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青の世界の冒険者 作者:つばめ男爵

序章 勇者ケージ編

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適材適所です2

 ナルが爆発音のした森の方へ駆けていくのを見届けた後、少し思案した恵二はミエリスへ早く宿屋に戻ろうと声を掛ける。

「でも・・・。荷物持ちなんて後回しにして、皆さんの方へ向かった方がいいのでは」

 ミエリスは気を使ってくれたのであろう。自分のことはいいから仲間を助けにいった方がいいのではと遠慮する。しかし、恵二は先程のナルの言葉が胸に刺さる。自分の実力の無さは十分理解している。先程の黒猪でさえ、ナルの助けがなければ最悪死んでいたのだから。

「・・・俺では力不足ですが、大丈夫。仲間はとっても強いから。・・・適材適所です」

 恵二も年頃の男の子だ。可愛い女の子の前で格好つけたいところだが現実は厳しい。助けに行ったところで、足を引っ張るのは目に見えての先の台詞だ。恵二の無念さは彼女にも伝わった。ミエリスも自分の無力さに歯痒い思いをしてきた手前、気持ちは痛いほど解った。恵二の言葉に無言で頷くと、そのまま宿屋の方へと歩み始めた。

 特に会話もなく帰路につく二人。なんとなく気まずい空気になりつつある。そんな雰囲気を破ったのはミエリスからであった。

「・・・ケージさんは、弱くなんかないですよ」

 ぽつりと少女が呟く。えっ、と横を見ると彼女は歩みを止めることなく話し続ける。

「ケージさんは、ちゃんと現実を見ています。ちゃんと自分と向き合っていますから・・・」

「・・・それは」

 なんとも返答に困る。自分が弱いとちゃんと理解している、と言われたようなものだ。事実そうなのだがどうにも情けない。なんて返そうか言いよどむ。

「私は意地になっていました。出来もしない事に執着して・・・」

 宿屋へ着くまでの間、彼女の独白を聞かされる。ミエリスは小さい頃に両親を亡くし、この村の神官に育てられた孤児だそうだ。その神官から神聖魔術を色々教わったのだとか。村人の怪我を神聖魔術で癒していく神官を見て、自分の進むべき道はこれだと幼心に思った。

 しかし転機が訪れた。ある日、大災厄<神堕とし>の影響で神聖魔術が使えなくなってしまったのだ。生まれながらに魔力量が多いミエリスはまだしも、育ての親の神官と、もう一人の神官の神聖魔術は使い物にならなかった。このままでは誰も救えない。そう考えた神官たちは余所の村への移動を決意する。
 それに反発したのが一部の村人たちだ。この村には老人が多く、病人が多数存在する。そんな病人を置いて出て行くのかと訴えた。なかには心無い誹謗中傷もあったが、神聖魔術が使えないのでは神官たちにはどうしようもなかった。結局二人の神官はこの村を出て行った。

 一方ミエリスの元にも余所からのスカウトがあった。その魔力量を買われ、アムルニス教総本山、聖教国グランナガンから声が掛かったのだ。しかしミエリスはそれを辞退した。ミエリスには我慢ができなかったのだ。今まで村を救ってきた神官たちが、謂れのない非難を浴びせられたことに。

「見返してやるって・・・そう思ったんです。災厄なんかに負けない、神聖魔術で貴方たちを救ってみせるって・・・」

 しかし結果は振るわず、軽い怪我を治すのがやっと。ミエリスは知っていたのだ。自分が神官たちと同じ様に非難を浴びていることに。
 勿論それは一部の村人だけでミエリスに優しくしてくれる人もいるし、子供にも好かれている。彼女は面倒見もよく子供たちには大人気であった。

「すみません、変な話をしてしまって。さ、着きましたよ。今開けますのでもう少し荷物をお願いしますね」

 宿屋に着くと、乾いた笑みを浮かべ謝罪するミエリス。そんな話を聞かされた恵二は少し躊躇ったあと、どうしてもこれは彼女に伝えたいと思い話しかけようとした。

「・・・ミエ――」
「――ミエリスちゃん!!」

 恵二がミエリスに話しかけようとした時、後ろから大声でミエリスを呼ぶ声が聞こえた。振り返ると壮年の男女二人がひどく慌てて走り寄ってくる。傍まで来て止まると息もたえだえに話しかけてくる。

