別世界:アドレル王国
森人の国アドレル王国の中心都市アールヴは樹の上に作られている。
森人とも言われるのはまさにこれが由縁である。
この世界には多くの人種が存在する。
世界に最も多く存在し、私利私欲に満ちていると言われる草人。
地中に巨大な帝国を築き、錬成や鍛冶を得意としている職人気質の土人。
山岳地帯を好んで選び、自然との共生を尊重する獣を祖とする獣人。
最も人口が少なく最も穏やかであり、しかし最も勇敢な戦士の一族である巨人。
そして最後に、森との共生を望む一種の不老を体現する、魔に精通せし美の神に愛されし森人である。
そしてそんな森人には一種の伝説、いわゆる一種の神話がある。
この世界には一本の樹がある。その名は世界樹。世界の何処かにあるたった一本の世界樹によってこの世界全ての魔力の循環が行われていると森人には伝えられている。
そんな世界樹には一緒に魔力の循環の補助を行ってもらえる仲間とも呼べる存在がいる。調停者とも言われるそれらは一本しか存在しない世界樹とは違い、世界の様々な国に一国一本とも言われる程度には存在している。森人の国アドレルには特に多くの調停者の樹が根を張っており、そんな調停者の樹を住居にしている数少ない種族の一つである。
森の木々は10メートルを超える高木ばかりの中にあっても、圧倒的な高さと存在感を放っている調停者の樹。
照りつける太陽の光をその身いっぱいに浴び、付いている葉は青々としている。
魔力を循環せし存在なだけあり、その樹の表面をよく見るとうっすらと魔力を膜が覆っているのを確認することが出来る。いや、それだけではない。寧ろ何処かこの世のものではない様な神々しさも感じ、近くにいるだけでも心が洗われるようである。
調停者の樹に足場を設置し造られた都市アールヴ、森人の国の中心都市の更に中心である調停者の樹の一本に造られている一見城とも言えるような大きな木製の建物。その建物の中にある大きな謁見の間。
かつて森の守護者のみが座る事を許された王座には森の守護者が居なくなってしまった現在、一人の壮年の立派な髭を蓄えた森人が報告に来ていた若年の森人の話に耳を傾けていた。
「では3日に渡って森の中を渡り歩き、死体一つ残さず何処かに消えてしまったというのか?」
王座に座っている人物は間違いなくこの国の王であろう。
身に纏っているのはこの森で採取された魔力を纏った動植物の素材を使った一張羅。いや、王にしてみればこれが普通の服装なのかもしれない。
植物から採取された色素で染められた鮮やかな紫色のコートを羽織り、同じく紫色の王服を中に着込んでいる。頭には王冠は無いが金のレイを被っている。葉を模って作られているこのレイこそ、森人が自然を愛している事を国の内外に伝える最もたる手段の一つである。因みにもう一つは国旗である。
王が威厳を持つように、自然と声が威厳を持っているかのように聞こえる王の言葉。下段に頭を下げながら臥している若年の森人は一瞬体を強張らせながらも答えた。
「はい。それも決まって集団でやって来ること、集団の構成は森住人が中心であること、しかし決まって強力なモンスターが先導している事。これらの特徴も一致しております」
「通常の森住人であれば知能が低いはず。死体を残す残さない以前の問題で通った所は散々たる結果になっているはずであろう。だが実際には獲物の部位を散らかす所か死体一つ残さない、か。しかも集団で来るとなると、間違いなく知能は持っている事は理解できる」
「少なくとも仲間意識や何かを遂行する様な意志はあるようです。しかし一番の問題はやはり……」
項垂れている様にも感じてしまう様な語尾が小さい声。若年の森人のその言葉が部屋の空気に掻き消えていく。しかしそれでも今この部屋にいるのは王と若年の森人、そして王の隣にいる同じく壮年の森人の三人だけ。
森の中にあるという事、そして喧騒を嫌う性質の森人の特徴から、外からの物音一つもこの部屋には届いていない。そんな静寂だからこそ消えて行った若年の森人の最後の言葉さえも聞こえてしまう。
「やはりそうか。大臣、過去にもその様な事は無かったのか、調べてみたか?」
王は脇に控えている大臣に対して尋ねた。
尋ねられた大臣はおよそ草人で言えばおよそ50歳ほどの年齢か。顔にはいくつもの皺が刻まれており、しかしその瞳はまるで閉じられているかの様に細い。だが瞳の奥にはギラリと光る鋭さがあった。
王と同じような服装をしているが決して王服ではなく、加えて色は藍、コートも勿論羽織っていない。
「はい。過去に我が国および世界各国で同じような異変が無かったか調べた所、今から約800年ほど前に同じような事が起きていた事が分かっております」
「800年前だと?それならば国の長老衆に聴けば何か分かるな。大臣、長老衆にはその異変について聴いたのか?」
「既に聴いております」
「流石に仕事が早いな」
「いえいえ、恐れ入ります」
森人は他の種族に比べて寿命が長い、というのは世界の常識である。
草人や獣人はおよそ100年ほどの寿命なのに対し、土人は300年、巨人は500年、そして最も長寿の森人が1000年である。草人からすれば森人はまさに歴史の生き証人と言っても過言ではない。
「それで長老衆は何と言っている」
「はい。過去の文献や長老衆の話を総合するとおそらく……」
「おそらく……なんだ?」
大臣の言葉が最後まで続かなかった。いつもはそれはハキハキと『阿』と言えば『吽』と言う様な掛け合いをするのに、今日はいつものハキハキとした様子が見られない。
訝しげな瞳を大臣に向けながら話の続きを促した。
「“魔王”が復活した、と」
「魔王だと?」
魔王、それは魔物の王。魔族の王。
本能のみに忠実な魔物でも魔王にのみ忠誠を誓い、人類を狩る事を嗜好をする残虐な性格の魔族すらも忠誠を誓う者、それが魔王である。
今から約800年前の事、とある魔族の死が魔物や魔族同士の戦いに終止符を打った。魔物や魔族は力こそ全て。強い者には従い、弱い者は虐げられる、まさに弱肉強食の世界。それをとある魔族はある時は切り捨て、ある時は焼き払い、ある時は押し潰した。強力無比なその力に誰もが憧れ、そして魅了され、そして心酔していった。
やがて全ての魔物や魔族を討ち果たした彼は更なる強者を求め人類に対してその矛先を向ける。
血で血を洗う戦いは草人や土人、獣人、巨人、森人の最強の戦士からなるパーティによって魔王を倒すという事で終止符を打った。しかしその時に出来た人類を討つ、奴らは敵であるという思想は魔物や魔族に根強く残り現在の敵対関係に発展していった。
それから800年たった現在、確かに魔物や魔族との敵対関係は続いており、しばし小規模な小競り合いは起こってはいたが大きな問題に発展することは見られなかった。だがとうとう、その慢性的な関係が終わりを告げようとしていた。
勘違い、という演出で……。