別世界:疑念と不安と恐怖と
ネプチューンは101層で初めて鬼と対峙した時から頭の中には不安がよぎっていた。
Sランク冒険者程になると国だけではなく大陸のあちらこちらに移動しなくてはならない事が多々ある。それはギルドで指名依頼を受けたり、様々な国々の王や大臣、貴族からも秘密裏で依頼があったりするからである。だからこそ彼らはより多くの迷宮に潜り、歩く図鑑とも言えるほどの怪物の知識を頭に入れ、罠や道具の鑑定もその場で出来るほど博識な者がほとんど。
三牙狼の三人も熟練度はそれぞれの職種によって熟練度は違えど、それらの知識は十分と言えるほど蓄えている。
それほどの知識とSランクという戦闘力を持っているネプチューンですら、このダンジョンには今不安しかない。
かめさんの迷宮101層で始めに出会ったモンスター、鬼。
101層に行くまでにも何回も出会っては切り伏せてきた一種の雑魚モンスターであり、その名に恥じぬ通り雑魚ばかりで彼の持つ『太陽剣ガラティン』の元一太刀で地に沈んだ。
決して刃こぼれせず最高の切れ味を持つといわれる聖剣に名を連ねる一振り。
だからこそネプチューンは101層の鬼でさえ何の抵抗もなく倒せると思っていた。しかし実際はどうだっただろう。
確かに一太刀で鬼は倒せた、その結果は一緒だった。だが違うのだ。同じ一太刀でも首を切り落とそうと振り下ろした時、僅かながらも抵抗があった。その事がネプチューンにとっては非常に大きな引っ掛かりとなっていた。
何故、どうして、鬼程度の首を落とすのに抵抗がある。今までの階層では無かったのに、100層の壁を越えてから何倍も何十倍もモンスターが事態が強化されているのか。
確かに、今だって先頭に立って案内をしてくれているアグリアントも言っていた。以前来た時よりもモンスター強くなっていると。
しかしそれでもまだ倒せるし十分対応できている、だから雑魚モンスターであれば問題ないだろう。問題なのは階層ボスである。
以前に潜った時の105層で出会ったボスはランク6の神殿であったという。100層に出て来た悪魔と同じランクのモンスターではあるが、悪魔はあくまでも聖属性しか効かないという特徴が多大に反映されてのランク付けであり、戦闘力自体はランク5のモンスターと変わらないし、最悪ランク4のモンスターにも劣るかもしれない程の脅威でしかない。
しかし一部属性しか効かない、打撃が効かない、魔法が効かない。そんなモンスター特徴でのランク付けではなく、純粋な戦闘力でのランク6。
Aランク冒険者でも時には死に直面してしまう程の戦闘力を持つランク6の彼らがもしも強化されてしまっていたら、ネプチューンは白象の三人を守りながら戦う事は難しいだろう。
自分たちだって過去に倒した最高ランクはランク7の『一角獣』であるが、それは自分たちだけではなく他にも多くの複数Sランク冒険者に周りの敵を排除してもらったり、魔法などの支援を貰って手伝ってもらっての成果だ。
三牙狼の単独では数多の傷や状態異常は与えられても、倒し切るのはおそらく不可能だろう。
それほどまでにランク7とは異常であり、Sランク冒険者にとっても脅威なのだ。
ワンランク下のランク6とは言っても、もしも雑魚モンスターである鬼が太陽剣ガラティンに抵抗を与えるまで強くする事が起きているのとなると、神殿ほどのモンスターが強化されたらどれ程の脅威になるのか。
ネプチューンにはそれが不安で堪らない。
しかしこのダンジョンは何処か他の迷宮と違って、ボス部屋に入ってからボスが現れるのではなく扉を開けると既に中にいる。中のボスを見て、無理だと思ったら扉を閉めて引き返せるのだ。
だからこそ雑魚モンスターで少し手古摺るが次のボス部屋までは進んでいこう、という事に決めて今進んでいる。
