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黒翼騎士団物語。

エル姉が幸せだと私は嬉しい。

作者: 池中織奈

※「所詮、現実はこんなもの」「副隊長は隊長を愛しすぎている」のウタの話。

前世の話が若干長い。

 前世の記憶を覚えている。

 そんな事をいったら頭がおかしいと思われることぐらい、幼い私は理解していた。農家に生まれた私は、自分で言うのもなんだけれども上手く『普通の子』としてなじんでいたと思う。

 子供が普通ではなければ、親は異常に思うもの。普通の農家の私がこの世界にない知識を披露するのはおかしいもの。

 それを私は理解していた。だから『普通』を装った。

 異常でもおかしくても受け入れてくれる―――何て甘い夢があるなどと思わなかったからだ。

 思えば前世の私―――今井華夜いまいかやだった頃から私はそうだった。前世の私はバリバリのキャリアウーマンだった。母子家庭で育ち、働く母親を間近で見た私にとって社会に出て働く事は当たり前だった。そもそもうちの家が母子家庭だったのは、父親が不倫した後姿を消したからだ。母は大層苦労したという。

 そんな母のもとで逞しく育った前世の私はこの世は何があるかわからないのだから、働いて貯金をためておくべきだろうという結論に至った。何故かわずか七歳ほどで。その頃、近所の噂話で父親の事情を知ったため色々察した前世の私はそんな結論に至ったのだ。

 その決意を聞いた母は「なら勉強を頑張らなきゃね。学歴が良くなければよい就職先にはつけないわ」などと何とも夢のない事を笑って言ったものだ。それからの前世の私は頑張った。勉強に、運動――全てを一生懸命にやった。

 高校は偏差値の高い名門の女子高に入った。挨拶が「ごきげんよう」のある意味庶民な私には異次元な世界で、入った当初は馴染めるか不安だったが何故か入学したその年には「華夜お姉様!」と私を慕う生徒が続出していた。中には私のせいで百合に目覚めたなどと言ってきた生徒もいて、頭を抱えたものだった。

 国公立の有名な大学に進学し、そこで彼氏も出来た。大学生活の四年間のほとんどを彼と過ごした。このまま大学を卒業したら結婚するんだろうなぁと漠然と思っていたら、卒業間近の二月にあ奴は爆弾発言をかました。

 「……どうしよう、子供が出来た」などと。

 驚いたものの、どういう事かと詰め寄ってみればサークルの飲み会にいった時に一夜の過ちを犯してしまっていたらしい。……避妊もなしで、とはなんとまぁ、馬鹿な真似をと浮気したことよりそちらに呆れたものだった。

 子供が出来た責任をとらなければならないと思うが、私と別れたくないと困っていたらしい。とりあえずそれに頭を抱えた前世の私はその彼の一夜の過ち相手に会いにいった。彼女は私に泣いて謝っていた。彼女は実は彼が好きだったらしい。しかし恋人がいるからと諦めていた所を、酔った彼に誘われ、断ることが出来なかったのだという。子供はおろしたくないといっている。私もそれには賛成だった。中絶は世の中で増えてきているが、命をそんな風に扱っていいものとは私は思わない。

 彼は私と彼女で揺らいでいた。

 だから私は、彼女に彼を幸せにしてくれと頼み、彼の背中を押した。「責任を取ってこい」とただそう言って。彼のことは好きだったのだ。別れたくはなかった。しかしだ、考えてみるとこのまま彼と別れずに結婚。彼の子供が別にいて、その子に養育費を払うという生活はどうかと思ったのだ。何れ私に子供が生まれたとして、彼の子供が別にいる事を、それも一夜の過ちによって生まれた子がいる事を知ったらショックを受けることだろう。家族に亀裂が入る可能性もある。それに厳しい意見かもしれないが、一夜の過ちを起こした彼がまた一夜の過ちを起こさないとも限らないと思ったのだ。

 だから、私は別れた。

 彼女は彼が好きだったから、幸せにしてくれるだろうと思ったから。彼は私と彼女で揺れていたからそのうち彼女を好きになるだろうと思ったから。

 だから背中を押した。

 大学時代の知り合いにも「あいつと別れたんだ」と軽く言って、下手に人間関係に亀裂が入らないようにした。「それでいいの?」と聞かれもしたが、私は納得して別れたからよかった。

