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アエーシュモー・ダエーワについての考察 2

「・・・ホントはなんだかわかんないけど、なんとなくわかったことにします。」



 落ち着く場所で話が聞きたい、と言う私の訴えで、あれから別の一室に通された。


 ぞろぞろと歩くフードを被った神官集団はそろって大柄で、巨人のように見えた。まさが全員ついてくるわけでは、と不安になったが幸い途中で人数を減らし、応接用のソファに座るのは私以外の6人と給仕係らしいメイドの女性が2人に絞られていた。

 そこで一通りの説明を受けたのだ。

 ・・・が!



「ちょっと君たちそこに座って下さい!」



 突然立ち上がり絨毯を指さした私に、優雅に応接ソファに座っていた面々が身構えた。



「聞こえなかった!?正座して、って言ってるんです!」



 怒りの波動にガラスが震えるような音を立てた。

 とたんにそそくさと横並びに正座した巨人のような6人を見下ろして、私は拳を握りしめた。



「ようこそ魔界へ、じゃないでしょ!あのねえ。本人の意志を無視して連れ去ること、なんて言うか知ってる?誘拐ですよ?誘拐。これって犯罪なんです。わかります?」


「・・い。」



 すると右端の男・・・スタントマン(仮)が小さく返事をした。



「声が小さい!」


「はいっ。」



 うつむき肩をふるわせている様子は、少しは反省しているようでもある。

 しかし、まだまだ反省が足りない。



「そのうえ、何?誘拐目的は魔界の子孫繁栄のためです、とか言っちゃって。頼む相手間違ってるんじゃないんですか?」



 自慢じゃないが、私はこの年になっても男性と深くお付き合いをしたことがない。ある意味で奇跡と呼ばれる女だ。つまり・・・言いたくはないが、れっきとした処女なのだ。

 私を選ぶなんて、明らかな人選ミス。子孫繁栄を願うなら、ギネスに載っている子だくさんママに聞いてきたほうがよっぽどいいに違いない。



「い、いえ。そんなことは!」


「口を挟まない!」


「げふっ。」



 顔を上げかけたスタントマン(仮)の頭をはたくと、男の顔が床に激突した。

 こんな時にまで・・・見上げたプロ意識だ。



「それに・・・それに!何で私がこんな幼児体型にならなきゃいけないの!?」



 そうなのだ。

 鏡を見れば、唯一の自慢だったFカップの胸も、くびれも無い寸胴体型。気付けばなぜか、身長120センチ、12歳当時の身体に戻ってしまっていたのだ。

 どうりで周りが巨人に見えるわけだ。



(すまぬのぅ。そなたの助けを求める声が聞こえたゆえ、こちらに引っ張ったのは妾じゃ。妾から詫びよう。身体の件にしても同じこと。こ奴らのせいではいないぞ?)


 頭の中で声がする。

 時々補足するように話しかけてくるその声は、女性で、なんと「お局様」という名前らしい。

 なんて、不憫な!

 そんなとんでもない名前をつけた親は恨んでいいよ!うん、うん。


 そして「お局様」はこの魔界で王様にあたる立場だそうで(つまり魔王ってやつね)、ちょうど人間を呼び寄せようと探していたところに私の必死の呼びかけが聞こえて、私をこの世界に召喚する儀式を行ったのだと言う。


 召喚と言ってもただ単に移動させれば良いというものではないそうだ。人間をそのまま魔界に呼び寄せると、体が魔界に適応できずすぐに死んでしまうらしい。そこで、暫定的な処置として、お局様の内部に(内部って!?)召喚することにしたのだそうだ。外見がお局様の姿ではなくなぜ私の姿、しかも12歳程度なのかはわからないが、聞けばお局様は12歳。これは予想だが、お局様の内部とやらに召喚された私は、宿主のお局様の実年齢に引きずられて12歳当時の身体に戻ってしまったのだろう。


(ええ、覚えてますよ。死に際に自分が叫んだ言葉が『お局様!』だったってことは…もっと他になかったのか、私!)


(ほぅ?妾を呼んだのではなかったのか。)


(うん、何て言うか…向こうでは私がお局様だったって言うか。それが嫌で魂の叫びがつい口から出た、みたいな?)


(ふむ。それは悪いことをしたのう。)


 召喚したのがお局様だとしたら、確かに悪いのはお局様かも知れない・・・でも、お局様を責めることはできない!

