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ラノベを書くのってそんなに楽しいんですか? 作者:涼風てくの

ラノベを書くのってそんなに楽しいんですか?【一章】

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TALE#5 成り上がりのトランプ

「ツインテールって、微妙にキャラ被りしてる……」
 さっきから横のおさげ娘がぶつぶつと文句を垂れ流しつつも、俺たちは獣道(けものみち)を進んでいた。
 方角の概念がある上に、十六方位という親切心により、一応は何のトラブルもなく進んでいる。方角は身に着けていた腕時計により割り出すことができた。短針を太陽の方に向け、十二との中間が南、というやり方だ。天体の状況が違っていれば元も子も無いのだが。

 森を抜け、やがて見えてきたのは長大な貨物車。視界に入りきらぬほどの車両の数々が遠目で確認できる。
「列車の出発時刻を確認する必要がありますね」
「そうだな」
 カトレアの情報は曖昧な部分が多少なりともある。万が一、列車に乗り遅れでもしたら大変だ。
「そう言えば、どこで時刻を聞けばいいのでしょう」
「? そんなの駅舎じゃないのか? でも『次に修道院の金がなる時』みたいなことを言ってたから修道院に行ってみるのもいいのか」
「駅舎はともかく、修道院はどこにあるのかすら分かっていませんよね?」
「よくよく考えてみろ、王城も鉄道も規模が大きいとか言ってたからきっと修道院の金なんかもかなり目立つような感じで見えてくるはず……あれだ」

 俺は呆然と指をさす。
「で、でけえ……。小さい城ぐらいの規模はあるぞ」
「まあ、修道院と言えば修道士か修道女が暮らしているわけですから、そういうものもあるんじゃないんですか?」フィルが感慨深そうに言う。
 近くには村や里と思しきものは無く、世俗と隔離するようにしているのかもしれない。
 真っ白な城は、日を反射してとても眩しかった。

「一飯ぐらいは恵んでもらえるかなあ。ついでに旅の仲間も欲しいところだけど」
「訪ねる他はないでしょうけれどやはり、無償っていうのはどうなんでしょうね」
 扉の前に二人で立った後、もう一度、上目づかいで口を開いた。
「さ、この扉を開いてください。ここから始まるのですよ」
「それっぽい口調で話すなって」
 そう言って俺は目の前にある扉に向き直り、両手で押し開く。
「開けられるのですね。ヘタレじゃなくてよかった」
 ほっとしたように息を吐くフィル。ヘタレだったらどうしていたのだろう。

 ほどなくして俺は口を開く。
「なあ、」
「何でしょう」
「扉がでかすぎて、両手じゃどうしても開き切らないんだが」
「そもそも何で両手で開こうとしたんですか? 形式ばっか気にしているからそうなるんですよ」
「悪かったな」
 扉の重さに耐えかねてバイブレーションと化していた片手を離し、片方の扉だけを開く。

 扉を開きながら、声を掛けられた。
「あら、旅のお方ですか?」
 胸の十字架を光らせながら傍にいる、修道女の人からのようだった。
「はい、そうです」俺はそちらを向いて言う。
「そうですか。では、こちらへ」

 案内された修道院の内部は、窓から差し込む光によって煌々と照らされていた。頭上を見上げるとはるか遠くにあり、石造りの物々しい天井。壁とそれらが醸し出す雰囲気は俺が今まで経験してきたような建物とは別格だった。壁には火の消えたランプが垂れ下がり、(まばゆ)い朝日によって長い影を壁へと映していた。そこでは何人もの修道女の人たちがせわしなく働いていた。共同生活をしている人たちとあって、さぞ仲が良いのだろうと俺は思った。修道女の人たちは皆がみんな、黒の修道服を着ている。
 奥の方には礼拝堂らしきものや、工房などがちらと見えた。一つ上の階にはおびただしい数のドアがあり、移住空間か何かだろうと思われる。ここで暮らしているというその生活感が生々しく感じられるような気がした。
 そして、俺達はさらに修道院の奥へと案内される。案内された先の部屋の深紅の扉には様々な模様が描かれ、赤黒く光を放っている。その扉の部屋は数多くある棚が壁のようにそびえたっているせいか、小さめの部屋に感じられたが、想像以上の大きさがあった。部屋の中にはところどころに木箱が積まれている。さながら迷路のような部屋を奥に進み、抜けた先でテーブルが視界に入る。修道女の人に促され、席に着いた。木製の古めかしい椅子とテーブルだ。