 そうして、大学を卒業した私はある大企業で働いていた。女ながらに幹部にまでなっていた。というか、仕事が楽しくて仕方なくて、一心に働いた。そして気付けば私は三十歳になっていた。

 正直もうこのまま結婚しないで仕事に生きていいかなと思ってた。母も「結婚? 自由にしなさい」という人だったから、私はその日仕事に生きようと決意した。

 これからもっと頑張るぞー! という意気込みの元コンビニでお酒を買った帰りに私はトラックに跳ねられたのだ。


 ……前世の自分に言えるなら言いたい! これから頑張るぞ―! と意気込むのはいいけれどもそれで浮かれて前見てなかったとか馬鹿でしょ! と!




 前世の記憶を思い出して真っ先に思ったのは前世の自分に対する文句だった。

 一歳の頃熱に十日もうなされて思いだした前世の記憶。それから五歳になるまで村で普通の農家の娘として生きた。

 が、それは突然終わった。

 村が飢饉に襲われた。結果、子供が売られることになった。村から一人、一人と子供が消えていて不自然に元々思っていた。それが、身売りされているとわかったのは深夜の両親の会話である。深夜に目が覚めてみればあの両親、私を売る算段を立てていたのだ。子供はミシェル(兄)が居るから、あの子は出来が悪いから――などと口にしていた。

 その言葉に正直、私はあー、奴隷は嫌だなとただ思った。だから、逃げ出した。死ぬかも知れなくても奴隷なんて正直嫌だった。だから村の外に出た。

 私は運が良くて、保護された。そして村に帰りたくなかった私は両親を亡くした子供のふりをした。現代日本のような完璧な戸籍なんて此処にはないから、どうにでもなった。

 そして引きとられた孤児院で私は後に『剣姫』と呼ばれる少女エラルカ―――エル姉と出会った。

 孤児院に引き取られた私は何だか面倒になって「普通」の皮をはいでいた。私は私として、そこにいた。孤児院には色々な子がいたし、何より母様は私がこういう子でも一緒に居てくれると確信したから。実際、母様は私が異常に大人びて居ても子供として可愛がってくれた。

 私が引きとられた頃のエル姉は……、正直はっちゃけていた。何故かって、その頃、エル姉はようやく体が少しずつよくなってきてた頃だったからだ。それ以前のエル姉を私は知らないから、正直想像もできないが昔のエル姉――特に六歳以前のエル姉は本当に寝たきりも同然だったという。

 六歳を過ぎたあたりで、少し体を動かせるようになったエル姉ははしゃいでいたのだ。自分で歩ける事、自分で走れる事、皆と遊べる事―――そういう自分で行動することが、今まで出来なかったことが出来ることに浮かれていたのだという。私の出会った頃のエル姉は丁度魔力が体になじもうとしている最中だった。―――木登りをしている中でいきなりエル姉が高熱に倒れたりした時は本当にびっくりした。

 動けるようになっても時折こうして高熱を出したり、寝込むエル姉は「あれほど体調に気をつけて行動しなさいといったでしょう! 今度から外で遊ぶのを禁止にしますよ!」と母様に怒られていた。

 自分で動けることが嬉しくてはしゃぎまわるエル姉はまるでやんちゃ坊主のように元気だった。が、そんなエル姉の内面は乙女だった。

 エル姉は昔出会った貴族の少年が物語の王子様のように迎えに来る事を信じていた。

 現実的に考えて私はそれはありえないと思った。夢を見すぎだと思った。王子様が迎えに来るから~などと浮かれたままではエル姉の将来が本気で心配になった。だってこの世界って危険が溢れてるのだ。悪い男だって沢山いるのだ。エル姉の事だから、このままでは「ロウ」を名乗る男がいれば誰にでもついていってしまいそうだ…! そう思った私は思わず本心を口にしてしまったのだ。

 「そんな子供の頃の口約束覚えてて実際に迎えに来るとかありえないでしょ」

 普通にありえないと思った。

 「それに話を聞く限り、そのロウって人貴族でしょう? 身なりとかが凄かったとか、従者らしき人がいたって言うんだし。それなら貴族の息子が平民――それも両親もわからない孤児の娘をめとるって無理でしょ」

