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青の世界の冒険者 作者:つばめ男爵

1章 新米冒険者ケージ編

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伝わってしまった

 突然目の前に現れた巨大な銀狼は低い唸り声を上げ威嚇してきた。慌てて短剣を抜き、身構え狼を観察する。その巨大な狼は全長凡そ2メートル強、いや3メートルはありそうだ。切れ味抜群とはいえ、右手に持っているマジッククォーツ製の短剣だけでは心もとない。

 恵二はまだ、手に入れたスキル<超強化(ハイブースト)>を使っての短剣での攻撃は一度も試してはいなかった。

(ここは無難に火弾(ファイヤーショット)を強化して放つか?)

 短剣から魔術での攻撃に切り替えようとし、目標のどのあたりに着弾させようかと考えていた恵二だが、どうも銀狼の様子がおかしい。相変わらず低い唸り声を上げている銀狼は、恵二を威嚇こそすれ一向に襲い掛かる様子はない。その巨体は僅かに震えており、よく観察してみると所々に怪我を負っているようだ。

(手負い?既に他の冒険者と交戦でもしたのかも・・・)

 そういえば冒険者ギルドで張り出されていた依頼の中に、一際高いBランク難易度の依頼があったことを思い出した。それは確かシルバーウルフの討伐と記憶している。目の前の狼は銀色の毛色をしている。まさに<銀色の狼(シルバーウルフ)>ではないか。

(安直なネーミングだなぁ。しかしゴブリンを探していたのに出てきたのがBランクの魔物だとは・・・)

 初めて遭遇した魔物がBランクのシルバーウルフだと知り多少驚いた恵二だが、スキルがあれば大丈夫だろうと高を括る。
 本来はこれだけ森の中を歩いていればゴブリンの1匹や2匹、遭遇してもおかしくはなかった。それが今回、全く姿を現さないのには理由があった。
 恵二は森を歩きながら魔術やスキルを練習していた。スキルにより強化された魔術や魔力量を放っていた恵二を、魔力を感知できる獣や一部のゴブリンなどは警戒して避けていたのだ。それは目の前の銀狼も同様なのだが、それでも出て来なければならない理由があった。

 そんな事情を全く知らない恵二は、左手に魔力を集中させ火弾の準備しながら思案する。

(Fランクの俺がこいつを倒しても報酬は貰えないだろうが、素材などは手に入るか。しかし他の冒険者が仕留め損なったのだとしたら、これは横取りになるのか?)

 もしそうだとしても襲われたら迎撃はする。そう心に決め狼の方を凝視すると、その後ろの茂みからガサガサと再び音がする。それも複数。何者かが潜んでいることは明白であった。

(――っ!しまった、応援を待っていたのか!?)

 そう思った恵二の目の前に飛び出してきたのは、子犬サイズの小さい4匹の狼たちであった。その毛色は巨大な狼と同じ銀色で体の大きさはかけ離れていても、それらが親子であるのは一目見て分かった。

 ここに来てようやく恵二は、巨大な銀狼の意図に気が付いた。

(・・・そうか、子供たちを守っていたのか)

 ここは恐らく銀狼の棲家なのであろう。近づいてきた恵二(がいてき)に対して子狼たちを守ろうと出張ってきたのだ。
 しかし親の居なくなった子狼たちは寂しくなったのであろう。親狼の元まで追って来てしまったのだ。そのせいか親の銀狼は更に恵二を威嚇する。まさに鬼気迫るといった雰囲気だ。

 流石にこんな光景を見せられて恵二は、目の前の狼を素材にしてお金に換えようなどという考えは霧散していた。ゆっくりと後退し、短剣を鞘に納め静かに口にする。

「えーっと、悪かったな。縄張りに邪魔をして。俺は帰るけど・・・って話が通じるわけないか」

 それでも引く動作を見せれば相手も警戒を解くであろうとそのまま後退していく。それが功を奏したのか、銀狼はピタッと威嚇をしなくなった。すると足元にいる子狼をペロペロと舐めてあやす。それを見ていた恵二は不用心ではないかと考えつつも、思わずほっこりとしてしまう。

(可愛いなぁ。にしてもあんな小さいのが、あのサイズになるのか?凄いな・・・)

 3メートルにも届こうかという巨体の狼を見ながら関心してしまう。しかし、その巨大な銀狼に複数の手傷を負わせるとは、相手の冒険者は高ランクだったのであろうか。もしかしてその冒険者は今頃あの狼の腹の中なのではと嫌なことを考えてしまう恵二であった。

(これ以上邪魔をするのはよそう)

 もう遭遇したくないものだと思いながら踵を返そうとする恵二。しかし唐突に森の奥からカサッと音がした瞬間――。

「――っ!」

 狼たちの背後の茂みから巨大な蛇が飛び出してきた。それに気が付いた親狼が迎撃しようと向かうが大蛇はそんな親狼には目もくれず、1匹だけ離れていた子狼目掛けて地面を這う。

 あっという間にその子狼は大蛇の大きく開けた口に飲み込まれてしまう。ゴクンっと音をたて、大蛇の喉を何かが通過する。それを見た親狼の反応は素早かった。

「ウオオオォォーン!!」

 けたたましく吠えながら蛇へと駆け出す巨大な銀狼。対して迎え撃とうとする大蛇の周辺には、ピシッと音をたてて尖った石の塊のようなものが2本出現する。

(――っ!魔術か!?)

