別世界:Bランク冒険者
今日も今日とて目的は達成出来なかった。
『かめさんの迷宮』というダンジョンに潜り始めて1週間、順調だったのは最初の2日だけだった。最初の1日は地図の御蔭もあり一気に80層まで潜れた。そこにワープポイントを設置し、翌日にまたそこからスタートし99層まで進めた。そう、順調だったのはここまで。
100層のボスが問題だったのだ。
悪魔とは一種のイレギュラーモンスターである。通常武器や魔法では倒せない人魂や幽霊といった実態を持たない数少ないモンスターである為、祝福された魔法である聖魔法や聖属性が付与された武器でないと攻撃が通らない。
だが彼らはそんな攻撃手段を持たない。
彼らの内一人の職業は重戦士、聖属性が付与された武器で攻撃できれば悪魔の1匹や2匹楽勝であろうに。
ダンジョンからの帰り道、最近舗装されたばかりの山の中の街道を歩きながら二人の男は拠点となるネックへと歩みを進める。
一人は全身鎧の大男、一人は長髪の優男。彼らこそ下層へと潜った数少ない冒険者である。
「なぁ、いい加減俺たちも新しい仲間を入れなくちゃならない時なのかな?」
「そうですね……私たちだけじゃあれは倒せませんしね。聖属性の魔法は私は覚えられませんし、かといってあなたが聖属性の武器を持つにしても大剣なんていう得物はありませんものね」
「あぁ、少なくとも大剣で聖属性が付与されたなんて聞いたこと無いぜ。杖や棍棒、剣なんてのはよくあるんだがなぁ……。なんで大剣が無いんだよ。明らかに不公平だろ」
「じゃあ得物を変えますか?そうすれば簡単に攻略は出来そうですよ?」
「……ないな。今更得物を変えるなんて器用なマネ、俺には出来ねえよ。でも早く倒さないと後続の俺たちよりも上位の冒険者に先を越されちまう。だからこそ新しい仲間が必要かなと思うんだよ」
「でもネックにはBランクで単独の聖職者か聖属性の武器を持っている冒険者なんていませんよ?」
田舎町であったネックは当初に比べれば確かに大きく発展を遂げた。しかしまだ田舎の都市という規模を超えてはいない現状、高ランクの冒険者などそう多くはない。また単独ではダンジョンに潜る冒険者などそうはいないのだから、それに高ランクともなればより数が限られてくる。
「最悪Cランクとかでもいいと思っているんだよ。Cランクならアイツの攻撃くらいは最悪避けられるだろうし、何かあれば攻撃できなくても守ることは出来るしな。突破できればそこから徐々に鍛えていけばいいし」
99層までの敵は彼らにとっては確かに弱かった。彼らは金、金、金と貪欲な魔法使いにちょっと脳筋気味の大男、仕事は報酬が良さそうなものばかり選んでいる。そんな者がギルドから信頼を得られるわけもなく、信用がイマイチないため実力派あるがランクは低い典型的な冒険者なのである。
彼らが求めるCランク冒険者であれば確かに逃げるだけは出来るかもしれない。何故ならダンジョンのボスモンスターは逃げる者は追わないからだ。理由は分かってはいない、解明されていない謎の一つだ。
だが正直不安になってしまうのも頷けるのがダンジョン100層という領域なのだ。
「とにかく一回ギルドに聞くのが一番ですよ。早く帰って一杯やりながらこれからを考えましょうよ」
二人は夕日で赤く染まった森の中、自然溢れる街道を歩いて行く。
一仕事終えた後の休息をギルドにいる美味い料理と今日の戦利品を眺め、最高の一杯を求めるために。
30分ほど歩いた頃、木と石で組み合げられた3メートルほどのネックの東門が見えてきた。
門の前には2人の門番が立って警戒しているのが今となっては当たり前の風景に成りつつあった。ダンジョンが発見される前は町であるため門はあったが門番など立ってはいなく、精々入町税や身分証確認をするお年寄りの管理者が一人居ただけだった。しかし町も発展するにつれガラの悪い奴も増え治安を維持するためにも腕に自信のある者を立たせておかなくてはならなくなったのだ。