 第一その「ロウ」が貴族であるなら尚更ありえない。私もエル姉も所詮孤児の娘なのだ。ちゃんと親が居る娘ですらない。何処の誰の血を引いているかもわからない。そんな存在を貴族が娶るなんて私は思えなかった。

 「愛人とかならいいかもだけど、正妻はありえない。貴族としての世間体とかを考えると貴族の令嬢が、そうじゃなかったとしても大商人の娘とかそれなりに地位のある人を正妻にすると思うわ」

 エル姉がショックで固まっているのはわかっているが、これもエル姉に現実を見てもらうためだった。

 「仮に向こうが本気でエル姉との約束を守る気だったとしても周りが絶対許さないでしょ。それに実際貴族に孤児が嫁いだら社交界とかでもちゃんと出来なくて大変だと思うの。貴族って只贅沢しているのが仕事じゃないし」

 現実はそんな甘いものではないんだよってそれを言いたかった。だってエル姉ってば、「ロウ」を待ち続けて自分の幸せを逃してしまいそうなほど夢を見ていたから。

 「だから、現実ではありえないでしょ。いい加減そんな夢見るのやめようよ。それか本気で貴族と結婚したいならそれなりの地位に自力でついたら? ……まぁ、無理だと思うけど」

 そこまで言いきってショックで崩れ落ちるエル姉に流石に罪悪感を感じた。このままエル姉を見ていたら「う、嘘だよ。「ロウ」は迎えにくるよ」などと口から思ってもない言葉が出てきそうで「あ、私母様に呼ばれてるんだった」と言ってその場を後にした。




 それからエル姉が一週間も寝こんだのは誤算だった。




 罪悪感を感じたが、エル姉が現実を見てくれるならそれでいいと思った。思ったのに、エル姉は―――『貴族と結婚出来るそれなりの地位』について私に聞いてきた。

 「ロウ」が会いにきてくれないなら、会いに行こうと思ったらしい。エル姉は予想外に逞しかった。

 私はそれに答えた。無理だとは思った。途中で躓いて、現実を見るんだろうと思った。

 「魔力が異常なんだから騎士めざしなよ。剣の腕がそれなりでもそれだけ魔力があればどうにかなると思う」

 そんな事を私が言ったのは、「女のエル姉じゃ無理だろう」という思いがありながらも必死で「ロウ」に会おうとするエル姉を応援したくもなったからだった。

 エル姉はその日から自己流で魔法や剣技を磨き始めた。

 ……誤算だったのは、エル姉が戦闘の天才だったことだ。才能がなければ魔法は使えない。才能がなければ自己流であれほど戦えるようにならない。

 エル姉が魔物を引きずって帰ってきた時なんて倒れるかと思った。いや、だって魔物って普通の大人でも倒せないぐらいなんだよ? 何で自己流でやってて倒せてるの。エル姉、もしかして貴方前世で言うチート娘なの? と混乱した。

 十歳にしてエル姉はある意味異常だった。

 しかし、まぁその頃には好きな人に会いたいと必死なエル姉を何だかんだで応援しようかなという気にはなっていた。

 だってエル姉は必至だったから。私に現実を突きつけられても、それでも夢を見ていたから。そんな風に必死に頑張ろうとしていたエル姉だからこそ、私はエル姉が好きになった。

 母様とエル姉とそして他の孤児院の子供だちとこれからもずっと生きていきたいなどと思っていたんだけど―――、孤児院が財政難になった。

 ………今まで孤児院に援助してくれていた貴族が行方不明になり、急遽十五歳の息子が跡を継ぎ援助を切ったのだ。おそらくお家騒動で孤児院に援助する余裕がなかったのだろう。幾つもの孤児院に援助をしていたその貴族が援助をきったため、幾つもの孤児院が財政難になった。

 とはいってもどうしようもない。

 私たちは所詮、権力なんて持っていない孤児でしかなかった。

 それでも私は必死に前世の記憶も使って、母様と一緒に頑張った。頑張る私を見てエル姉は十一歳なのに魔物を狩り、食料を私たちに提供してくれた。エル姉がいなきゃ、私たち孤児のうち誰かが餓死していたことだろう。本当にエル姉には感謝している。

 正直その時はじめて、私エル姉に騎士を目指すようにいっててよかった! と過去の自分をほめたくなった。だってエル姉が騎士を目指そうと自己流で強くなろうとしなければ私たち飢え死にしてた。エル姉も死んでたかもしれない。

