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青の世界の冒険者 作者:つばめ男爵

1章 新米冒険者ケージ編

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やっちゃった

 目の前に迫っていた斧は、何時まで経っても恵二の目の前にあった。

(・・・なんだ?なんで止まった?)

 恵二の目と鼻の先、それこそ斧の刃の細かい傷を数えられるくらいの距離で停止している。

 よく見ると斧だけでなく、それを手に持った男。その連れの二人の男やギャラリーまでピタリと止まっている。

(――時間が・・・止まっている!?)

 そう判断した恵二だが、よく目を凝らしてみるとその間違いに気が付く。

(いや、動いている!僅かだが、本当に僅かだが斧が自分に迫ってきている!!)

 ゆっくりとだが確実に近づいてくる斧の刃を、かわそうと身体を動かそうとする恵二。しかし全く動こうとはしない。いや――

(――俺の身体も僅かずつしか動かせない!?)

 そこで恵二には一つの仮説が思い浮かんだ。この現象は時間が停止しているわけではなく、とてつもなくゆっくりと時が動いているのではないか、と。

 思考だけは普通に機能するが、周囲も自身の体もゆっくりと時が進んで行く。この後はどうなる。自分は結局斧に斬られてしまうのではないだろうか。

(――っ!冗談じゃない。とにかく動けよ!俺の身体!!)

 必死に身体を動かそうとする恵二。なんとなく予感がする。この現象は何時までも続かない。もうすぐこの不可解な時の流れは終わりを告げる、と。

 しかし恵二は諦めない。やっと自分の夢である冒険への第一歩を踏み出したばかりだ。こんな名も知らぬ冒険者たちに潰されてなるものかと、自分の身体の全神経に動けと命じる。

 ――その時、奇跡は起こった。先程より若干だが恵二の身体が早く動かせる。斧は相変わらず止まっているかのように少しずつ迫ってきている。まだ足りない。もっと早く!そう言い聞かせ再び身体を動かす。

 先程よりも更に早く動かせた。もう斧の軌道予測からは完全に逃れる事が出来た。一先ず身の安全を確保できた恵二。安心し気が抜けたのと同時に、周囲の時間は正常に刻み始めた。

 ゴウッと音を立てて、恵二のすぐ右側を鋭い斧が通り過ぎる。間一髪であった。ほっと息をつく恵二を信じられないモノを見たという顔で凝視する小太りの男。

「馬鹿な!あのタイミングで避けられるわけが・・・」

 確実にぶった斬ったと思った少年は見事に躱していたのだ。小太りの男は狐にでもつままれたような顔をする。

 狼狽している男を気にも留めず、考え事をしていた恵二は己の身に起こった現象に身を震わせている。

(・・・スキル。俺の、スキル・・・やっと!)

 最初は理解不能な現象であったが、一度この身で体験したことが切っ掛けなのだろう。恵二はやっと覚醒した己のスキルのことを理解し始めていた。

 思わずニヤリと口元に不敵な笑みを浮かべる少年。その態度に腹を立てたのか先程の奇妙な出来事などスッパリ忘れ、再び恵二に向かって斧を繰り出す小太りの男。

 それを見た恵二は後一度くらいなら問題ないだろうと己のスキルを行使する。瞬間―――

 周囲の時間が止まった。正確には止まったかのようにゆっくりと時が進む。その中を恵二は散歩でもするかのように小太りの男へと歩み寄る。

 感覚と身体能力の強化。これが先程の奇妙な現象の正体だ。武の達人は集中力を高めることにより、相手の動きがスローモーションであるかのように見切ることができる。それの超強化版といったところだろうか。恵二はそのうえ更にその超感覚のスピードについて行けるよう、自身の運動能力にも強化を掛けている。

 自身の超強化(ハイブースト)。これが三辻恵二に与えられたスキルであった。

 自分のスキルについてあれこれ考えていると、いつの間にか男のすぐ目の前まで歩ききっていた。男には、恵二が一瞬で目の前に迫って来たように見えているのであろう。いやもしかしたら、いまだに男が視界から得た情報は脳には伝達されておらず、恵二はまだスタート地点にいると認識しているのかもしれない。

 なんとなく感覚でわかる。どうやら余り長い間スキルは行使できないようだ。さっさと男を殴り飛ばそうかと考えていた恵二だが、スピードだけでなくパワーも超強化されていることを思い出す。

(・・・もしかして、死んじゃったりしないよな?)

