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気づかない内にそこだけ別世界  作者: あちゃま
第2章 脅威の迷宮
30/50

別世界:魔王の決断

エントラクト大陸に存在するSランクのダンジョン『魔王城まおうじょう』。


その城の主は執務室で部下からの報告を受けていた。

彼の数少ない心を置きなく会話する事が出来る、主従というよりも親友の様な関係を築いている山羊神サタナキアである。


「部下に調べさせましたが、やはり陛下に匹敵するほどの存在は現在確認されておりません。いくつか噂程度ではありますが報告書には魔物や魔族の名前が挙がってはきましたが、未だに確固たる確証は得られていません」


魔王軍最高幹部、大将『山羊神サタナキア』。そんな者からの報告を眉間にシワでも寄せているかのように唸りながら聞いている人物。

漆黒の鎧を纏っているが如くのこの人物こそエントラクト大陸最大の覇者にして、力の象徴、人類の敵。魔王『蠅王ベルゼブブ』である。


「そうか、未だに見つからずか。しかし噂程度でも情報はあるのだろう。そこの所はどうなっているのだ?」


「そうおっしゃると思って調べて置きましたよ」


そう言って少々の呆れの雰囲気を纏わせた言葉と共に一枚の紙を差し出した。


「念を押しますが、そこに書かれているのはあくまでも噂程度の話です。中にはそれこそおとぎ話でしか聞いた事がない様な存在すら混じっています。正直とても信憑性欠けているとしか言えません…………ですが可能性はゼロではありませんがね」


再びの念押しをした山羊神サタナキアに今度は蠅王ベルゼブブが呆れた表情をした。

昔から山羊神サタナキアはクドイ。それはもう何回確認しているのだ、と自然に言葉が出て来ても不思議ではない程にクドイ。

しかし蠅王ベルゼブブはだからこそ彼を重用する。


戦闘に置いて絶対はない。弱小と言える者であったとしても強大な敵に勝つ事だって可能なのだ。

逆転の要因それは時には武器であったり時には能力であったり、時には時間であったり、そして時には仲間なのだから。


かつて弱小過ぎて他の魔物の餌にすらならなかった蠅王ベルゼブブは時間を掛け武器を磨き、能力を得て仲間に支えられ、今では頂点に立っている。

全ては心配性すぎて準備に準備を重ねて、それを時に無駄にしてしまう事もある目の前の彼、山羊神サタナキアのおかげなのだから。


「確かにこれは……お前でなくとも信じられないな」


「当り前です。前の会議でもあった最初に書いてある天空狼ルーナガルムなどまだいい方です。軍にいれば即戦力としてすぐに将クラスに上がれるほどの強力な魔物ですが、過去に野生でいた履歴もありますのでまだいいのです。運よく見つけられればスカウトすればいいのですから。しかし問題は次に書いてある魔物や魔族です」


頭の中で以前に開いた会議について思い出す魔王。


魔王軍最高幹部は全部で6人存在する。

宰相『財宝王ルキフグス

大将『山羊神サタナキア

中将『雹魔将フルーレティ

少将『地獄目ネビロス

司令官『解明者アガリアレプト

団長『空間視サルガタナス


その誰もが人間界にいればSランクの冒険者と互角以上か、時には圧倒的勝利を収めるほどの戦闘力を有している。そんな中に置いても、もしも野生の天空狼が魔王軍に属すればそれら6人と互角に戦えるほどの戦力を有しているのだ。

それほどの存在がゴロゴロいるなど考えたくもないし、居たとしたら人類などあっと言う間に滅びている。

だがそれが仲間になってくれればどれほど心強く、軍内の実力主義を強く活性化してくれるか。もしかしたら幹部交代などというここ100年近く起きなかった衝撃的な事が起きるかもしれないのだから。

本当にいてくれればいい、そんな事を頭の中で思う魔王であった。


過去に思いを馳せ現実逃避をしながらも山羊神サタナキアに促されるように再び見ないようにしていた手元の文字へと視線を落とした。


番犬ケルベロス竜王バハムート冥界王オシリス死喰鳥フレスヴェルグ。何とも、昔の幹部が勢ぞろいではないか。世界はどうした?我に人間を滅ぼせと遠回しに伝えているのだろうかな」


「だからこそ問題なのですよ。もし本当にこれほどの魔族が揃えば人類と戦争が起こったとしても、勇者がいない今、簡単に壊滅させ我らが世を築くことすら可能でしょう。事実この情報を調べる際、噂している者たちの中には決起しようとしている雰囲気を出している者すらいるのです」