「ええと、お二方はどちらからお越しなさったのですか?」
 何と答えるべきだろうか。
 そっぽを向いたフィルを一瞥してから俺が口を開く。
「……森です。すぐそこにある」
「も、森ですか? はあ」
 きょとんとしている修道女さんを置いて、俺が訪ねる。その時に彼女と目が合った。綺麗なオッドアイだ。今までに見たことのない俺は、いくらか感動を覚えていた。
「唐突なんですけれど、次にここの鐘がなる時っていつになりますか?」
「? それなら、食事の前のお祈りの時ですから、あと一時間ほどでしょうか」
 これはカトレアから聞いた情報と合致する。そう考えるとまだ少し時間があった。
「ああ、そうですか。少しお待ちくださいね」
 修道女さんは奥にある扉へと入っていった。

「凄く気の利く人だなあ。うちの一行に欲しい人材じゃないか」
「いえ、それは私の立ち位置です」
「そうなのか? お前はてっきりツンデレヒロインだと思っていたんだが」
「……ツンデレって何ですか? 御主人の顔の方が詰んでデレってますよ!」
 一体どんな顔だよ。
「大方ツンデレで間違いないだろって、痛っ!」
 思い切りひっぱたかれた俺は、取り敢えずの可能性を指摘して、
「もしかして魔法使い的なあれか?」
 しかしそれに言葉が返されることはなく、フィルは代わりに(うわ)の空で下手な口笛を吹いていた。

「お待たせしました」
 そこに先程の修道女さんが戻ってくる。両手にお盆を抱えていた。 
「ええと、なんかすみません」取り敢えずと言っては何だが、お礼を言う。
「いえいえ、大層なものではないですから」
 俺らの前に出された二つのお盆にはパン、それからトウモロコシの入ったスープが並んでいた。スープからは湯気が立ち上っており、香ばしいにおいがした。

「トウモロコシなんかの栽培も最近では盛んになりましたからねえ。トマト料理なんかも出回るようになったんですよね」修道女さんは積んである木箱をちらと見やった。
 横でフィルがもそもそと食べ始めていたので、俺もパンを手に取る。少し温かい。
「これからはどちらに行かれるんですか」
「王都、になるんですかね。近くの町と言ったら」
「ええ、王都ですか」修道女さんが怪訝そうに伺う。
「? その王都には城があるようですけど、そこの城って大きいんですよね? それっていつ出来上がったものなんですか?」
「あの王城は確か、私が子ど……二十数年前でしょうか」修道女さんは笑顔を取り繕って言う。
「いつから作られ始めたんですか?」
「百数十年前になるでしょうか」
「ひゃ、百……。じゃあ、あの鉄道も、ですか?」
「確かそうだったと思います。今の王家に移った時でしたので。出来上がるのも大体同じぐらい、だったようですね」
 つまるところ、ある程度は技術は発展しているのか。
 考えてるうちに再び、スープの香りが漂ってきた。

「何か気になるようなことでもありましたか?」
「いえ、特にはありません……」
 独り言のように言ってから、パンを口に頬張る。その時、遠くの方から獣の咆哮が聞こえてきた。はるか遠くの音のように思われたが、その声は確実に鼓膜を揺らしていた。
「それにしても、最近は特に被害が大きいんですよねえ」
 修道女さんがぽつりと言い、遠い窓の外に目を向けた。
「例の狼ですか?」
「ええ、まあ。最近では、夜な夜な現れて畑などを荒らしていくんです。中々対応策が見つからなくて」
「その狼っていうのは」どのくらいの大きさなのだろうか。俺は気になって聞いてみた。
「畑を荒らしているのは割と小さめのようなのですが」
「小さめって言うのは、」
「大きいのがいるんですよ。人一人を軽々と飲み込むほどの。どちらかというとそれの方が問題ではあるんですけれども。人食い狼なんてたまったものではありません」
「ひええ、」フィルは細々と叫んだ。

 やっぱこういうものは俺達で何とかするものなんだろうか、と思った。言っても今は完全に丸腰だが。
「狼さんの餌になるのは勘弁です……。私よりもご主人の方が美味しいとリークしておきましょう」
「お前、実はただくっついて来てるだけだろ」
「別にお守りするとは言っておりませんが」
 とりあえずその済ました顔が妙に腹立つ。
「その後は顔を立たせて、尊厳死ということに致しますよ」
 尊厳死ってなんだよ。
「けっ、連れがまな板の分際じゃ仕方ねえな。俺が代わりにかっこよく死ぬしかねえか」
 俺は幾分大儀そうに言い放った。
「ぐぅぅぅ……」
「まな板って便利ですよねえ」修道女さんが口を挟みこんだ。
「言われちょるッ!?」瞬間的に骨に衝撃が走る。
「おおっと、下から、」
「こんにちは」
 そこでは時代の最先端を行くやり取りが交わされていた。