 でも結局孤児院はなくなった。

 皆バラバラになった。私は孤児院をなくさせまいと色々奮闘したことが噂になっていたらしく、シュパーツ商家が養女に引きとるといってくれた。シュパーツ商家の夫人は子供が出来ない体だったらしいのだ。

 それからはエル姉とも同じ孤児院の子供たちとも、母様とも離れ離れになった。寂しくないといえば嘘になったけれども、私は『養女に引き取ってよかった』と思われなければならなかった。養女になる価値がなかったと思われたら此処では生きていけない。

 というわけで、必死に頑張った。前世でキャリアウーマンだった経験が此処で生かされた。というか、久しぶりに仕事するの楽しいと舞いあがった私はやりすぎた。気付けば神童扱いされていた。

 働く事は楽しいことです、などといっている十二歳が誕生していた…。前世の記憶があるはずなのに体に引きずられて時折衝動的になってしまうのが悩みだ。

 でもやってしまったものはしょうがないと私はそれからもう神童のままでいいやと思った。義父さんも義母さんも私が子供にしては聡すぎる事を誇りに思ってくれていた。だから、私は現状の生活に満足していた。自分の身が落ち着いてからは、孤児院の子供たちの行方を探る作業を行った。

 エル姉に関しては正直殺してもしななそうというのが私の感想で(だってエル姉、騎士が臆するような魔物も余裕で倒してたし)、他の子供たちや母様について探した。

 ただ、私はこの時少しだけもっと早くにエル姉とエル姉の思い人の「ロウ」について探ればよかったと後から後悔することになるのだ。

 二年物歳月をかけて、ようやく全員を探した。身寄りのない子だからと中には奴隷にされている子もいて、その子を助けたりと色々大変だった。母様も含めて皆保護した。私はその頃、シュパーツ商家の娘として活躍していて自分の財産もあったから、皆全うな働き先を紹介したりと色々忙しかった。

 で、その後ようやくエル姉を見た。

 ………私は女ながらに騎士団に入った将来有望な女騎士が居る事はしっていたけど、それがまさかエル姉だとは思っていなかった。

 黒翼騎士団なんて本当の実力者しか入れない騎士団に居るエル姉。子供の頃の私の言った言葉を真に受けて此処まで来た何処までも純粋なエル姉に、私は「ロウ」を探して会わせてあげなきゃと思った。

 でも遅かったのだ。

 エル姉の王子様である「ロウ」は、ロウト=バレッドという侯爵家の三男には婚約者がいた。平民の婚約者。周りの反対を押し切ってまで、一年もかけて認めさせた儚げな印象の「エルナ」という少女。

 エル姉の求めた王子様が、「エルナ」という少女を婚約者にした。それに私は悪い予感がした。

 シュパーツ商家の才女なんて呼ばれている私はその頃、貴族の顧客もいたため必死に情報を集めた。

 その結果発覚したのは、「ロウ」が「エルナ」をエル姉と勘違いして、結婚したことだった。私は顔が蒼くなった。

 その時、私がもしあの時忠告をしなければエル姉は王子様が迎えに来て幸せになったのではないかと思ったから。

 何で私はもっとはやく「ロウ」のことを調べなかった、と思った。どうして、「ロウ」とエル姉をもっとはやくに引きあわせなかったと後悔した。

 と、その時の混乱した私はそんな思いで一杯だった。

 が、もっと調べてみると少し冷静になった。

 「エルナ」という少女は何処までも儚げで、誰かに守られなければ生きていけないような少女らしい。それはきっと六歳以前のエル姉の成長した姿を「エルナ」に見たからなのだと思う。そう思うと違和感がわいた。だって私が忠告をする以前からエル姉は、正直儚げとは遠い印象に育っていた。

 動けることが楽しくて、嬉しくて、そうして一生懸命走りまわって、男の子みたいだった。私が孤児院に来た当初からエル姉は。

 例え私が忠告しなかったとしてもエル姉は「エルナ」のようには育たなかっただろう。そのまま私が放っておいても、エル姉は夢を見ながらも行動出来る楽しさに元気な少女になったと思う。寧ろ出会った当初のエル姉が儚げに育ったら私はびっくりする。

