第一章 決断の第一手
この駅前の切符売り場の隣にはキヨスクと宝くじ売り場が並んでいる。沢山の人々が順番を待って並んでいる。かなりの人気店だ。こんなに客が並ぶなんて、ひょっとしたらさっきの競艇ですった男たちが宝くじに一縷の望みを掛けているのではないだろうか。そんな風にも思えてくる。
「一生懸命、一体何を見てるんすか? あっ、分かった! かわいいねえちゃんを見つけたんっしょ」
『どこどこ?』と中村は首を忙しく回した。ガラが悪すぎてチンピラが騒いでいるようにしか見えないが、本人は至っては真面目に探しているから手に負えない。
中村は『おっさんばっかし……』、と恨めしげな眼差しを俺に送った。
「女なんて宝くじ売り場のおばちゃんしかいないじゃないすか! しかもあれ、おばあちゃんに限りなく近いっす」
「ちょっと待ってよ。女なんて言ってないよ」
「まさか宝くじ売り場っすか?」
頭を掻いた。まぁ、でも、そうなんだけどさ……。
「ていうか、そんなもんに金使うなら飲みにいきましょって」
「なんでそうなるんだよー。まぁちょっと待てって」
中村は売店に並ぶ男のことを俺に向かって、こそこそと『あれ見て下さいよ。あの寂しいおっちゃんらの姿! 競艇に破れて最後は神頼み。ああなったら駄目駄目』と耳打ちしながら笑った。
「まいったなぁ。宝くじじゃないってば」
「じゃ、なんすか。早く行きましょうよ」
中村はさっさと帰りたいらしい。まるで中村自身の体をここに置いたまま、足はすでに切符売り場に向かっているようだ。
「まぁ待てって。そこをなんとか。な?」
「ええ?! もうー、仕方ないっすねぇ。早くして下さいよっ」
全く偉そうなんだよなぁ。
売店に並ぶおっさんの列に注目だ。中村に見送られて、俺は前に歩く。あ、ちょうどいい感じの人間がいたよ。やり込んでそうだしさ。あのおっさんにしよう。
俺は宝くじ売り場に並ぶおっさん一人に話しかけた。
「こんちはっ。今回どうです?」
声をかけたのは、丸っこくて、小さい頭の禿げたおっさんだ。いかにも手慣れた様子だ。耳にペンをひっかけて手にマークシートを持っている。ナンバーズの4だな。
「ここだけの話、今週の8の出方はすごかったですよね」
「そうなんだよなぁ、もうこんな8ばっか出てきたら、悩むよ。でも、もうそろそろ流れが変わる頃だと思うんだよ」
『うんうん、分かります』と相槌を頻繁にうってみる。
「しっかし、やり込んだらおもしろいですよね」
「うんうん。宝くじよかこっちのがオレは絶対いいよ」
『ほらね』と俺は中村の肩を抱いた。
「あんたやってないのかい? やってみなよ、面白いから」
どうやらおっさんの順番が来たようだ。ここの宝くじ売り場に座るおばさんは無表情らしい。黙々と手続きをこなす。作業終わったらしく、おっさんは売店前の列から出てきた。
「結局どうしました?」
「もう1日引っ張ることにしたよ」
『そうですか。当たったらいいですね』と話すと、おっさんは首を縦に振りながら『うんうん』と笑顔を返した。
『兄ちゃんも頑張れよ』、と中村に顔を向けた。
たぶん中村がさっきから無言のままだったから、おっさんは気を使ったんだな。いい人に声をかけてよかったよ、俺。
そのままおっさんは機嫌良さげに手をぷらぷらと振って去っていった。改札のおっさんを黙って見送る。そんな中、中村はじっとおっさんの背中を口をポカンと開けたまま見ていた。
当たればタンス預金を取り戻せるかもしれない。
「ナンバーズって宝くじと違うんすか?」
「中村、お前もしかして、やったことないわけ? ------」
------日本で販売している数字選択式宝くじのひとつで、購入者が数字を自由に選択できる、これがナンバーズの正体なんだ。宝くじと違って、購入者は受身にならない。完全に購入者の意思で数字を決めることができるんだ。自分しだいなのが売りなんだよな、と話した。
口が半開きだが目が輝いている。分かりやすいのがこいつの憎めないところに違いない。
