別世界:エミリア消沈
ギルドではいつものように指定されたデスクに座って、書類作成をしているエミリアの姿があった。
会議で使う資料からその日のギルドマスターの予定表、冒険者に出す依頼書を作成したりと仕事は多岐にわたる。その中でも今最も忙しいのはこのネックという街の近くに出来たダンジョンに関係する書類である。
探索クエストは一日でギルド始まって以来の最高186人受注という最高記録を叩き出した。
所属する冒険者が総勢500人弱にも満たないこの小さな街では通常考えられない様な大記録である。因みに以前の過去最高は43人の町内清掃活動だった。何とも地味である。
今日は作成しているのは先日ギルドマスターから権力による見えない力によって強引になかったことにされた森の守護者の腕輪にも関係する、あのフザけた名前のネック一番の名所『かめさんの迷宮』から算出された道具の入手方法や入手場所についての報告書である。
現在算出された道具の中で最高価値のものはもちろん『森の守護者の腕輪』である。世界各国の評価基準の参考文献にも引用されるような最高峰の書き物、世界道具百科事典のレア度でいえばそれはレア度8、最高レア度10という事を考えればどれほど貴重なものか想像に難くない。
過去に存在した森の守護者の歴史を紐解く貴重な資料となりえるだけではなく、装備すれば全ての魔法に精通し、手足の如く行使することが出来るという。さすがにそこまでとは思わないが、それでもきっと何かしらの魔法に関する恩恵を受けることが出来るに違いない。
「それにしても何でこんな国宝にも指定されるような武具が、あんなフザけた名前のダンジョンから算出されるのよ。それに宝箱も普通とは違ってボロッちいとか言ってるし、また普通のダンジョンとは違う変な所は出てくるし……。私、就職先間違えたかな……」
愚痴がこの頃増えた気がする、そう同僚にも愚痴ってしまったことがある位エミリアもエミリアで苦労に押し潰されていた。
日々ダンジョンを訪れる冒険者が増え続け街に滞在者が増え続けている。依頼の数も日増しに増えていくし、人が増えたせいで治安問題が出始めている。つまり、仕事は増える一方なのである。従業員は一切増えていないのに。
「で次は……消耗品か。えっと、レア度3の上薬草にレア度4の万能薬が多いみたいね。まったく、万能薬なんて一個買うだけでも私の月給2か月分は必要なのに。そんなのが算出される何てやっぱりオカシイわよ、このダンジョン」
ダンジョンから算出された道具は手に入れた冒険者のモノである。売ろうが譲ろうが捨てようが、何をしても自由である。
そんな冒険者たちによければその道具を手に入れた経緯や方法などの情報を売ってください。出来ればその道具毎売ってください、とお願いするのがギルドの仕事だ。
道具の真偽の程を確認するだけではなく、外部機関への投資やギルド本部の資産運用に活用されたりもする。時には金にモノを言わせなくてはならない時だってあるのだ。
上薬草は薬草の群生地に出くわせば何回かに一回くらいは見つけられるので貴重ではあるが珍しくはないが、万能薬は貴重だし珍しいし、何よりも高い。錬成できる人が少ないのが原因である。
詳しい事は薬師や錬金術師にしか分からないらしいが、作るのにはそれなりに技術と経験が必要なので中々数は揃えられないらしい。数が少ないから貴重、至極単純である。
「それにレア度6の世界樹の葉も落ちてるの?あんな洞窟の何処に世界樹なんてあるのよ。地下に世界樹があるわけないでしょ。しかもまだダンジョンの下層なのに、何でそんな下層でこんなに珍しいお宝が出てくるのよ!」
最終的には怒鳴ってしまう程、エミリアは疲れているのだ。それでも上司のギルドマスターには文句は言えないので同僚に愚痴って、後輩に文句を言って憂さを晴らしている。そうでもしないと気が狂いそうになるほどブラックな状態が今のギルドなのである。
「あー……今ならギルドマスターの考えるのをやめるっていう技が使えそう」
本日の残業時間を考えながら、己の行く末を案じるエミリアであった。
ネックのギルドマスターと秘書のエミリアが自暴自棄になってしまっている頃、ネックから遠く離れた森人の国『アドレル』。その国にあるとある森でとある事件が起きていた。
うっそうと茂る背の高い木々はおよそ15メートルはあるだろうか。生い茂った葉で大地には太陽の光は僅かしか届かないが、それでも草花は懸命に空へと、その芽を伸ばしている。精一杯に、生きるために。
そんな小さな命たちをあざ笑うかのようにとある集団が迷い込んできた。
いつどうやって現れたのかは分からない。しかし気が付いた時にはその数は最初完治した時に比べて何倍にも膨れ上がっていた。
現れる前には穏やかだった木々たちは、今は精一杯にその体を風で騒めかせ、森の守護者たる森人たちに背一杯の警報と救助を求めていた。
「あれが突然現れたというモンスターか」
木々が騒めきだしてから数分後、とある集団を伺う様に遠くの茂みの間から眺める森人の姿がいくつもあった。
突然現れ草花などの小さくて確かに存在する命たちをあざ笑うかのように移動している集団。出会った動物たちは皆殺され、モンスターにしては珍しく取り合うわけでもなく亡骸を後方にいる仲間へと渡している。
「目的は何だと思う?奴らはなぜ出会う命全てを殺しつくしていると思う?」
森の守護者、森人のリーダーらしき人物はそう呟いて後ろにいる仲間へと意見を求めた。
森に溶け込むように緑と茶色の軽装な鎧と背中には弓、腰には探検を携えて俊敏性を活かした格好をしている。ただ違うのはリーダーだけが頭にバンドを巻いているという事だけだ。森人特有の白にも近いプラチナの髪は太陽が中々差し込まない森ではカモフラージュという点でも些細なこと、蒼い瞳は目の前の敵にしっかり向けられている。
問いかけられた部下らしき二人の内の真面目そうな者は小声ながらも、しっかりと芯の通った声で答える。
「奴らはどうやら巨漢を中心とした森住人の集団のようですが、ここまで平気に出会う動物たち全てを殺しているという事から考えると別の場所から何らかの方法で来た、と考えた方がいいのではないかと思います」
「そうだな、私も同意見だ。この森に生まれ育っていればいくら知能が低いと言われる森住人であってもここまで過剰な虐殺はしないだろう。空腹が満たされる程度にしかやらないはずだからな」
「はい。ですが奴らは手に入れた獲物を食べずに保管しているようです。血抜きもしない事から肉事態へ興味を示していない様子。つまり奴らが欲しているのは素材ではないでしょうか?」
「素材?だが何のために?」
「いえ、流石に現状ではそこまでは……」
「あぁ、すまない。別に攻めているわけではないんだ。ただ奴らの目的も分からない自分にいら立っているだけさ」
困った様子の男を見てリーダーは申し訳なさそうに謝罪し、今の自分の不甲斐無さを嘆き悲しむ。
「一体奴らの目的は、何なんだっ!」
彼らは知らない。巨人たちが来たのは主の気分でここが選ばれたからだと。
彼らは知らない。巨人たちはただレベルを上げるために来たのだと。
彼らは知らない。巨人は森住人のランクを上げるために駆り出されただけだと。
全てを知っているのはこの場所を“探索”先に選んだ者だけだ。