別世界:聖地オルトゥス
“魔王が現れた”。
その一報全世界に瞬く間に広がった。
魔王、それは魔を統べる王、力の象徴そして暴虐の権化。
決して人間と相いれる事は出来ない魔物や魔族たちの長であり、数百年に一回ほどの確率でこの世界にその姿を現し悪逆の限りを尽くすと言われている。
腕を振るえば山を消し、足を振るえば大地を割り、剣を振るえば空を裂き、魔法を使えば海を割る。
常識では考えられない常軌を逸した存在、それこそが魔王であると多くの人類は古より教わってきた。手をこまねいていれば待っているのは自分たちの滅亡という未来だけ。ならばどうするか。
簡単なこと、こちらから打って出るしかないのである。
人類は昔からそうやって滅亡の危機から自分たちを救ってきたのだ。多くの損害を出しながらも辛くも勝利してきたのだから。………………『勇者』という存在によって。
世界で最も繫栄しているのは何か、そう問われれば誰もが人類と答えるだろう。
草人、土人、獣人、巨人、森人の五大人類で構成されている人類。
かつては互いにいがみ合っており、時には戦争をしたこともあったが共通の敵である魔の者たちが現れてからは互いに手を取り合い共闘してきた歴史を持つ。
事実800年前の魔王討伐の時にはこの五大種族の最強の戦士からなったパーティによって魔王は討伐されたのだから。
そんな歴史を持つ彼らだからこそ、今回の一報を聞いた直後すぐに集まり会議を行おうという事になった。再び最強の戦士によるパーティを造るために。
時間を掛ければ掛けるだけ相手に戦力の準備をする時間を与えてしまい討伐が難しくなってしまうからこそ、迅速にそれでいて果敢に攻めなくてはならないのだ。
さて、五大人類での会議。それは数年に一回は定期的に行われている世界会議の様なものであり、国家間での経済問題やモンスターなどによる軍事問題、新技術の開発報告や最新医療など議題は多岐に渡っているが開催地は毎回決まっている。
世界の中心、人類の生まれた場所『聖地オルトゥス』である。
何人も入ることは許されず、普段は厳重に封鎖されている聖地である。
普段は王としてそれぞれの人類に対して絶大な権力を誇っていたとしても、会議の時だけは使用人がするように普段使われていないその地を自らが掃除をしてから使用するほど入場制限を掛けた禁制地。使用人ですら一人たりとも入れる事違わぬ地であるのだ。
そんな聖地オルトゥスの中央に存在する荘厳な雰囲気を持つ白亜の建築物。そこに今五大種族の代表たちが集まっていた。
「では本当に魔王が現れたというのか?」
静寂を切るように凛と響く声を発したのは草人代表の王である。
頭髪に若干の白髪が混じり始めており、顎にはハリウッディアンの髭が携えられており精悍な印象を与えている。
「もちろんだ。国の長老衆が言っていた事だけではなく、今回のこの状況は細部に棉って800年前の状況に似ている。余自身は当時はまだ生まれていなかったので詳細までは知らんが、長老たちに聞いたところを掻い摘んで話すとだな……」
答えるのは森人代表であるアドレル国の王。
「まず魔王が現れると魔物や魔族の統率された光景を見る事が出来るようになるという。これはわが国ですでに確認されている。また強力な魔物の出現や普段見られない魔物の出現があるという。お主らの方も覚えがあるのではないかな?」
「うむ。確かに吾輩の国だけではなく巨人の国々全体で魔物討伐の依頼は増えている傾向にある。時々強力な魔物も姿を現すという話も聞く」
アドレル国の王が残りの人類代表を見渡すように視線を移すと一人の人類代表の王が相槌を打つように声を出した。
巨人と呼ばれる人類の中で最も穏やかで、最も怪力を持つ種族である。
その体は他の人類に比べても極めて大きく優に3メートルは超えている。座っている椅子が小さく感じてしまうほどに。
「そうだろう。余のアドレルでも森住人を中心に上位個体も出てきているが、ランクを見る限り対応できない程ではない。しかしその頻度や数が多すぎてしまって後手に回ってしまっているのが現状であるが…………巨人の国々で出た強力な魔物とは何だ?」
