ガラクタ山の女の子
ぼんやりとした薄明かりに、いくつもの、ガラクタの山がありました。
「よいしょっ!」
向こうから、女の子の声が聞こえます。
それは、ひときわゴチャゴチャして、汚れて、ひどい有り様のガラクタの山からでした。
女の子はひとりで、ガラクタの仕分けをしているのでした。
額の汗を拭うと、ガラクタばかりの大きな山を見上げます。
あまりの多さに、気が遠くなりそうです。
こういう時、女の子はお気に入りのポーズをとることにしていました。
腰に両手をやり、ちょっと眉間を寄せながら、にやりと笑って、首を振りながら、ふぅ、と、ため息をつくのです。
そうすると、ちょっと恰好をつけている自分がおかしくて、なんだか元気が出てくるのでした。
ガラクタの山には、いろいろなものがありました。
欠けたお人形。
破れた着物。
女の子はそれを一つ一つ、手にとって、布できれいに拭いていきます。
それから、すでに仕分けられた周りの山へと運んで行くのでした。
一つのお人形を手にしたときです。
「……ねぇ」
女の子はちょっとびっくりしました。お人形が口をきいたからです。
みると、とてもていねいな作りのお人形でした。
少し欠けていても、真っ白な肌は透き通るように輝いて、きれいです。
長い髪はまっすぐで、乱れがありません。
衣装も細かいところまでしっかりと作られた、それは立派なものでした。
でも、真っ黒なドロドロの汚れが、全部を覆っているのです。
「ここは、どこ?」
「ここはね……」
女の子はちょっと口ごもりました。
「役目を終えたものが、運ばれてくるところなのよ」
ちょうど、ガラガラと荷車の音が遠くから響いてきました。
「ちょっと待っててね」
女の子はお人形を手にしたまま、ガラクタの山を降りました。
そして、足もとの小箱の上に、ちょこん、とお人形を座らせました。
ガラゴロ、荷車の音が近づいてきます。
大きな荷車には、山のようにガラクタが積まれていました。
それを、大きな男の人がゆっくりと引きながら、女の子のところへと向かってきました。
「よろしくお願いします」
「いつも御苦労さま」
男の人は、女の子にうやうやしくお辞儀をすると、荷車のガラクタを、てきぱきとおろしはじめました。
仕分け途中のガラクタの山が、また一回り大きくなりました。
「失礼いたします」
男の人は、また深々とお辞儀をすると、カラカラと、空っぽになった荷車をひいて去っていきました。
「……私たち、いらないものなのね」
お人形が口をききました。
「私たち、いらないから、ここに来たのでしょう?」
「そんなことないわ。役目を、終えたの」
「みんな、こんなに黒くて、ドロドロになって、汚くて、いらないから、ここに来たのでしょう?」
女の子は、何か言いたかったのですが、黙ってしまいました。
それは、本当のことだったからです。
遠く、遠く。
ずっと遠くの国から、さっきの男の人のような、たくさんの人たちの手を渡り、ドロドロのついたガラクタが、女の子のところに運ばれていたのです。
お人形も、やはり、そうしたガラクタの一つとしてここへ来たのでした。
女の子はじっと、お人形を見つめました。
お人形も哀しそうな瞳で、女の子を見つめ返します。
その瞳の奥には、何かがありました。
人形には無いはずの、何かがありました。
その動きに合わせて、身にまとった黒いものが、さわめきました。
これほどまでに、このお人形は、人の、強い想いを、記憶を、受けとめていたのです。
「……でもね」
女の子は、膝を折ると、お人形を小箱から立ちあがらせました。
「それは、役目を終えた、ということなの。いらないからじゃ、ないわ」
「役目を終えたのも、いらないことと同じでしょう?」
「ううん、違う」
女の子はお人形を抱きしめました。
「やめて……あなたがよごれてしまうわ」
女の子は首を振ると、黙ってぎゅっと、お人形を抱きしめます。
お人形のまわりについていた黒いものは、女の子に触れると、まるで銀の粉のように輝きはじめたのでした。
「想いも、記憶も、なくてはならないもの。でもいつかは離れていくものなの。だから、役目を終えたら、その人のもとを去るのよ」
お人形の髪を、静かに撫でました。
「その人にとっては、とっても、とっても、必要で、大切なものだったから。だから、去らないといけないの。その人のためにも、ね」
お人形を包んでいた黒いものは、いつのまにか、銀色の波に変わっていました。
ゆっくりと手を離します。
女の子は、お人形に微笑みかけました。
お人形も、ぎこちなく微笑み返します。
女の子はしゃがむと、再び小箱にお人形を座らせました。
「御苦労さま。もう、いいのよ。自由になりなさい」
お人形は、こくん、と小さくうなずきました。
すると、銀の光が大きく、ずっと空の遠くまで広がりはじめました。
「いい子ね。……いってらっしゃい」
小箱の上には、もう何もありません。
あたりは、もう輝きもなく、ぼんやりとした薄明かりに包まれるだけでした。
女の子は膝を払うと立ち上がりました。
それから、仕分けの続きに向かいます。
たくさんの記憶と、たくさんの想いが、女の子を待っていました。
遠くから、また、ガラガラ、荷車の音が聞こえてきます。
女の子は腰に手をやり、眉根を寄せて、お気に入りのポーズをとると、ふぅぅ、と大きくため息をつきました。
それからひとりで、くくっと笑うと、荷車を引いている男の人を迎えに行くのでした。