別世界:邂逅
99層まで壁や床、天井などあらゆる場所を隈なく調べつくした彼らは大いに落胆していた。しかしそれも仕様がない事である。
何故なら隠し通路や隠し部屋が一切無かったからである。
通常のダンジョンであれば地図があったとしても、何処かしらに隠し通路や隠し部屋が設置されていて財宝が眠っているからだ。
だが、ここはどうだろうか。
ダンジョン恒例の罠は確かに設置してあったがそれでも過去に発見された他のダンジョンの罠とは大きな差異は存在しなかったし、セーフエリアも10層毎という規則に沿っていて驚きは無かった。それが余計に彼らを落胆させた。
違う点が見つかれば見つかるだけ丞相へと報告する事が増えていき、ランキング変動になる可能性になる要因が増える事になるからだ。
今回のクエストの目的は失われし秘宝の捜索である。しかし他にも探索目的は存在し、その一つがかめさんの迷宮の調査である。
それはそうだ。54層などという上層で秘宝が発見されたのはダンジョン史では初の大発見。歴史学上でも類を見ない程の近年稀にみる一大事であったにも関わらず、これまた発見されたのが近年発見されたばかりの赤ちゃんダンジョンというではないか。
ダンジョン学者が頭を抱えてしまう程の重要な案件がいくつも起きてしまい頭を抱える学者が多く出る中、とにかく情報を集めようという事でダンジョンでの秘宝の捜索と一緒にダンジョン内の探索を指名クエストとして彼らに任されたのだ。
そして彼らは一生懸命にダンジョンの違いを探した。探したのだが……一向に見つからなかったのだ。
それなりに稀な道具は手に入れる事は出来たが以前発見された『森の守護者の腕輪』に匹敵するような物は手に入れられていない。他に手に入れられたものと言えば99層までの地図だけだろう。
「この1週間、必死に捜索した結果がこれとは……」
長男ネプチューンも愚痴だって言いたくなる。しかしそこには先日見せた焦りなどは無く、純粋な不平不満の愚痴である。
「全くだ!と言いたい所だけどよ、俺は結構楽しかったぜ。だってモンスター倒したら飯が出て来るんだぜ?出てくるのも美味いモノばっかりだし、料理するのはちょっと面倒くさいが次は何が出て来るんだろうってウキウキしちゃったぜ」
次男は愚痴なんか言わない、うまい飯があればそれでいいのだ。特にダンジョンでの食事など乾き物である干物や燻製されたものだど水っ気が無い物ばかりなのだから、今まで食材が出て来るダンジョンが存在しなかったこの世界では強烈なギャップが生まれたのだ。
「確かに新鮮だったよね。でも兄ちゃんは真面目だから少しでも報告できる事探していたんだろうから、何も見つからなかったら残念なのは分かるけどさ」
「あー、確かにな。兄さんは真面目すぎるんだよ。たまには仕事忘れて弾けないとストレスで禿げるぞ」
「頂点禿げ、とか?キャハハハハハハ」
ネプトゥーヌとネプトゥリアの何気ない一言、禿げ。その言葉を聞いた瞬間ネプチューンの目がクワッと開きネプトゥーヌとネプトゥリアの二人を睨みつけた。
「誰が禿げですか!」
決して禿などとは言ってはいないのだ。禿げるよ、と言っているだけ。
だがもう彼の耳には禿げという言葉しか聞こえていない。
流石に実の兄弟の本気の睨みにビビったのか、二人はすぐさま言い訳をし始めた。
「あーいやーそのー……うん、兄さんは禿げてない。ふさふさだ!」
「そうだね、うん!兄ちゃんは禿げてなんかいないよ!ふさふさ、サラサラで羨ましいなー」
いや、誤魔化した。
「いいですか!今度またそんな事を言ったらどうなるか分かっていますね?」
背筋も凍るようなドスの聞いた低い声で弟二人を脅すネプチューンの顔は一見微笑んでいるような穏やかな顔であった。瞳の奥は笑ってはいないが。
「「イエス、ブラザー!」」
放たれる殺気は数々の死線を潜り抜けて来た彼らが感じ取れるのは必然。
どこぞの軍隊の訓練生かの様な背筋をピシッと伸ばした綺麗な敬礼をネプチューンに向けた。
