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真冬のミステリー
作:一途 恋


 「ねぇ、こっちを見て。」
 粉雪霞む図書館の窓辺。
 甘い声に振り向くと、目の前には見知らぬ女が立っていた。見上げる僕の視線を、迷わずとらえる妖気な美貌。女はゆっくり腰を落とすと、音も無くその眩き美顔をこちらに近付けてきた。僕はあることに気付きながらも、女の動きをただ黙って目で追っていた。鼻をかすめる甘い吐息と、唇に伝わる不確かな感触。そこから広がる互いの体温は、いとも簡単に三重構造のマスクを突き破った。無心の口付けにもかかわらず襲ってくる、理解不能な興奮の波。寒さが首筋をすり抜ける、真冬に起こった、それは突然のミステリー。

 隣りに座った女は、頬をつきながらまだこちらを見ていたが、僕は何事もなかったようにノートパソコンのディスプレイに視線を戻した。この時間は気配が少ない。騒げば瞬時に人目を誘う。
 「私あなた知ってる。小説で新人賞とった人でしょ。タイトルは『真冬のミステリー』。」
 女はそう言って、浅く笑った。
 若い小説家の前に現れた美しい女。二人は出会った瞬間に、理由もないままキスをする。『真冬のミステリー』の冒頭シーン。女はこれを真似ていた。
 「風邪かしら。それとも正体を隠すための変装?」
 女の指が、僕の耳に掛かるマスクの紐をそっとなぞって行く。
 「朝から喉が痛む。それだけです。」
 僕は首を少しも動かす事無く、感情のない言葉を粗相に返した。そしてキーを打つ。


 若き小説家の素顔を間近で眺めたいと願う女。
 さて一体どんな方法をとるであろうか。
 無理にマスクを引き剥がす。それとも・・・


 ディスプレイに表示されたそれを見て、女は少し考える様子を見せた。どこか行き詰まっていたのかもしれない。大胆な行動をとるこの女が次に起こすであろう何かに、興味を感じずにはいられなかった。この時間を、無性に楽しみたい僕がいた。
 「私の名前、知りたくない?」
 それでは駄目だ。小説と同じ台詞では、もう僕を動かせない。


 まるで『北風と太陽』のように、二つの別れる答えが存在する。
 さて女はどちらを取ったか。


 「そうね。どうせなら勝利をとった太陽のように、あなた自らマスクを外すよう仕向けたいわ。」
 面白い。女の一言一言が、僕の執筆魂を沸き上がらせた。さあ、どうする。僕は女の行動に、描写や背景を書き込んで行った。まわりの静けさと心を酔わせる濃香。そしてその中にある、僕と女の微妙な距離。この女が欲しい。愛情ではない。欲望でもない。
 これは、小説家の本能。


 外は吹雪だ。風邪の悪化を恐れて、若き小説家はマスクを深く掛け直した。


 僕は女を攻めるように、重くキーを打った。床を這うように下から上へと視線を流し、女を見つめる。すると女は突然立ち上がり、コートに袖を通し始めた。一瞬息が詰まる。どこへ行く気だ。女は僕に一礼すると、雪のように冷たい余韻を残して去って行った。なびくロングコートの白が目に残る。言い様のない孤独感が全身を襲った。
 ここで、終わるのか。


 窓に触れれば霞んだ粉雪も、手に取るようにはっきり見えて来る。
 小説家は女の席にある温もりに、冷えた指先を置いた。
 続きを、書かせてくれ。


 咳払い一つが館内に響く。僕の凍り付くように止まった手の甲に、女の手が重なった。髪をかき上げれば、この室内にも雪が舞う。
 「これでどうかしら。」
 机に置かれたのど飴。これを食べて喉の痛みを和らげろということか。そのためにマスクを外せと。それでは余りにも素朴過ぎる。期待外れの答えに落胆した。全く魅力を感じない。僕が溜め息をディスプレイにぶつけると、女は僕の頬に優しく触れてきた。
 「ねぇ、こっちを見て。」
 未だ雪残る髪を後ろに寄せ、女はのど飴を自分の口に入れる。麗しい唇に消えたミント。
 そして微笑んだ。


 再び近付いてくる女の顔。なるほど、そういうことか。


 女の行動はミステリー。
 マスクを外した小説家の行動は、それにも勝る真冬のミステリー。 















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