棗がいなくなってもまだ、胸がドクドク言っていた。
いきなりの棗の声だったからか、……それに突然の『おはよう』だったからか。…不意打ち。どっちにしろ、俺は少なくとも棗を意識し始めている。
「悩んだ結果か?」
集中力は完全に途絶えてしまったようだ。俺はシャープペンを置いて、背中を背もたれにつけ、震える手を目の上に乗っけた。
これは、好きって感覚? ……そんなわけねぇよな。真琴を好きだったときのことを思い出せ。
苦しくて、悲しい? 好きだけど、嫌い。近づけない。遠ざけることもできない微妙な位置距離。この感覚が嫌いで、俺は違う女の子と付き合って、別れたんだ。
「でも、……あれは普通の恋愛じゃなかった」
レイプまがい。裏切り。どろどろぬまぬまの三角関係。
まんま昼ドラ。
あのまま真琴に恋愛感情を持ち続けてたら、いつか死人でもでるんじゃない? みたいな感じ。
「俺ってもしかして、一生『普通の恋』ってできないのか?」
「できねぇんじゃねぇの」
俺の密かな問いに答える、空気にまじれた声。俺は手を目のところにやったまま、目を見開いた。
「即答かよ」
悟られぬよう、俺はクールに返す。
「ここで答え遅れたらお前、俺の事好きになれねぇだろ」
「……」
「救い」
何が救いだよ。よけいなお世話だ。
「好きだ」
救いの次に告白か。
「……お前、俺を困らすのが相当上手いんだな」
鼻で深呼吸すると、全身の力が抜けた気がした。
「俺、お前の事苦手なんだよ」
「嫌いじゃなくてか?」
『コイツが俺のこと好きなら、俺の全てを受け入れてくれてる筈』。なんて変なこと思っちゃった自分がいた。
「俺、…。っ……」
軽く、あの辛い昔話しでもしようか。俺は言葉に詰まってしまった。
「……なんだよ?」
当たり前の如く、食いついてきた。
指の間から見える棗の顔に、俺は全てを託してみようと思った。
話しを聞いて諦めてくれるならそれでいい。
ただ、弱味を握られるのは怖い。俺には今それ以上に怖いものはない。
それでも……。
「っ、俺、昔レイプされかけた事あんだよ」
棗を試すかのように、俺は昔話しを話し始める。
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