 調べてみるに「ロウ」はエル姉の当時の…、私には想像出来ないが「俺がいなきゃ何も出来ない」的な雰囲気のエル姉に惚れていたようだ。それで孤児院がなくなり辛い人生を生きているエル姉を「俺が守らなきゃ」的な使命感に満ちていたようである。

 ………正直な感想を言おう、「ロウ」はエル姉以上に夢見がちすぎた。普通に考えてみてほしい、人間一年あれば変わるものだ。それを五歳のエル姉を最後に見た以来一度も会ってなかった奴が何を今のエル姉を「儚げ」で「守らなきゃいけない存在」などと決めつけているのかと。十年も経っているのだから寧ろそのままの方がおかしいだろうと。

 それに「ロウ」の求めているのは「儚げ」で「自分が守らなきゃ生きていけない」少女である「エル」なのだ。そんなのエル姉ではない。エル姉は体が弱くて動けなかったからこそ、動けるようになってから行動することが何よりも大好きにで、こちらがびっくりするような行動をするような人なのだ。

 そもそも言おう、エル姉が今のエル姉として育たなきゃ孤児院の財政難の時エル姉も死んでいたかもしれないのだ。

 後もう一つ発覚したことだが、「ロウ」の家なのだ。………私たちの孤児院を含む幾つもの孤児院の援助を切ったのは。その頃、「ロウ」・十一歳。両親が行方不明になり(権力争いで監禁されていた。もう救出されている)、長男(当時十五歳)が必死に家を纏めようとしていた。それでいて他に手が回らなくて長男は援助を断ち切ったのである。それからお家騒動で「ロウ」は色々大変だったらしいと聞くが、正直な感想。貴族の権力争いで死にかけるとか、本当こちらからすれば困るどころではない。

 そしてようやく家が落ち着き、両親が助けられた後、「お前の初恋の子はうちの援助している孤児院にいたんだぞ」と両親に聞かされショックを受けただそうだ。当たり前だろう。両親が行方不明になり、錯乱している中で兄の判断した「孤児院への援助の経ちきり」により、初恋の子の孤児院がなくなっている事を知ったのだ。

 そんな「ロウ」に家族は「絶対に見つけてあげるから」と甘やかしたらしい。何て言う駄目な親だ! 初恋だろうと貴族が平民と結婚するのって大変なのに。誰がってその平民が。親が納得していても他は反対するだろうしね…。

 特にバレッド侯爵家の前当主夫妻は「エル」を元からよく思ってなくて、「これであの子が平民を忘れればいい」と思ってたらしい。

 さてさてそんなわけで「エル」探しに出た「ロウ」だけれども、中々「エル」が見つからない。…そりゃそうだ。「ロウ」の探している「エル」とその頃のエル姉は一致しないだろうから。エル姉は「儚げ」でも「病弱」でもない。それでいて調べればその頃のエル姉、食堂に魔物を狩って貢献しているような猛者だった。誰が気付くんだ。「儚げ」で「寝たきり」で、「一人で何もできない病弱」だった少女が、「自己流で魔法と剣技を磨い」て、「大人でも倒せない魔物」を余裕で倒せるほどに強くなっているなどと…! 私でもそれを理解出来ない。気付けない。そりゃ、「ロウ」も気付けないわけだよと思う。

 結局エル姉が騎士団に入団した頃、「ロウ」に会えると浮かれていただろう頃、「ロウ」は「エルナ」を見つけたのだ。それでまぁ、エルナは私たち同様孤児院育ちの少女で、「儚げ」で「守ってあげたいオーラ」を持っていた。「ロウ」の中の「エル」の成長した姿とぴったりだったらしい。そして、記憶喪失で幼い頃の記憶がなかった(孤児院がなくなった後、辛い目にあったショックでらしい)というのだから出来過ぎた話だ。

 一年かけて反対する祖父母を認めさせて婚約して、幸せになりました――。というのが、「ロウ」目線。本物、騎士団にいるけど。

 それでまぁ、「エルナ」は受け身な女性でさ、色々苦労はしていても「守られる事を許容」して、「守ってくださいロウ様!」的な女性らしい。実際礼儀作法も何もなっていない「エルナ」に対して貴族の評判は悪い。私もパーティーで姿を見た時、あれは貴族として生きるのはないわーと思うぐらい酷かった。病弱だから仕方ないとかいいわけじゃないからね、と「ロウ」に言いたい。体が弱いから無理が出来ないのと頑張らないのは違う。「エルナ」を甘やかして甘やかして、貴族として生きる努力をしなくて大丈夫だとそんな風にしているのだ。侯爵家は。