 魔物は総じてその身に魔力を宿している。その大半がその魔力を身体能力の向上に使用されている為、通常の獣よりも遙かに強い。しかし稀に魔術を放つ種別や亜種がいるのだとか。

 この大蛇も、元々魔術を扱う事が出来る種なのか、それとも特別な個体なのだろうか。魔術を扱える魔物はその脅威度から総じてCランク以上はあるのだという。討伐難度Bランクの銀狼に対して襲い掛かってくるのだからBランク以上であろうと恵二は当たりをつける。

 大蛇はすかさず石の塊を放つ。恐らくあれは土属性の初級魔術、<石槍(ストーンランス)>であろう。2つ同時に放たれたそれを銀狼は怯むことなく躱していく。

「シャアァァー!!」

 それを見た大蛇が威嚇の声を放つ。そんなこと知るかとばかりに迫る狼。大蛇に飛びつき前足から鋭い爪を振り下ろす。

 大蛇はその素早い身のこなしでなんとか上半身を動かすが避けきれなかったようだ。そのテカテカの鱗に生々しい傷跡を残す。反撃だと言わんばかりに大きな口を開けた大蛇は銀狼に迫るが、それを鮮やかに狼は躱すと一旦距離を取る。

 思わずボケッと見とれてしまった恵二はハッと我に返る。目の前で見たこともない巨狼と大蛇の、怪獣映画のような戦闘を見せられてはそれも無理は無い話であったが。

(どうする?心情的には狼に加勢したいところだが)

 しかし相手は魔物。加勢したところに横からガブリとされかねない。どうしたものかと思案していた恵二を余所に、2匹は再び矛を交えはじめる。

 大蛇が再び魔術を放つ。今度は石槍を1つだけ銀狼に向け穿ち放つ。先程は2つ同時でも避けたのだ。銀狼は難なく躱すがそれは大蛇も見越していた。石槍を1つ放っていた間に、更に2本準備していたのだ。それを躱したばかりの銀狼に間髪入れず叩き放つ。
 それに銀狼はスピードを緩めようとせず突進する。一切躱そうとはせず、その巨体を地面に沈めるように低い姿勢のまま大蛇へと向かって行く。躱しきれずに、だが直撃は避けその石槍を遣り過ごす。その美しい毛並に赤い鮮血が混じる。

 どうやら恵二と遭遇した時から負っていた傷は、大蛇がつけたものなのであろう。銀狼が既に負っていた傷跡は、今さっきつけられた傷と酷似していた。

 2本の槍をうまく躱した銀狼は、今度こそと勢いをつけて蛇の喉元に爪を振るう。流石にこれは避けきれない。そう思って見ていた恵二の予想は見事に裏切られた。

 ドシュッと音をたてて銀狼の腹に何かが突き刺さる。たまらず銀狼は、悲痛な鳴き声をあげながら地面に転がる。その隙を逃すほど大蛇は甘くはなかった。

 大蛇の追撃と恵二が動き出したのはほぼ同時。気づけば銀狼を助けるべく勝手に動いていた自身に少し驚く。しかし今はそんなことはどうでもいい。助けるべき相手は今にも大蛇の毒牙にかかろうとしている。このままでは間に合わない。

「――超強化(ハイブースト)!」

 その掛け声と共に恵二の感覚と運動能力が大幅に向上される。スキルの全力行使はリスクが高い。後の事を考えて、だいたい2割程度で押さえておく。しかしそれでも十分であった。大蛇の牙が銀狼に届く前に、恵二はその頭部に飛び蹴りをかます。

 突然の恵二の横槍に何が起こったのか分からずに蹴り飛ばされる大蛇。少し飛ばされはしたものの、すぐにその長い身体を巧みに動かし襲撃者の姿を捉える。しかし先程の蹴りが効いたのであろうか。すぐに動こうとはせず恵二を凝視している。

(驚いたな。結構固いぞ、あいつ。てっきり頭が吹き飛ぶのかと思ったが・・・)

 出来れば今の一撃で決めたかったのだが、思ったよりも大蛇の防御力は高かった。頭部を蹴った瞬間、金属を蹴ったかのような感触がした。

 恐らくスキルを全力で使えば瞬殺できる。しかし、その反動でしばらくは休息が必要となる。その間、隣にいる銀狼や他の魔物が襲ってこないとは限らない。

(できれば余力を残して倒したい。次は3割くらいでいく!)