「色々とありがとうございました」
 俺はしこたま叩き潰された体でお礼を言いつつ、頭を下げる。たんこぶでもできて無けりゃいいけど。
「いえいえ、当然のことですよ。あ、そう、」
 修道女さんは思い出したように部屋から飛び出していく。
「これを羽織っていってくださいな」
 そう言って二つ差し出されたのは、黒色のフード付きマントだった。
「王都に行かれるということですから」

 そうして門のところで別れたのだった。
 マントを目深にかぶった後、お次はいよいよ目的地に向かう鉄道に乗り込むのだが、隣のやつは始終だんまりだった。
 取り敢えず乗車するためには駅舎に向かう必要があった。出来るだけ見つかりやすいような建物。修道院正面の小道を少し行った所の大通りに出た瞬間から、それは目に飛び込んできた。とても自己主張の激しいカラフルな駅舎だった。その立地からも普通に目立つのだが、今は霧が多少かかっていたため、色がないと案外見分けがつかないのかも知れなかった。
 大通りにはいくつかの馬車や人が見えたが、通りは閑散としている印象だ。土が固められた地面ではあったが、閑散としているおかげか、砂埃が立っているような様子は皆無だ。

 数百メートル走ったところでようやく駅舎に着く。中に入って受付の人に金貨を二枚差し出す。そこに汽笛の音が聞こえてきた。
「金貨は一枚で構いませんよ」受付の人が多少、動揺しながら言う。
 そうしておつりらしきものが渡された後、二人は案内された車両へと入っていく。出発寸前だった。
 レオンハルト大鉄道――その中に入ってみると、それはそれは相当に広い車両だった。絢爛豪華(けんらんごうか)な装飾が施された車内は天井の高さからスケールが大きく、目測三メートル弱。おまけに幅も広く、四メートルを超えるぐらいだろうか。とても快適だ。車両の長さに関しては、さして長いという印象は受けなかったが。
 そして俺はこの列車にこれまた仰天させられ、狼狽が蓄積し始めていた。何と言ってもカーテン付きのベッド付きで、内装は高級感あふれる高級列車そのものだったからだ。どこぞの魔法映画で見たような片側が廊下になっていて、扉で出入りするような車両である。是非この光景は友達にでも自慢してみたいものだ。一生に一度乗るか乗らないかのレベルのヤバいやつだからな。いや、一度も乗らねえか。

「なんだかとんでもない列車のようですね」
 久しぶりに口を開いたフィルは、戦々恐々と言った様子で言った。それも仕方ないだろう。こんな列車だとは夢にも思っていなかったわけだし。
「ここか」そうして席に着いた。
「で、さっきのおつりはいくらだったんだ?」
「ええと、長方形の銀貨が十枚、それから同じく長方形の金貨が五枚。そして円手のひら大の銅貨が一枚ですね」
「それってどのくらいなんだろうな」
 さあ、とフィルが答えたところで修道院の鐘がなる。それに呼応するように、再び鉄道の汽笛がはるか遠くから聞こえてくる。
「一体どれだけ長い列車なんだろうなあ」
「先程駅の掲示板でちらりと目にしたのですが、大体五百両前後のようですよ」
「は?」一体今日だけで俺は何回驚かされるんだ。
 冷静に考えろ、仮に一両十メートルだったとしよう。それが五百両だって? そうしたら五千メートル、つまり五キロメートルだぞ?
「前の三百両ぐらいは貨物列車なのでしょう。混合列車とか言うんでしたっけ。そこで木材や鉱石、兵士などの運送をしているといったところでしょうか」
「兵士、ねえ」俺は朝方の会話を思い出していた。
「王都までは半日程度かかるようですし、一週間に一往復なら妥当かもしれません」
「妥当か。それにしても半日もあるんだよな。何もすることねえよなあ、」
 ふと、窓の外の風景に目を向ける。流れ出した風景では、辺り一面に畑が広がっていた。
「暇つぶし程度にでも、ほかの車両にでも行きますか」
「そうだな、おつりそこそこに余ったし、後ろの方の車両でも見に行くか」