「――はぁ、はぁ・・・。ミエリスちゃん・・・うちの子、見なかった?」
「・・・さっきの爆発音が心配で・・・村中探してるんだが、息子がどこにもいないんだ!」

 二人は夫婦のようで二人の子供は、よくミエリスに懐いていたらしい。どうやら爆発音騒ぎから姿が見えないようだ。

「いえ、私は買い物から帰ってきたばかりで・・・今日は一度もアレン君と会っていません」

「――勇者様、うちの息子を見ませんでしたか?7歳で赤い髪の男の子です!」

 恵二の存在に気づいた夫婦が問いかけるも首を横に振る。恵二もいま森から帰ってきたばかりなので当然見ていない。しかし夫婦から子供の特徴を聞かされると、嗚呼あの子かと思い出す。好奇心の塊といった感じで、昨日は恵二たち勇者のところに遊びに来ていた。あれこれ質問責めされたものだ。あの様子からすると、もしかして・・・

「もしかして・・・アレン君、森に入ったのでは・・・・・・」

 恵二とミエリスは同じ考えに思い当たり、夫婦は揃って顔を青ざめる。まだまだ遊び盛りな腕白小僧だ。爆発音が気になって勇者たちの後を追いかけて行っても不思議ではない。いや、自分が同じ立場なら同じことをしたかもと、その思いを強める。

「――私、探してきます!ケージさん荷物をお願いします」

 そういうと、止める間もなくミエリスは森の方へ走って行った。

「――っ!何考えてんだ!!」

 一人で行くなんて無茶だ。荷物なんてどうでもいい、と慌てて放り投げ後を追いかける恵二。しかしここで誤算が一つ。彼女に全く追い付けないのだ。彼女の速度は、二か月間とはいえ訓練している恵二よりも早かったのだ。どうやら神聖魔術の他に身体強化も使えるらしい。

「ちょ・・・待てって・・・・・・!!」

 あっという間に引き離され、森に入った頃には完全に見失ってしまった。とにかく爆発音のした方へ行くしかない。そう判断した恵二は迷うことなく魔物の住まう森へと踏み入れていく。



 一方で爆発音のした方では、事情を全て聴いたランバルドが今回の首謀者に問いかける。

「――で、結局クマが出て驚いて魔術をぶっ放しただけだ、と」

「・・・ごめんなさい」

 シュンっと長い耳を垂れ下げ、涙目に謝罪するミイレシュ。まさか自分の取った行動がここまで大騒ぎになるとは思わなかったのであろう。居心地が悪そうに縮こまる。

 ランバルドたちが駆け付けた時には既に事は終わっていた。大きいクレーターのような穴からモクモクと黒煙が立ち上り、その穴の中心には黒く爆散した何かがあった。

 どうやらグインとミイレシュはこの近辺を散策していたらしい。グインが斥候のような形で前に出ていた為、後ろからのクマの襲撃に気づくのが一歩遅れたようだ。
 それに驚いたミイレシュは、火属性の上級魔術<爆炎弾(バーストショット)>を咄嗟に放ってしまったらしい。ほぼ無詠唱で放った一撃とは言え上級魔術、ただのクマ相手にかなりのオーバーキルだ。

「まぁ、ミイちゃんに何もなくて良かったよー」

「そうっすね先輩。村の人も心配してるでしょうから早く報告に戻りましょうよ」

「アカネにコウキの言うとおりだな。ミイも反省していることだし、どうか許してやってほしい」

 アカネにコウキがフォローに入り、同じエルフであるイザーがミイレシュを庇う。

「・・・グインには、もう少し気を配って貰いたかったんだけどなぁ」

「面目ねぇ」

 グインとミイレシュは一緒に行動していた。つまりグインが前衛、ミイレシュが後衛といった隊形だ。経験不足のミイレシュを、元騎士であるグインがもう少しうまくカバー出来なかったのかと疑問に思う。顔に出ていたのか、グインはランバルドに続けて話す。

