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シャイターン・ルキフェール兄弟についての考察 4

 ルキフェールが出て行ってから、しばらく。することもないので椅子に座って足をぶらぶらとさせていたのだが、手持ちぶさたになって部屋の中を見て回ることにした。

 部屋は食事のみに使われる部屋なのか、特に目を引くようなものはない。おとなしくしていろ、と言われた手前、部屋から出るのはためらわれた。

 約束を破れば、どんな嫌みを言われるかわかったものじゃない。


(ここ、どこなんだろう?私の屋敷、と言っていたからルキフェールの家に移動したんだとは思うけど。)


 アーシュの授業で魔界の地理については少し聞いていたが、7公爵の屋敷の場所までは聞いていなかった。

 私の視線は窓の外へと向かう。

 窓から顔を出し周囲を確認すると、どうやらこの部屋が高い塔の中程にある一室ということがわかった。

 窓からなので全景は見ることができないが、どうやら塔は深い森に囲まれているらしい。


(やっぱりここは城じゃない・・・まるで世間から離れた場所にいるみたい・・・。)


 隔離された・・・?

 今の状況を思えば、そうかも知れない。

 城は人の出入りが多いしから感染の可能性が広がってしまう。それに比べて、ここはとても静かだ。あの移動魔法陣があった部屋からこの部屋まで誰にも会わなかったし、耳をすませてみても人の気配が感じられない。

 仮にも公爵の屋敷、としては人気がなさ過ぎた。ルキフェールは自分の屋敷に向かうのだと言っていたが、もしかしたら屋敷がいくつかあってここは本宅ではないどこかなのかも知れない。


(仕方ない・・・か・)


 孤独は感じるものの、自分が感染源になってしまうよりはいいか、と考え直す。

 そして、ふと思いつく。

 ここにはもしかしたら、サタンもいるのではないか、と。

 待っていろ、と言ったのは、彼を連れてきてくれると言うことなのかも知れない。

 彼は医者で、なにより彼らは双子の兄弟なのだから。


 そう思うと、急に落ち着かない気分になってきた。

 なにしろサタンと最後に会っていた状況が悲惨すぎる。


(うわ・・・どうしよう。最初になんて言おう?)


 吐いちゃってごめんね、とか?

 いやいや、こんな言い方は直接的すぎる。


 汚いもの見せちゃってごめんね、とか?

 ・・・似たようなものか。


(ええーーーと・・・・。ん?)


 窓枠に肘をつき、悩む私の視界に、何か黒いものがうつった。

 森の木々の上空を、何かがこちらへ飛んでくるのだ。

 始めは小さな点だったそれが、次第に形を取り始める。どうやら黒い鳥のようだ。


(あれ?こっちへ来てる!?)


 それに気がつき、私は急いで窓を閉めた。


 アーシュに「危険だから城から出てはいけない」と、きつく言われていたのを思い出したのだ。

 お局様は魔王とはいえ、まだ12歳。地位はあっても、力や経験がない。

 城内で守られている時は良くても、城から一歩でも出れば覇権や利益を求める者達にいつ襲われてもおかしくない。そう教えられた。

 ましてや今は自分はたった一人。助けを呼ぼうにもルキフェールはどこかに行ってしまったし、近くに人のいる気配もない。

 自分で警戒するしかないのだ。


(あの鳥、ただの鳥じゃないかも知れない。森からわざわざ塔に、しかも私の所に向かってくる理由がわからない。)


 そう思い見ていると、やがてその鳥はやはりまっすぐ私のいる窓まで来て窓枠に留まった。

 金色の目をした黒い小鳥だ。

 私がじっと見ていると、その小鳥はクチバシで窓をつついてみせた。まるで、ここを開けろとでもいうように。

 だからといって開けるわけにもいかないので、私はおとなしく観察を続けた。ルキフェールの言いつけ通り・・・というのは少し癪だったが、問題を起こすわけにはいかない。慎重にならなければ。この身体は私だけの身体ではなく、お局様のものでもあるのだから。

 私の行動のせいで安易に危険にさらすわけにはいかないのだ。


 小鳥はしばらく窓をつつく動作を繰り返していたが、やがて諦めたのかどこかへ飛んで行ってしまった。

 あっけないほどに。


(んーー、考えすぎだった?)