 と言うのも、そこで先程から気になっていた、テーブルに置いてあるパンフレットのような物の所為である。
「やっぱり前三百両が貨物車になってるんだな。そして後ろが客車、と。客車の過半数は出店のようなもんか。そこで何か揃えないと」
「確かに丸腰では私のような美少女は襲われかねませんね。そもそも隣に変人がいるのですが」
「悪かったな」
 再び立ち上がりつつ、言い捨てる。
「ここが三百九十二号車だから、あと八両で店につくのか。しっかし、まったく揺れを感じないな。魔法でも使ってるのか?」
「実際、専属の魔法使いがいるそうですからね。乗り心地もいいってことです」
 魔法、ね。そろそろここの世界の魔法は、どの程度のものか気になってきていた。

「武器屋に、防具屋、魔法屋。それから鍛冶屋、書店、呉服屋、花屋に質屋、レストランなんかもあるぞ? もう言うのも疲れるぐらいの店数だな」
「数百両もあればそうなりますよ。それにしてもふっ」
 俺は突然振り返られたのでフィルとぶつかる。
「……何屋に行かれます?」
「あ、まだ勝手もわからないか……」
 そこが問題の一つ。カトレアからは随分と余分な量をいただいたようだが、使い道がないんじゃなあ。これからの展開に備えて金をためておく、っていう手もあるにはあるんだが。あまり面白くないし。
「あっ、」
「? どうしました?」フィルが背伸びをしてパンフレットを覗き込む。
「見ろ、四百七十七、八号車」
「………………? Casinoって、いやいや」
 来た。間違いない。ここからが俺の見せ所だ。カジノで圧倒的なチート能力を発揮して億万長者わっしょいする奴だろう。俺はそう確信した。その自信はどこから湧いたものか、というのはもはや重要ではないのである。
「これは行くしかない」
「え? ちょっと待って」
 戸惑うフィルをスルーしつつ、その車両を目指す。当たり前のことではあるが、店舗が入っているような車両には仕切りがなく、幾度も声をかけられた。この列車は高級列車のようだったので、客はもちろん大金持ち。だからここで売っているのだろうと察した。

 ようやくのこと、四百七十七号車に着き、ガラガラ、という音を立てて、ドアを開ける。その途端に中からの凄まじいまでの喧騒が耳に飛び込んできた。
 天井からはシャンデリアが吊り下がり、橙色の光を煌々と解き放って(まばゆ)い。
「うっわ、すげえな。これはかなり本格的な奴かも知れん」
「一体何だと思って来たんですか……」
 フィルが呆れて口ごもっていた、その時。正面から如何にも西部劇に出てきそうな男が立ち上がり、俺達はそいつに声をかけられた。

「おおン? ……兄ちゃんみてえな若い人間は珍しいんじゃねえかよぉ?」
 男は低い声で頭のテンガロンハットをいじりながら言う。ひどくしゃがれた声だった。
「そこでポーカーやるんだけどよお」語調をゆっくりにして、耳にまとわりつくように言われた。
「やって行くかあ?」
「……ああ、もちろんやるよ」
「そうじゃねえと始まらねえンだわ」
 この喧騒の中でもひときわ目立つように、男は盛大に笑って言った。フィルは少し後方でぽっかり口を開けていたに違いない。

 そして楕円形の緑色をした、やっぱり本格的なテーブルへと招かれる。傍にはギャラリーらしきものがいくらかいた。
「よおうこそ我が領地へ。歓迎するぜえ?」そしてギャラリー達が馬鹿騒ぎをする。
「でぇ、二人ともやんのか? おおン?」
「え、ええっと」
 フィルが戸惑いを声に滲ませる。
「いや、ここは俺一人がやろう」
「ええっ? でも、その、」
「いいじゃねえかよおう、おもしれえ」男は下種な笑みを浮かべた。
 続けざまに男は、
「んじゃ、カードを配ってくれえ。インディアンポーカーだ」とディーラーらしき人物に声を掛ける。
 インディアンポーカー、世界的に浸透している方のポーカーの形式。日本でよくやられるようなポーカーとは別種。
 ルールが完全には把握しきれていないゲームということに若干の焦りを感じてしまった。これからは心理戦だというのに。今更ルールの確認と言うわけにもいかないだろうな。