「・・・それが、言い訳をするようでアレなのだが。少し妙なことがあってな・・・」

「妙なこと、だと?」

 ランバルドの問いにグインがすぐさま返す。

「ああ、前方に魔物らしき影を見たのだが、すぐ逃げるように去ってしまってな・・・。後を追おうとしたらクマ騒ぎってわけだ」

 それは確かに妙なことであった。文献では<神堕とし>の特徴として魔物が狂暴化すると言い伝えられている。確かに魔物の中には知能の高いヤツもいる。相手の力量次第で撤退をする魔物もいるだろう。しかし狂暴化した魔物が一目散に逃げていくのであろうか。それにこの森はやけに魔物が少なすぎる。クマや猪といった魔物の餌が生息しているのにも関わらず、だ。

 ランバルドが思考の渦に飲まれかけていると、これまで一言も喋らなかったルウラードが重い口を開ける。

「アルシオン殿、とりあえず村に引き返しましょう。村人が不安がっていることでしょうし」

「そうっすね。先輩も心配になって森に様子見に来ちゃったら、クマにでも襲われかねないですしね」

「大変、すぐ戻らなきゃ!」

「・・・そうだな、取りあえずお前ら撤収するぞ」

 この奇妙な出来事は、一旦持ち帰ることにしたランバルドであった。



 一方その頃、恵二は・・・

(ある日、森の中、クマさんに出会ってしまった・・・)

 あっちの世界で幼い頃に聞いた歌のフレーズを思い出す。恵二は今、冗談の一つでもないとやってられないという状況にあった。
 目の前には大きなクマが恵二に背を向けている。そのクマの視線には獲物が二人。小さい男の子、恐らくアレン君であろう少年と、それを庇うように抱いている神官見習い、ミエリスである。
 二人は現在クマに、完全に標的とされていた。獲物を前に舌なめずりでもしているのか、完全に意識は二人に向かっているクマ。そのせいで恵二には全く気が付いていない。
 このまま踵を返せば自分は気づかれずに逃げおおせるのでは、と馬鹿な考えが頭によぎる。それほどクマとの初対面は恵二にとって衝撃的であった。

(檻一枚無いってだけで、こんなにも恐ろしいとはな・・・)

 動物園に何度か足を運んだことのある恵二は、当然クマも見たことはある。しかしこのクマは飼い慣らされているわけでも、まして檻で隔てられているわけでもない。無力な恵二にとっては、まさに死そのものが目の前にいるのだ。
 それは標的にされている二人も同じ気持ちなのだろう。アレン君は絶望に涙を流し口を諤々と震わせている。ミエリスも流石に身体強化では太刀打ちできないのだろうか、それでもなんとかアレン君だけは守ろうと必死に震えた手で抱きかかえる。

 ――ふと、恵二と彼女の視線が合う。

 その目は“助けて”と懇願しているようにも、“来るな”と制しているようにも見えた。唇をギュッと閉じ、今にも助けを呼びたいのに声を出せない。いや、出さない。声を出せば後ろの恵二が、クマに気づかれてしまうからだ。
 出来るならこのまま気づかれずに逃げて欲しい。でもこの子だけは助けて欲しい。そんな覚悟のようなものを彼女から感じた。それを見た恵二も―――

(―――俺も、覚悟が決まった!)

 恵二がクマ目掛けて走り出したのとクマが標的二人に向かって動き始めたのは、ほぼ同時であった。

(――っ!一歩動くのが遅かった・・・。いや、まだだ!)

 恵二は抜刀し、剣を右手に持つと左手をクマの方に突きだした。正確にはクマの少し前。

「――!土盾(アースシールド)!!」

 詠唱している時間などない。起動呪文だけで魔術を発動させる。するとクマの足元に、突然、土の塊で出来た小さい壁が出現した。突然の障害物を避けること叶わず、足を引っ掛けて前のめりに派手に転がるクマ。

「グオォッ!!」

 短い悲鳴を上げ派手に地面に俯せになる。

「今のうちだ、逃げろ!!」

 大声を上げる恵二。二人は早く逃げなければと気持ちが急くのか、余り動きがよろしくない。

 一方転ばされたクマは、恵二の声で第三者の乱入に気がつく。ジタバタと慌てながらも四本足ですぐ起き上がり、恵二の方を向く。

「――っ!!」

 ここで初めてクマと目が合った。怖い、ただ純粋にそう思った。未だかつて味わったことのない恐怖。あっちの世界での恐怖体験といえば、不良に絡まれたことがあった。こっちの世界に来た時には剣や弓を突き付けられ心臓が止まるかと思った。
 しかし目の前の恐怖は別次元だ。相手は話が一切通じない獣。全財産渡しても、助けて欲しいと泣いて懇願しようとも、情け容赦なく殺されるであろう。

 ―――ならば、行動で示さなければならない。俺を食べる気なら痛い目をみるぞ、と。

 再び起き上がる巨大クマ。改めてみると大きい。ヒグマ程ではないにしても、グエンさんよりも背丈がある。更に恵二の恐怖心が跳ね上がる。

(――っ、ビビるな!やらなきゃ・・・やられる!)