門ではギルドカードを見せるだけで身分の確認は終了するためチェックは緩いと言えば緩い。町から町へと移動の途中、何か問題を起こしたとしても発覚することはないという問題点を孕んでいるが。
ネックは拡張、拡張を繰り返し大きくなった町であるため道は非常に入り組んでおり、初めて来た人は迷ってしまうことは確実ではあるが、すでに長く滞在している2人は迷うことなく歩ける。
門から歩くこと2分、目的地となるギルド支部が見えてきた。
木造2階建ての周りの建物よりも一回り大きい建築物。ギルドの多くは一階がクエスト所兼酒場が併設されており、二階には簡易宿泊所が設置されていることが多い。一階の酒場は冒険者で非常に賑わい騒がしいはずであるのに、そんな中真上の階で寝られるのかという疑問は尽きないが、二階の簡易宿泊所は常に初心者冒険者には人気のある物件なのだ。
ウェスタンドアを入った二人はまっすぐ受け付けに向かっていく。今の時間は女性受け付けが担当だ。
「クエスト内容の確認を頼む」
「はい、かしこまりました。いつもの『かめさんの迷宮の下層調査』ですね。ではカードを拝見させて頂きます」
全身鎧の男が出したカードを確認する受付の女性は少々残念そうな表情を見せる。
「やはり今日もダメでしたか」
今日もダメ、その言葉をここ最近何度聞いたことか。
毎日毎日ダンジョンに潜っては下層へ下層へ潜って行く。先にある見た事もない宝を求めて、ロマンを求めて、名誉を求めて。
しかしここ最近何度も100層のボス、デビルで手こずっている。彼らには攻撃手段が無いから。
「ああ、だから俺たちも参っちまってな。だから新しく仲間でも入れようかとも思っているんだが……誰かいないか?紹介してくれよ。アイツを倒すためには聖魔法とか使える奴が欲しいし、出来ればこの先も戦力になる奴がいいんだが」
ギルドまでの道中に二人で決めた事。出来れば自分たちと同じBランク以上の冒険者、最低でもCランクの冒険者。加えて聖魔法か聖属性が付与されている武器を使用している者。
もちろんそんな冒険者はそういない、そんなことは二人も分かっている。分かっているからこそ今断られても素直に引き下がることが出来るくらいに。
だが受付の女性はキョトンとした表情を見せる。それは驚きとも困惑ともはたまた何か合点が云ったような表情だ。
しばらく点が続いていた女性だが時間にして5秒、ようやく再起動した。
「本当に新しい仲間を入れるんですか?あの偏屈で頑固で我が儘で、お金に汚くてケチでしみったれな貴方達がですか?」
とんでもない罵詈雑言付きで。
これには堪らず彼らも反論をする。
「……そんなに酷くねぇよ」
「そうですよ。自分の為くらいには盛大に使ってますよ。いつもここで豪華な夕食摂っているじゃないですか」
「確かに昨日もお酒に肉料理と、それなりに高価な夕食を楽しんでいましたね。でもよく今みたいに言われているじゃないですか?お二人がいない時に何度か耳にしたこともありますし」
「昔の話だ、昔の話。それよりも新しい仲間だよ。誰かいないのか?」
毎日の様に顔を合わせているからこそ妙に親しみを感じてしまいついつい無駄話と無駄口を溢してしまう。しかし本来受け付けとしてはあるまじき行為であるがしかし、相手が気にしなければそれも冒険者の近況を知るための世間話と情報交換というギルドには必要な業務に変化する。
彼らはBランク冒険者である。しかし実力派Aランクに十分匹敵するが、過去に起こした金銭的な問題でランクは据え置き。今は絶賛信用回復中。
そんな彼らに紹介でき且つ聖魔法などデビルに対抗できるような戦力となる人物を頭の中で精一杯考察する。
「そうですね……一人だけ紹介出来そうな人はいます。Aランクで拳闘士の聖魔法が使える人物が」