 よく考えてみれば、ルキフェールに連れられて来たとはいえ、城の人たちには何も言わずに来てしまったのだ。

 お局様が城ではないこんな辺鄙な場所にいるだなんて、誰も知らないし、思わないだろう。

 それに、と部屋を見回す。ここはダイニングルーム。つまり食事をする場所だ。

 可能性は低いけれど、あの小鳥がこの部屋に何か食べ物があるのでは思っていたとか、そうでなければ誰かがエサを与えたことがあるのかも知れない。

 あの小鳥はエサをもらったことを覚えていて、または定期的にエサをもらっていて、窓をつついたのはエサの催促だったのかも知れない。


(小鳥さんに悪いことしちゃったかな。)


 もしかしたら、まだ近くにいるかも知れない、と窓を開けてみる。


 何を隠そう私は大の動物好きなのだ。

 幼い頃は獣医になろうと思っていたくらいだ。残念ながら成績がそれに見合わず、夢は夢のまま終わってしまったのだけれど・・・ううう。いや、頭悪いとかじゃないし!理系苦手とか言わないしっ!!(涙)


 あの小鳥は人がいるとわかっていて窓によって来た。おそらく人に慣れている。

 餌付けされているか、もともと人に飼われていたかどちらかだろう。

 そう言えば、と空腹感を覚えて時間を確認すると、常であればおやつを食べている時間だった。身体は意外に時間に正確だ。


「小鳥さん・・・いる?」


 そう言って、私は窓から首を出し辺りを見回した。

 その時、


「ぐっ!?」


 私は襟首を上から捕まれていた。

 部屋の中である後ろから、ではなく、上、から。

 そのまま引きずり出すように、その何者かは力を加えてきた。


(しまった!!)


 後悔先に立たず。


「離してっ!!」


 焦って振り仰げば、私の襟を掴む黒い腕が見えた。

 続いて、黒く長い髪と。

 そして、金色に光る瞳が。


 しかし、それを確認できたのはほんの一瞬だけだった。


 部屋の中からドアを開ける音が聞こえたとたんに、私の襟を掴んでいた相手はその手を離したからだ。


「え?」


 窓から身体を引きずり出されようとしていた私が、その手を離されたらどうなるか・・・。


(ひ、ひぃーーーっ!!落ちるーーー!!)


 子供の身体は頭部が非常に重い。

 加えて私は運動神経が悪い。

 つまり・・・。


 慌てて何かに摑まろうとした私だったけれど、そんな都合の良い物が窓の外にあるはずもなく、私の身体はまっさかさまに落下を始めた。


 ぎゃーーー!

 きつく目をつぶった私の足首を、間一髪誰かの腕が捕まえた。

 と、同時に肩と側頭部に激しい衝撃を感じた。壁にぶつかったのだ。


 痛みに朦朧としながらも、部屋の中に引き上げらる。ルキフェールが助けてくれたのだ。


「っ!怪我をしたのか!」


 そう言うと、彼は私をその場に横たえた。


「擦り傷程度・・・だな。」


 診てくれた彼が言うには、肩の打ち身と、頬・耳からわずかに出血があるそうだ。


「はぁ・・・まったく・・・。」


 呆れ、ため息混じりに首を振った彼に、私は謝った。


「へへ・・・ごめんなさい。」


 助かったことに安心して、思わず笑うと、彼は鬼の形相で振り向いた。


「この阿呆が!私は『おとなしくしていろ』と言わなかったか?」

「う・・・。」

「言ったな?そして、お前は『できる』と言った。なのになぜ窓から逃げようとしていた?」

「ち、違います!逃げようだなんて思ってませんよ!こんな窓から。私飛べるわけでもないし・・・。」

「じゃあ、なんだ。どうして窓から落ちるような羽目になったのだ。まさか病にかかったことを悲観して、死ぬつもりだったのではなかろうな?」

「まさか!今だってルキフェール様が助けてくれて感謝しているんです。・・・あ!・・・助けてくれてありがとうございました。」

「ふん・・・臣下として当然のことをしたまで。では、なんだ・・・何か他に言い訳でもあるのか?あるのなら言え。まぁ、どうせくだらない理由であろうが。」


 臣下だと思っていたんだ・・・と思ったのは私だけだろうか。

 ともかく、理由を言えと言うなら言ってやろう。このメガネめ!


「だだ、だって・・・その、暇だったの。待ってる間。それでね、部屋には何もないし、窓の外を見てたら、こ、小鳥さんがね・・・。」

「・・・・・・。」

「う・・・・・・。」


(ぜ、絶対零度だ・・・。)


 眼鏡の奥から睨めつけるアクアマリンにも似た薄い青色の瞳が、今は凍えるほどのアイスブルーに思えた。視線で人が凍るなら、私は今確実に凍っているだろう。

 いや、むしろこの場から逃れられるなら凍ってしまいたい!そのくらい彼の視線は冷たかった。ブルル。


「私は言い訳が嫌いだ。」

「・・・・・・。」


(おまえが自分で聞いたんだろーー!!)