 恐怖心が消せないなら、それを糧にすればいい。ここで動かなければ、更なる恐怖が訪れるだけだ。それが嫌なら動け、とにかく動け!そう己に念じ雄叫びを上げながら、再度クマへと突進する恵二。

「――ッアアアァァ!!」

 一見無謀にも思えるその突撃は、恵二にとってプラスに働いた。クマと恵二、その体格差は歴然だ。この二人が対峙した時、一番恐ろしいのは何かというとその体重差だ。勢いをつけて襲い掛かってくるクマの巨体を防ぐ術など、恵二には持ち合わせてはいない。それはクマも本能で理解しているのか、最初にミエリスたちを襲おうとした時も助走をつけた。
 それを今回怠ったのは先程の土盾で転ばされたことが原因であった。クマはさっきの仕掛けを気にして受け身になっていたのであった。
 そんなことは露知らず、恵二は突進する。むしろ力が足りない分、こっちが助走をつけてその勢いのままクマを斬りつけようと踏み込む。お互い間合いに入った恵二とクマ、剣と爪が同時に振り上げられる。このままではクマにかすり傷は負わせても、自分は爪で引き裂かれ重傷を負う。そう、このままでは。

「――風刃(ウインドカッター)!」

 直後、恵二の左腕から発せられた風の刃がクマの右目を切り裂く。

「――っ!ギャオオォォォォ・・・」

 それほど威力の高くない風刃だが、持ち前の魔術コントロールで目に直撃させる。思わぬ攻撃に動きを止め、思わず目を抑えるクマ。恵二は更に追撃を重ねる。勢いそのままに振りかぶった剣をクマの首元に滑らせる。

(――っ!取った!!)

 ザクッと手応えがした瞬間そう思ったが、その考えはすぐ絶望へと塗り替えられる。剣は首の肉を数センチ斬り込んだだけで、これ以上進む事が出来ない。思った以上の硬さに悪態をつく恵二。

(――っくそ!魔術を使うのに片手で威力が落ちたのか!?)

 とにかく早く剣を抜かないと――!!

 そう考えた直後。さっきまで目を抑えていたクマが無事な左目で恵二を捉えると、ありったけの力で左腕を目の前の襲撃者に振るう。剣を抜こうとした恵二は当然避けきれない。胴にクマの左腕が直撃し吹き飛ばされた。2.3メートルほど飛ばされ、地面に叩きつけられる。

「――っゴ、ガハァ!」

 何が起こったのか、一瞬分からなかった恵二は激痛で朦朧としながら、攻撃をもらった腹部を押さえる。ぬちゃっと何かが手につく。自分の血で真っ赤な手が見える。どうやらひどい出血のようだ。ズグリとまた激痛が走った。
 だが痛みのおかげで少し頭がハッキリしてくる。まず相手の様子はと恵二は、クマの動きを補足する。右目から血を流し、首元には剣が刺さったまま。それを抜こうと手をもがくクマ。どうやら相手も相当深手を負ったらしい。

(・・・これで、クマも諦めてくれればいんだがな)

 そう楽観的なことを考えていたが、その考えはすぐ引っ込めた。何故なら恵二のすぐ傍にはまだミエリスがいたのだから。

「――っな!!」

 思わず頭に血がのぼる。なんで逃げなかった。俺が何の為に戦っていると思う?殺されるぞ!
 怒りに震えていた恵二に、ミエリスは呪文を唱え神聖魔術を掛ける。

「――我が友を癒せ、聖なる癒し(セイントヒール)

 恵二の体が淡い光に包まれる。なんだか傷口がチクチクと疼くが、余り回復の兆しは感じられない。そのかわり、心がだいぶ落ち着いてくる。さっきまでの怒りが嘘のように引いて行くのだ。

「・・・ごめんなさい。私にはこんなことしかできなくて・・・っ。本当に、ごめんなさいっ!」

 涙をポロポロ流しながら謝罪の言葉を告げるミエリス。その居た堪れない表情を見れば怒りも静まった。神聖魔術の効果は変わらず微々たるものだが、それでも必死に恵二に魔術をかけ続ける。そんな彼女を見て、自分の判断は間違っていたことに気が付く。

(――分かっていたはずなんだ。彼女は俺を決して見捨てないと・・・!)