 まぁ、確かにバレッド侯爵家は権力があるし、長男ではなく三男の嫁なのだから何とかこのまま一生『幸せ』に生きられるかもしれない。

 でも一言言おう、少なくともエル姉は「ロウ」に娶られても幸せを感じはしなかったと思う。だってエル姉は守られるより、守りたい人だ。自分が行動出来る事を喜んでいて、夢見がちだったとしても「エルナ」のように人の悪意を向けられたきっと立ち向かったと思う。エル姉は強い人だ。強いからこそ、私が幼い頃あれだけいったのに、立ち直って「ロウ」に会いに行こうとしたのだ。守られて大切にされて甘やかされて――そんな生活、エル姉は耐えられないと思う。

 そして強いエル姉のことを「ロウ」は愛さないのだと思う。だって「ロウ」が好きだったのは「自分に守られる」、「儚げ」で「病弱で弱々しい」、「自分では何も出来ない」――そんな「エル」だったからだ。

 実際、「エル」を探している際孤児院育ちのエラルカ――も候補には上がってたらしい。しかし、エル姉の情報を調べた「ロウ」はこれは「エル」じゃないと判断したという。「ロウ」の好きな「エル」は決して魔物を狩るなんて野蛮な真似を出来なかったからだ。というのが、「ロウ」の言い分。この分だと私が出会った頃のエル姉は木登りをしたり、走り回っていたから「ロウ」からしてみれば「エル」ではないのだろう。

 だから忠告をして「ロウ」が「エル」を見つける可能性を潰してしまったことに少なからずやってしまったなという感情はあるけれども、冷静になってみるとこれでよかったのではと思ってる。

 だって七歳の、私が忠告する前のエル姉でさえ「エル」ではないと否定しそうな「ロウ」なのだ。ならば、これでよかったではないかと思う。初恋が実らなかったエル姉のことを思うと心が痛いが。エル姉が「エル」だと名乗れば「ロウ」はエル姉を否定したかもしれない。受け入れたとしてもエル姉が「エル」のまま育たなかったことに何とも言えない気持ちになることだろう。

 「ロウ」は「エルナ」を「エル」だと思っていて、「エルナ」も記憶喪失で覚えてなだけで自分は「エル」なのだと思っている。

 「ロウ」は初恋が実って幸せだと思い、「エルナ」を愛してる。「エルナ」は今まで苦労したけれども、王子様が迎えに来てくれたと自分を救ってくれた「ロウ」を愛してる―――。

 それを今更「貴方はエルじゃない」と言えなかった。もう言わなくていいと思った。言っても人が傷つくだけだと思ったから。

 エル姉のことは心配だった。予想通り、「ロウ」のことを知ったエル姉は落ち込んでいると聞いた。心配で手紙も出した。しかしそこで落ち込んだままではないのがエル姉だった。…エル姉は「ロウ」のことを考えないようにするためか、必死に騎士として働いた。

 結果最年少で黒翼騎士団の六番隊隊長なんてものにまで上り詰めてしまったのだ。……エル姉はやっぱり「ロウ」の記憶の中の「エル」としては何があっても成長しなかったと思う。「エルナ」なら何か辛い現実があったら悲しんで、自分の世界に入るだろう。

 『剣姫』として有名になったエル姉。そんなエル姉は騎士として「ロウ」と会ったらしい。でも「ロウ」は気付かなかったと。「ロウ」に未練たらたらのエル姉、正直本当心配だったけれど、バル・トリスタの存在を知って私は彼を応援した。

 公爵家の次男でありながら、白翼騎士団に入る予定だったのにエル姉に惚れたからと黒翼騎士団に入った強者である。私が彼を応援したのは、彼が本当のエル姉を見ていたからだ。今の、『剣姫』として生きるエル姉を彼が愛していたからだ。だから、そんな人とならエル姉は幸せになれるんじゃないかと思ったから。