『俺、やってみるっす』とニコニコ笑って宝くじ売り場に走っていった。残り少ないらしい自身の金、二百円を持って走る姿は夜店のガキだ。思い立ったが吉日らしい。俺は腕を組みながら様子見をみた。売店のおばちゃんの前まできたな。何を固まってんだ。早く書けよ。中村の腕はさっきから全く動かない。しばらくすると、中村はクルリときびすを返して帰ってきた。
どうやら、結局中村は店で申込用紙をもらっただけだったらしい。中村は俺にナンバーズ4のマークシートを手渡した。
「なんだよ。やらなかったわけ?」
「だって山さんセットだのボックスだのあるなんて言わなかったじゃないすか」
むくれてるよ。あーあぁ。いかついなりして恥ずかしい奴だ。中村はこんな恥ずかしい男なのに、こう見えてなぜか女に人気がある。見た目も中身もどこに魅力があるのか分からない。このギャップが女にウケているのだろうか。中村本人はモテないって言ってるけど、俺にはそんな風には全く見えない。女ってやつは全く訳が分からない。
「はいはい。すまん、すまん。説明してやるからさ。ちょっと付き合ってよ」
俺と中村は宝くじ売り場からそのまま改札口を通り過ぎ、同駅敷地内に存在する書店に入った。競艇場が近隣に存在するからか、競艇関係の雑誌類もかなり取り揃えている。ぱらぱら雑誌を捲りながら会話を続ける。
「中村が言うのは申し込みタイプってやつだよ------」
------数字の書き込む箱が4つあるだろ? この4つの数字が抽選数字と完全に当たっているのがストレートになる。配当金は90万円から120万円。宝くじでさ、数字はあってるのに並び順があってないっていう悔しい思いをするだろ? でもナンバーズなら、配当金がもらえるんだよな。これがボックス。これは3万円から15万円の配当金。最後にセット。これは、ストレートとボックスの半分ずつの申込のこと。ストレートの半額とボックスの半額が配当になる。確率は一万分の一、ちょっとすごいだろ?
ここまで説明を述べた。中村にしては長い説明に着いてきている。いつも飽きだすのに珍しい。
「この継続って何すか? よく娘の誕生日数字書き続けるおっさんがいるらしいけど、それがこれっすか?」
『アハハ。まさにそれ』と答えた。分かってないかもしれないけどな。まぁ遠くないからいいだろ。
「そんな当たるんならロトにでもしよっかな。俺ってばギャンブラー?」
ロトシックスのキャリーオーバーのことだと俺はすぐに分かった。ロト6には、当せん者が出なかった等級があった場合や当せん金額が最高額を超えた場合、次回抽せん分の1等当せん金にキャリーオーバーされるシステムが導入されているからだ。キャリーオーバーが発生している際の一等の当せん金額は最高四億円である。出ていないときの見込み当選額でさえ一億円になるのだ。
「でもさ。普通金がないならナンバーズだよな?------」
------ナンバーズ4の数字の組みあわせが10,000通りあるのに対してロト6は6,096,454通り。凄い差だろ? と説明を再開する。
「すげー違いっすね? 609万ってなんすかその差は」
「ちょっとした小遣い稼ぎにはなると思わね? それに------」
------一等はもちろん数字が全部あってなきゃならないだろ? ここだけの話、しょせん俺達は庶民なんだし、ナンバーズ辺りを攻めるほうがさ、当たる確率が良くて、ある程度賞金も高い方から楽しいよ、と中村の方に俺は顔を向けた。
『しゃべってたら、猛烈にやりたくなってきたっす』と中村はこぶしを楽しげに握っている。
「攻略本でも立ち読みして帰ろうかなあ、俺」
あくまで立ち読みなのが悲しいところだろう。むしろ立ち読みしかしないから始末に負えない。中村は、きょろきょろと店内を見渡した。
「ないっ。ないっ。ないっすぅ!!」
だぁからお前は恥ずかしいんだよ。声がデカいっつうの。
「一緒にやってやろうか?」
「マジで? やった!!」
「くじ代は貸さねーぞ」
「今日はケチっすね。男がすたりますよ」
猛烈に言い返したい。が、情けない俺は言葉に詰まってしまう。くじ代まで奢ってなるものか。モヤモヤとした怒りを俺はまたしても、飲み込んでしまった。
「絶対ケチだ」
「まぁまぁ。共同購入のが確率あがるんだからさ。よろしく頼むよ」
なぁんで俺がよろしく頼まなきゃなんねえんだって。俺は馬鹿じゃないか?
