別世界:聖職者
ギルドの受付から紹介された人物はAランク冒険者。
冒険者全体の1%以下しかいない強者にしてベテランと言っていい信用の置ける冒険者にのみ与えられるランク。加えて数が比較的他の職業よりも少ないとされる聖職者なのだからより引く手数多のはずである。
通常そんな人物はギルドからの紹介で他のパーティに入ることなどそう無く、聖職者側が選び放題と言っても過言ではない。
しかし、どうだ。
今回は急な要望であったにも係わらず、あっという間に希望する人物が見付かった。いや、それ以上、要望以上に素晴らしい人物が見付かった。これはさっそくその人物を紹介して貰おう、そう思った全身鎧の男が受付の女性に話しかけようとした時、後ろに控えていた長髪の優男が静止した。
「オカシイですね。それほどの人物であれば通常はこんな、言い方はアレですが、田舎町でパーティを募集したり紹介して貰ったりはしないはずです。それなのにそれをしているという事は……何かありますね?」
訝しげに受付の女性を見つめ、奥にあるであろう真実を必死に見つけ出そうと探る視線。
受付の女性はそれをまっすぐ受け止め一つ笑った。
「もちろん訳ありでございます」
あまりにも簡単に真実を吐露した彼女は一つ資料を取り出し向かい合う二人に見えるよう受け付けから押し出した。そこにはAランクであろう冒険者の情報が書き込まれていた。
名前:ヴァルナ・ハーバー
称号:拳豪
ギルドランク:A
性別:男
年齢:28
職業:聖職者
出身地:アフラ教国
所属:―――(なし)
「称号も持っているなんてますますその訳というのが気になりますね」
称号、それはAランク以上の者のみが得られる強者の証。
現在存在する称号には剣士には『剣豪』や『剣聖』、魔法師には『魔導師』や『賢者』、重戦士には『魔法戦士』や『覇者』など多数存在する。
Aランクになった時ギルドからその人物の戦闘スタイルや武器、周りからの評判などを考慮し称号を選定し贈呈される。云わばお祝いのようなものでもある。
そんな称号を持っている冒険者がフリーというのは不思議で仕方ないのは当然だ。
「そうですね。一応お伝えできる範囲で言いますと、Aランクで聖職者なのに単独でいる訳というのは『回復魔法が使えない』という事です」
「回復魔法が使えない、だと?」
「はい、通常の聖魔法は行使出来ますが回復魔法のみ行使できない、ということです」
聖魔法の一番の特徴は全ての魔法の中で唯一回復魔法が使えるという事。
魔法には様々な属性が存在し攻撃に優れた『火』『闇』、防御に優れた『木』『水』、そして回復に優れた『聖』である。そしてこの聖魔法は他の属性に比べて適性が表れる人が非常に少ない。唯一の回復魔法であり行使できる人物も限られてくる、そんな人物だからこそ多くの人々が彼らを求める。
だがその唯一の回復魔法が使えない、いわば単純な戦闘要員としかカウント出来なくなってしまい、後方の回復要員としてはカウント出来ないのである。そんな人物は臨時としてはパーティには招かれても固定はされないのが実情だ。
「回復魔法は使えない、それでもAランクというほどですから戦闘能力は相当なのでしょう?」
そう、例え回復魔法が使えなくてもこのヴァルナという人物はAランクという地位にまで上り詰めた。本来の聖属性の聖職者は回復魔法と聖属性の魔法、そして戦闘能力と三つの要因を元に評価されるのだから。
全身鎧の男と長髪の優男は何かを考えるように二人で顔を向かい合わせ、目があった瞬間一つ、頷いた。
「是非彼に会ってみたいのですが」
中央区はこの町の財を司る中枢である。数多くの商店が軒を連ね、毎日多くの人々が行き交う繁華街である。町の流行はこの場所から生まれると言っても過言ではない。
町の流行発信地の一角にある喫茶店には少し似合わない三人の姿があった。
一人は全身鎧の厳つい顔の男。何処からどう見ても喫茶店でのんびりという雰囲気ではない。
一人は銀の長髪の一見優しそうな雰囲気を持つ優男。ローブを羽織っている為少々歪だが、こちらは連れているのが女性であれば似合いそうな雰囲気ではある。
最後の一人。それは茶色の短髪で耳にはピアス、色白の肌に聖職者だけが羽織れる神の紋章の描かれた法衣。彼こそが件の冒険者であるヴァルナ・ハーバーである。
注文したドリンクを一口飲み喉を潤したヴァルナは口火を切った。
「それで今回はどんな要件だい?ギルドで聴いたかもしれないが俺は回復魔法が使えない聖職者だが、一応聖魔法は使えるAランクのヴァルナ・ハーバー。依頼は内容にもよるが一日銀貨10枚から受けるぜ」
Aランク冒険者が本来依頼を受ける時、最低銀貨10枚というのは相場の中でも至って平均的。Cランク冒険者が一日で銀貨3枚程度稼げれば十分だと言われている中で非常に高給取りであろう。例えそれが回復魔法が使えない聖職者であったとしても。
「では私から。私はインディ・ディヴァン、Bランクの魔法師です。で、こっちにいるのが」
名前:インディ・ディヴァン
称号: ―――(なし)
ギルドランク:B
性別:男
年齢:26
職業:魔法師
出身地:ミリテリアス
所属:白象
「アグリアント・ラマナってんだ。俺もBランクで重戦士をしている。よろしく」
名前:アグリアント・ラマナ
称号: ―――(なし)
ギルドランク:B
性別:男
年齢:32
職業:重戦士
出身地:ミリテリアス
所属:白象
ヴァルナの情報はギルドで聴いた通りだった。しかしそれでも自己紹介をされたら返すのは冒険者以前に人としても礼儀の為に返さなくてはならない。
始めに自己紹介したのは銀の長髪の優男、次に全身鎧の男。何かをする時はいつもこの順番だ。
ヴァルナにくる依頼は基本的には一件一件別件となる臨時の依頼が基本である。
今回の依頼も受けるつもりではいるヴァルナではあるが一応内容の確認や他の依頼との兼ね合いを考えるために内容を確認するための話を聞くことにした。
「それに今回は一日とか二日とか、そんな臨時じゃないんだ」
「ほう、臨時じゃねぇのか。となると長期か?一週間くらいからなら少しは安くしとくぜ?もちろん宝とかが手に入ったら山分けしてもらうけどな!」
クエストの依頼などには一日や二日の短期から一週間以上の長期の二種類に分けられる。
短期よりも長期の方が若干冒険者の依頼料が割安になるのは安定した報酬が得られる代わりの割引料だ。冒険者の間では常識となっている。
「違います、長期などでもないんです。ヴァルナさん、貴方は今現在単独の冒険者でどこのパーティにも所属していない。そして現在所属を検討しているパーティも存在していない、という事でいいですか?」
「あぁ、その通りだ」
「では単刀直入に言います。ヴァルナさん、私たちのパーティに入っては頂けませんか?」
「は?」
ヴァルナは混乱している。それもそうだ。いつもの様に短期の依頼だと思って以来の内容を聴きに来てみればパーティの誘いだったのだから。
「理由を聞いてもいいかい?」
当然理由は知りたい。
今までもそれなりに誘いはあった。当然だ。いくら回復魔法が使えなくてもAランクの冒険者なのだから戦闘力には定評がある。だがそれもどれもが一緒に依頼を完了してからの誘いだった。今回の様に依頼を受ける前からパーティに誘われることなど無かった。
だからこそ知りたい、受ける前からパーティに誘う理由を。