 他人の子供すら命がけで守る彼女が、どうして自分を助けようとした恵二を見捨てようなどと思うだろうか。自分の思慮が足らなかった。

 どうやらクマは剣を引っこ抜けたようだ。その隻眼は血走っている。かなりご立腹の様だ。彼女を助ける為には、どうあってもこのクマを排除しなければならないらしい。
 満身創痍の体を持ち上げる。お腹がズキズキするが、さっきよりかは大分収まった。手足は動く、だが武器が無い。魔術もせいぜい残り一発分だけ。手持ちの魔術は火弾に風刃、それに土盾だけだ。

(せめて武器さえあれば・・・)

 そう考えた恵二は、そういえばと腰の後ろに手をやる。何かあった際には便利だとバルディスから渡された短剣があった。クマに短剣一本じゃ心もとないが、無いよりはマシである。心の中でバルディスに感謝しつつ、恵二はミエリスに声を掛ける。

「ミエリス。出来ればでいいんだけど、攻撃魔術なんかないのか?」

「・・・っ、すみません」

 やはり無いか。彼女の性格上、そんなものは持っていないんじゃないかと思っていた。しかし、彼女は続けてこう言った。補助魔術ならある、と。

「それで良い。なんでもいいからかけてくれ!次の一撃に懸ける!」

「はい!」

 ミエリスが詠唱を始める。それを危険と察したのかクマは二人へと駆け出す。

 同時に恵二もクマに向かって駆け出した。

「グオオオォォォォォオ!!」

 雄叫びを上げながら突進してくるクマ。散々な目にあい、ついに怒りが頂点といったところか。それの方がやりやすくていい。恵二は不敵な笑みを浮かべて左手をかざす。

土盾(アースシールド)!」

 再びクマの足元に、小さい土の盾を設置する。怒りですっかり忘れていたのか、先程と同じ様に躓き派手に転がるクマ。そのまま勢いを止めず、クマに向かって走り続ける恵二。

「――我が友に力を!聖なる強靭(セイントストロング)!」

 ミエリスの詠唱が終わると、恵二の体が光に包まれる。強化魔術<聖なる強靭(セイントストロング)>。対象の身体能力を上昇させる。災厄の影響で効果は激減だが、恵二の加速が少し上昇する。

「――うおおおおおおおおおおお!!」

 転がって起きようとしているクマの眉間に、恵二は両手持ちの短刀を勢いよく突き刺す。ズブリと嫌な感触を手に感じた直後、クマは今までにない悲鳴のような鳴き声を放つ。恵二のすぐ目の前にはクマの顔、自分の心臓がバクバクといっている。これで倒れてくれ、と願う。
 その願いはどうやら叶ったようだ。先程の鳴き声は断末魔の叫び声というやつなのか。クマは悲鳴を上げた後、その巨体をズシンと大地に沈める。

「・・・はぁ、はぁ」

 ピクリとも動かないクマに覆いかぶさるように倒れ、息切れをする恵二。それを見たミエリスは慌てて恵二の元へ向かう。

「ケージさん!ケージさん!」

 恵二の体を優しく介抱し、声を掛けるミエリス。どうやら彼女も魔力切れなのか、神聖魔術で回復ができないようだ。

(・・・そうだ、言いたいことがあったんだ)

 必死に恵二の名を呼ぶミエリスに、恵二は先程宿屋の前で言いかけた言葉を思い出した。

「・・・君の力はもっと、他の場所で、活きると思うんだ。適材適所って・・・ね」

 そう呟くと限界がきたのか、気が遠くなる。薄れていく意識の中、ミエリスの「はい」ってか細い声が聞こえた気がした。
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