 お局様は私の呼びかけに答えてくれたのだと言うし、それを言われたら呼んだ(いや、お局様って叫んだだけで正確には呼んでいないのだけれど)私も悪いということになる。


 それにしても、12歳のいたいけな少女に、「子孫繁栄」なんて問題を解決させようなんて、彼女の周りの大人たちってどういう脳みそしてんの!って思う。日本だったら彼女はまだ小学六年生だ。いくら彼女が魔王だからって、小学生にそんな世界規模(魔界規模?)の無理難題押しつけるとか無茶ぶりすぎる。


 きっと、お局様には誘拐という犯罪を犯してまで解決しなくちゃならない事情があったんだね。

 彼女と私はいうなれば「お局様」という同志だもの!同じ痛みを分かり合える彼女を、どうして責められるかっていうんだ。


 よし、ここは女同士。同じお局様同士。

 笑って水に流そうじゃないか!


「しょうがないですね。お局様に免じてこのくらいにしてあげます。そのかわり!ちゃんと元の場所に帰してくださいよね。」


 仁王立ちしながらニッコリ笑った私だったけれど、そんな私に爆弾を落としたのはなんとお局様その人だった。


(ふむ。そなたが妾を呼んだのが誤解であれば、残念じゃが人間界に還さなくてはのぅ。元の場所に、魔界に来る前の時間に送ろうぞ。)


「それはもちろ・・・ん・・・?」


 満面の笑みで答えかけて、ふと気づく。

 ここに来る前の、元の場所・・・。


「・・・・・・。」

(・・・・・・。)


 ・・・思考一時停止。


「そ・・・そんな・・・・。」


 ガックリと膝をつき、呆然としてしまう。


 ここに来る前にいた場所は、踏切の中。

 しかも・・・。


(帰ったらバラバラ死体じゃないかーーっ!!)


 帰ったら即死亡。

 誘拐どころか、むしろ、こちらに来ることで命を救われたのだ。

 それに元の世界に帰れば、困るのは自分が死んでしまうことだけじゃない。私だって立派な社会人だから、それなりの知識はある。

 電車に人がはねられた事故の後始末は大変なものらしい。つまり、スプラッタで・・・。それを放置するわけにはいかないから、バラバラに散った遺体を回収しなければならないし、血がついたかも知れない電車の車両だって誰かが掃除しなくちゃならない。それを思うと鉄道会社の人たちや警察の人たちに申し訳ない。おまけに、残された家族には一千万円以上の請求が求められると聞いたこともある。

 自分が死ぬばかりじゃなく、世間のみなさまや家族にまで迷惑をかけることになるのに、戻ろうなんて思うものか。


「うっ・・・。」


 思わず涙がこぼれた。


(まさか、こんな風に人生が終わるなんて。)


 うなだれた私の肩に、誰かが優しく触れた。

 スタントマン(仮)だ。

 初めて明るいところでちゃんと顔を見た気がする。


(・・・び、美形だ!)


 本物の美形を初めて見た衝撃で、涙は止まった。

 柔らかそうな黒髪が覆う顔は、まさに芸能人も真っ青の美しさ。そう。かっこいい、じゃなくて、美しい、というレベル。長いまつげに覆われた赤い目がわずかに潤んで、なんというか・・・フェロモン垂れ流し、と言う感じ。

 しかし、相変わらず鼻血もたれながされている。


(そこは拭けよっ!)


 鼻血があっても美形だし、まったくすばらしいプロ魂だが、今は鼻血は遠慮してもらいたかった。特にこんなシリアスな場面では!


 そんな彼は私の涙をそっとぬぐうと、慈愛に満ちた表情で言った。


「大丈夫です。何も心配することはありません。お局様。」

「・・・。」


 私は無言で彼の喉に手刀を打ち込んでやった。しかも正面から!