ネプチューンはそんな弟たちの姿を確認すると再び前を向いて歩きだした。ネプトゥーヌとネプトゥリアは今度こそ無駄口は叩かず、黙って付いて行くのだった。
しかし二人の死線は先を行く兄の後頭部に向けられていた。30歳も超えた彼らもいよいよ中年の域に入り始めた。中年ともなれば膝や腰、視力や髪の毛にも様々な影響が出始める。
そんな中年になり始めたネプチューンも後頭部は薄っすらと地肌が見え始めていた。
100層のイレギュラーボスである悪魔。
聖魔法や聖属性付与の武器が無い限り倒す事の出来ないモンスターであるが、それさえ揃えてしまえば脅威など感じる事のない、ちょっと強いモンスターと言った所である。しかしこれはAランク冒険者にとっての話であり、Sランク冒険者にとっては対策さえしておけば雑魚モンスターとそう大差はない存在である。
三牙狼は事前に100層のボスが悪魔であるという情報を得ており、長男ネプチューンは騎士として聖属性が付与された聖剣とも呼ばれる剣を用意していたのだ。次男も盗賊として聖属性が付与された聖刀の短刀を用意して戦いに挑んていた。
しかし三男はメイン職業が魔術師でサブは聖職者の為聖魔法が使えるので武器は用意せず、己の魔法で戦う事にした。因みにしっかりと回復魔法も使える聖職者である。
よって三人が三人とも対悪魔に対しての準備を万端にして今回の捜索兼探索に挑んでいたのである。
その準備の御蔭か、はたまた元来の強さによるものか、三牙狼の彼らはあっという間に悪魔を倒し101層へと足を踏み入れた。
100層からの階段を下りるとそこは壁や天井全てが意思で造られている広い空間が広がっていた。
広さは10畳や20畳では収まらない程に大きな空間。天井まではおよそ3メートルほどで若干圧迫感はあるが、それでも一般的な今日住空間に比べれば十分に広く感じる事の出来る部屋。
部屋の一角には火を起こして煮炊きしたような焦げた跡をした床石があり、周囲には一部が炭化した材木が散らばっている。
他にも簡易ではあるが藁の様な植物が敷かれているベッドの様な布団の様な、横になれるスペースも確保されている。しかも三人分。
さてダンジョン内に存在するこのような空間。
通常なら存在しないボス部屋の様でボス部屋ではないこのような部屋の事を冒険者達はこう呼ぶ。セーフエリア、と。
「お待ちしていましたよ、Sランクの三牙狼の皆さんですね」
部屋の中を見渡していた彼らへと、不意に誰かが声を掛けてきた。
しかしその声には殺気や敵意などは微塵も感じられず、寧ろ好意的な印象さえ与える穏やかで優しい口調だった。
三牙狼の三人は一斉にその声のした方へと視線を向けるとそこには三人の男が立っていた。
全身鎧と優男、そして町中にいそうなチャラい神官風の男である。
ネプチューンは声を掛けてきた三人の男の姿をその瞳に映すと何故か微笑んでから声を出した。
「えぇ、私たちがSランク冒険者パーティの『三牙狼』です。そういう皆さんはギルドにお願いしておいた案内をしてくださるパーティの方々でしょうか?」
「あぁ、そうだ。俺たちがネックを拠点として活動させてもらってる『白象』、そして俺はアグリアントっていうパーティ内でタンクやってる重戦士だ。でこっちが魔法士のインディと聖職者のヴァルナだ」
「どうも初めまして」
「よろしく」
「はい、よろしくお願いします。では一応こちらも自己紹介を。私が三牙狼のリーダーをしているネプチューンといいます。御覧の通り私たちは三つ子なので分かりづらいかもしれませんが、こちらが弟のネプトゥーヌとネプトゥリアです」
「よろしくな」
「よろしく~!」
いくらギルドから紹介された冒険者だからと言っても今日が初対面。六人の間には緊張感や警戒感が漂っていた。
「それではさっそくで申し訳ありませんが、探索の前にそちらとこちらの情報の齟齬の修正をしたいのですが?」
「あぁ、構わない。何でも質問してくれ」
冒険者パーティ『三牙狼』と『白象』の最初の邂逅が今、行われた。彼らの出会いが何を生むのか、それは誰にも分からない……。