「チイィップはお互いに百五十枚ずつだ。先に所持数が零になった方の負けだぁ。わかるだるぉン?」
 時々混じる巻き舌に少しだけ腹が立つ。
「ああ」取り敢えずの空返事を返す。
 一発で決着がつくということもなさそうだし、やりながらルールの確認でもするとするか。

「おっっとおぅ、重要なことを忘れていたあンっ。もぉちろん、しょおぉうきんの話だぁっ!」男が手を広げて大声で叫んだ。
 周りのギャラリー達が一斉にざわめく。いつの間にかその数自体も増えていた。
「そしてこおぉんかいのぉ賞金はァ?」
 男は少しの間を置いた。俺はたかってきたギャラリーの面面を眺めてみる。俺が対峙しているような西部劇風の奴もいれば、貴族のような豪勢な服を着ている者もおり、色々とな層の人間がいた。男女比は男八の女二ぐらいだろう。
「金貨百枚だあぁっ!」
 と。その頃には車両全体がギャラリーと化し、それぞれがそれぞれに囃し立てていた。中でもその賞金の額は相当なもののようで、奇声を発するような者まで出てきた。二人分の乗客両で金貨一枚分にも満たないのだから、百枚ともなればとんでもない額だということは容易に想像がついた。
「じゃあ、始めようかァ」
 男は如何にもな雰囲気をまとわせ、手を組んだ。
「悪いがここは勝たせてもらうぜぇ」
「こっちだってただで負けるわけにはいかねえんだけどな」
 男はふん、と鼻を鳴らして、
「俺ぁここでずっとやってきてるんだ、一筋縄ではいかねぇからな」
「……構わない」
 ここで逃げ出すわけには勿論いかないわけだ。

 ゲームの参加は金貨を一枚差し出すことによって行われた。
まず、取り仕切る人物が、俺と男にカードを一枚ずつ、二枚配ったところで終了。
 テーブルの中央にはカードが裏向きに一、二、三、四、五枚並べられる。周囲の喧騒は完全に止み、空間が化学反応でも起こして凍り付いたかのような感覚を覚えた。先程までとは打って変わって完全なる静寂が訪れたため、気が遠くなっていた。
 このゲームではあらかじめ、五十枚の持ちチップをベットしてからのスタートである。残りのチップも五十枚。最低掛け金が五十枚なのだ。
 俺は自分に配られた二枚の裏返しになっているカードを、台から離さずに確認。台から離してはいけないというルールをうろ覚えで記憶していたためだが、果たして相手も同様なことをしていた。
 ただならぬ緊張感が全身を駆け巡る。ここで金貨を獲得できる、という上手い話に出会えたのはとんでもない僥倖だったろう。仮に負けてしまえば一枚を失うことになるのだが。

 男がカードを確認し終えた後、下種な笑みを張り付けたままに問い訪ねた。
「降りるか、乗るか」
 言い放ったその表情は、一瞬の油断も許しそうになかった。
「ポーカーフェイスかよ、」
「降りるか、乗るか」
 男は同じセリフを繰り返した。
「もちろん乗るさ。掛け金なし(チェック)、だ」
「俺も掛け金なし(チェック)
 相手の表情は変わらなかった。相手の手札は良いのか、悪いのか、全く見当もつかない。俺はかぶっていたマントを再び目深にかぶり直した。

 二巡目。テーブルの中央に伏せられていた五枚のカードのうち、三枚がめくられる。俺はそこから視線を移さずに先程確認した自分の手札を思い出す。額から冷汗が流れるのを感じた。
 自分が持っている手札と、テーブルの中にある五枚のカードとの組み合わせで役を作ることになる。選ぶと言っても自分の手札に加える、というわけではなく、自分の手札とテーブルのカードで役ができていれば良いのだ。
 返された三枚の札はそれぞれ、ハートの7、スペードの7、ダイヤの9。
 所持している札の中に「7」があればその時点でスリーカードとなる。その場合、残りの伏せられた二枚に「9」があるとフルハウス。勿論、俺自身の持っている中に「9」があってもフルハウスになる。

「ンな堅くしたって変わらねえぜぇ」
 男は嘲笑した。俯き気味のその表情は、半ばまでがテンガロンハットで覆われ、伺い知ることはなかった。
「堅くなってるように見えたんなら、俺の勝ちだ」
 虚勢だ。
「言ってくれるじゃねぇかよ?」
………………。
「そンで、乗るのか、降りるのか」
「勿論、乗るさ」
 俺は深く息を吸い込んだ。やるしかねえ、ギリギリを責めるしか。

