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青の世界の冒険者 作者:つばめ男爵

1章 新米冒険者ケージ編

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親し名

 恵二から一通りの事情を聞いた後、3人はすぐにフォルセトの町を発っていた。朝早く並んで検問を待っていたのに、もう日がだいぶ高いところまで昇っていた。

「次は街道沿いの町<ヘタルス>へと向かうわよ」

 そこは本来ダーナたち商隊の護衛依頼で行く予定であった町だ。思えば護衛の旅を続けてからトラブルの連続で、大分予定が狂ってしまった。

(やっと第一目標のヘタルスへと到着か・・・)

 このまま整地されたこの街道を使えば、次の町までは今日中に着くことが出来るらしい。グリズワードの街道も若干整地はされてはいたが、シキアノスの街道はそれよりさらに平らで幅広く整備されていた。自然と馬車もスピードが出る上揺れも少なく、恵二にとっては大変有り難かった。

「サミの故郷は違う町なんだろ?」

「ええ、ヘタルスじゃないわ。その次の町<セレネト>よ」

 どうやら西へと続く街道沿いにある1つ先の町がサミの生まれ故郷のようだ。ここでセオッツは彼女の実家の護衛依頼を受ける予定であった。

(まだ詳しい内容を聞いていないから判断できないが、俺はその後どうしよう)

 つい問題を先送りしていたが、恵二の今の第一目標はエイルーンへ行って魔術を一から学ぶことにあった。しかしセオッツやサミとの旅が楽しくもあり、もう少し先延ばしでもいいかなと思い始めてもいた。

(場合によっては俺もサミの依頼を受けてみるかな)

 辺りに広がる平原を眺めながら恵二はそう心変わりをするのであった。



 馬車を飛ばして5時間、夕餉前に3人はヘタルスの町へと着くことができた。

<行商の町ヘタルス>
 シキアノス公国の東西を走る横の街道と、南北を通る縦の街道が交わる位置にあるこの町は、公国内では首都ネオルスに次いで巨大な行商の町である。公国内は街道が整備されていることもあり、この町の物流は目まぐるしく動いている。行商人たちが連日遠方から訪れるため、町中はその熱気で大変に賑わっている。

 恵二たちは今夜泊まる宿を探していたが、行商人たちも多く利用する為なかなか手ごろな宿が見つからなかった。馬車を購入したお蔭で資金に余裕の無い恵二たちは、やっと5件目で条件に合った部屋を予約する。予算の都合上3人1部屋だ。部屋に荷物を置くと、3人はさっそく町の中を出歩いた。

「こんな時間なのに、すげー人の数だなあ。王都で祭りがあった時並の人ごみだぜ」

 そう話すのはセオッツ。ハーデアルト国の田舎村出身のセオッツは人の多さに目を回す。確かにこの規模の町に対抗できるのは、ハーデアルトの王都レイアルトくらいであろう。もう日が暮れる頃だというのに大通りの活気はレイアルトの大通り以上に賑わっているようにも思えた。ひと儲けしようと目をギラつかせる商人や、物珍しさにあれこれと物色をする客たちの熱気がこちらまで伝わってくるのだ。

「そうね、ここまで人が多いのはシキアノスでもこの町くらいよ。熱気だけならアルニの町も負けていないと聞くけどね」

 以前話に上がったオタク文化の根付いた町もここ並の賑わいらしいとサミは話す。

「しかし、こんな広くて人も多い町で探せるのか?」

 3人は現在とある人物を探していた。恵二は右手に持った手紙に視線を移す。それは以前護衛を受けていた依頼主であるダーナに渡すよう頼まれた手紙であった。中はプライベートな為もちろん見てはいないが、大体の内容は聞いている。本来なら依頼主であるダーナを護衛しながらこの町に来るはずだったが、予期せぬ事態にダーナは足止めを食らっている。その経緯が書かれた手紙をダーナの奥さんに渡すよう頼まれていたのだ。

