ言って、手を振って岐路についた。
その言葉に返事をすることもできずに突っ立っていれば、後輩からグラウンド整備していいかと聞かれて、俺は頷いてボールを部室に突っ込んだ。
後輩とそのまま少しだけ部室で話し、帰ろうと部室を出た時には夜の7時になっていた。
後輩と別れ、岐路についた俺の視界に入ったのは幼馴染の亜矢の姿。
1人で帰るのもあれだったので、俺は自転車を亜矢の側まで走らせた。
「亜矢」
「あれ?まさ、また部活してたの?」
「まぁな、お前は何してたんだ?」
「何って……勉強だよ、勉強」
亜矢は少し疲れてるのか機嫌が悪い感じだ。
そんな細かい事を気にするのもあれだったから、俺は適当に聞き流して自転車を漕ぐスピードを緩めた。
なんだ、学校にずっといたなら声かけてくれたらいいじゃんか。
そう思ったけど、口に出すのは躊躇われたので何も言わずにただ自転車を濃く。
会話がなくて気まずいなーと思った矢先に亜矢が会話を持ちかけてきた。
「推薦、決まったんだってね」
「あ?おう、俺一足早く受験戦争から脱したぜー」
「そう、おめでとう。あんまはしゃぎ過ぎて他の人に迷惑かけないようにね」
「わぁってるよ。お前こそあんまガリガリ勉強してたら死んじまうぞ」
「うっさいなぁ、分かってる」
亜矢はやっぱ少し機嫌が悪い。まぁそれも分かる。
国立志望の亜矢にとってはセンターが3カ月を切ってる。今が追い込み時だって事もちゃんと理解してる。
家の経済的な事情で塾も行ってない亜矢が夜遅くまで学校の図書館で勉強してる事も知ってるし、家族が寝てしまった後も1人で深夜まで勉強してるのも、朝早く起きて予習してるのも知ってる。
だから朝の亜矢は眠いからか、毎日機嫌が悪いし、夜も疲れてるから少し機嫌が悪い。
ちゃんと分かってるつもりなんだけど……
「亜矢」
「あ、糸崎」
亜矢のクラスメイトの糸崎が俺と亜矢の間に割って入って、亜矢に何かのテキストを渡してきた。
こいつって確か頭いいんだよな。塾も通ってるし、俺的にはがり勉な印象があってあんま好きじゃない。
まぁ県内の平凡な大学の指定校をゲットした俺がとやかく言う必要はないんだけど。
参考書みたいなのを渡している糸崎を見て、やっぱ自分は受験に関しては楽をし過ぎたんだと痛感する。これが本当の大学入試を控える高校生の姿だ。
「これさ、めっちゃ分かりやすく書かれてんだよ。亜矢に貸すよ。数Ⅲ苦手って言ってたじゃん」
「本当に?糸崎はいいの?」
「俺はもう見直したから。貸すよ」
「有難う」
はぁ……なんだか自分とは無縁の会話のように聞こえてきて、間に割った入る気も起きない。
亜矢はついでか糸崎に分からない場所があるって言ってるし、糸崎は今からでも教えれるとか言ってる。
てか何だよ、あいついつの間に亜矢の事名前で呼ぶようになってんだ?前まで名字だったはずなのに。気に食わない。
つか一応俺と帰ってんのに、亜矢の奴も何だよ。俺の存在無視するかのようにしやがって……
「おい亜矢」
「あ、ごめんまさ。あたし糸崎に教えてもらうついでにご飯食べて帰るから、この道曲がるね」
「は?マジで?かえんねぇの?」
「センターまで時間ないから、急がなきゃいけないの」
そう言う亜矢の隣で糸崎が笑ってる気がした。
糸崎は亜矢と付き合ってる。そんな話を前、友達から聞いた事があった。気になって亜矢に聞いたらデマだって言われて何でか安心したのを覚えてる。
でも今のこいつら見てたら、本当に付き合っててもおかしくないように見える。
なんだかそれが無性にむかついて、亜矢の腕を取って歩き出そうとした。
「何すんのまさ!」
「帰ろうって!お前疲れてんじゃねぇの?無理すんなって」
「放してって!」
亜矢に手を払いのけられてビックリして固まってしまった。
亜矢はかなり焦ってるような、怒ってるような複雑な顔をしていた。なんで?俺は亜矢が疲れてるから気を遣ってやってんのに!
「まさ、いい加減にして!あたしはまさみたいに指定校で行ける訳じゃないんだから、まさと一緒にしないで!センター受けないんだから、まさはのんびりしてるみたいだけど、あたしは違うの!これで決まるんだから!」
強い口調で言われて戸惑ってしまった後に残ったのは苛立ち。
なんだよ、俺だってそんな受かった事おおやけに喜んでる訳じゃねぇっつーの。お前らセンター組に気ぃ遣ってんのに、なんでそんな事言われるんだよ!