「……神喰狼だ」
「馬鹿な!」
巨人の王の発言に森人の王が詳細を聞くよりも早く、それも刹那の様に驚愕の声を上げた獣人の王。
獣人といっても獅子や虎、狐や狼などの四足歩行の動物だけではなく、空を飛ぶ鳥類や水中を泳ぐ魚類などの特徴を持つ者も大分すると獣人という括りになる。
巨人の王に対して声を上げたのはそんな獣人の中でも特に狼の特徴を持つ狼獣人である獣人の王であった。
獣人の特徴である獣特有の耳や尻尾だけではなく、狼がそのまま二足歩行になったかのような容姿を持つ全獣人。灰色と白の美しい毛並みを持つ彼は今まさに信じられないと言った様に目を見開いていた。
「神喰狼など遥か昔に絶滅した存在だぞ!今の世に存在するはず等ない!」
部屋中に聞こえる遠吠えにも似た叫び声は他の王たちの顔を若干しかめさせるほどの声量を秘めていた。
しかし次に王たちは何故そこまで頑なに神喰狼を否定するのか理解できなかった。
神喰狼、それは太古の昔。森人の史記にすらその名しか出てこないとされる究極の魔物の一体。神話の時代に生み出されたその魔物は時には神をも食い殺したとされる酷薄的な性質を持つともされる。
確かにそんな魔物が出たら一大事ではあるが、実際その強さを真に受けているわけではないのが現代の人類である。
過去の人類よりも強力な武器も肉体も持っているのだから多少は対抗することは出来るだろうと考えているのである。
「よいか他の人類の王よ。知っているだろうが人類は多くが獣が進化したものであるという。中でも拙者ら獣人は他の人類よりも多くの獣としての特徴を残している。その為か遥か昔から自然の生き物、とりわけ自分たちに似ている神秘に満ちた魔物を神として信仰する事があったのだ。その信仰は今でも続いている。狐獣人では『九尾』、犬獣人では『番犬』、鳥獣人では『神鳥』など有名所は名前くらいは聞いた事があるのではないかな?」
「それは確かに聞いた事はある。何といっても我ら草人も遥か昔は『猿神』を先祖は信仰していたとされる資料も残されている。しかしそれも所詮は過去の事、何千年も前の事。一体それがどうしたというのだ?」
「……なるほど。草人には既に信仰心は無い、それならば分からんだろう。時に草人の王よ、今現在、草人に最も信仰されている神は何だ?」
「それは決まっている。我々の国で最も大きな勢力を誇るヴァナラ教の『創造神ブラフマー』『維持神ヴィシュヌ』『破壊神シヴァ』この三柱を信仰する者が多かろうな」
ヴァナラ教とは草人の国々では最も有名で一般的な宗教であり、輪廻転生などの他の人類にはない独特な概念を持っていたりする信仰の在り方の一つだ。
もちろんヴァヌラ教だけではなく、地方ではその土地限定の土地神や岩や樹などのそこにあるものを信仰するあり方もある。
「では聞こう。もし一般的な草人がその三柱に神託でも下された場合どうなる?例えば……他の人類を滅ぼせ、なんてな。そして何を隠そう……我々狼獣人が信仰するのは神喰狼なのだから」
その言葉でその場にいる王たちの雰囲気は一気に変わった。獣人の王が言わんとしている事が自ずと理解出来た。いや、してしまった。
もし信仰心が強く権力もある人物がそんな神託を受けてしまったら、何の疑問も持たずに受け入れてしまうだろう。神託の通りに動こうと仲間を増やす事だって容易に想像することが出来る。
草人の神は地上に降臨したことはないが獣人の信仰対象となる神は確かにそこに存在しているのだ。そして王たちは知っている。高位の怪物は人語を理解するという事を。
「戦争になるぞ!?」
「いや、それどころか最悪人類が全滅することになりかねん」
「まずいぞ。早急に手を打って神喰狼を撃つための対策を取らねば」
「ならば今すぐ今代の勇者の選定を!」
この世界の人類は知らない。
手持ちのモンスターを進化させレベルアップさせるその為だけの神喰狼の探索は迷宮主のただの気まぐれ。見た目がカッコイイというありきたりな理由から。
だが分からない。そんな理由など分かりえない。だからこそ推測が妄想を生み、勘違いを巻き起こす。
まだまだ歯車は回ったばかりなのだから…………