魔王が魔の者全ての象徴であれば、魔族は魔物の象徴である。

力こそ全ての弱肉強食の世界では自らが進化した先の魔族や魔物だけではなく、時には自らの系統と似た者に従う傾向のある魔物たち。


800年前に魔王が討たれてからというもの、時を同じくして当時の魔王軍の幹部も相次いで討たれてしまい多くの魔の者を率いる存在はいなくなった。その為に小さな集団コロニーが多数出来上がってしまい魔物の進化は緩やかになり、脅威となりえる魔物や魔族は少なくなった。

つまり昔よりも魔物が弱くなった、強い魔物が少なくなったのが現代。


しかし魔物たちだっていつまでも弱いままではない、向上心がある。本能的に強くなろうとするのだ。


だからこそ偶発的にはといえ強い者が現れれば本能的に従おうとしてしまう。強者の傘を借りていた方がより早く、より低リスクで強くなるのだから当然の事。

そんな彼らだからこそ魔王軍の幹部にもなりえた程の存在が現れたとしたらどうなるかは、想像に難くないだろう。


即降伏、臣従である。

例えそれが本当に噂であっても、多くの者がそれを信じ、戦闘準備という行動に移してしまえば、やがて多くの者が目にし耳にし声にする。噂が事実となり現実となり、そして真実となる。

真相が何処にあるかなど関係ない、真実とはかけ離れた答えであっても構わない。彼らにはもう真相よりも現実の方が大切なのだから。


「野生の者など本来どうでも良いのだがな」


「分かっています。陛下はあくまでも迷宮主ダンジョンマスター、それ以上でも以下でもない。しかし陛下もご存知でしょう。このダンジョンが人類に何と呼ばれているのかを」


「……魔王城、か」


エントラクト大陸という魔が支配する土地で、魔王が住むに相応しい程の城であるから魔王城。人類はそんな認識を持ってこのダンジョンの名をそう呼んでいる。


しかし違う、そうじゃないのだ。


蠅王ベルゼブブはあくまでも迷宮主ダンジョンマスターであって魔王ではない。

産まれた場所がダンジョンで迷宮主ダンジョンマスターに生まれた時からなっていた、ただそれだけの存在。そんな存在が長き時を経て順調に進化しダンジョンも拡張を繰り返し、やがてその力に心酔した魔族や魔物が配下になって大所帯になった、ただそれだけ。

蠅王ベルゼブブはそれでよかった。生まれたばかりの頃の自らが感じた孤独の恐怖、それを抜け出そうと家族ともいえる仲間を増やすのに躊躇はなかった。


王の元に庇護を求めてやってきた者たちと日々語り合い過ごす、そんな日常が何よりも楽しかった。

蠅王ベルゼブブはそれだけでよかったのだ。


――――だが世界は、人類はそうは思わない。


強大な魔族や魔物を従え、堅牢で荘厳な城に住む主を人は“王”と思わないはずはない。いや、彼は実際に陛下と呼ばれる迷宮ダンジョンを統べし王なのだ。

魔を従え率いる王は魔王のみ。遥か昔から相いれなかった為に文化や歴史の交流も魔の世界でのヒエラルキーすらも知らない人類は、やがて己の僅かな世界だけの価値観で判断を下してしまうだろう。


魔王城のマスターこそ“魔王”であると。


――――いや、もしかしたら過去に外に出てしまった、それがいけなかったのかもしれない。


「人類が大挙して訪れ大陸は血の大地へと変貌を遂げる。そしてやがて来るのだろうか……“勇者”が」


「陛下!時間はもう幾何いくばくかしか残されておりません、今すぐにご決断をしなければ、全てが後手へと回ってしまうやもしれません!」


即断を迫る山羊神サタナキアを見るのはいつ以来の事だろう。

冷静沈着の仮面を張り付けている様な彼が焦っている、それがこの事態の深刻さと大変さを物語っていた。


いや、それは純粋に魔王の事を心の底から慕い思っているからだろう。


「……全員集めろ、会議を開く。今一度、世界に我が魔族の恐ろしさを教えてやろう」


「はっ、すぐに!」


山羊神サタナキア蠅王ベルゼブブの言葉を聞くと執務室を脱兎のごとく飛び出した。命令された全員を集めるために。


部屋に残されたのは蠅王ベルゼブブただ一人。先程まで渦巻いていた緊迫な雰囲気を放っていたはずの山羊神サタナキアがいなくなったはずなのに、今もなお部屋中にその雰囲気は漂っていた。


「己の価値観でしか物事を決められぬのか人類よ。何故数百年、我が大陸から出なかったのか分からぬのか。過去の歴史からなぜ学ばぬ者には未来は無いというのに……」


静かな怒りの炎が蠅王ベルゼブブの心に灯された。


全てを喰い尽くす暴食の権化。

王の通り道には埃や塵すら残らないと恐れられる気高き者がついに人類に牙をむく。

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