「だってボクお金ないですもん」
いかつい顔してかわいくねえんだよっつうの。
「そこをなんとかさっ。じゃあ、給料日まで待つしさ。5万円ずつな」
俺達はそれから書店を離れ、電車で帰路につくことにした。競艇帰りの客が多いのだろう、日曜日というのに電車の利用客は少なくはなかった。おっさん三人に女は一人の割合である。暑苦しいのはきっとそのせいだ。人ごみにまぎれながら、ここまで説明を続けていた甲斐があったのか、中村の理解は少し進んでいた。
「傾向があるんすね」
中村は携帯でナンバーズの当選番号履歴を見せてきたので覗き込む。
「8が出るのは今週の傾向みたいだな」
「そっすね。でも昨日は違いましたよ」
「何番だった?」
電車の入口付近の壁にもたれて中村は携帯を操作しつつ、携帯画面を覗き込んだ。
「1237……」
「その前はなに?」
「0368スね」
3か5が来るんじゃないかと俺達は山をはった。
電車の窓から見慣れた風景が目に入り始めた。中村のアパートの場所は俺の最寄り駅の隣駅の一帯だ。今日は中村の最寄り駅が先にくることになっている。
「毎週一回はダブルって必ずきそうじゃないすか?」
やる気になってきたのか中村のテンションは高くなっている。
「でもトリプルかもしんねぇぞ」
小首を傾げながら中村は『一緒に5万ずつ出すんだから資金はあるんすよね』と言った。
「まあそうなるな」
「継続とか?」
「うん、それもいいけど。どう数字が動くか分からないだろ?」
「作戦会議でもやりましょうよ」
「いいな。それ」
とうとう中村の最寄り駅が来たようだ。名残惜しげにちらりと俺を見る。犬っころみたいなところがあるよな。こういう所が女に受けているのかな。
「また連絡すっから」
電車の扉が独特の空気音と共に左右に開いた。
「はい、待ってまぁす」
中村は手を振って去っていった。
おもしろくなってきた。ここでひとやま、是非とも当てたい。
電車はそのまま次の駅に到着した。俺は電車を降りた後、にぎやかすぎて虚しくなる駅の構内を抜け外の世界へ出た。
駅からは徒歩になる。黙々と足を運んでいく。歩くと変に感傷的な気分になることがあるが、今日の俺はそれなのかもしれない。俺は昔のことを思い出していた。
俺のオヤジと中村のオヤジは仲がよかったらしい。いわゆる賭博仲間でもあった。俺のオヤジはとんでもない奴で、せっかく博打で当てた金を飲みに使ったり、人にあげたりしてしまうのだ。当たる時は打てば響く程当たるくせに、ハズレりゃ底がない。馬鹿なのだ。
身内に散々苦労をさせて最後は自分だけ早く逝っちまった。お袋が当時オヤジの借金返済にどれだけ恐々としていたものか……。経験したものでないと、それはわかりはしないのだ。
俺のオヤジも俺をかなり可愛がってくれたが、中村のオヤジは、もしかしたら自分の息子より俺の方を気にかけていたのではないかと錯覚を起こしそうなぐらいだった。ただ二人して馬鹿なので、ろくでもないことばかりに愛情をかけてくれた気がする。放っておかれた中村の方がよっぽどまともな育ちをしていたのではないだろうか。