 流石にそれはまずいと拳を引っ込めて、このくらいならと小太りの男の右肩にデコピンをする恵二。直後スキルの効果、超強化(ハイブースト)が解除される。

 スキル解除と共に小太りの男は、ぐわんと斜め右回りに体を回転させながら吹き飛ぶ。その飛んだ先は、なんと運が悪いことに冒険者ギルドの扉であった。その小太りの男の質量と恵二の放ったデコピンに加えられた桁違いなパワーが相まって、そこそこ立派なギルドの扉は木端微塵に吹き飛んでしまう。

 恵二たちを囲んで見ていたギャラリーたちは、余りにも非常識な光景に驚きで言葉が出ないのであろうか。先程の喧騒など微塵も感じられず皆一斉に静まる。それとは対照的に冒険者ギルドの内部は大騒ぎである。急に人が吹き飛んできたのだ、無理がない。それらを引き起こした張本人は一言呟く。

「・・・やっちゃった」



 時は少し遡る。コマイラの町の中央にある冒険者ギルド。そこの職員で受付を担当しているレミは後悔の念に苛まれていた。
 年齢は今年で19、親にはそろそろ結婚しろと五月蠅く言われる年齢である。その顔は十人聞けば十人全員が可愛いと評価するであろう。髪はグレーの髪を頭の後ろで結ぶ所謂ポニーテールで、それが更に男どもを魅了する。

 そんな彼女は受付嬢として人気が高く、色んな冒険者から誘いを受けている。大抵はぐらかして事なきを得るのだが、先程騒ぎを起こした小太りの男などしつこい輩も稀にいる。
 そんな時は元Aランク冒険者のギルド長に泣きつくと、流石に恐れを抱くのか不埒な真似をする者などいなかった。

 そんな彼女はさっきから大きい溜息をついている。つい先程、冒険者登録をしに来た少年のことで後悔しているからであった。そんな彼女に同僚の先輩女性職員が声を掛ける。

「元気だしなって。あの状況じゃあ、しょうがないじゃない」

「・・・そうなんですけどね。この後の事を考えると・・・気が滅入ります」

 レミが口にした“この後の事”とは外に連れて行かれた少年が、ベテラン冒険者に洗礼を受けていることを指している。

 実はこういった騒ぎは今回だけではなかった。あの男や一部の心無い冒険者は、ギルドに加入したての新人(ルーキー)に対して暴力行為を起こしているのである。勿論ギルドもそういった悪質な冒険者に注意を促すのだが、基本は冒険者同士のいざこざに口を挟まないスタイルだ。
 今回の騒動の発端は、ギルドの室内で起こった為レミはそれを注意をした。しかし問題はその後である。新人(ルーキー)を外に無理やり連れだそうとした冒険者たちに警告し、注意を促すことはやろうと思えばできた。だがレミはあえてそれをしなかった。それにはこのギルド独自の暗黙の了解があったからだ。

「洗礼を受けた新人(ルーキー)はなるべく自力で解決させる、か・・・」

 そう、この一見新人にはありがたくないルールには、ギルド職員の優しさが隠されていた。

 冒険者とは、通称便利屋とも言われ様々な依頼をこなしていく。しかし数をこなしていく内に、避けては通れない壁がある。すなわち戦闘行為である。魔物や獣の討伐。野盗からの護衛任務など、冒険者は何時かは依頼で戦いに身を置くことになる。
 それ故に力自慢が多く加入する冒険者ギルド。そんなギルドでも新人の頃はまだ判断が甘い者も多く、腕が未熟な者は次々と命を落としていく。とあるギルド支部の統計では、ギルドに加入してから三年間生きていられる確率は、たった20%であった。
 それほど多くの新人が命を落とす厳しい職業。それならいっそ力の無い者は、多少痛い目に会って現実を知ることの方が幸せなのかもしれない。しかしそう簡単には割り切れない。

 今頃、男たちに連れて行かれた自分より三つか四つ年下であろう少年は、ひどい目にあっているのだろう。そう考えると、再び大きな溜息をつくレミであった。

 なんだか外が騒がしい。どうやら洗礼が始まったようだ。少し頃合いを見てから少年を治療し、入会金を返してあげて冒険者を諦めるよう説得しようと考えていたレミ。

 ―――その時である。爆発でも起こったかのような大きな音と共に、これまた大きな何かがギルド内部に吹き飛んできた。

「――っ!なんだ!?襲撃か!?」

 職員やギルドにいた冒険者たちが騒ぎ出す。考え事をしていた所にこの騒動。ビックリしたレミがその原因の異物に目を遣ると、そこには少し前に下品な笑みを浮かべていた小太りの男が白目をむいて倒れていた。