元々一度は潜ったこともあり、以前108層まで行った事のあるアグリアントら白象の三人のお蔭で既に104層まで潜れている。
100層までの様に階層全てを探索し隠し部屋を探す、などという事はせず最短距離を言っているのだから当然かもしれない。しかしそれも全ては国宝という名誉を捨て、今回のクエストの探索という点に重点を置いているからであって、本心を言えばもちろん宝を探したい。だがそんな自らの願望も自制できる理性があるのが彼らなのだ。
そんな104層の探索もそろそろ終えようとしている。
101層での最初に出会った鬼に異変を感じたアグリアントやダンジョンに一抹の不安を覚えたネプチューンはそれぞれが得意な分野で雑魚を捌くことにした。
三男のネプトゥリアが聖職者として仲間に支援魔法を掛け、次男で盗賊のネプトゥーヌが敵の接近を感じ取り、重戦士のアグリアントが攻撃を受け止め、聖職者という名の武闘家のヴァルナが後衛の三人を護衛し、魔術師のインディが敵を牽制し、騎士のネプチューンが敵にトドメを指す。
流れるように繰り出される連係技はまるで長い事連れ添った仲間の様であるが、それはあくまでも彼らが高ランクの冒険者であるためである。AランクやSランクほどの高ランク冒険者になれば下位の冒険者の依頼の御守をする事もあるため突然の連携をこなす事が出来るのだ。
奥に105層へと下りる階段を見ながら、おそらくこの階層最後になるであろうサラブレットの様な漆黒の馬体を持つ夢魔を切り伏せダンジョンの地面へとその身を倒した。
「さて、これでようやく104層も終わりですね」
「そうだな。だがやはり最初に感じた違和感が確信に変わったぜ。絶対に101層からモンスターの質が変わった……何倍もな」
「分かっています、分かっていますとも。それは切り伏せている私が一番よく分かっています。だからこそ――――」
ネプチューンがそこまで言った所で流石三つ子、その後に何を言いたかったのか分かったのだろう。遮るように言葉を続けた。
「分かっているよー、兄ちゃん。今回は攻略何か考えないで探索の方を重視する」
「そして宝よりも情報をギルドに持って帰る、だろ?兄さん」
「そのです。その為にも最悪勝てそうにないモンスターに出会ったら兎に角逃げる事だけを頭に入れて下さい。白象の方々もよろしいですか?」
念押しするようにネプチューンのその迫力に豪快で大雑把な性格のアグリアントでさえ頷かざる負えない、そんな迫力が今のネプチューンにはあった。
そもそも彼ら白象の三人は案内役であり案内するのが仕事であって、最悪戦わなくても良いのだ。怪我が治ってまた日が経っていないのもあり、病み上がりの体には正直戦闘は避けたいのが本音なのでこの提案はまさに渡りに船だった。
もちろん口にはしないで頷くだけで対応するが。
最悪の事態での対応を確認しあった三牙狼と白象の面々は、また先程と同じような隊列を組みながらゆっくりと105層へ降りる階段を下りて行く。
下りて行くにつれ気持ち気温が上がった気がしなくもない。だが温度を測る道具など持って来てなどいないために正確にその変化を感じる事は出来ないが。
105層に下りて行くとそこには今までの階層ボスの時と同じく大きな未知の鉱石で造られた数メートルの扉と左右に篝火が設置された空間が広がっている。
扉の向こうにはおそらくボスが待ち構えている、そう思うだけでゴクリと息を飲んでしまう。張り詰めた緊張感が六人の間には漂っている。
「それでは……行きますよ」
いつの間に六人の中でリーダーの様な役回りをやることになっていたネプチューンは扉の前まで行くとそっと開けて――――すぐに閉めた。
「あ、無理です。帰りましょう」
「「「「「え?」」」」」
この世の全てがどうでも良さそうなほど能天気なネプチューンの言葉に場の空気は一瞬で止まった瞬間だった。