「多分、こっちの方だ」

 恵二はダーナから家の場所や特徴を聞いていた。その記憶を頼りに人の多い町中を進んで行く。商人であるダーナの家はてっきり商店が建ち並ぶ大通り沿いにあるのかと思いきや、町の北側だと聞かされていたのでそちらに行くと段々と人気の無いところへと進んで行く。

「本当にこっちであってるの?」

「多分大丈夫。えっと、ここの道を左だな」

 ダーナの話しでは、ここの道を進むと右にある青い屋根の家がそうであると言っていた。数分歩くとすぐにそれに該当する家は見つかった。

「ここだ」
「大きいな」
「ええ、素敵な家ね」

 大通りの喧騒から離れたこの辺りは、静かなようでいてしかし暗いイメージが全くなく、どこか暖かさを感じさせる家であった。3人はドアの前に近づくと、手紙を受け取った恵二が代表でドアを軽く叩く。

「ごめんくださーい」

 大きい家の奥まで聞こえるように、声量を上げて訪問を知らせる。すると奥から人が近づいてくる音がする。ガチャリと音を立てドアを開けて出てきたのは恵二たちよりも少し年上の女性であった。

「はい、どちら様でしょう?」

 一瞬“若い奥さんだなあ”と思ってしまったが、そんな訳が無い。栗色の髪を長く伸ばしたこの女性はたぶん18歳よりは下であろう。ダーナは恐らく40は過ぎているはずで歳の差があり過ぎた。どことなくダーナの面影があるこの女性は恐らく娘か親戚であろう。

「はじめまして。俺は冒険者のケイジ・ミツジと言います。こっちは同じく冒険者のセオッツにサミ。俺たち3人は以前ダーナさんの依頼を受けていた者です」

「お父さんの!?もしかして父に何かあったのですか!?」

 やはりダーナの娘であったようだ。しかし恵二の言い方が悪かったのか彼女の顔は段々と青くなっていく。それは当然であろう。出掛けて行った父が返ってくる代わりに冒険者だけが訪れてきたのだ。もしかしてと思うのも致し方ない。

「いえ、ダーナさんはご無事です。恐らく今もお元気かと思います。この手紙をダーナさんの奥さんに渡すよう頼まれたんです」

 そう言って手紙を目の前の女性に渡そうとすると、奥から更にもう1人近づいてくる足音が聞こえる。

「あら、レイナのお友達?良かったら中に上がってもらったらどうかしら?」

 レイナと呼ばれた少女の背後から声を掛けたのは、30才くらいに見えるが元気そうな女性であった。髪は目の前の少女と同じく栗色で腰の位置まで伸ばしている。栗毛の少女とそう変わらない年齢の恵二たちを見て、どうやら友人と勘違いしたようだ。

(恐らくこの人がダーナさんの奥さんだろう)

 恵二の予想は当たっていたらしく、レイナと呼ばれた少女は後ろの女性にこう告げた。

「お母さん。この人たちはお父さんが雇っていた冒険者さんだって。お母さん宛てに手紙を預かっているそうよ」

「まあ、そうだったんですか」

「ええ、こちらがその手紙です」

 さっそく手紙をダーナの妻へと渡す。彼女は恵二たちに一言断ってから、すぐにこの場で手紙に目を通す。手紙の量はそれほど多くはなかったようですぐに読み終わると、彼女は恵二たちの方に目を向け改めて挨拶をする。

「そうですか、夫はまだグリズワードに滞在しているんですね・・・。ご挨拶が遅れました。私はダーナの妻でレイチェルと言います。こっちは娘のレイナ、夫がお世話になったそうで代わりにお礼を申し上げます。えっと、ケージさん、で良かったですか?」

 どうやら手紙には恵二のことが書かれていたようだ。改めて恵二と、他の二人も順に挨拶をする。

「ここで立ち話もなんですから、どうぞ中に上がって下さい。良かったら丁度これから夕飯を作るところなんです。ご一緒にいかがですか?」

(流石にそれは迷惑なんじゃあ)