 後の事を考え、更に少しだけ強化を上乗せする恵二。そのスピードは銀狼より遙かに素早い。それを見て焦った大蛇は地面から固い土の棘を何本も出現させる。恐らくこれが先程銀狼を襲った攻撃の正体なのだろう。

土槍(アースランス)>、確か土属性の中級魔術である。相手の足元に槍を出現させるといった厄介な魔術である。距離がある程、必要な魔力と制御の難易度は上がるのだとか。

 しかしそれはさっき見た。感覚も強化されている恵二にとっては十分視認できる攻撃である。その土槍をなんなく躱す。そろそろ射程に入る。銀狼に習って大蛇の喉元に狙いを定めて腰の短剣を抜く。もうすぐ間合いに入ろうかとしたその時――。

 大蛇がその大口を開けると紫色をした霧状のなにかを、恵二に向かって吐く。

「――っ!」

 攻撃態勢に入っていた恵二はそれをもろに受けてしまう。回避は諦めそのまま蛇の喉元に短剣を滑らせる。流石にマジッククォーツ製の短剣と強化の合わせ攻撃は絶大だったのか、大蛇の頭部はザシュッと音をたててその長い体から切り離される。

 なんとか仕留められた。そう思って気を抜いたのも束の間、恵二の身体中に鋭い激痛が走る。

「――ぐ!ガァッ!!」

 余りの激痛に地面を転がりまわる。痛みのせいでうまく回らない頭で恵二は自分の身に何が起こったのか考える。

(ぐっ!さっきの紫の霧・・・毒か!?)

 先程自分が仕留めた大蛇の、最期のすかしっぺとでも言うべきブレスが毒であると予想つけた。更にこのままではまずいであろうことも想像できた。

(――っ!あれほどの力を持った大蛇の毒・・・!このまま死ぬんじゃないか、俺!?)

 恵二の考えは間違ってはいなかった。

 先程の大蛇はその名も<凶弾の蛇(デスサーペント)

 出会えば確実に死がもたらされると冒険者たちを震え上がらせる存在だ。その討伐難易度は、中級の魔術すら操り致死性の毒を持つことからAランクに分類される。

 恵二が浴びた霧状の吐息も、牙で直接受けるほどではないにしろ人間一人分余裕で殺せるほどの猛毒であった。

 このままではまずい。地面にのたうち回りながら、ズキズキする頭をフル回転させて現状打破を試みる。そして恵二が最後に頼ったのは、やはりスキルであった。

(・・・、超強化(ハイブースト)

 心の中でそう唱える。恵二のスキルに呪文は必要ないが只の気休めだ。そうしたほうが効くような気がしたからだ。
 今回恵二が強化したのは体の中にあるであろうこの毒に対する免疫力である。医学に詳しくない恵二には、それがどんなものでどこにあるのかなんてサッパリであった。しかしもうこれに賭けるしかない。

 余力がどうとかなんてクソくらえだと恵二はさっきまでとは反面、全力でスキルを使用するのであった。



 免疫力の強化とやらを思考錯誤して数分後、恵二にとっては何時間にも思えたその苦痛の時間は終わりを告げた。どうやら成功したらしく、すっかり痛みは引いたようだ。
 しかし心身共に疲労したのか、肩で息をしながら地面に仰向けになる。上を見上げると大きな木々の合間から雲一つない青い空が見え隠れしている。

 それを見て恵二は、自分がグリズワードの森の中で無防備に寝転がっていることを思い出す。重い身体に鞭打ってなんとか上半身を起こすと、その目の前には巨大な銀狼がいた。目と目が合う。

「――っ!」

 喰われると思った恵二は顔を青ざめた。今の自分はスキルが全く使えない。もう駄目だと思った恵二の顔を、突然銀狼はペロペロと舐めはじめたのだ。

「っぶ、んぐ」

 顔にねばっとした感触が伝わる。思わぬ銀狼の行動に恵二は堪らず制止の言葉を口にする。

「や、やめろ。舐めるの禁止、離れろ!」

 魔物に言葉など伝わるわけがないのにと思いながらも咄嗟に呟く。すると銀狼はピタッとその動きを止めて恵二から少し離れる。呆気にとられ思わずつぶやく

「伝わってしまった」

 銀狼は恵二の言葉の意図をしっかりと認識して舐めるのを止め離れた。馬鹿げているがそう思えて仕方ならない。試しに恵二はこう言葉を続ける。

「・・・お手」

 恵二は右手を差し出してみる。しかし銀狼は首を傾げて恵二を見つめている。まるで何言ってるのコイツ?と狼に責められている気がして凄く恥ずかしくなる。

(――っ!いやまだだ。言い方が悪かっただけだ。言葉はちゃんと通じてるはず!)

 そう自分に言い訳をして再び銀狼に話しかける。

「・・・前足を俺の右手に乗せて」

 そう呟き右手を差し出す恵二。するとなんと銀狼は、ゆっくりと前足を恵二の右足に乗せようとするではないか。

「おお!やっぱり言葉が通じるのか!・・・ん?」

 自分の言葉が伝わったことに興奮している恵二は忘れていた。自分のスキル<超強化(ハイブースト)>が切れていること。そして目の前の銀狼は3メートル近い巨体であるということを。

 巨大な銀狼の前足が恵二の右手へと乗せられる。

「ぎゃああああああああああっ!!」

 グリズワードの森の奥で冒険者の悲鳴が木霊する。
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