別世界:魔王城
世界には6つの大陸と1つの諸島郡によって形作らている。
中でも最も人口が多いのがユーロン大陸である。最も多くの大国が集中しており、幾度となく戦争を起こしては人口の増減を繰り返している。また最も多くの迷宮が存在し人類にとって最も重要とされるSランクのダンジョンが多く点在している。『龍之巣』や『古山』を筆頭に、人類の宝とも言える『叡智の塔』、聖職者の試練の場とも言われる『嘆きの幽谷』など多種多様である。
対して最も人口が少ない大陸、それこそ人類の敵とも言える魔物や魔族が唯一覇を唱えているエントラクト大陸である。ユーロン大陸の五分の一程の大きさであるのにその大陸はとてつもなく険しかった。火山があり峡谷があり、断崖もあれば毒沼や大森林も存在するまさに世界を凝縮したような光景がそこにはあった。
そんな世界を生き抜いているからこそ、魔物や魔族は強力無比であり、だからこそ安息の地のような人類の生活を羨み、今の現状を脱し世界を見たいと思う。
力こその全て。弱肉強食のエントラクト大陸には多くのダンジョンが生まれては直ぐに消えていく。しかし中にはそんな世界を生き抜いたSランクのダンジョンが存在する。それこそが魔物や魔族の居城とも言える『魔王城』である。
魔王城の王の間、そこには魔王城内の主だった者達が集まり会議を行っていた。卓席は全部で8席。そして最も上座に位置する窓際の席、そここそがこのダンジョンの主である魔王の席である。
魔物や魔族の君主であり、迷宮主でもある魔王『蠅王』。
彼は元々昆虫系の魔物であった。ただ一つ他の魔物と違う事、それは迷宮主であったという事だけ。
彼は必死にもがいた。来る日も来る日も迷宮には侵入者が自らの命を狙いにやって来る。仲間を召還し罠を設置し、時には大切な仲間を犠牲にしてでも生き残っていた彼は、いつしか魔物や魔族の王となっていたのだ。
ハエの魔物であった当初から自分を守っていてくれた天然鎧の皮膚は今では刃も通さぬほどの固さを誇る漆黒の鎧と化していた。
大きな真っ赤な瞳は顔の半分もの面積を占めており、鋭利な口は白銀鋼の刃ですらも傷が付かないほどの強度を誇る。6本の手の内の一つの手には赤黒い、まるで血が酸化したかのような色の大鎌を持ち、反対側の手には先端に髑髏の付いた杖を構えている。
本日の議題はもちろん“魔王進行”についてである。
「陛下、本当に此度の事に関して何か覚えはないのですな?」
卓を挟んで向かいに座っている魔王に対して初老の魔族が声を荒げる。
ヤギの顔を持ち髭を蓄えたその魔族は魔王がダンジョン『魔王城』と呼ばれるダンジョンで最初に呼び出した魔物であった。
魔物と魔族の違い、それは力を持っているかどうかの一言に尽きる。
獣同然の魔物は初め本能によってのみ生きる。しかしやがて他を従え組織を作り、他の組織に認められ役を与えられ、そして他に憧れられて爵位を得る。爵位を得た時、その時こそ魔物は魔族へと昇華するのだ。
初めはヤギの顔を持つ魔族も『生贄』と呼ばれるそれは弱小とも餌とも言える魔物であった。しかし徐々に力を付けて行き、今では魔王幹部の中でも筆頭とされる大将『山羊神』になるまでに至った。同じく切磋琢磨して成長していった魔王とは常に苦楽を共にしてきており、主と臣という関係よりも深い結び付きが二人の間にはあった。
そんなヤギ顔の魔族でさえも声を荒げる事態、それが起こってしまった。
もしかして、自分が知らないだけかもしれない。
もしかして、自分以外の全員は知っているのかもしれない。
もしかしたら……全ては自分の勝手な信頼だったのかもしれない、と。
だからこそヤギ顔魔族は真実を問いただす。自らの主、魔王へと。
