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恋愛競走―アラシのヨルに
作:梶原ちな


 

 たすけて。
 なんて、いえるわけない。



 やけに、雨音の強い夜だった。
 打ち付ける音は、この胸をも刺激して震え上がらせる。

 そうこうしているうちに窓の外では、黒を引き裂く光が走ってその音を轟かせた。

「じょ、冗談でしょ……」

 地震カミナリ火事ナントカと怖いものランキングが昔から言われてきたけれど、あたしもその例外ではなかった。
 
 稲妻が割った空。
 すぐさま響いたドンっという衝撃音に、声を上げて耳を塞いだ。

 カーテンをさっと引いて、耳を塞いだまましゃがみこむ。
 情けないことに、ヒザががくがくとなにが面白いのか笑っていた。

 いっそう酷くなった雨音。
 耳にいたいカミナリ。
 
 けれどあたしは自分の体を抑えこんで、必死に耐えようと努力していた。

「こわくないこわくないこくわくない」

 自分でもおかしいと思うけれど、要は気持ちの問題だと思うわけで。
 自己暗示に懸命に挑んでいるものの、その効果は薄い。

 本当は下の部屋に行って、こわいと叫びたい。
 だれかに助けてといってしがみつきたい。

 だけど、今日にかぎって。
 というかほぼ毎日だけど、アイツがいるのだ。
 そんなこと、絶対にできない。

「こわくないこわくなっ、こわ……っく」

 カミナリがあたしの頭上をめがけて落ちている。
 そうだ、まちがいない。
 だってこんなに大きい音で、ありえないくらい光っているし。
 あたしがいったいカミナリに対してなにをしたっていうの。
 
 クラスでは委員長を務め上げ、成績だって悪くない。
 どちらかといえば優等生で生きてきたし、周りだってそう思っている。
 
 最近はよからぬウワサが学校どころかご近所まで浸透しつつあるけれど、それはカミナリとはカンケイない。

 そんなことをぶつぶつと考えていたそのとき。
 特大の、今夜いちばん大きい雷鳴が部屋を駆け抜けた。

 思わず悲鳴を上げたあたしの声はかき消され、同時にバチンと電気が消える。

「やっ、ててていでん!?」

 視界ゼロ。
 見えるのはカミナリのひかり。

 一瞬の出来事にすっかりパニくったあたしは自分でも予測できなかった行動に、出てしまった。

「た、たいとっつ!! 泰斗、たすけてっ」

 耳を塞いで目を閉じてアイツの名前を叫んだ。
 口を押さえたときには、もうすでに遅かった。

「……つか、呼ぶの遅せーから」

 真っ暗でなにも見えなかったけれど、目の前の空気が揺れてアイツの声が聞こえた。

「素直に呼べっつの。俺、ドアの外で待機してたんだぜ。昔っからカミナリギライだもんな、ゆいちゃんは」

 よしよしとばかりに、頭をなでられて。
 子ども扱いが非常にシャクに触ったけれど、なんだか複雑な心境で怒る気になれない。

「そ、そこにいたなら、なんで来ないのよ。バカ」
「かわいい声が聞きたかったの。結果オーライだったけど」

 顔を上げなくてもわかる。
 いまコイツ、にやにやしてる。

 最近のあたしはすっかりこの幼馴染に負けどおしなのだ。
 
 告白されて、まともに返事もしていない現状。
 周りが勝手に盛り上がっているだけで、これといってとくに進展はなかった。

 だけど、あたしは一度負けたと思ってから、すっかり弱くなってしまった気がする。
 どうも以前のような強い自分でいられないのだ。
 そんなときに、よりにもよってニガテなカミナリ。
 