 日本人である恵二はどうしても遠慮してしまいがちであるが、セオッツはそんなこともお構いなしだ。

「ホント!?やったぜ、夕飯代が浮いた!」

「こら、セオッツ」

 サミがすかさず窘める。彼女も遠慮するのかと思いきや――

「まずはお礼が先でしょう。ありがとうございます。奥様のご厚意に甘えさせて頂きます。それと私たちにそんなご丁寧な話し方をされなくてもかまいませんよ」

 普段とは違う凄く丁寧な口調でお礼をするサミ。彼女も夕飯を頂くのには賛成のようだ。貰える物は貰っておく、経費を削減できるものはしておくのがベテラン冒険者なんだろうかと恵二はつい考えてしまう。

「ふふ、どういたしまして。それと私たちにもフランクな喋り方で平気よサミちゃん。レイナ、3人を客間にお通しして」

「分かったわ。こっちよ3人とも。良かったら夕飯を食べながら3人のことを聞かせて。同年代の冒険者だなんて凄く珍しいもの」

 こうして3人はダーナ妻子の夕飯にお邪魔をするのであった。



「改めてご挨拶するわね。私はレイチェル・セン・ブロード。ここの家主ダーナ・ブロードの妻です」
「私はレイナ・ブロードよ。よろしくね3人とも」

 食卓を囲んだ5人は改めて自己紹介をする。恵二たちから順番に名乗り、ダーナの妻と娘が名乗った時に恵二はふと疑問が浮かび上がった。

「セン?」

 ダーナのファミリーネームは聞いていたのだが、レイチェルが名乗ったセンというミドルネームは初耳であった。それにレイナにミドルネームはついていないようだ。

「<親し名>ですね」

 恵二が不思議がっていると、横からサミがレイチェルに話し掛ける。

「ええ、そうよ。尊敬する作家さんから頂いたの」

どうやらミドルネームでは無くて<親し名>とこの世界では呼んでいるらしい。一体どういったものなのだろうか。

「ケージは<親し名>は初めて聞いたかしら?憧れの人や親しい人から名前の一部を貰って、自分の名前と家名との間に入れて名乗るのよ」

 サミが異世界人である恵二に気を使って分かりやすく説明をしてくれる。

(ああ、ミドルネームと大体同じか)

 詳しくは知らないが、恵二がいた世界でのミドルネームはご先祖の名前から拝借して間に入れるのだったかと恵二は記憶していた。

「つまりレイチェルさんは、そのセンさんに憧れて名前を拝借したってことですか?」

「ええ、そうよ。正確にはセンリ・ヒルサイドさんね。ペンネームで本名では無いらしいけど、その方は本当に素晴らしい文学を書く天才よ」

「センリ?」

 恵二はその名前に何かが引っ掛かった。センリという名前は、どこか日本風な呼び方に思える。それに家名のヒルサイド。この世界にはちょくちょくと英語っぽい読み方が聞き取れるが、それは過去に英語圏の人も召喚されたからであろう。このヒルサイドも何かの単語なのだろうか。そもそもペンネームに家名は要らないんじゃないかとも思うが。

「レイチェルさん。ちなみにその人はどんな本を書くんです?」
 
 一応確認してみる。するとレイチェルは顔を少し紅潮し、娘のレイナは聞いてしまったかと呟いて顔をしかめる。

「とても先進的な作風よ。そうね、丁度ケージ君とセオッツ君のような、少年同士の熱い友情の物語よ」

「お?それ、冒険者の共闘する話かなんかですか?ちょっと読んでみたいかも」
「・・・」

 横でサミが、あんたまだ字は読めないでしょ、と茶々を入れている。恵二はそれを無視してレイチェルの様子を伺っていたが、彼女は先程から少年二人を交互にみては顔を赤くしている。

(察するに、健全ではない作風だろうな)

 恵二はこの件について、深く追求するのを止めた。代わりに恵二が思い浮かんだのは、王城で魔術をならった男、ランバルドのことだ。彼のフルネームは確かランバルド・ハル・アルシオンだったはずだ。

(ミドルネーム・・・いや親し名と言ったか。ハルと名のつく親しい人から貰ったのかな?)