大体なんだよ!指定校だからって馬鹿にしやがって!
そして更に糸崎が俺に追い打ちをかけるかのように言葉を放ってきやがった。
「いいじゃん亜矢、指定校の奴らは浮かれてんだよ。そんな奴と一緒にいるだけで頭にくんだろ。ほっとけよ」
「うっせぇな!てめぇに言われたくねぇっつーの!」
頭にきて言い返せば大きな声になってしまい、通行人の視線が一気にこっちに向く。
亜矢が俺を止めようとしたけど、頭にきている俺は亜矢をも睨みつけた。
「んだよ!人が心配してやってれば調子に乗りやがって!指定校の何が悪いってんだよ!」
「まさ!声大きい!迷惑になる!」
「うるせぇな!もう俺は帰んだよ!話しかけんな!」
逃げるようにチャリに乗ってサドルを動かせば、亜矢の声が聞こえてきたけど、それを無視して漕ぎ続けた。
でも後ろから糸崎の「いいじゃん、行こう亜矢」って声までも聞こえて、それすらもかき消すかのように走った。
そのまま家までチャリを飛ばして、家の中に駆け込んでベッドに横になった。
今の時刻は夜の7時40分。夕飯を作り終えた母さんの声が1階から聞こえてくる。
でも音が大きくなったと思ったら母さんが部屋に入ってきた。なんだよノックもしねぇでさ。
「雅之ーあんた大学決まったからって毎日遊び呆けてていいの?一応11月って全国模試あるんじゃないの?」
「どうせ受けたって勉強してねぇから意味ねぇよ。つか腹減った。飯まだ?」
「もう……早く着替えて降りてきなさい」
分かってるよ。
心の中で愚痴を言い、俺は服を着替えて下に降りて飯を食った。
いつもと同じだ。母さんの飯を食って弟とウイイレして、自分の部屋にこもって漫画を読んでいた。
その時、母さんの声が聞こえて声の中で亜矢の名前が聞こえた。まさか家んちに来たのか?
ケータイを見たらマナーにしてたから気付かなかったけど、不在着信が2件入っていた。
幼馴染っておかげで親同士も仲いいから、亜矢が来た事に母さんは何の疑問も持ってない。
階段を上がる音が聞こえ、俺の部屋の来るって言うのが感じられる。なぜか気まずい気分になり、俺は漫画で自分の顔を隠した。そして部屋のドアがノックされる。
「まさ、いる?」
「……」
「入るよ」
返事も聞かねぇのかよ。そう心の中で突っ込んだけど、亜矢が入ってきたので再び漫画で顔を隠した。
自分で顔を隠してるから、亜矢がどんな表情をしていたのかは分からない。
でも気まずそうに息を飲んだ音だけが聞こえてきた。
「あの、まさ怒ってる?」
「別に」
「嘘、怒ってんじゃん」
「別にっつってんだろ」
冷たく言い放てば、亜矢が小さくため息をつくのが聞こえた。
そのままベッドの隅に腰掛けられて、なんだか俺の方が気まずくなってしまった。
「あのさ、さっきはごめん。カッとなって酷い事言って……」
「……」
「勉強さ、やっぱ糸崎って頭いいよね。なんでも分かるんだから。羨ましいよ」
「そうかよ」
俺の前で糸崎なんて名前出すなよ。あいつは胸糞悪い。その理由は考えたくない。
顔を漫画で覆った自分の方に亜矢の視線が来たのを感じた。居心地悪い。
亜矢は何かを言おうとしてるらしい、あーとかうーとか唸ってる。最初は何も言わなかった俺も2~3分も続けられたら苛々してくる。
何でもいいから早く帰れよ!そう言おうとした俺に亜矢は言葉を紡いだ。
「あのさ、あたし大学さ……地方の国立行くかもなんだ」
「は?」
地方の国立?マジで?
亜矢が県内の国立に行きたがってるのは知ってた。県外は親がお金の自信がないって言ってたから。
でも地方に行くって大丈夫なのか?
亜矢はどもりながらも続きを話していく。
「成績もそんな思った以上に伸びないし、今も合格判定Cなんだ。正直担任からもワンランク落とした方がいいって言われたし、でも私立は駄目って言われてるから……」
「け、県外だって駄目だったんじゃねぇのか?」
「奨学金とバイトで生活費は何とかさせるから仕送りは貰わないんだ。親もそれならいいって言ってるし」
考えもしなかった。亜矢が県外?何かの冗談じゃないのか?