 彼は言葉もなく白目をむくと、ぱったりと倒れ動かなくなった。


「はぁ・・・疲れちゃった。」


 徹夜明けでもこんなに倦怠感はないだろう、というくらい疲れていた。


 元の世界には帰れない。

 行く当てもない。

 ここを放り出されても、右も左もわからない。

 となれば、どうやらこちらでお世話になるしかなさそうだ。


(心配せずとも妾がおる。これでも王ぞ?そなたのことは守ってみせる。さぁ、疲れたのなら妾の部屋に行こうぞ?そなたには休養が必要じゃ。)


「うん。」


 考えてみれば、一週間の仕事が終わってそのまま宴会。疲れた身体で浴びるほど飲んだのだ。確かに休養が必要だ。


「みなさん。今日は休むので部屋に戻ります。」


 そう言って背を向けようとすると、制止の声がかかった。


「お待ちください。お荷物を!」


 そう言ったのは隅に控えていたメイドだった。

 抱えているのは、パンプスとショルダーバッグと大きな紙袋。もらったはずの花束は見あたらないので、魔界に来るときに無くなってしまったのかも知れない。


「あ。ありがとうございます。」


 受け取ろうと手を伸ばすと、そこに割り込むようにして誰かの腕が荷物をさらっていった。


「私がお持ちします。」


 またスタントマン(仮)だ。

 さっきまでひっくり返っていたのに、驚異の回復力だ。


(はっ!?まさかあれも演技だった!?)


 白目をむいて倒れたのはとてもリアルだったのに・・・さすがだ。


「こ、これはいいです。」


 パンプスとショルダーバッグはともかく、紙袋は中身が中身だけに男の人に持たせるのは気が引けた。だって・・・ねぇ?中身は所有権を放棄したいほどの大量の過激下着なんだもの。

 受け取ろうと紙袋を持ったのだが、彼は離そうとしない。


「お持ちいたします。」

「これはいいんです。」

「お部屋までは距離がありますので、私が。」

「いえ、軽いので大丈夫です。」

「そう遠慮なさらずに。」

「いえいえ、遠慮じゃなくてですね。」


 言い合いをしながらも2人とも紙袋から手を離そうとはしなかった。

 右へ、左へ、右へ、左へ。


「ちょ、ちょっと離してください!」

「いいえ、これは私がぜひ!」

「離せ!」

「とんでもない。」

「離せーーっ!!」


 メイド2人の首も、紙袋の行方を追って左右に動く。

 押し問答を繰り返す二人の間を、右へ左へ、右左右左。

 そして・・・。


「うぎゃー!!」

「ああっ!」


 とうとう負荷に耐えきれずに紙袋がはじけ飛んだ。

 勢いで中身が飛び散り、メイドや正座をしたままの神官達にも降り注いだ。


「・・・・・・。」

「・・・・・・。」


 一同まるで時間が止まったかのように微動だにしなかった。


 赤い紐パンに黒いエナメルの三角ブラ。ショッキングピンクのスケスケベビードールに白いレースのTバッグ。下着メーカー社員一同の愛と悪意・・・いや、悪戯心が詰まった品々がこれでもかと散らばっている。


「はっ!」


 一番に気を取り直したのは、中身を知っていた私だった。

 慌てて散らばった下着達をかき集め始める。


「これは・・・。」

「ぎゃー!返してー!」


 神官その2が拾い上げたガーターベルトをひったくる。


「まあ。この柄は・・・。」

「ひい!ダメダメ!」


 神官その3が眺めていたヘビ柄上下セットを取り返す。

 その間に神官その4のつぶやきが聞こえた。


「こういったご趣味でしたか。」

「ちちち違うっ!!こ、これはね・・・。」


 はたと見回せば、全員の視線が痛いほど私に集中していた。


「うっ・・・。」


 穴があったら入り・・・いや、なくても掘って、いっそ地球の裏側まで行ってしまいたいほど恥ずかしかった。ああ、地球じゃなかった。そういえば。うう・・・。


 おのれタコ課長!!

 祟ってやる!呪ってやる!!

 私に暴言を吐いたばかりか、このような仕打ちをー!!

 選んだのはみんなかも知れないが、こうなったら上司の責任だ。

 恨みたかったら管理職になった自分を恨め。

 わーっはっは・・・。


 ・・・ん、まてよ?袋が破けたのは、なんでだった?

 って、悪いのはこいつだっ!


(紙袋を手放さなかった君が悪いんだーっ!)


 私は手に下着を抱えたまま、渾身の力で人生初の回し蹴りを決めた。


 もちろん、スタントマン(仮)に。






 窓を突き破って外に落ちた彼のすばらしい運動神経と演技力に免じて、他の人たちには何もせずにおとなしく部屋に戻ることにした。


(ふう、私って寛大!)

(うむ。エリカは本当に優しいな。さ、眠ろうぞ。妾も疲れたようじゃ。)


 こうして魔界1日目の夜は更けていった。

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