 ……まぁ、鈍感なエル姉は全く彼の気持ちには気付いてなかったようだが。「ロウ」一筋だったエル姉は恋愛に関わらずに生きてきたから当たり前といえば当たり前だが、気付けよと私は報告(気になって情報を手に入れて居た)を聞いて思ったほどだ。

 私が色々探っていたのはすぐに彼にバレて(隠れてこそこそやってるのに気付くとか怖い)、私はエル姉のことを洗いざらい彼に吐かされた。

 「ロウ」のことを知った彼は何だか、冷たい笑顔を浮かべていた。…間近で見て怖かった。前世の経験も含めて色々な修羅場とか経験してたからちょっとの事じゃ動じない自信ある私でも怖かった。

 そんな私に気付いた彼はこちらを見てにっこりと笑った。「エラルカさんは、俺が幸せにしますから安心してください」と。

 …彼は腹黒い一面があるけれども、エル姉を本当に思っている。だから彼がそういうならエル姉が彼の思いを受ければ、彼は本当にエル姉を幸せにしてくれると思う。

 『剣姫』と呼ばれて、周りに憧れられて凛々しいなんて言われてるエル姉。だけどエル姉の内面は乙女で、女として幸せになる事を心の何処かで望んでいるのだ。初恋を引きずっているエル姉には、強引な方がいい。

 強引にいかなきゃ、エル姉このまま、独り身のまま前世の私のように仕事に生きそうなんだもん。前世の私のように独り身でもいいと思っているならまだしも、エル姉は乙女心的に女として幸せになりたいって絶対思っているからね。

 それから二年後――――十九歳になったエル姉から「バルと結婚することになった」という手紙が届き、私はやっとくっついたかと安堵することになるのであった。

 私は嬉しかった。エル姉を彼はきっと幸せにしてくれるから。

 エル姉を彼は本当に愛してくれてるから。

 苦労した分、幸せになってエル姉。その人はエル姉の全てをきっとうけいれてくれるから。

 私はそんな事を思って、幸せな気持ちになった。

 さぁて、エル姉の結婚式には何を着ていこう。そして何を結婚祝いにあげよう。母様や他のエル姉を慕う孤児院の子達にも教えなきゃと私は腰を上げるのだった。




 ―――――エル姉が幸せだと私は嬉しい。

 (エル姉、彼はエル姉をきちんと受け入れてくれるから。エル姉をエル姉のまま愛してくれる人だから。だから、幸せになって。エル姉)





ウタ

日本からの転生者。大人びてたのはそのせい。エラルカに厳しく忠告したのは「将来、この子騙されそう」と心配したから。

その結果、「ロウ」が「エル」を勘違いしたのではと後に罪悪感にかられる。が、「ロウ」はエラルカの今を愛さないと確信したため、これでよかったと思ってる。

エラルカに幸せになってほしいと思ってる。

孤児院がなくなり、その才能を見込まれ商家に引き取られる。

シュパーツ商家の才女。エラルカより二歳年下。何だかまだ十七歳なのに「仕事に生きる!」と言い張ってる。義父や義母にそのことを心配されている。

でも多分結婚すると思われる。


ロウ=バレッド

幼い頃の「エル」の面影のみを求めて、「エルナ」を「エル」と勘違いした人。若干頭が残念。

初恋の人と共になれたと幸せ真っただ中。真実を知ったらどうなるかは作者にもわからない。でもエラルカが「エル」としっても、これはエルじゃないと認めなさそう。


エルナ

「エル」の成長した姿のロウの想像まんまの少女。守られているのが当たり前な儚げな少女。援助が経ちきられた際に孤児院がなくなり、大変な目にあい記憶をなくす。心が弱い。

病弱なため、人に助けられて生きてきた。自分は「エル」で、初恋の王子様と共になれたと幸せ真っただ中。

真実を知った時どうなるかは「ロウ」同様謎。




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― 新着の感想 ―
[良い点] エラルカは失恋だけど…この結果で正解だと思います。 うたの恋物語とかありますかね?読みたいな… ボケたロウとエルナの真実発覚!的な話も読んでみたい… でもエラルカは乙女ロウには…
[気になる点] エル姉が幸せだと私は嬉しい。 「「エルナ」も記憶喪失で覚えてなだけで自分は「エル」なのだと思っている。」 →「覚えてない」 [一言]  転生ものとしてはサブキャラで、なおかつ前の…
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