途端に今までうやむやにしてきた大学生活が鮮明になってきた気がする。そっか、皆こんな風にバラバラになっちまうんだな。
それが大学って奴なんだなぁ……
ボーっと考えてる俺に亜矢の手が見えて、漫画をはぎ取られる。そこには悲しそうな亜矢の顔が見えた。
「だからさ、少し楽になった。やっぱ無理するもんじゃないね!無理して県内行きたかったから、まさに奴当たりまでしちゃったし……」
「俺は……」
「だからさ、もう怒んないでよ。また一緒に帰ろうよ」
泣きそうな亜矢の顔を見て、途方もない罪悪感に襲われた。
それと同時に胸が痛くなって、顔に熱が集まって、頭がガンガンして……もう嫌だ!
苦しい、この苦しい胸のつっかえはどうしたらとれるんだろう。
こいつを見てると胸がぎゅって掴まれたように締め付けられて、一瞬呼吸ができなくなる。
でもただただ泣き続けるこいつを見るのが辛くて、俺は亜矢の手を握った。
「……胸が痛いんだ。お前見てると痛くなる」
俺の言葉に亜矢は悲しそうに瞳を揺らす。
それは自分を嫌っているからか?そう言う亜矢の言葉に俺は慌てて頭を横に振った。
そんなんじゃない。そんなんじゃないんだよ。
ただこいつが糸崎と話してるのを見て、付き合ってるって噂を聞いて、同じ痛みを感じた。
クラスに神埼さんって可愛い女子がいて、あの人と話した時もこんな風に心臓の脈が速くなった。でもそれとは似てるけど全く違う。だって痛いから。俺はその原因が知りたいだけなんだ。
震える唇でもう一度、幸に言葉を投げかける。
顔が赤くなって、とても顔を上げれる状態じゃない。悲しいなんて思わないのに胸が苦しくて、目頭が熱くなる。
「胸が痛いんだよ。お前見てると……何でなんだよ」
「あたしも痛い。今すっごい胸が痛いよ」
何度も何度も問いかけても亜矢はわからないと言って泣き続ける。
俺は馬鹿だから理由が分からないけど、何で頭のいいお前が分からないんだよ。
勉強じゃわからないのか?大学入試には出ない内容なのか?俺、サッカーばっかやってたから、勉強なんかしてないからわかんないんだよ……
亜矢が分かってくれないときっとわからない。
「なぁ、ランクとか下げねぇでよ、絶対あの大学受かれよな……」
「でも……」
「朝さ!眠いなら俺が起こしてやるし。ほら、俺朝練やってたから朝強いんだ。学校も行く時間短縮したいならチャリで早く連れてってやるし、帰りだって家まで送ってやるよ。だから、諦めんなよ……」
俺の言葉に亜矢は目を丸くする。
亜矢が目指してる大学、県内でナンバー1の偏差値を誇る場所。俺は逆立ちしても通らないくらいレベルの高い大学。
亜矢は泣きながらも何度も何度も頷く。自分に言い聞かせるように。
「そんで頭いい学校行ってさ、勉強してさ……この痛みの原因わかってくれよ」
亜矢の少し色素の薄い茶色い目が、俺を映し出す。
その瞳の中の俺は、情けないくらいボロ泣きしてて……余りの格好悪さに目を伏せた。
でも亜矢は泣きながら、少し笑った。
「わかった、勉強いっぱいするね。あたしの痛みも、まさの痛みも……全部わかるようにするね」
その言葉を聞いて、少しだけ安堵した。
未だに胸のつっかえや痛みは取れなくて、じくじく嫌な痛みが走るけど、きっとこの痛みは亜矢が勉強して分かってくれるはずだ。
何だか泣いてるのが少し恥ずかしくて、俺と亜矢は手を握ったまま笑った。
ただの幼馴染なんだ。近すぎて家族の様で……だから分かんないんだよ。
他の女子と付き合った事もあったけど、そいつとは別れて連絡取らなくなったけど、ずっと今までこんなに長く連絡取り合ってるのはお前しかいないんだよ。
だから想像できないんだよ。ずっと近くにいた存在が離れてしまう未来なんて。
それが何なのかは、きっとこれから分かっていくはずだ。
――――――そして僕らは恋を知る。
遅い初恋は全然理解できなくて、不器用で……少し苦しかった―――――――
初めての短編小説^^1回書いてみたかったんです。
高校生で一番の山場がこのセンター試験含む大学入試ですね。
夏明けから皆が勉強始めて焦り出す季節です。
自分が高校生の時も小説みたいに国立組と指定校、推薦組の仲が少し悪かったです。
高校生にとって新しい世界に行くと同時に、今まで仲が良かった友達が県外と言う遠い場所に出て行っちゃうんですよね。
始めは自分も不安でしたけど、でも大学生になれば県外の壁なんて大した障壁じゃなくなります。
自分は県外の友達に会いに行きまくってますよ^^大学生は行動範囲が高校生に比べて県内から全国に変わりますから(笑)
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