「以前の様に無茶も出来ない身になったのでな」
「そうでございますか……分かりました。声を荒げ、申し訳ございません」
二人にはそれだけの言葉で十分だった。
「では今回の一件、人類が我ら魔の者を討ち滅ぼさんとする策略であるということでしょうか?」
「どうであろうな。財宝王」
「はいよぉー!」
魔王が指名したのは宰相『財宝王』。彼もまた、魔王が初期に召還した魔物であったものが今では魔族へと進化した者だ。
頭部はツルツルの一見禿げ頭の様に見えるが、後頭部には禍々しい捩じれた3本の角が生えている。格好は道化の様に見える赤や青、黄色や緑など原色が散りばめられた服装。顔さえ白塗りで赤い花でも付けていれば、立派な道化師として活躍できるだろう。
「実はここ最近、森人の国の森で頻繁に異種族のモンスターが集団で現れているんだって、ビックリだね!それでね、他の国でも同じような事が起きているんだって、驚きだね!それにね、それにね。何と中には天空狼も出て来たんだって、ヤバくない?ねぇ、ヤバくない!?」
「いちいちウゼェよ!それよりも今トンデモないこと言わなかったか!?」
「何さ、筋肉ダルマ。今は僕のターン、そしてこれからもずっと僕のターン!」
「だからウルセェよ!ちょっとは黙ってろ!それよりも今天空狼とか言わなかったか!?」
「…………」
「何とか言えよ!」
「えぇー、今君が黙れって言ったから黙ったのに……。んっ、もう、ワガママ言っちゃ・ダ・メ・だ・ぞ(ハート)」
「ウガアアアァァーーーー!」
「財宝王、いい加減にからかうのは止せ。それに雹魔将、貴様もいい加減我慢と言うものを覚えろ。曲がりなりにも中将であろう」
「うっ、ぐうぅ……くぅぅ。申し訳ありません、陛下」
しぶしぶと言った表情と態度のまま自らの席に座り直し、必死に己の怒りと戦うフルーレティ。
中将『雹魔将』。魔物や魔族の中でも高貴な血族が持つことを許された金髪碧眼を持ち、人類の中に混じったとしてもまったく違和感の無い程の容姿。寧ろ美男子過ぎて逆に目立ってしまうかもしれない程の美形、それが彼だ。
しかし少々お頭が足りず毎日体を鍛えてばかりいる彼の事を多くの人は脳筋と影では呼ばれている。
「僕も悪かったよ、ごめんね陛下」
今は迷宮にとっても魔の者にとっても今後を左右するほどの重要な会議中。いつもはお調子者の財宝王も流石にマズイと思ったのか、ここは素直に謝罪した。
「それよりも財宝王、今言ったことは本当なのだろうな?」
「天空狼の事かな?それなら本当だよ。現れたのは宗教国家イーススの山林。それも一度や二度じゃなくて何回も現れたっていう話、住んでいるのかな?でも基本的に人類を積極的には襲わなかったみたいで、攻撃されたら反撃したっていうくらいみたいだよ、優しいね!」
「そうか、ご苦労。という事らしいサタナキア。我が迷宮に天空狼はいるか?またはその進化先でもいい」
そう言ってサタナキア向けた視線は先ほど争っていた財宝王と雹魔将を鎮めた時の様に穏やかなものではなく、何処までも仲間の未来を心配する王の瞳だった。
「いえ、陛下。今の所我が迷宮には天空狼所か太陽狼や月蝕狼すらいません。多くの者が集団を形成しなくなりましたので進化の速度が遅くなってしまったのが原因かと思いますが……」
「いや、今はそんな事はいい。兎に角これで分かっただろう。魔物や魔族の最高責任者である大将のお前が知らない者がこの迷宮に居るはずがない。そしていないはずの者が他国に攻められようか」
「では、今回の件はやはり人間どもの自作自演……」
「可能性は、あるだろうな」
勘違いの演出は止まらない――――。