勇者様と私
下品です。
前を行く彼の背中を一生懸命追いかける。
ここは治安が悪いからはぐれないように、と注意を貰ったけれど、歩調を私に合わせてはくれないのでかなりの早足だ。
追いかける私と彼の間を横切る人並みが私の足を止め、気がついたらずいぶん離された。背が高くて派手な金髪を晒しているので見失いはしないが、焦る。
私が彼と出会ったのはほんの三日前。彼と出会えたのは幸運な偶然だったのだろうけれど、彼と出会うことになった経緯は不幸な偶然だった。
私はファンタジー小説の中では良くある異世界トリップというやつをしてしまったらしい。
しかし、白い空間で神様にチート能力を貰ったりはしなかった。
いきなりぽんと放り出された街の雑踏の中、目の前にいたのが彼だった。
彼もびっくりしただろうが私も訳が分からなくて、でも、そんな私を彼は保護してくれた。
すごいよね。私だったら見なかったことにして早足で逃げるよ。
そう思って聞いたらなんと彼は聖騎士出身の勇者だそうで、困っている女性を放っておくことなどできないということだった。有り難いことだ。
とりあえず彼が信用できる人物に預けるからそこまでは一緒に旅をする、ということになって、私の分の旅装とか全部揃えて貰って、さて街を出るぞ、という今日この日。
いきなりはぐれそうなんですけど! ピンチ私!
小走りに距離を詰めようとしたら、向こうから歩いてきた人に軽くぶつかった。ていうか、わざとぶつかってきたよね。私逃げようとしたのに。ここ治安が悪いから気をつけるよう言われていたのに。
「ご、ごめんなさい」
さらっと謝って逃げようとしたけれど、予想通り肩を掴まれて引き止められた。
「ちょっと待てや、姉ちゃん」
きゃー! 異世界でもチンピラのセリフは同じだ!
「ぶつかっておいてゴメンで済ませようたあいい度胸だなあ」
分かりやすく、筋肉質で薄汚れて柄が悪いいかにもチンピラって感じの男だった。きっと義理人情に厚い兄貴がいて、その上の幹部は銀縁眼鏡のインテリ系で、きっとこいつは鉄砲玉で使い捨てられちゃうんだろう。そう思ったら可哀想だけど、でも今は私のほうがピンチです。
「場所変えてよーく慰めて貰おうか」
ぐいっと肩を抱き込まれそうになって首を竦める。いやだいやだ、こんな三日も風呂に入ってないような男に触られたくない。
「いやっ……!」
「嫌じゃねえだろ」
しまった、却って興奮させるんだっけ、こういうの。でも本当に嫌だったんだもん。どこかに逃げ道がないか視線を彷徨わせた先に、戻ってくる彼を見つけた。
「その手を離せ!」
私の肩を掴むチンピラの腕を掴み、無理矢理外させる。よかった。解放された私は本能的に小さい子のように彼の背中に隠れる。
「なんだコラ!」
「彼女への無礼は許さない」
わー! さすが勇者! さすが聖騎士! こんなこと言って貰うの生まれて初めてでドキドキする。この人、いつもこんな感じなんだろうか。それならライバル多そう……いえいえ、格好いいからって惚れたりしませんよ! くらっとしたけどね。
「彼女をどうするつもりだ!」
「慰めて貰うに決まってるじゃねえか」
俺ァ怪我させられたんだぜ、と嘯くチンピラに殺意を覚えるけど我慢だ。私はここの常識がよく分からない。彼が私を守ってくれるようなので、引っかき回さずに任せてしまった方がいいだろう。
そう考えて口を噤んだ私の耳に、信じられないセリフが飛び込んできた。
「彼女を騙して連れ込んで陵辱する気だな!」
ちょっと、そんな直接的な……!
「縛って無理矢理×××を×××して××××××させようと思っているんだろう!」
勇者様! あの、治安悪いとはいえ、ここ、それなりに人通りの多い表通りなんですが!
「そのうえ着衣のまま×××を×××するとか、脱がせてさらに×××して×××だなんて、お前それでも人間か!」
日の高いうちからの淫語の連発に道行く人も立ち止まって見てるじゃないですか!
「その白い肌に何度も×××を×××しようだなんて、貴様許さんぞ!」
「もうやめて!」
我慢できなくなって叫んだ私はそのまま勇者の腕をとり、顔も上げられないままその場から逃げた。
その後、彼が紹介してくれた信用できる人物(女性)にその時のことを話したら、「それって本人の願望じゃァない? 聖騎士って結構ムッツリ多いよ?」って笑われた。
あの、魔王を倒したら迎えに来るって言われてるんですけど、逃げた方がいいんでしょうか?