お袋が毎日働きづめに働くのを見て、俺はオヤジを憎んだ。そして、俺を見てはオヤジに似てるとお袋は言って俺を怒らせた。
『オヤジのようにはならない』と言う俺の顔をお袋が何故寂しそうな顔をしてみていたのか、今でも俺にはそれが分からないままだ。
薄暗いボロアパートが見えてきた。一見さんには入るだけでも薄気味悪い代物だ。そこだけ時代において行かれたように新しくならない。古き良きものではない。その空間だけ黒く歪んでいるような気さえする。
ちょっと恥ずかしいっちゃ恥ずかしいんだよな。実は俺の城はこのボロアパートなんだ。もっとピカピカな豪華マンションとかなら恥ずかしくないんだけどさ。男一人が寝に帰るだけの場所じゃん? 別に金かける程のことはないと思わねー? ぐだぐだ煩いって? あんたってケチだねー。そんなこと言ってるからモテないんだよ。
俺はその入り口に足を踏み入れる。なんだかんだ言っても、俺のアパートであることも、俺が現在落ち着ける場所がそこであることも確かなんだ。
足を踏み入れると、廊下は大袈裟に悲鳴をあげた。いかにもボロいルックスのこのアパートは歩くだけできしむという付録つきだ。階段を上がると俺の部屋が両手を開けて待っている、はずだった。
人影だ。ひょろっとした細長い人影が見える。灰色のトレーナー上下にセッタ姿が異様にボロアパートにマッチしている。
「お疲れさん」
大家か。お化けのがまだまっしだったよ。そうか。家賃代の日じゃないか。萌の鞄に競艇の掛け金……。それに貧乏神中村の顔まで拝んでしまった。
今日のとどめはこれだったのか……。どんだけ俺に払わせるつもりなんだよ。ひ、引き返そう。だってさ。今日を外しただけでも気分が違うじゃんか。悪いんだけど爺さん。後生だから許してくれ。いつかは払うからさ。
俺は左足からゆっくり足を上げて後ろに引き上げようとした。足を上げるのは成功した。着地だ、着地が問題だ。俺は息を殺して爪先からゆっくり足を下ろした。神様っ。音は立たなかった。よし、今度は右足だ。
「おいおい、何をやってんだ?」
大家の爺さんが振り返った。もしかしたらはなから俺に気がついてたのか?! くっそぅ。騙しやがって。
「い、いや、アハハハ」
「気持ち悪いな」
いっそツケに……。い、いやっ。そんなカッコ悪いこと出来るわけがない……。大家が変な顔して見てるだろ? 早く次の行動を考えろよ。
「どうしたのかね?」
微妙に頭を傾げて怪訝な顔をしているじゃないか。眉を顰めてるし。も、もう絶対駄目だ!!
「い、いえ」
ヨタヨタと家賃代の入った封筒を部屋に取りに戻り大家に手渡した。
「ひいふうみいよういつ……」
俺の万札と千円札が、一枚二枚三枚四枚……。畜生め。泣けてくるぜ。
「すまんね。忙しいとこお邪魔して」
大家は俺にぺこりと頭を下げるとそのまま去っていった。
とてつもなく今日は散財した気がする。こうなったら絶対に当ててやる! 中村の給料日までに出来ることはなんだろう。まずはナンバーズをもっと知らなければ。
俺は情報を集めることに決めた。
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