 呼べるわけがなかった。
 このバカをこれ以上、調子に乗らせるわけにはいかない。

 そう思っていたはずなのに、思わず呼んでしまった自分に腹が立った。
 あたしは、こんなんじゃなかったのに。

「うっさい! もうひとりで平気だから、アンタなんてどっかに――」

 イラ立って口走った言葉が、カミナリにかき消される。
 その光と音に体の中から揺るがされたあたしは、目の前のモノに思いっきりしがみついた。

「……とにかく、あそこいくか」

 カミナリとほぼ同時に叫び声を上げるあたしの手を強く引いて、泰斗は立ち上がった。
 そのままずるずると引きずられて、隣の部屋に入る。

 わけもわからないうちに腰をつかまれて、あっというまに持ち上げられた。
 次の瞬間にはやわらかい感触とほこりっぽいにおいがたちこめて、ようやく現状を確認する。

「狭いんだから、つめろって」
「お、押入れ?」
「覚えてねえの?秘密基地」

 よいしょという掛け声とともに、体をすみに押しやられた。
 腰を落ち着けた泰斗がふすまを閉めると、もう何も見えなくなってしまった。

「秘密、基地?」
「マジで覚えてないのかよ? カミナリ専用秘密基地じゃねーか」

 カミナリセンヨウヒミツキチ。

「ああ!」

 ワンテンポ遅れて、よみがえった景色。
 小さい頃、カミナリが怖くて、音の届かない場所を探したときにここを見つけたんだった。

「おいおい、お前が見つけたんだろ。お、ケイタイ見っけた」

 泰斗がごそごそと動いて、取り出したケイタイを開く。
 瞬間、淡いひかりが広がって、身をかがめるようにして押入れに収まる彼の顔が見えた。

「ゆい、泣いてんの?」

 目じりを通り過ぎる伸ばされた指に、体がふるえる。
 水っぽい感触が消えて、目の前の顔が心配そうにあたしをのぞきこんだ。

「泣いてないわよ!」

 ぼっと火がつくようにのぼりつめた体温。
 遠く響く雷鳴。
 それよりも近い、こいつの呼吸。

 暗くてよかった。
 こんな顔、見られたらたまらない。

「そもそも、どうしてアンタまでいっしょに入ってるのよ! 狭いじゃない」
「こんなオイシイ機会、俺が逃すと思ってんの?」

 ケイタイのディスプレイの光が消えた。
 再び、闇に包まれるセカイ。
 心臓の音だけがリアルで、こんなにもうるさい。

「なあ、俺のこと、呼んでくれたのはどーして?」

 答えにつまる。
 あたし、なんてワナに引っかかったんだろう。

 ここじゃ、逃げられない。

「……っ、バカ」
「バカだから俺、勘違いするよ」

 手をつかまれた。
 汗ばむ手が恥ずかしくて振りほどこうとしたのに、それ以上の力で握られる。

「キスしていい?」
「いや」
「即答かよ」
「あったりまえでしょ!」

 なんとかこの雰囲気を壊そうと努力するものの、どうにもならず。
 今まで張ってきた意地がもろくも崩れそうだ。

 致命的なミス。
 ごまかしてきたことが、あばかれそう。

 ――カミナリが鳴って、怖くてとっさに呼んでしまったのは。
 そんなの、この鼓動が痛いくらい教えてくれている。

 ぐるぐるとめぐる思考。
 もう、冷静に対処できない。
 
 暗闇になれてきた目でふと視線を上げれば、向かいの熱い視線とぶつかった。
 体が硬直して、動かない。

「あ、クモがいる」

 沈黙を破るように開かれた口から飛び出した言葉は、またもやあたしの思考回路をぐるぐるにした。
 あたしはカミナリの次にクモがダイキライだからだ。

「え!? や、やだっ」

 あわ立った背筋に声を上げて、向かいの泰斗にしがみつく。 
 だまされたと気がついたときには、彼の腕のなかで身動きが取れなくなっていた。

「……う、そつき」

 真っ暗な空間。
 ふたりっきり。

「うん。ごめん」
 
 こもる熱は、どうしようもなくあたしを焦がす。

「キスしていい?」

 いやだと言えなかったのはくちびるをふさがれたからなのだ、と。
 そう必死に自分に言い訳するあたしが、バカみたいだった。



「おとーさん、おかーさん。俺、ここの息子になれそうな気がしてきたっす! 今後もよろしくお願いします!」
「ちょ、なにいってんの!?」
「挨拶だろ。こういうことは事前にだな」

 バカのバカみたいなセリフが、ウチどころかご近所までに響き渡り。
 
 カミナリよりコイツのほうが恐ろしいと、あたしはしみじみ実感したのだった。





カミナリもクモも平気です。
ゴキブリはどうしてもダメですが。。。

完結した恋愛競走の番外編みたいなものです。
短編としてもお楽しみいただけると思います。
ご感想いただければ幸いです。







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