持ちチップ全振り(オールイン)だ」
 残りのチップを中央に、全て差し出しながら、言う。
 ここで勝たなければ――。
「だ、大丈夫なんですかっ!?」横からフィルの悲痛そうな声が聞こえた。
「……ぉ面白いことしてくれンじゃねえかよお。相当に自信があるのかァ? 兄ィちゃん。それとも、」
 テンガロンをいじり、俯きながら呟く。
「ブラフか」
…………。
 ブラフ。大した役が揃っていなくても敢えて多額を掛けることで、強力な役を持っているかのように演出し、相手を降りるよう促す、いわば心理作戦だ。全額掛けるというそのリスクの高さ故、相手に与える心理的効果はかなり大きい。
 降りる場合は掛けていたチップが全て相手のものとなるため、相手である男が降りてくれれば五十枚のチップを手に入れることが出来る。素直に降りてくれれば気が楽だが。

「俺は――、」
 何だ。

「俺も、持ちチップ全振り(オールイン)だ」男は俯きを崩さずにそう言った。
 これを言われてはもう、気が気でない。

 俺達には同じ量のチップが与えられていた。最低五十枚を一回あたりに掛けることが条件。つまり、最低三回のチャンスがあったにもかかわらず、確実にこのターンで決着がつくこととなったと言うわけである。
「それでは、お二方とも自分の持ちチップを全て賭ける《オールイン》されましたので、ここで残りの二枚を開けさせていただきます」
 ディーラーさんがそう声掛けをしてから、カードに手を下す。
 めくられる時の一瞬は永遠に続くかのように感じられた。ここで全てが決するのだ。今までのやり取りが自然と思い出される。たった二人の、それでも交わされた様々なやり取り。そんなことを考えている内に、辺りからは酒の匂いが蔓延し、鼻を突いた。顔が真っ赤になっている奴なんかもいる。天井のシャンデリアや、騒がしいような模様のあしらわれた壁に、窓のない閉鎖的な空間、ここが列車なのだということはほとんど意識の外だ。あるいはもう既に目的地に着いているのではないか、そんな錯覚にとらわれる。
 鼓動が高鳴った。
 眩暈(めまい)がした。
 頭痛がした。
 耳鳴りもした。
 視界が曇った。
 その苦痛の渦中にいたせいだろうか、一瞬の間にひどく疲弊し、気分が悪くなった。そしてこのまま元の世界に戻ってしまうかもしれない。そんな思いが頭の中を支配していた。それは勿論、杞憂。

 しかし、気になるのだ。元の世界に戻ったらどうなるのか。いつ戻ることになるのか。まず戻ることはできるのか。逆にあの世界へと転移することはあるのか。直前の記憶がないのは何故なのか。俺以外に転移した奴はいるのか。この世界の時間軸は向こうの世界のものと同期しているのか。これからどう過ごして行けばいい。第一、何故転移させられた。何が俺を転移させた。元の世界の俺は失踪したことになっているのか。そもそも存在自体が消されているのか。そうやって記憶が絶たれて……転移する瞬間のほんの刹那程度の記憶が渦巻く。
 明日からはどうしよう。誰か仲間を探しに行くか。それならどんな仲間を増やして行こうか。どこへ向かって生きて行こうか。何の目的を持てばいいか。ただ無難に生きていくことはできるか。ハーレムでも築けば良いか。倒すべき敵は。それならどうやって倒せばいい。チート能力は持っているのか。持っていたとして、何の躊躇(ためら)いもなく、葛藤も無く、戦うことはできるか。明日の天気はどうだろう。晴れか。雨か。曇りか。雪か。嵐か。
 そして、

――いつ死ぬことになるか。

 そこで俺は現実に引き戻された。元の世界――の起床した後のベッドの上――ではなく、楕円の緑色(りょくしょく)テーブルへと。


 そう思った瞬間、ディーラーさんの美麗な手によって、スッ、とカードがめくられていた。
 さあ……そのカードは、

――ダイヤの8、クローバーの10。


 それから更に重なる沈黙の後、二人同時に二枚の手持ちカードを表向きにする。
 相手のカードはなんだ。そして俺のカードは。


 勝負は決した。その瞬間に。
「スリーカード」
「ストレート」

 そう、ストレート側の勝ちである。
Twitter→@suzukaze_tekuno
cont_access.php?citi_cont_id=423076696&s
+注意+
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