 とは思ったが、もちろん言えない。

 私だってせっかく助かった命が惜しかった。

 とりあえず、さっきの話は彼の気分が落ち着いてからすることにして、むりやり話題を変えてみることにする。


「あの、サタンは?」

「サタン?」

「サタンを連れてきてくれたんじゃなかったんですか?」

「・・・誰がそんなことを言った?」

「いえ、誰も言ってませんけど。」

「そうであろうな。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」


 だーかーらーーー!

 目で語るのはやめて欲しい、と思う。凍るから!


「ふん。逃げたり死のうなどと思っていないのならそれで良い。」


そう言って、ルキフェールはまっすぐに私の目を見つめて言い聞かせる。


「良いか、お前は病気かも知れないが、それを私が見捨てるなどと思うな。私は魔界で一番優秀な医者でもある。私を侮るな。私を疑うな。私が請け負ったからには必ず治してやる。わかったか?」


私の不安を見抜いたルキフェールの言葉がグサリと突き刺さる。

そうか、私の、患者の不安は医者であるルキフェールのプライドをいたく傷つけてしまったらしい。

申し訳ないと、素直に頷く。


「はい。」

「ふん、それで良い。」


満足そうに、かつ横柄に彼は笑みを浮かべた。


「・・・そんなに会いたいのなら、サタンには明日、会わせてやろう。立てるか?」

「はい。」


(良かった。会えるんだ!)


 彼の差し出した手に摑まって立ち上がると、その顔を見上げて笑った。

 彼は少し眉を上げて見せたが、それだけで何も言わなかった。

 サタンと会う約束を取り付けることができて、少しは安心できた。やはり、サタンはこの塔のどこかにいるのだろう。

 たった一人で塔に隔離されるのは辛いけれど、知っている人が一緒なら心強い。ここを病院と思えばいいだけだ。うんうん。なんて前向きな私!

気を取り直した私の背中を押して、彼は促す。


「こちらへ来て座れ。私はこれをお前に作ってきてやったのだ。」

「サンドイッチ?ルキフェール様が作ったんですか?」

「そうだ。私が作った食事を食べられることを光栄に思うが良い。」


 テーブルの上にあったのは、サンドイッチとお茶の支度だった。

 どうやら彼はこれを用意するためにどこかへ行っていたらしい。わざわざ私のために作ってくれたなんて信じられない気もするけれど、彼が私に嘘をついてまで媚びを売るとも思えないから本当だろう。


(なんだかちょっと感動・・・このメガネが私のために!)


 と、感心したのもつかの間。


「ふっ・・・なんだ、チビには椅子が高かったか?どうやらおまえの足の長さが足りなかったようだな。」


(くぅーー短足だって言いたいのか!!性格悪ぅーーー!)


 椅子に座ろうとして、けれど届かなくて苦労している私を見て、彼はそれをわざわざ指摘したのだ。

背の高さが違うと言うことは、足の長さも違うわけで・・・。

 いや、成長期だから!

 これからですから!

まだまだ伸びるんだからねっ!

 あれ?でも冷静に考えてみると、成長した私も身長160センチで止まったのだ。日本では標準だったけれど、なにしろ魔界人は背が高い。

種族で違うにしろ、お城の侍女達は平均180センチくらい。城内に男性は見当たらないのでわからないけれど、ルキフェールやアーシュは2メートル以上。

となると、成長したところで彼らからすればチビのまま、ってこと?むむっ!魔王として、魔界全土のイス足の長さの変更を希望してやる!!

 そういえばどこかで聞いたけれど、世界的に見ても日本人は短足、ってホントなんだろうか・・・。だとしたら短足ってことに反論できない。私、純日本人だもの。・・・へこむわぁ。

 それでも、これだけは言っておかねば、と口を開く。


「チビチビって言いけますけど、ホントの私はれっきとした大人の女!なんですから。」

「ふん、そうなのか?」


 そんな私を鼻で笑って馬鹿にしながらも、彼は私の両脇に腕を差し込んで椅子に座るのを助けてくれた。

 口さえ開かなければ、良いところはある。


 ぐううーーー。


「!!・・・・・・。」

「・・・・・・ぷっ。」


 静かな部屋に響いたのは、私のお腹の音。

 彼は自分の鼻先に手を当てると、嫌みな笑い方で顔を伏せた。

 ひとしきり笑った後で彼はこう付け加える。


「よく食べて、早くお前の言う『大人の女』とやらになるのだな。くくくっ。」


 きぃーーー!むかつくーーーっ!!


 頭に来て、どう言って貶してやろうかとサンドイッチを頬張ってみた・・・が、私が作るサンドイッチより余程おいしくて、文句のつけようがなかった。



 く、くく、くやしーーーーっ!!

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