 王城にいた赤いローブの魔術師は、一体誰の名前を貰ったのだろうと、男か女かどちらとも取れそうな二文字で想像を膨らませていた。



「親し名か・・・」

「ああ、ここの世界ではそう呼んでいる。お前たちの世界には似たようなものが無かったのか?」

 赤ローブの魔術師は、魔術の鍛練をしているエルフの青年に話し掛ける。話の発端はエルフの青年、イザー・ブルールーが赤ローブの男の名について尋ねたことだ。

「人族社会のことは分からんが、我々に親し名という習慣はないな。ミイの世界のエルフ族は面白いぞ。どうやら彼女の村は全員が同じ家名らしい。いや族名というべきか?」

 もう1人、別の世界のエルフ種族であるミイレシュ・フィアの住んでいた村人は、全員下の名がフィアと呼ぶらしい。

「ほう、色々変わった習慣があるもんだなあ」

 赤ローブの魔術師、ランバルド・ハル・アルシオンは心底面白そうにそう呟く。

 イザーはこの世界に来る前までは人族を心底憎んでいた。イザーのいた世界ではエルフ族と人族は繰り返し戦争をしていたからだ。しかし、この世界に来て思い知らされた。自分は何も知らなかったのだと。殺したいほど憎んでいた人族の事をまるで知ろうともしなかった。同族の住まう森がイザーにとって全てであった。そこが緑の世界<レアウート>のほんの一部であることも気付かずに、そしてその世界すらさらに数ある中の一つだったという事実に。

 しかし知ってしまった今なら興味を持たずにはいられない。イザーは自らの知的好奇心を抑える事が出来ずに、時間を見つけてはランバルドから魔術を習い城の図書室に籠る。それに己の知識は自身のスキルの糧になるのだから。

「ランバルド殿の親し名は、誰から貰ったものなのだ?」

 そんな好奇心の塊であるイザーは当然魔術師の親し名相手が気になったのだ。イザーの質問に頭をポリポリとかき、ばつの悪そうな顔をする。その顔をみて、イザーはピンとくる。

「・・・女か?」

「あー。まあ女だな。惚れていた、つーよりかは尊敬の方が強かったかな?」

 割とあっさり白状したなとエルフの青年は思った。この男は齢48だそうで、未だに独身である。王宮の魔術師長という立場もあってか、行き遅れの貴族女性には大変人気があるのだが、浮いた話は全くでてこなかった。その理由はどうやらその親し名の相手に原因がありそうだ。

 さらにイザーが突っ込んで聞いてみると、魔術師は隠す気が無いのか昔話を語りだした。

「親し名の相手はな、俺の魔術のお師匠さんだ。強くかっこいい女性だった」

 なんと中央大陸でも10本指に入ると言われているこの男の師匠だと言うのだ。さぞ高名な魔術師なのだろうと聞いてみるとランバルドは首を横に振る。

「彼女は秘密主義でな。全く表舞台に立とうとはしなかった。実は弟子である俺も余り彼女の事について知ることは無かった」

 そこもまたミステリアスで惹かれたんだがなと男は付け加えた。

「しかし、魔術の腕は超一流だ。なんでも器用にこなしていたなあ。お前さんたちを呼んだ召喚術も彼女が教えてくれたんだ」

 ランバルドの話しに俄然興味が出てきたイザーは、彼女の名はなんというのか尋ねた。

「ああ、彼女の名はハルカだ。ハルカ・ミヤフジ。それが俺の親し名の相手さ」
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