「――で。つまりお前は正当防衛をしただけだと」

 コクンと頷く恵二。その顔には若干の冷や汗が流れ落ちる。小太りの男、どうやらデニというらしい冒険者をギルドの扉と共に派手に吹き飛ばした恵二は、現在ギルドの二階でギルド長と職員数名から事情聴取を受けていた。
 今回先に手が出たのは恵二であったが、突っかかってきたのは、デニたちDランク冒険者たちからである。ギルド内のやり取りは当然レミを始めとしたギルド職員が見聞きしている。
 恵二に落ち度は(扉ごと吹き飛ばしたのはやり過ぎだとは言え)殆どなく、単なる事実確認と名目した話し合いの場であった。ちなみにデニたち三人組は拳でのタイマンならともかく、集団でのリンチ・町中での武器の戦闘行為で、罰金とランクを二つ落とすことが決まったらしい。自業自得だな。
 簡単な聴取が終わるとギルド長オルミスは恵二にどうやって吹き飛ばしたのか問いただした。元Aランク冒険者とあって、恵二のような少年がどうやってDランク冒険者を倒したのかが気になったようだ。またギルド長という立場から、この町に少しでも多くの優秀な冒険者が増えて欲しい。常日頃からそう思っているギルド長は恵二に俄然興味をしめした。

 余りスキルのことを触れ回りたくない恵二であった。強力なスキルを持っていると知れたら、どこかしらで八人目の勇者の存在を勘ぐられ兼ねない。ギルド長の質問にのらりくらりと躱した回答をする恵二に、察したのかそれ以上深く追求してこなくなった。

 その後、先程目の前で連れて行かれるのを黙ってみていた女性職員、レミが事情を説明し謝罪してきた。これには恵二も少し気恥ずかしかった。あの時は助けて欲しいという気持ちと、なんで助けてくれないんだという身勝手な思いを浮かべていたからだ。お互いにぺこぺこと謝りあう恵二とレミ。

 それを見たギルド長が迷惑料だと、なんとギルド長権限でランクを一つ上げてくれたのだ。Dランクを目指していた恵二には、まさに渡りに船。こうして恵二は初日でFランクに登りつめるのである。



「それではこれがFランクの証明証になります」

 そう言いレミは、恵二にさっき渡したのとは色違いの小さい金属プレートのような物を渡す。そこにはランクと自分の名前が刻まれていた。どうやらこれを所持することで冒険者のランクを識別するようだ。

 何はともあれ無事ギルドに加入した上、早速ランクが一つ上がった。極めつけに、待望の固有スキルを身に着けることが出来た。早くスキルの性能を確認したい恵二は、ふと依頼ボードの一か所に目が留まった。

『ゴブリンの討伐 場所はグリズワードの森東部 報酬は一体につき5000キュール』

(グリズワードって、確か西のお隣にある国だよな。このギルドに依頼が来てるってことは、ハーデアルト王国の領土内なのか?報酬の5000キュールは妥当なのか?)

 この中央大陸でもっとも使われている通貨<キュール>。王城で習った通貨の感覚だと、恐らく日本円と無理やり比べるとその十分の一くらいしか価値がない。つまり5000キュールとは、日本円にしてたった500円である。
 ゴブリンはこの世界でもっともポピュラーな敵対亜人種であり、魔物扱いされている。その数は多くあちこちに存在するが、総じて頭が悪く体が小さい。その為報酬も低いのであろう。しかし命のやり取りをして、一体仕留めてたった500円とは、この世界での人間の命などそう価値がないものなのかもしれない。

 しかし、腕試しをするには丁度いい。それに場所が森なのもいい。先程覚醒したばかりのスキルを誰に見られることも無く練習できそうだ。

 ボードから依頼票を抜き取った恵二は、レミに声を掛け早速―――

「ケージ君。ゴブリン討伐のような常時出している依頼票は抜き取っちゃ駄目だよ。さっき説明したでしょ?」

 早速怒られてしまった。
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